第27話 最悪の歓迎会
「同じ釜の飯を食う」という言葉がある。
苦楽を共にし、絆を深めるための美しい慣用句だ。
だが、その「釜」の中身が、致死性の劇薬と爆発物と産業廃棄物のハイブリッドだった場合、そこで生まれるのは絆ではなく「共犯者意識」か、あるいは「集団食中毒による全滅」のどちらかだ。
夜の帳が下りた、遺失物管理センター。
かつてリビングだった場所には、いまや壁が存在しない。
代わりに張り巡らされたのは、ホームセンターで買ってきた安っぽいブルーシートだけだ。
バタバタバタッ!!
バッタン、バッタン!!
強風に煽られたシートが、工事現場のような貧乏くさい騒音を立てて暴れている。
隙間から容赦なく吹き込む夜風が、ロウソク(電気代節約のため照明はオフだ)の火を揺らし、俺の懐(財布)と心を物理的に冷却していく。
「却下だ! 絶対認めん! これ以上変人を増やすな!」
俺、黒鉄ジンは、極寒のリビングでテーブルを叩いて叫んだ。
その視線の先には、壁を吹き飛ばした張本人、栗花落ツムギがリュックを抱えて小さくなっている。
「でもジン、見てよこの『風通しの良さ』」
マシロが、瓦礫の上で腕組みをして言った。霊体の彼女には寒さが関係ないのが腹立たしい。
「壁は直せばいいわ。でも、これだけの火力を『掃除』に使えるなら、今後のダンジョン探索が劇的に楽になるはずよ。障害物排除、魔物の巣の殲滅……使い所は無限大だわ」
「使い所を間違えて、俺たちが瓦礫の下敷きになる未来しか見えねぇよ!」
「ボクも賛成だねぇ」
ヤクモが、黒焦げになったキノコをピンセットでつつきながら口を挟む。
「彼女の爆破技術は芸術的だ。爆風の指向性制御、燃焼温度の調整……まさに『爆破の魔術師』だよ。それに、彼女がいれば毎日新鮮な外傷データ(やけど・裂傷・衝撃死)が取れる」
「お前の理由は毎回サイコパスなんだよ! マッドドクター!」
俺は孤立無援だった。
2対1。
多数決という名の暴力が、俺の平穏への願いを圧殺しようとしている。
俺は天を仰いだ。
めくれたブルーシートの隙間から、無駄に綺麗な星空が見える。
壁なし。金なし。常識なし。
俺の人生設計図は、この継ぎ接ぎだらけのシートのように、今にも強風で吹き飛んでしまいそうだった。
「あ、あの……!」
ツムギがおずおずと手を挙げた。
「私、お給料は安くても大丈夫です……! 火薬代さえ……火薬代さえ経費で落としていただければ、壁の修理も、掃除も、洗濯も、爆破も、なんでもやります!」
「爆破を日常業務に混ぜるな!」
俺は溜息をついた。
もう、怒る気力もない。寒さと空腹で思考回路がショート寸前だ。
「……分かったよ。採用だ。正式に雇う」
「本当ですか!?」
「ただし! 俺の許可なく起爆装置に触るな! リビングで火薬を調合するな! 分かったな!」
「はいっ! ありがとうございます、破壊神先輩!」
「先輩と呼べ! 神をつけるな!」
こうして、俺たちのチームに最悪の爆弾魔が加わった。
これを記念して――いや、これから始まる地獄への手向けとして、マシロが提案したのが「歓迎会」だった。
***
テーブルの中央には、年代物の土鍋が鎮座している。
中では何かがグツグツと煮えたぎっている。
だが、そこから漂ってくるのは出汁の香りではない。
硫黄と、薬品と、そして長期間放置された有機物の腐敗臭が混ざり合った、この世の終わりみたいな臭気だ。
「……おい。なんだこの鍋は」
俺は箸を持ったまま、震える手で鍋を指差した。
鍋の中身は、深緑色と紫色がマーブル模様を描いて渦巻いている。
時折、ボコッ……ジュワッ……と、粘度の高い液体が跳ねる不吉な音が響く。
「『闇鍋』よ」
マシロが涼しい顔で答える。
「ウチの財政状況(残高マイナス)を知ってるでしょ? 豪華な料理なんて出せるわけないじゃない。だから、全員が具材を持ち寄る『ポットラック形式』にしたのよ」
「ポットラックって、普通はもっと平和な料理を持ち寄るもんだろ! なんで『魔女の鍋』になってんだよ!」
「失礼ね。私はちゃんと『冷蔵庫の守り神』を提供したわよ」
マシロが指差したのは、毒々しいスープの中で浮き沈みしている、黒い塊だった。
「冷蔵庫の製氷機の奥底で、たぶん5年は眠っていた謎の物体Xよ。解凍したら意外と弾力があって、こんにゃくみたいだったわ」
「それ絶対食い物じゃねぇだろ! 保冷剤か、先代の住人の遺品だろ!」
「加熱殺菌すれば大丈夫よ。……で、ヤクモは何を入れたの?」
ヤクモがニタリと笑い、鍋にフラスコの中身を注ぎ足した。
蛍光グリーンの液体が、キィィィ……という悲鳴のような音を立ててスープと反応する。
「ボク特製の『完全栄養剤』だよ。マンドラゴラの搾り汁に、トロールの肝臓エキス、それから疲労回復効果のある興奮剤を少々ブレンドした。発光しているのは新鮮な証拠さ」
「放射性廃棄物じゃねぇか! 鍋が光ってんだよ! ゲーミングPCか!」
「味は保証しないけど、死んだ細胞も無理やり活性化させるよ。蘇生薬の失敗作だからね」
「失敗作を食わせるな!」
液体が混ざり合い、スープの色がドス黒い紫色に変色していく。
表面には、あぶくがドクロの形を作って弾けた気がした。
「……で、ツムギ。お前は何を入れた?」
俺は最後の希望(絶望)に問いかけた。
ツムギは頬を染め、恥ずかしそうに小瓶を取り出した。
「えへへ……。私、料理は苦手なので……『スパイス』を持ってきました」
「スパイス? ……ま、まさか胡椒とか七味とか、そういうまともな……」
「黒色火薬と、マグネシウム粉末の特製ブレンドです! 口の中でパチパチ弾けて、刺激的ですよ!」
「火薬じゃねぇか!! ドンパッチの原料かよ! 腹の中で爆発するわ!」
ツムギは「隠し味ですぅ」と言いながら、ザラザラと黒い粉を鍋に投入した。
カッッッ!!!
鍋から白い火柱が上がった。
マグネシウムが水分と反応し、閃光弾のようなまばゆい光が薄暗いリビングを照らす。
「目がぁぁぁッ! 食卓でフラッシュ焚くな!」
「完成ね」
マシロが厳かに宣言した。
「さあ、食べましょう。歓迎の儀式よ。これを食べきれば、私たち『アンラッキー・カルテット』の結束は本物になるわ」
「結束する前に全滅するわ!」
だが、逃げ場はない。
マシロは幽霊だから食べない(吸うだけ)。
ヤクモは自分の薬に耐性がある。
ツムギは火薬の味に慣れている(?)。
つまり、一番の被害者は、唯一の常識人であり、生身の人間である俺だ。
「……くっ。食えばいいんだろ、食えば!」
俺は覚悟を決めた。
箸先が震える。本能が「それを口に入れるな」と警鐘を鳴らしている。
だが、ここで逃げたら俺の負けだ。家長としての威厳が(元々ないが)地に落ちる。
俺は意を決して、謎の黒い塊(マシロ提供)を掴み、口に放り込んだ。
――瞬間。
走馬灯が見えた。
(あ、婆ちゃん……。川の向こうで手を振ってる……こっち来ちゃダメだって言ってる……)
味覚という概念を超越した衝撃。
腐敗したゴムを、硫酸で煮込み、最後に火薬をまぶしたような味。
舌が痺れ、喉が焼け、食道を通る瞬間にパチパチと小爆発が起きる。
胃の中で何かが暴れ回り、内側から破壊工作を行っている。
「ぐ、ボォ……っ!」
俺は白目を剥いてテーブルに突っ伏した。
「おや、気絶したねぇ。脈拍上昇、瞳孔散大。……素晴らしいリアクションだ」
「先輩!? 大丈夫ですか!? お水……じゃなくて、ニトログリセリン(気付け薬)飲みますか!?」
「あーあ。根性なしねぇ。……でも、これで儀式は完了ね」
薄れゆく意識の中で、こいつらの声が遠くに聞こえる。
ああ、なんて心地よい(最悪な)仲間たちなんだろう。
俺は意識を手放し、暗黒の淵へと沈んでいった。
***
翌朝。
センターのトイレから、ふらりと人影が出てきた。
俺だ。
頬はこけ、目の下にはどす黒いクマができ、足取りはおぼつかない。
昨晩摂取した「劇物」の影響で、全ステータスが半減している状態だ。
生きているのが不思議なくらいだ。
「……おはよう、破壊神先輩。顔色が土壁みたいですよ」
ツムギが箒で床を掃きながら、爽やかに挨拶してくる。
彼女は元気だ。どうやら火薬は栄養になるらしい。
「……うるせぇ。お前のスパイスのせいだ」
「おはよう、ジン君。昨日の君の胃液データ、興味深かったよ。PH値が人間じゃなかったね」
ヤクモが顕微鏡を覗きながら笑う。
こいつに至っては、徹夜で俺のゲロを分析していたらしい。変態だ。
「……おはよう、オーナー。ほら、今日は普通のコーヒーよ」
マシロが、湯気の立つマグカップを差し出してきた。
普通の香り。
普通の茶色い液体。
「……ありがとな」
俺はコーヒーを啜った。
染み渡る。カフェインが、死にかけた細胞に染み渡る。
生きているって、素晴らしい。
見渡せば、半壊した壁、散乱する実験器具、そして爆薬の入ったリュック。
ここは掃き溜めだ。
社会のレールから外れ、行き場を失った「不良品」たちの集積所。
借金まみれの掃除屋。
記憶のない幽霊。
狂った医者。
爆弾魔の少女。
ゾンビのような俺を見ても、誰も心配しない。
それがこいつらにとっての「日常」であり、俺もまた、その異常な景色の一部になっている。
誰もが「普通」じゃない。
だからこそ、ここでは息ができるのかもしれない。
「『アンラッキー・カルテット』か。……ま、悪くねぇ名前だな」
俺が自嘲気味に笑った、その時だった。
ピンポーン♪
ドアベルが鳴った。
こんな朝早くに、また客か?
「……はいはい。どなたですかー」
俺は重い腰を上げ、玄関のドアを開けた。
そこに立っていたのは、明らかにカタギではない男だった。
黒いロングコート。
目深に被った帽子。
そして、顔の半分を覆うような、ドン・キホーテで売っていそうな安っぽい巨大なサングラス。
全身から「不審者です」というオーラが出ている。
「……セールスならお断りだぞ。今は爆弾と内臓しか買う金がねぇ」
俺がドアを閉めようとすると、男がガシッとドアを押さえた。
その手が、小刻みに震えている。
武者震いじゃない。切羽詰まった、恐怖による震えだ。
「……ま、待ってくれ。私だ」
男がサングラスを少しずらす。
その下から覗いたのは、宝石のような碧眼と、憔悴しきったクマのある目元。
「……レオ?」
剣崎レオ。
「白銀の騎士」であり、俺の腐れ縁。
だが、今の彼に英雄の覇気はない。まるで、借金取りに追われる多重債務者のような顔をしている。
「……頼む、ジン。助けてくれ」
レオは周囲を警戒しながら、消え入りそうな声で言った。
「私を……プロデュースしてくれないか?」
「……は?」
俺と、背後から覗き込んでいたマシロ、ヤクモ、ツムギの四人は、声を揃えて言った。
「「「「はぁぁぁぁ!?」」」」
最悪の歓迎会が終わったと思ったら、今度は最強の厄介ごとが転がり込んできたらしい。
俺の胃痛が治るのは、当分先になりそうだ。




