第29話:悪魔のプロデュース契約
作戦会議というものは、本来、冷静沈着に行われるべきものである。
ホワイトボードに整然と並ぶ文字。飛び交う建設的な意見。そして、全員が同じゴールを見据えた熱い眼差し。
それが理想だ。
だが、ここ『遺失物管理センター』において、理想などという言葉は「燃えるゴミ」の区分に分類される。
「――いいか、お前ら。今回のクライアントは、崖っぷちの英雄様だ」
俺、黒鉄ジンは、倉庫の奥から引っ張り出してきた薄汚れたホワイトボードの前に立ち、黒マジック(インクが切れかかっている)を構えた。
キュッ、キュッ、と嫌な音を立てて、ボードに殴り書きする。
『ミッション: レオをバズらせろ』
『目標: 同時接続数100万人』
『報酬: 借金完済 + 焼肉』
「このミッションに失敗した場合、俺たちの借金は確定し、センターは差し押さえられ、全員路頭に迷うことになる。つまり、これは聖戦だ」
俺は血走った目で、ソファに座る面々を見回した。
依頼人のレオは、小さくなってパイプ椅子に座り、まるでまな板の上の鯉のような顔で震えている。
対して、我が社の社員(変人)たちは、やる気だけは無駄に満ち溢れていた。
「質問です、プロデューサー!」
ツムギが元気よく手を挙げた。
彼女はなぜかヘルメットを装着し、手には導火線を持っている。
「インパクトが必要なんですよね? でしたら、登場シーンで山を一つ爆破しましょう! 背景でキノコ雲が上がれば、絶対にバズります!」
「却下だ。背景じゃなくて本人が死ぬわ」
「えぇー? じゃあ、レオさんが剣を振るタイミングに合わせて、足元の地雷原を誘爆させる『ダンス・ウィズ・ボム』なんてどうですか? 命がけのタップダンスです!」
「レオ様の足首が消し飛ぶわ! 却下!」
俺は即座にツムギの案を却下リストに放り込んだ。
こいつに演出を任せたら、ジャンルが「英雄譚」から「パニック映画」に変わってしまう。
「ボクにも案があるよ」
次に手を挙げたのは、白衣を血で汚したヤクモだ。
彼はフラスコに入った赤い液体を揺らしながら、ニタリと笑った。
「最近の視聴者は、グロテスクな刺激に飢えていると思うんだ。そこでだ、戦闘中にレオ君の腕が『ポロッ』と取れる演出はどうだい?」
「……は?」
レオの顔色が青から土色に変わる。
「もちろん、本当に切断するんだよ。でも安心してくれ、ボクがその場で縫合手術を行う。その様子を生配信すれば、医療マニア層のハートを鷲掴みだ。『切断ショー&ライブ手術』……新しいと思わないかい?」
「思わねぇよ! 放送コードぶっちぎりだ! BANされるわ!」
「おや、残念。再生するナマコのようなレオ君が見られると思ったのに」
ヤクモは心底残念そうに肩をすくめた。こいつの発想は根本的に倫理観が欠落している。
「……はぁ。どいつもこいつも、ろくな案が出ないわね」
頭上で腕組みをしていたマシロが、呆れ顔で降りてきた。
「あんたたち、エンタメを分かってないわ。視聴者が求めているのは、爆発でも流血でもないのよ」
「ほう? じゃあ何だと言うんだ、幽霊秘書」
マシロは得意げに指を立てた。
「『エモさ』よ」
「……エモさ?」
「そう。圧倒的に強いだけじゃダメ。完璧すぎてもダメ。視聴者が求めているのは……『悲劇』と、そこからの『復活』よ」
マシロはホワイトボードのペンを奪い(念動力で浮かせ)、サラサラと書き込んだ。
『プランC: 悲劇のヒロイン作戦』
「レオが一度、敵の卑劣な罠にかかって瀕死の重傷を負うの。ボロボロになって、剣も折れて、泥まみれになって……『もうダメだ』と誰もが思ったその瞬間!」
マシロが熱弁を振るう。
「仲間(私たち)の想いを受け取って、奇跡の復活! 涙ながらに敵を倒す! ……これよ。これで同接200万は堅いわ」
シン……。
全員が黙り込んだ。
「……おい」
俺は口を開いた。
「……採用」
「えっ!?」
レオが驚いて顔を上げる。
「ジン、本気か!? そんなベタな……いや、三文芝居のような演出をしろと言うのか!?」
「ベタだからいいんだよ。王道こそが最強だ。それに……」
俺はニヤリと笑い、レオの肩をバシッと叩いた。
「お前、『やられ役』の才能あるぞ? 今のその憔悴しきったツラ、悲劇のヒーローにぴったりだ」
「ぐっ……!」
レオは言葉に詰まった。
確かに、今の彼はメイクなしでも十分に「不幸オーラ」が出ている。
「よし、方針は決まった。役割分担を決めるぞ」
俺はホワイトボードに、それぞれの名前を書き込んだ。
【役割分担】
■ 主演: 剣崎レオ
・役割: 踊り子。ひたすらカッコよく、そして無様に振る舞うこと。
■ 演出・舞台装置: 黒鉄ジン
・役割: 黒子。魔物の誘導、ピンチの演出、および緊急時の尻拭い。
■ 撮影・照明・音響: マシロ
・役割: カメラマン。幽霊の浮遊能力を活かした「神アングル(ドローン撮影)」担当。
「任せて。レオの毛穴が見えるくらいの超高画質で、一番盛れる角度から撮ってあげるわ」
■ 特殊効果(SFX): ツムギ
・役割: 爆破担当。ただし、レオの半径5メートル以内での起爆は禁止。
「えぇーっ!? じゃあナパーム弾くらいしか使えないじゃないですかぁ」
「ナパームも禁止だ! あくまで『背景』としての爆発だ!」
■ 衛生・ドーピング: ヤクモ
・役割: メディック。レオが過労で倒れた時の蘇生、および「元気が出る薬(違法スレスレ)」の投与。
「了解だ。緑色の注射液を用意しておくよ。副作用で肌が緑になるかもしれないけど、馬力は出る」
「肌色は死守しろ!」
書き出された文字を見て、俺は満足げに頷いた。
完璧だ。
狂気と計算が入り混じった、悪魔の布陣。
「……おい、レオ。どうした、顔色が悪いぞ」
レオはホワイトボードを見つめたまま、微動だにしていなかった。
その瞳には、恐怖と、それ以上の深い葛藤が渦巻いているように見えた。
「……休憩だ。少し、頭を冷やしてくる」
レオはふらりと立ち上がり、風が吹き込むベランダ(壁がないのでそのまま外だ)へと歩いていった。
その背中は、これから戦場に向かう戦士というより、断頭台に向かう囚人のように小さく見えた。
***
ベランダの手すりに寄りかかり、レオは街の灯りを見下ろしていた。
夜風が冷たい。
だが、今の彼にはその寒ささえも感じられないようだった。
「……何をやっているんだろうな、僕は」
独り言が、夜の闇に溶けていく。
嘘。演出。やらせ。
かつて自分が最も軽蔑していた「欺瞞」の数々。
それを自ら主導し、あまつさえ友人を巻き込んでまで実行しようとしている。
「こんなことまでして……英雄の座にしがみつく意味はあるのか?」
彼は自分の手を見た。
剣を握るための手。人々を守るための手。
だが今は、その手がひどく汚れているように見えた。
カシュッ。
背後で、缶コーヒーを開ける音がした。
「……悩める乙女みたいな顔してんじゃねぇよ」
振り返ると、ジンが立っていた。
彼はあくびをしながら、開けたばかりの缶コーヒーをレオに差し出した。
「ほらよ。糖分補給だ。頭使ったんだろ?」
「……いらん。貴様の飲むコーヒーは砂糖水だろう」
「減らねぇ口だな。……ま、そう言うな」
ジンは強引に缶を押し付け、隣に並んだ。
二人で並んで、眼下に広がるダンジョン都市の夜景を見下ろす。
ネオンサインが煌めき、欲望と活気が渦巻く街。
「……ジン。私は、間違っているのだろうか」
レオは缶を握りしめたまま、ポツリと漏らした。
「本当の英雄なら……こんな小細工なしで、実力だけで人々を認めさせるべきじゃないのか? 私は、嘘をついてまで『白銀の騎士』であり続ける価値があるのか?」
重い問いかけ。
ジンは一口コーヒーを啜り、夜空を見上げた。
「……バーカ」
返ってきたのは、気の抜けた罵倒だった。
「お前、真面目すぎんだよ。……いいか、レオ。世間ってのはな、お前という人間を見てるんじゃねぇ。『英雄』という機能を見てるんだ」
「機能……?」
「ああ。安心できるシンボル。夢を見せてくれるアイドル。消費するためのコンテンツだ」
ジンは淡々と言った。
それは冷たい分析のようでいて、どこか優しさを帯びていた。
「あいつらは、お前という『夢』を消費したがってる。なら、極上の夢を見せてやるのがプロってもんだろ。……中身がどうあれ、ガワさえ完璧なら、客は満足して金を払う」
「……それは、詐欺師の論理だ」
「違げぇよ。……『魔法使い』の論理だ」
ジンはニヤリと笑った。
「タネも仕掛けもある。でも、それを見せずに客を笑顔にする。……お前がやろうとしてるのは、そういうことだろ?」
レオはハッとして、ジンを見た。
魔法使い。
夢を見せる仕事。
「……裏の汚れ仕事は、俺たちが引き受けてやる」
ジンはコーヒーを飲み干し、空き缶をゴミ箱(ドラム缶)に投げ入れた。
カラン、と乾いた音が響く。
「お前は表舞台で、キラキラ輝いてりゃいいんだよ。スポットライトを浴びて、バカみたいに白い歯を見せてな。……そのための『舞台裏』は、俺たちプロの裏方が完璧に整えてやる」
それは、優しさではなかった。
「お前は表、俺は裏」という、残酷なまでの役割の固定化。
かつて「剣聖」と呼ばれた男が、自らその座を降り、影に徹するという宣言。
だが、レオには分かった。
それがジンなりの、不器用な激励であることを。
「……ふん。貴様ごときに励まされるとはな」
レオは口元を緩め、コーヒーを一気に煽った。
激甘だ。喉が焼けるほど甘い。
だが、今の彼には、その甘さが不思議と心地よかった。
「いいだろう。……やってやるさ。最高の『道化』を演じきってみせる」
「その意気だ。……ま、失敗したら全額返金なしだけどな」
ジンは笑って、レオの背中をバシッと叩いた。
***
リビングに戻ると、マシロたちが機材の準備を進めていた。
ツムギは爆薬の調合比率を計算し、ヤクモは注射器の針を研いでいる。
準備万端だ。
「……さて。俺も装備を整えるか」
ジンはそう言って、部屋の隅にある物置の扉を開けた。
中には、掃除用具やガラクタが山積みになっている。
「ジン、あんた武器はどうするの?」
マシロが聞いた。
そう。ジンの愛用していた『ロング・デッキブラシ(改)』は、先日のB5Fでの戦いで折れてしまい、今はただの棒きれになっている。
レオから貰った金で新調する予定だったが、まだ注文が間に合っていない。
「……そうだな。デッキブラシの代わりになるような、長くて、丈夫で、そこそこ戦える棒……」
ジンは物置の中を漁った。
モップ? 軽すぎる。
箒? 強度が足りない。
ツルハシ? 重すぎるし、絵面が炭鉱夫になる。
その時。
ガラクタの山の奥底に、錆びついた「それ」が見えた。
「……ん? これ、まだあったのか」
ジンが引っ張り出したのは、奇妙な形状をした道具だった。
長さは2メートルほど。
先端には、三日月型の湾曲した刃と、可動式のハサミがついている。
そして、手元のレバーを引くと、ワイヤーを通じて先端の刃が動く仕組みだ。
「……高枝切りバサミ?」
マシロが首を傾げる。
「ああ。昔、庭木の手入れをするバイトで使ったやつだ。……カーボン製じゃねぇが、芯には鉄パイプが入ってる。強度はそこそこある」
ジンは錆びた刃を指で弾いた。
キン、と鈍い音がする。
「……これにするか」
「はぁ? 本気? そんな園芸用品で戦う気?」
「いいんだよ。今回の仕事は『掃除』じゃなくて『剪定』だからな」
ジンはハサミのレバーをカシャカシャと動かし、ニヤリと笑った。
その目は、獲物を狙う狩人のように鋭く光っていた。
「主役を目立たせるために、邪魔な枝葉を切り落とす。……これ以上の適役はねぇだろ?」
高枝切りバサミ。
本来は、手の届かない高い枝を切るための道具。
だが、ジンの手にかかれば、それは敵の首を遠距離から刈り取る、凶悪な「首狩り鎌」へと変貌するだろう。
「……ま、あんたらしいわね。貧乏くさくて」
マシロは呆れながらも、微笑んだ。
「準備完了だ。……行くぞ、野郎ども!」
ジンの号令。
アンラッキー・カルテットと、堕ちた英雄。
5人のイカれたメンバーによる、史上最悪の「英雄プロデュース計画」が、今まさに動き出した。
目指すはダンジョン中層『水晶渓谷』。
そこで待っているのが、栄光か、それとも破滅か。
誰も予想できない未来へ向かって、彼らは足を踏み出した。




