第25話 面接に来たのは爆弾魔でした
人手不足。
それは現代社会が抱える深刻な病理であり、ここ『遺失物管理センター』においても例外ではなかった。
マシロが撒いた求人チラシの効果は絶大だった。
翌日の午前中には、センターの前に長蛇の列ができていたのだ。
ただし、問題はその「質」である。
「……次の方、どうぞー」
俺、黒鉄ジンは、死んだ魚のような目で面接官席(ただの長机)に座り、気だるげに声を上げた。
隣には、浮遊する幽霊秘書マシロと、白衣を血で汚した闇医者ヤクモが並んでいる。
地獄の面接官トリオだ。
ガチャリ。
ドアが開いて入ってきたのは、身長2メートルを超える緑色の肌の巨漢だった。
腰には棍棒。口からは牙。どう見てもオークだ。
「……志望動機は?」
『グガ、グガガ、ニク、クワセロ』
「不採用。帰れ」
俺は履歴書(というか木の皮)を破り捨てた。
オークは暴れようとしたが、ヤクモが「おや、新鮮な筋肉だねぇ」とメスを取り出した瞬間、悲鳴を上げて逃げ出した。
「次」
現れたのは、目出し帽を被った怪しい男。
「特技は?」
「ピッキングと、背後からの絞殺です」
「うちは強盗ギルドじゃねぇよ。警察へ行け」
「次」
全身から粘液を垂れ流す半魚人。
マシロが「床が汚れる!!」と絶叫し、ポルターガイストで窓から射出した。
「次」
「次」
「次……!」
来るわ来るわ。
指名手配犯、モンスター、言葉の通じない蛮族、自称・勇者のニート。
まさに『類は友を呼ぶ』。掃き溜めのようなこのセンターには、社会の底辺で発酵した「濃い」連中しか集まってこない。
「……はぁ。もうダメだ。人類は滅亡したのか?」
俺は机に突っ伏した。
十人面接して、まともな会話が成立したのがゼロ。
これなら、俺一人でブラック労働した方がマシだ。
「諦めないでジン! まだ希望はあるわ! 次が最後よ!」
マシロが励ます。彼女も必死だ。これ以上、自分の城が汚れるのを防ぐためには、まともな「手足」が必要なのだ。
「次の方ー!」
ガチャリ。
重い鉄扉が、遠慮がちに開いた。
「あ、あの……し、失礼、しますぅ……」
入ってきたのは、小柄な人間の少女だった。
年齢は19歳くらいか。
栗色の髪をふわふわとしたボブカットにし、大きな丸眼鏡をかけている。
背中には自分の体ほどもある巨大なリュックを背負い、小動物のようにオドオドと震えていた。
「に、人間だ……!」
俺は思わず感動の声を上げた。
五体満足。言葉が通じる。服を着ている。
それだけで後光が差して見える。
「ど、どうぞ! 座ってください! お茶出しますか!? 今なら高級メロンもありますよ!」
俺は前のめりになった。
少女はビクッとして後ずさり、「ひぃっ……」と小さな悲鳴を上げた。
「す、すみませんっ! い、いきなり怒鳴らないでくださいぃ……私、大きい声が苦手で……」
「あ、悪かった。……座ってくれ」
少女は恐る恐るパイプ椅子に座った。
その動作一つ一つが、怯えたウサギのようで庇護欲をそそる。
左腕には、『危険物取扱者』と書かれた赤い腕章が巻かれていたが、まあ、ダンジョンで働くなら資格の一つや二つ持っていて当然だろう。
「名前は?」
「つ、栗花落……ツムギ、です……」
蚊の鳴くような声。
履歴書を差し出す手も震えている。
「志望動機は?」
「あ、あの……私、不器用で……前のバイトも、その、すぐクビになっちゃって……。で、でも、掃除とか……ゴミ処理なら、得意だと……思います……」
ツムギは消え入りそうな声で言い、上目遣いで俺たちを見た。
「こ、こんな私でも……雇ってもらえますか……?」
俺、マシロ、ヤクモの三人は顔を見合わせた。
そして、目で会話する。
(ジン:『採用だ。弱そうだが、素直そうだ。こき使える』)
(マシロ:『同意ね。少なくとも床を汚すタイプじゃなさそう』)
(ヤクモ:『健康そうだね。臓器の予備タンクとしてキープしておこう』)
満場一致。
俺はニッコリと笑い、彼女に告げた。
「合格だ。採用。明日から来てくれ」
「えっ……!?」
ツムギが顔を上げ、眼鏡の奥の瞳を輝かせた。
「ほ、本当ですか!? 私なんかが……!」
「ああ。君みたいな『普通』の子を待っていたんだ」
俺が立ち上がり、握手を求めようとした、その時。
「ちょっと待った」
マシロが、スッと手を挙げて制止した。
「マシロ? なんだよ、文句あるのか?」
「念のためよ。……口で言うのは簡単だもの。『実技試験』をさせてもらうわ」
マシロの目が光った。
彼女は疑り深い。特に「掃除スキル」に関しては妥協を許さない。
「ツムギちゃん、言ったわよね? 『ゴミ処理なら得意』って」
「は、はい……! 掃除は……大好き、です……」
「なら、証明して見せて。……ついてらっしゃい」
マシロは浮遊しながら、裏口の方へと向かった。
俺とヤクモ、そして重そうなリュックを背負ったツムギが後に続く。
***
センターの裏庭(という名の空き地)。
そこには、地獄のような光景が広がっていた。
「うわぁ……」
俺は思わず顔をしかめた。
そこには、ここ数日でヤクモが排出した「医療廃棄物」の山が築かれていたのだ。
失敗したスライムの培養液。
解体された魔獣の骨や内臓。
怪しい色の薬品が染み込んだ布切れ(可燃性)。
悪臭が鼻を突く。ハエがたかっている。
まさに汚物の塔。
「これが課題よ」
マシロは空中に浮き、汚物の山を指差した。
「この産業廃棄物を、跡形もなく『処理』しなさい。制限時間は10分。……できる?」
これは無理難題だ。
プロの清掃業者でも半日はかかる量だ。しかも有害物質まみれ。
俺ならデッキブラシで一日がかりの仕事だ。
ツムギは、その巨大なゴミ山を見上げ、ポカンと口を開けていた。
そして、ゴクリと喉を鳴らす。
「……これを、処理……ですか?」
「ええ。無理なら諦めて帰っていいわよ」
マシロが冷たく言い放つ。
やはり厳しすぎるか。この子は泣いて逃げ出すだろう。
俺が「まあまあ、手伝ってやるよ」と声をかけようとした、その瞬間。
ニィッ。
ツムギの口角が、奇妙な形に吊り上がった。
「……はい! やります! 焼却しますね!」
彼女の声のトーンが変わった。
先ほどまでの「蚊の鳴くような声」ではない。
腹の底から響くような、妙に弾んだ、歓喜に満ちた声。
「え?」
俺が戸惑う間に、ツムギは背中のリュックを地面に下ろした。
ズシンッ!
重い音がする。何キロあるんだそれ。
彼女は慣れた手つきでリュックのジッパーを開けた。
中から出てきたのは、掃除道具のモップでも、ゴミ袋でもなかった。
オリーブドラブ色の、円盤状の物体。
そして、粘土のような白い塊。
無数のコードと、起爆スイッチ。
「……おい。なんだそれ」
俺の頬が引きつる。
見覚えがある。
かつてダンジョンの最前線で、工兵部隊が使っていたヤツだ。
「対戦車地雷(M15)と、プラスチック爆薬(C4)ですっ!」
ツムギは満面の笑みで答えた。
その眼鏡の奥の瞳は、ゴミ山を見てウットリと潤んでいる。
「こんなにたくさんの『燃料』……最高ですね! 燃やし甲斐があります!」
「ま、待て! 待て待て待て!」
俺は全力で止めに入った。
「掃除だぞ!? ゴミ処理だぞ!? なんで爆薬が出てくるんだ!」
「え? だって先輩、言ったじゃないですか。『跡形もなく処理しろ』って」
ツムギは小首を傾げ、純粋無垢な笑顔で言った。
「爆破すれば、一瞬で分子レベルまで分解できますよ? 熱消毒もできて一石二鳥です!」
「飛躍しすぎだ! 物理法則も常識も吹っ飛んでるぞ!」
「大丈夫です! 指向性爆薬なので、爆風はコントロールします! ……たぶん!」
「たぶんって言ったな今!?」
ツムギは俺の制止を聞かず、楽しそうに地雷をゴミ山の中心に設置し、C4爆薬をペタペタと貼り付け始めた。
その手つきは、先ほどのオドオドした様子とは別人のように手際が良い。
熟練の職人の動きだ。
「セット完了! 退避してくださいねー! カウントダウン、開始!」
彼女はコードを伸ばし、安全圏(と思しき場所)まで走って戻ってきた。
手には起爆スイッチ。
「ちょ、マシロ! 止めろ!」
「え、ええ……? なんか本格的ね……」
マシロも事態の急変に追いついていない。
唯一、ヤクモだけが「ほう、指向性爆破か。美しい火傷が見られそうだ」と目を輝かせている。
「3、2、1……」
ツムギが、恍惚の表情でトリガーに指をかけた。
「汚物は消毒ですぅぅぅぅぅッ!! ヒャッハーー!!」
カチッ。
ドォォォォォォォォォン!!!!
世界が白く染まった。
鼓膜をつんざく轟音。
そして、遅れてやってくる猛烈な衝撃波。
「ぐわぁぁぁぁぁっ!?」
俺たちは木の葉のように吹き飛ばされた。
熱風が頬を焼き、土埃が視界を覆う。
センターの窓ガラスが衝撃で全割れし、裏庭のフェンスが飴細工のようにねじ曲がった。
***
数分後。
土煙が晴れた裏庭には、直径5メートルのクレーターが出来上がっていた。
ゴミ山は、消滅していた。
文字通り、分子レベルで分解され、黒い煤となってクレーターの底にへばりついている。
そして、その余波で、センターの壁の半分が消し飛び、リビングが丸見えになっていた。
「……ゲホッ、ゲホッ……」
俺は瓦礫の中から這い出した。
髪の毛はチリチリのアフロヘアーになり、顔は煤で真っ黒だ。
「……何が、掃除だ……」
俺は震える指で、目の前の惨状を指差した。
「これじゃ『爆撃』だろ……! 壁が! 俺の城の壁がぁぁぁ!」
その横で、ツムギだけが無傷で立っていた。
彼女は煤けた眼鏡を人差し指でクイッと押し上げ、クレーターを見下ろして頬を染めていた。
「……綺麗」
うっとりとした吐息。
「完璧な燃焼効率……。美しい爆心地……。ああ、火薬の匂い……落ち着きますぅ……」
彼女はクネクネと身をよじり、恍惚の表情を浮かべている。
ヤバい。
こいつは、ただのドジっ子じゃない。
「破壊」に性的興奮すら覚えるタイプの、真正の爆弾魔だ。
「……お前」
俺はアフロ頭のまま立ち上がり、鬼の形相でツムギに詰め寄った。
「不採用だ!! 帰れテロリスト! 二度と来るなァァァッ!」
俺の絶叫が、青空に吸い込まれていく。
だが。
ツムギは俺の怒声を聞いて、ビクッとするどころか、さらに目を輝かせて俺を見上げた。
「す、すごいです先輩……! あの爆風の中で、五体満足で立っているなんて……!」
「は?」
「普通ならミンチですよ!? それを、爆風の軌道を読んで受け流したんですね!? ……か、かっこいい……!」
ツムギが両手を組み、尊敬の眼差しを向けてくる。
「一生ついていきます、破壊神先輩! 私に爆破の美学を教えてください!」
「教えねぇよ! つーか破壊神じゃねぇ! 清掃員だ!」
そこへ、煤まみれになったマシロ(霊体なのに汚れる不思議)とヤクモが這い出てきた。
「……すごいわ」
マシロが呟く。
「一瞬で……あの有害ゴミを、完全消滅させた……?」
「え?」
「焼却炉いらずね。分別する手間も省ける。……火力調整さえできれば、最強の『掃除用具』になるかもしれないわ」
「おい待てマシロ、正気か?」
「ボクも賛成だねぇ」
ヤクモが白衣をパタパタと払いながら笑う。
「これだけの火力を扱えるなら、新しい検体……じゃなくて、護衛としても優秀だ。それに、爆傷の治療データが取り放題だよ」
「お前ら……!」
俺は頭を抱えた。
借金持ちの掃除屋。
記憶喪失の潔癖幽霊。
解剖好きの闇医者。
そして今、爆破狂いのドジっ子が加わろうとしている。
「……終わった。俺の平穏は、木っ端微塵だ」
俺が膝から崩れ落ちる横で、ツムギは「あ、壁も修理しますね! C4で綺麗に整地してから!」と新たな爆薬を取り出そうとしていた。
「やめろォォォッ!!」
俺の悲痛なツッコミが、半壊したセンターに虚しく木霊した。




