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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
爆裂娘と、見栄っ張りな騎士

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第28話:白銀の騎士、堕ちる

 人生には「上り坂」と「下り坂」があると言う。

 だが、ここ『ダンジョン遺失物管理センター』にあるのは、いつだって「崖っぷち」だけだ。


 ヒュオォォォォォ……!


 寒々しい風切り音が、リビング(仮)を吹き抜ける。

 かつて壁があった場所には、ホームセンターで特売されていたブルーシートが、ガムテープと画鋲で無理やり固定されていた。

 それが強風に煽られ、バタバタバタッ! と工事現場のような騒音を立てている。


「……寒い」


 俺、黒鉄ジンは、愛用のソファの上で毛布を頭から被り、ミノムシのように丸まっていた。

 隙間風なんて可愛いものじゃない。これはもはや「野宿」だ。

 先日の爆破テロ(犯人:ツムギ)によって吹き飛ばされた壁は、予算不足のため未だ修復の目処が立っていない。


「おい、誰か暖房を入れろ。俺の体温が爬虫類並みに低下している」


「甘えないでください、破壊神先輩。火薬を燃やせば一瞬で温まりますよ? C4爆薬、余ってますし」


 こたつ(粗大ゴミ置き場から拾ってきた)に入りながら、栗花落ツムギがニコニコと物騒な提案をしてくる。

 彼女の手にはみかん……ではなく、直径二十センチほどの対戦車地雷が握られており、彼女はそれを愛おしそうに布で磨いていた。

 キュッ、キュッ。

 金属を磨く音が、奇妙なリズムを刻む。


「やめろ。室内でキャンプファイヤーをするな。一酸化炭素中毒で全滅するわ」


「おやおや、死体が増えるのは歓迎だよ。特に一酸化炭素中毒死は、皮膚がピンク色になって綺麗だからねぇ」


 キッチンの隅――勝手に占拠して作られた『薬師寺医院・出張所』から、ヤクモが顔を出す。

 彼はフラスコに入った紫色の液体をアルコールランプで煮詰めながら、恍惚の表情を浮かべていた。

 部屋中に漂う、薬品のツンとする刺激臭と、火薬の焦げ臭さ、そしてカビの臭い。

 これが、現在の俺たちの「日常」の香りだ。


「……はぁ。どいつもこいつも」


 俺たちの頭上を、幽霊秘書のマシロが浮遊していた。

 彼女は半透明な腕を組み、眼下に広がる地獄絵図を見下ろして深いため息をついた。


「ねえジン。今月の収支、見た?」


「見たくねぇ。現実を見るのは、夢から覚めた時だけで十分だ」


「現実逃避してないで聞きなさい。……赤字よ。それも、真っ赤っ赤。大動脈が切断されたレベルの出血多量よ」


 マシロは空中に家計簿(チラシの裏)を突きつけた。


「壁の修繕費見積もり、八十万円。ヤクモが勝手に注文した薬品代、三十万円。ツムギの火薬代、五十万円。……対して、今の所持金は?」


「……三千円」


「そう、三千円。小学生のお小遣い以下よ! どうやって生きていくつもりなの!?」


 マシロの怒号に合わせて、ポルターガイスト現象が発生する。

 食器棚の皿がカタカタと震え、ブルーシートがさらに激しく暴れ回る。


「仕方ねぇだろ! 客が来ねぇんだから!」


 俺は毛布から顔を出して反論した。


「それに、俺は悪くねぇ。悪いのは壁を吹き飛ばした爆弾魔と、高額な薬品を垂れ流すヤブ医者だ」


「あ、私は悪くないですよ? 先輩が『綺麗に掃除しろ』って言ったから爆破したんです」


「ボクも悪くないねぇ。研究にはコストがかかるものさ。未来の医療への投資だよ」


「……あー、もう! 全員まとめてスクラップにしてやろうか!」


 俺が頭を抱えた、その時だった。


 ピンポーン♪


 頼りないドアベルの音が、殺伐とした空気を切り裂いた。

 全員の動きが止まる。

 こんな貧乏神と疫病神がルームシェアしているような場所に、客?


「……ちっ。借金取りか? NHKか?」


 俺は警戒心むき出しで立ち上がり、玄関へと向かった。

 ドアスコープを覗く。

 そこには、明らかにカタギではない人物が立っていた。


 黒いロングコート。

 顔の半分を覆う巨大なサングラス。

 深く被った帽子。

 そして、口元には白いマスク。


 フル装備の不審者だ。

 どう見ても、これから銀行強盗か誘拐の下見に来た犯罪者そのものである。


「……マシロ。塩だ。特盛の塩を持ってこい」


「あら、珍しく気が合うわね。物理攻撃ポルターガイストの準備もしておくわ」


 俺はドアチェーンをかけたまま、数センチだけ扉を開けた。

 冷たい隙間風と共に、相手の緊張した息遣いが漏れ聞こえてくる。


「……当センターには金目の物はねぇぞ。あるのは借用書と爆弾とホルマリン漬けの内臓だけだ。お引き取り願おうか」


 俺が冷たく言い放ち、ドアを閉めようとすると、

 ガシッ!

 男が革手袋をした手で、ドアの隙間を強引に掴んだ。


「ま、待ってくれ! 私だ……!」


 その声。

 聞き覚えがある。

 いや、普段テレビの向こうで聞いている、あの無駄に爽やかで、今は悲壮感に満ちた声。


「……あ?」


 俺はドアチェーンを外し、扉を全開にした。

 男はよろめくように中に入り込み、肩で息をしながらサングラスとマスクを外した。


 現れたのは、国宝級のイケメン――の成れの果てだった。


 黄金の髪はワックスの整髪料が崩れてボサボサ。

 宝石のようだった碧眼の下には、どす黒いクマが広がり、頬はこけている。

 あの煌びやかなオーラは消え失せ、代わりに漂っているのは「リストラ直前の中間管理職」のような哀愁だった。


「……レオ?」


 俺の声に、リビングの全員が反応した。


「おや、新鮮な過労死予備軍だねぇ」

 ヤクモがメスを片手に近づいてくる。

「胃壁がストレスで溶けかかっている音が聞こえるよ。……切ってみるかい?」


「不審者侵入ですね! 迎撃します!」

 ツムギが地雷の安全ピンに指をかけ、満面の笑みで構える。

「ここなら爆破しても被害は最小限(壁がないので)です!」


「ひぃッ!?」

 レオが悲鳴を上げ、俺の背後に隠れた。

「な、なんだこの場所は!? 魔界か!? なぜ爆弾とメスを持った住人が平然と暮らしているんだ!」


「ウチの『愉快な仲間たち』だ。慣れろ」


 俺はレオをソファ(唯一の安全地帯)に座らせた。

 こいつがこんな姿で、しかもお忍びで来るなんて、ただ事じゃない。


「で? どうしたんだよ、英雄様が。ファンに追い回されて逃げてきたか?」


 俺が激甘の缶コーヒーを投げ渡すと、レオは震える手でそれを受け取り、プルトップも開けずに額に押し当てた。

 冷たさが、少しだけ彼の理性を引き戻したようだ。


「……ジン。笑わずに聞いてくれ」


 レオは重い口を開いた。

 その視線は、どこか遠く――自分の未来という名の断崖絶壁を見つめていた。


「私は……クビになりそうだ」


「はぁ!?」


 俺とマシロの声が重なった。

 天下の白銀の騎士が?

 国の広告塔が?


「正確には、予算削減だ。……先日の定例会議で、上層部から通達があった。『最近の君の活動にはマンネリを感じる』『数字(視聴率)が取れていない』とな」


 レオは懐からタブレットを取り出し、俺たちに見せた。

 画面に映っていたのは、SNSのコメント欄のまとめサイトだ。


『レオ様、最近同じ技ばっかりじゃね?』

『飽きた。もっと刺激的なのが見たい』

『安全圏で戦ってる感がすごい。もっと血みどろになれよ』

『オワコン乙』


 辛辣な言葉の羅列。

 匿名という名の凶器が、レオのガラスのハートを粉々に砕いていた。


「……ひどい言われようね」

 マシロが覗き込んで眉をひそめる。「命がけで戦ってるのに、これじゃあ浮かばれないわ」


「ああ。……だが、これが現実だ」

 レオは唇を噛み締めた。「彼らが求めているのは『正義』じゃない。『娯楽エンタメ』なんだ。血と悲鳴と、劇的な逆転劇……それを安全な画面越しに消費したいだけなんだよ」


 レオの手が震える。

 それは恐怖ではなく、悔しさによるものだった。

 彼は本気で市民を守りたいと思っている。だが、その活動資金を得るためには、ピエロになって大衆のご機嫌を取らなければならない。その矛盾が、彼を内側から蝕んでいた。


「次の遠征……一週間後の『水晶渓谷』攻略戦。これがラストチャンスだと言われた」


 レオは俺を見た。

 その瞳は、プライドも恥もかなぐり捨てた、懇願の色を帯びていた。


「同接(同時接続数)100万人。……これを達成できなければ、騎士団の予算は3割カットされる。部下の装備も、ポーションも買えなくなる。……それだけは、阻止しなければならない」


 レオがソファからずり落ち、土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。


「頼む、ジン! 貴様らのような……常識の外側にいる『イカれた連中』の知恵が必要なんだ!」


 彼は顔を上げ、叫んだ。


「私を……最高に『映える』ように、プロデュースしてくれッ!!」


 シン……。

 リビングに、ブルーシートのはためく音だけが響いた。


 俺は缶コーヒーを一口啜り、冷めた目で彼を見下ろした。


「……断る」


「なっ!?」


「俺は掃除屋だ。芸能事務所じゃねぇ。お前の人気取りごっこに付き合ってる暇はねぇんだよ」


 俺はあくびをして、そっぽを向いた。

 面倒くさい。あまりにも面倒くさい。

 他人の評価なんて知ったことか。俺たちは今日を生きるだけで精一杯なんだ。


「それに、俺たちみたいな『日陰者』が表舞台に関われば、ロクなことにならねぇ。……帰れ」


 俺の拒絶に、レオの顔が絶望に染まる。

 だが、彼は引かなかった。

 震える手で、懐から最後の一枚――小切手帳を取り出した。


「……報酬は」


 彼がペンを走らせる。

 サラサラと書き込まれた数字を、俺の目の前に突き出した。


「このセンターの壁の修繕費、全額負担。さらに、貴様がヤクモに抱えている治療費の借金、全額肩代わり。……プラス、成功報酬で現金100万だ」


 ピタリ。

 俺の動きが止まった。


 修繕費(80万)。

 借金(500万)。

 プラス100万。

 合計、約700万円相当。


 俺の脳内で、高速演算が走る。

 今の残高、三千円。

 このままでは餓死、凍死、あるいはヤクモによる解剖エンド。

 だが、この手を取れば――。


 ガシッ!


 俺は光の速さで小切手をひったくっていた。

 右手で小切手を握りしめ、左手でレオの肩をガッチリと抱く。


「毎度ありィッ!!」


 俺は満面の営業スマイル(とびきり邪悪なやつ)を浮かべた。


「お客様、お目が高い! 当センターは清掃から遺失物管理、そして『アイドルのプロデュース』まで幅広く手がける総合エンターテインメント企業でございます!」


「き、貴様……変わり身が早すぎないか!?」

 レオが引いているが、関係ない。金だ。金こそが正義だ。


「マシロ! 契約書だ! ツムギ、お茶を出せ! ヤクモ、肩を揉め!」


「はいはい。現金な男ねぇ」

 マシロが呆れながらも、嬉しそうに宙を舞う。


「プロデュースですね! 爆発的な演出、任せてください!」

 ツムギが目を輝かせる。


「過労死寸前の騎士の肉体……メンテナンスしがいがありそうだ」

 ヤクモが舌なめずりをする。


 俺は小切手にキスをした後、青ざめるレオに向かってニヤリと笑った。


「安心しろ、英雄様。俺たちがついている限り、お前を『伝説』にしてやるよ。……たとえそれが、放送事故スレスレの泥臭い伝説だとしてもな」


 こうして。

 崖っぷちの掃除屋と、崖っぷちの英雄による、起死回生の「虚構プロジェクト」が幕を開けた。

 だが、この時の俺たちはまだ知らなかった。

 その「演出」の先に、本物の悪夢が待ち受けていることを。


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