表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
第1章:遺失物管理センター、本日も営業中

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/20

第2話:労働意欲ゼロの男と、マイナスからのスタート

翌朝。

 世界は残酷なほどに美しく晴れ渡っていた。


 小鳥がさえずり、朝日がダンジョンの入り口である巨大なゲートを黄金色に照らす。

 冒険者たちは希望を胸に列をなし、武器屋の親父は威勢のいい声を張り上げる。

 まさに、労働と冒険にふさわしい、清々しい一日の始まり――。


「……雨だな」


 遺失物管理センターのソファの上で、俺は毛布を頭から被り、厳かに宣言した。


「これは台風だ。いや、ハリケーンだ。外に出たら即座に牛が飛んでくるレベルの暴風雨だ。よって、本日の業務は中止。二度寝を結構する」


 俺は外界との接続を遮断し、ダンゴムシのように丸まった。

 まぶたの裏に広がるのは、愛しのレム睡眠という名の桃源郷。

 ああ、おやすみ世界。起こさないでくれ、俺はこれから夢の中で競馬の大穴を当てるんだ……。


 シャッ!!


 小気味いい音と共に、遮光カーテンが全開にされた。

 眼前に広がる巨大な『大穴クレーター』の絶壁に反射した、暴力的なまでの紫外線サンシャインが、俺の網膜を灼く。


「ぐあぁぁぁぁっ! 目が、目がぁぁぁ!」


「おはようございます、オーナー(駄目人間)。快晴よ」


 逆光の中に、腕組みをして浮遊するマシロのシルエットがあった。

 彼女は透き通るような白い肌を朝日になびかせ、冷徹な眼差しで俺を見下ろしている。


「嘘だ! 俺の『サボりセンサー』が低気圧を感知している! 今日は関節が痛むんだ!」


「それはただの運動不足と、昨日私に掃除(物理)された打撲痛よ。ほら、起きて。朝食は作っておいたわ」


「は? 朝食?」


 俺は渋々起き上がり、目をこすった。

 昨日まで書類とゴミの山だったローテーブルの上には、湯気を立てる味噌汁と、艶やかな白米、そして焼き魚が並んでいた。

 完璧な和食だ。旅館かここは。


「……お前、幽霊だろ? どうやって作ったんだ?」


「『憑依調理ゴースト・クッキング』よ。包丁と菜箸に憑依して作ったの。味見はできないから、毒見はあなたがしてね」


あるじを実験台にするなよ……」


 俺は恐る恐る味噌汁をすする。

 ……美味い。

 出汁だしがきいている。悔しいが、コンビニのインスタントとは雲泥の差だ。


「ちっ、胃袋を掴む作戦か。悪徳商法の手口だな」


「誰が悪徳よ。さあ、食べたら仕事よ。今日はセンターの『経営会議』を開きます」


 マシロは空中にホワイトボード(倉庫から発掘したらしい)を展開し、マジックペンを念動力で浮かせた。


 ***


「結論から言うわ」


 マシロはホワイトボードに、赤い太文字でデカデカと数字を書いた。


『¥368』


「これが、現在の当センターの全財産よ」


「……ん? 何かの暗号か? 俺の戦闘力か?」


「通帳残高よ!!」


 バァァァン!

 マシロがボードを叩く(手はすり抜けたが、衝撃波でボードが揺れた)。


「三桁!? おい待て、先月までは確か五万くらいあったはずだぞ!」


「通帳の履歴を見たわ。『魔導パチンコ・ラスベガス』への出金履歴が十七件。あと、『限定フィギュア(美少女)』の購入履歴。それから『プレミアム激甘コーヒー(ケース買い)』……」


「あー! ストップ! 読み上げるな! プライバシーの侵害だ!」


 俺は耳を塞いだ。

 だが、事実は消えない。三百六十八円。

 これでは、次の光熱費の引き落としで死ぬ。電気も水道も止められ、俺たちは暗闇の中で渇きに苦しむことになる。


「ジン。あなた、この仕事を何だと思ってるの?」


「え? 社会奉仕活動ボランティア?」


「営利企業よ! 国からの補助金は『出来高制』でしょ!? 依頼をこなさないと一銭も入ってこないのよ!」


 マシロの説教は正論だった。

 この遺失物管理センターは、表向きは政府公認の機関だが、その実態は「やる気のない下請け業者」だ。

 冒険者が落とし物を届け出たり、逆に拾ってほしいと依頼して初めて報酬が発生する。


「でもよぉ、客が来ねぇんだから仕方ねぇだろ。ここ、ダンジョンの裏口だし。誰も通らねぇし」


「それについてだけど」


 マシロは指を鳴らす。

 すると、一枚の写真が俺の目の前に飛んできた。

 それは、今朝マシロが撮影したという、当センターの入り口の看板の写真だった。


 そこには、長年の泥とカビで文字が汚れ、こう書かれていた。


『     猛獣   センター 』

(元:遺失物管理センター)


「……動物園かな?」


「誰が入るのよこんな店! 『猛獣センター』なんて、自殺志願者しか来ないわよ!」


「なるほど、だから先週、間違えてグリフォンが入ってきたのか……」


「納得してる場合!? 今すぐ磨いてきなさい! ピカピカに!」


 マシロの怒号と共に、雑巾とバケツが俺の顔面に飛んできた。


 ***


 看板磨きという重労働(所要時間十分)を終え、俺は再びソファに沈没した。

 もう一日のエネルギーを使い果たした気分だ。


「あー、疲れた。休憩だ。テレビでも見るか」


 俺はリモコンを操作し、壁掛けのモニターを点けた。

 画面に映し出されたのは、朝のニュース番組『おはようダンジョン』。

 そして、そのトップニュースで、不愉快なほどキラキラした男がインタビューを受けていた。


『――ええ、今回の深層遠征も、順調でしたよ』


 金髪碧眼。純白の騎士団服。

 カメラに向かって爽やかな笑顔を振りまいているのは、国立ダンジョン対策本部・第1特殊部隊隊長、剣崎けんざきレオ。

 世間じゃ「白銀の騎士」なんて呼ばれてる、今をときめく英雄様だ。


『キャー! レオ様こっち向いてー!』

『さすが人類の希望! 肌が発光してるわ!』


 黄色い声援が飛び交う中、レオはマイクを向けられ、キリッとした顔で答える。


『秘訣ですか? そうですね……やはり、日々の筋肉マッスルとの対話でしょうか。ダンジョンの魔物も、プロテインの前には無力です』


「……ッ」


 俺は無言でリモコンの電源ボタンを押し込んだ。

 ブツン、と画面が暗転する。


「あら、消しちゃうの? イケメンだったのに」


 書類整理をしていたマシロが、不思議そうに振り返る。


「……電気がもったいねぇ。あいつが映ると画面が眩しすぎて、消費電力が三倍になるんだ」


「何その理屈。……知り合い?」


 マシロの勘は鋭い。

 記憶喪失のくせに、こういう時だけ目ざとい幽霊だ。


「まさか。俺みたいな底辺清掃員と、雲の上の英雄様に関わりがあるわけないだろ」


 俺は吐き捨てるように言い、あくびを噛み殺したフリをした。

 胸の奥が、少しだけざらつく。

 英雄。希望。

 そんなものが、どれだけの『嘘』と『犠牲』の上に成り立っているか、あの能天気な騎士様は分かっていて道化を演じているのか、それとも本気で忘れているのか。


「……ふーん」


 マシロはジッと俺の横顔を見ていたが、それ以上は追求してこなかった。

 彼女は再び書類に視線を戻し、独り言のように呟く。


「ま、いいわ。今は過去の男より、現在の現金キャッシュよ。……はぁ、本当にどうしようかしら、この赤字」


 その時だった。


 チリーン……。


 入り口のドアベルが、数年分の錆をこすり合わせるような、頼りない音を立てた。


「!」


 俺とマシロは同時に顔を見合わせた。

 幻聴か?

 いや、確かに鳴った。

 この、猛獣注意の看板を掲げ(今は直したが)、地下の掃き溜めに存在する廃墟のような事務所に、客が?


「……ジン、来たわよ」


 マシロが小声で囁く。その目は「カモがネギ背負って来た」と言う捕食者の目だった。


「客よ! 逃がさないで! ふんだく……いえ、誠心誠意おもてなしして!」


「おい、本音が漏れてるぞ」


 俺はのろのろと立ち上がり、入り口へと向かった。

 重い鉄扉が開く。

 逆光の中に立っていたのは、大きなリュックを背負った、小柄な人影だった。


「あ、あの……」


 怯えたような、消え入りそうな声。

 それは、泥だらけの装備を身につけた、まだ十代半ばに見える新米冒険者の少女だった。


「ここは……『遺失物管理センター』で、合ってますか……?」


 俺はニヤリと笑う――つもりはなく、あくまで業務的な笑顔を作った。


「ああ、そうだ。いらっしゃい。どんな『忘れ物』だい? ここなら、地獄の底にあるモンでも見つかるぜ」


 こうして。

 俺たちの最初の仕事ビジネスが、唐突に動き出したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ