第30話:撮影準備・特訓(リハーサル)
努力は必ず報われる。
そんな言葉を信じられるのは、その努力の方向性が「正しい」場合だけだ。
間違った方向へ全力疾走する努力は、ただの「暴走」であり、周囲を巻き込む大災害にしかならない。
――遺失物管理センター、裏庭(兼・爆破実験場)。
雲ひとつない青空の下、怒号と爆音、そして悲鳴が交錯する地獄の特訓が始まろうとしていた。
「カットォォォォッ!! 止めて! 全然ダメよ!」
上空3メートル。
幽霊秘書のマシロが、メガホン(丸めたカレンダー)を片手に絶叫した。
彼女は監督気取りで腕組みをし、眼下の主演男優を見下ろしている。
「レオ! 今の剣の振り方、なによアレ! 腰が引けてるわ! もっとこう、視聴者のハートを鷲掴みにするような『色気』を出しなさいよ!」
「い、色気と言われてもだな……!」
地上で剣を構えていた剣崎レオが、息も絶え絶えに反論する。
彼の純白の騎士団服はすでに煤で黒ずみ、整えられた金髪は爆風で逆立ち、まるで爆発実験に失敗した博士のような有様になっていた。
「物理的に無理があるのだ! 私の目の前で、3キロのC4爆薬が炸裂した直後だぞ!? 色気どころか、生きた心地がしない!」
「甘えん坊ね! 本番は一発勝負なのよ! カメラの前でビビってたら、同接100万なんて夢のまた夢よ!」
マシロは聞く耳を持たない。
彼女の掲げるスローガンは『妥協即死』。
完璧な映像美のためなら、演者の人権など考慮に値しないというスタンスだ。
「……あーあ。見てるだけで胃が痛ぇ」
俺、黒鉄ジンは、安全圏である物陰に座り込み、その惨状を眺めながらあくびをしていた。
手には昨日ヤクモから奪った栄養ドリンク(毒々しい紫色)。
俺の役目は「黒子」だ。
今はまだ出番ではない。……というか、今のカオスな状況に巻き込まれたくないだけだが。
「先輩! 火薬の量、増やしますね! さっきのは『そよ風』レベルだったので!」
ツムギが元気よく走り回っている。
彼女は裏庭のあちこちに、対戦車地雷や指向性散弾をせっせと設置していた。
その笑顔は、花壇に花を植える少女のように無邪気だが、植えているのは「死」だ。
「ツムギちゃん! さっきの爆風、ちょっと左に流れてたわよ! 次はもっとレオの『顔面スレスレ』を狙って!」
「了解です、監督! レオさんの前髪だけを焦がす精度で調整します!」
「やめろォォォッ!! 私の前髪は命より重いんだぞ!」
レオが悲鳴を上げるが、爆破娘の耳には届かない。
彼女にとって、レオは主演男優ではなく、ただの「頑丈な爆破標的」でしかないのだ。
「……ねえ、ジン君。ボクの出番はまだかい?」
隣でヤクモが、巨大な注射器を磨きながら呟いた。
シリンダーの中には、蛍光グリーンの粘液が満たされている。
どう見ても人間用ではない。放射性廃棄物か、あるいはエイリアンの体液だ。
「待ってろ。あいつが泡吹いて倒れたら、それがGOサインだ」
「楽しみだねぇ。この『トロール用興奮剤(改)』、臨床データが不足していてね。副作用で皮膚が緑色になるらしいんだけど……」
「絶対に打たせるなよ? レオがシュレックになったら放送事故だぞ」
俺たちはそんな不穏な会話を交わしつつ、再び戦場へと視線を戻した。
「テイク2! シーン『華麗なる回避』! ……よーい、アクション!」
マシロのカチンコ(手拍子)が鳴る。
ズンッ。
レオがスイッチを入れる。
ボロボロの姿でも、剣を構えれば一瞬で「白銀の騎士」の顔になる。
そのプロ根性だけは、認めてやってもいい。
「――はっ! そこだ!」
レオが架空の敵(俺が立てた案山子)に向かって踏み込む。
その瞬間。
カチッ。
レオの足元で、ツムギが仕掛けた感圧式スイッチが作動した。
「爆発タ〜イム♪」
ドゴォォォォォォォォン!!!!!
裏庭が揺れた。
レオの足元から、垂直に火柱が上がる。
ただの爆発じゃない。演出用の「カラーパウダー」を混ぜた、ピンク色の爆煙だ。
無駄にファンシーだが、威力はガチだ。
「ぶべらっ!?」
レオが真上に吹き飛んだ。
高度5メートル。
美しい放物線を描きながら、彼は空中でキリモミ回転し、そして――。
ドサァッ!!
地面に顔面から着地した。
「……ぐ、ふっ……」
レオがピクピクと痙攣している。
髪の毛はチリチリのアフロヘアーになり、口からは細い煙が出ている。
「カーット!!」
マシロが舞い降りてくる。
心配するかと思いきや、彼女は倒れているレオの耳元で怒鳴った。
「何やってんのよ! 今の爆風を利用して、空中で二回転ひねりを加えて着地する手はずでしょ!? なんで無様に落ちてんのよ!」
「む、無理だ……! あんなゼロ距離爆破……受け身が取れるか……!」
「ジンはやってたわよ? 『爆発とワルツを踊る』って」
「あいつは人間じゃない! ゴキブリだ!」
レオが俺の方を指差して叫ぶ。失礼な奴だ。
「はいはい、休憩! ヤクモ、衛生班!」
「待ってましたァ!」
ヤクモが白衣を翻し、猛ダッシュで駆け寄った。
手には、あの緑色の注射器。
「さあレオ君、お薬の時間だよ。腕を出してくれたまえ。いや、即効性を求めるなら首筋がいいかな? それとも心臓直打ち(パルプ・フィクション・スタイル)でいくかい?」
「ひぃッ!? ま、待て! その色はなんだ! 毒々しいにも程がある!」
「栄養剤だよ。トロールの肝臓エキスと、マンドラゴラの絞り汁を濃縮還元した『元気一発・緑汁』さ。飲むと死ぬけど、打てば3日は不眠不休で戦える」
「リスクが高すぎるわ! というか人間用ですらないだろ!」
レオは這いつくばって逃げ出そうとするが、ダメージで足が動かない。
「逃げちゃダメだよ。患者の意思より治療が優先だ。……チクッとするよ?」
ブスッ!!
「ギャァァァァァァッ!!」
絶叫。
太い針がレオの臀部に突き刺さる。
緑色の液体が注入されると同時に、レオの血管がドクンドクンと脈打ち、白目が充血し、全身から湯気が上がり始めた。
「う、うおおおおぉぉぉッ!? 熱い! 力が……力が溢れてくるぅぅぅ!」
「おや、適合したね。副作用で肌が少し緑色になってるけど、ドーランで隠せば問題ないさ」
「問題大アリだわ! シュレックになってるじゃないか!」
レオは叫びながら立ち上がり、意味もなく裏庭をダッシュし始めた。
薬の効果で暴走状態に入ったらしい。
「……よし。元気になったな」
俺は頷き、立ち上がった。
そろそろ、俺の出番だ。
「おいマシロ。あいつの動きが良いうちに、カメラリハーサルやるぞ」
「了解。……レオ! 戻ってきなさい! 次は『決めポーズ』の練習よ!」
***
薬物による強制ドーピングでハイになったレオは、指示通りに指定位置に立った。
だが、その目は焦点が合っておらず、口元はだらしなく笑っている。
「へへ……僕は無敵だ……爆弾なんて怖くないぞ……」
「……薬が効きすぎてアホになってるわね」
マシロがスマホ(カメラモード)を構え、浮遊しながらアングルを探る。
「いい? レオ。大事なのは『角度』よ。あんたの顔は、右斜め45度から見た時が一番フェイスラインが綺麗なの。そして、剣を振った後の『残心』……ここで憂いを帯びた瞳でカメラを見る!」
「う、憂い……? へへっ、任せろ……」
レオが剣を振る。
ブンッ!
そして、カメラに向かってキメ顔を作る――はずが、薬の影響で白目を剥いた変顔になった。
「違うッ!!」
マシロがブチ切れた。
「何その顔! 死にかけの深海魚!? もっとこう、世界の悲しみを背負ったようなイケメン顔をしなさいよ!」
「む、難しいこと言うな……! 顔の筋肉が勝手に引きつるんだ……!」
「言い訳無用! ……こうなったら、強制執行よ!」
マシロが指を鳴らした。
ポルターガイスト発動。
ギチチチチッ……!
見えない力がレオの頭蓋骨を掴み、無理やり右斜め45度に向けさせる。
さらに、口角を指(見えない手)で引っ張り上げ、瞼をこじ開ける。
「い、痛い痛い! 首が! 首がメリメリ言ってる!」
「我慢なさい! これが『黄金の45度』よ! この角度を骨格に刻み込むの!」
「拷問だ! これは撮影じゃない、拷問だァァァッ!」
レオの首が不自然な角度で固定され、顔面は見えない力で笑顔(という名のひきつり)に固定される。
傍から見れば、悪霊に取り憑かれた哀れな男の図だ。
「よし、ジン! 照明!」
「へいへい」
俺は手元の鏡(レフ板代わり)を操作し、夕日を反射させてレオの顔面に当てた。
強烈な光が、無理やり作られた笑顔を照らし出す。
「眩しッ! 目が焼ける!」
「瞬き禁止! 瞳にハイライトを入れて! ……そう、その涙目! それが『エモい』のよ!」
カシャッ! カシャッ!
マシロが連写する。
画面に映っているのは、涙と鼻水と脂汗にまみれ、首を変な方向に曲げられながらも、必死に笑顔を作っている男の姿。
「……これ、イケメンか?」
俺は首を傾げた。
どう見ても「限界を迎えた社畜の末路」にしか見えないが。
「加工アプリでなんとかなるわ! 素材の輝きは本物よ!」
マシロは満足げにサムズアップした。
レオは白目を剥いて崩れ落ちた。
***
夕闇が迫る頃。
リハーサルは、ようやく終わりを迎えた。
センターの裏庭は、クレーターだらけの荒野と化していた。
その中央で、レオは大の字になって倒れていた。
服はボロボロ。アフロヘアーはさらに巨大化し、肌はほんのり緑色。
だが、不思議と、その表情は晴れやかだった。
「……終わった……。生きてる……」
レオが掠れた声で呟く。
「お疲れさん。生きてりゃ丸儲けだ」
俺は彼に近づき、手を差し出した。
レオはその手を掴み、よろりと立ち上がる。
「……ひどい目に遭った。貴様らのプロデュースは、命がいくつあっても足りん」
「言うな。その分、画は撮れたぞ」
俺はスマホの画面を見せた。
そこには、マシロが編集したテスト映像が映し出されていた。
爆炎を背景に、傷だらけで剣を構えるレオ。
首の角度は完璧な45度。
瞳には涙が光り、それが夕日を反射してキラキラと輝いている。
BGMには悲壮感あふれるオーケストラが流れ、テロップには『傷ついても、僕は戦う』の文字。
……カッコいい。
悔しいが、無駄にドラマチックで、心を打つ映像に仕上がっていた。
「……これが、僕か?」
レオが目を見開く。
「ああ。詐欺レベルの加工技術だがな。……でも、悪くねぇだろ?」
「……フン。まあ、及第点か」
レオは口元を緩め、ニヤリと笑った。
その笑顔は、作られたものではなく、彼本来の自信に満ちたものだった。
「チームの連携も、なんとかなってきたな」
俺は周囲を見渡した。
ツムギは爆薬の残量をチェックし、ヤクモはレオのバイタルデータを分析している。
マシロは映像の最終チェックに余念がない。
全員がバラバラで、イカれていて、協調性のかけらもない。
だが、奇妙なほどに「役割」だけは噛み合っていた。
「ああ。……まさか、貴様らのような『はぐれ者』と、こうして肩を並べることになるとはな」
レオは自分の手を握りしめた。
高枝切りバサミを持った俺。
スマホになった幽霊。
爆弾魔。
闇医者。
そして、堕ちた英雄。
最悪で最高のチームだ。
「明日は本番だ。……場所は『水晶渓谷』」
俺はレオの肩を叩いた。
「失敗は許されねぇ。俺たちの借金と、お前のプライドがかかってる。……準備はいいな?」
「愚問だな」
レオはアフロヘアーをかき上げ(指が引っかかったが)、ビシッと敬礼した。
「私は白銀の騎士、剣崎レオだ。……最高の『ショー』を見せてやるさ」
夕日が沈み、夜が来る。
明日は決戦の日。
虚構の英雄劇が、いよいよ幕を開ける。
俺は高枝切りバサミの刃をカチカチと鳴らし、不敵に笑った。
「さて。……邪魔な枝葉(敵)は、全部俺が刈り取ってやるよ」




