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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
第1章:遺失物管理センター、本日も営業中

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第19話:痛み分け(シェア・ザ・ペイン)



「――行くぞ」


俺が踏み込んだ瞬間、世界から摩擦フリクションが消えた。


これまで鉛のように重かった四肢が、嘘のように軽い。

泥濘ぬかるみに足を取られることもない。

まるで背中に見えない翼が生えたかのように、俺の身体は風を切って加速した。


「速ッ!?」


俺自身の思考すら置き去りにする速度。

目の前に迫っていた巨人の触手が、止まって見える。


『右! 来るわよ!』


脳内にマシロの声が響くのと同時だった。

俺の意思とは無関係に、右手が勝手に跳ね上がった。


ギンッ!!


握りしめた白と黒の魔剣が、死角から伸びてきた影の槍を正確に弾き飛ばす。

俺が反応したんじゃない。

剣が――いや、マシロが俺の腕を引っ張り、最適な防御行動を取らせたのだ。


「……ははっ。こいつは便利だ」


俺はわらった。

自動防御オート・ガード

それも、全方位の魔力感知能力を持つ幽霊付きだ。

今の俺は、最強のナビゲーションシステムを搭載したミサイルみたいなもんだ。


「これなら、掃除クリアリングも捗るってもんだ!」


俺は空中で体を捻り、遠心力を乗せて剣を振り抜いた。


ザンッ!!


一閃。

たった一振りで、巨人の左腕が根元から吹き飛ぶ。

断面から黒い瘴気が噴き出すが、それすらも剣が放つ白い燐光に触れた瞬間に浄化され、霧散していく。


『……スゴイ……』

『……ナニ、アレ……』


巨人の表面に浮かぶ無数の顔が、驚愕に目を見開いている。

今まで俺たちを餌としか見ていなかった奴らが、初めて「狩られる側」の恐怖を抱いたのだ。


「いい気味ね。……さあジン、次は胴体よ! 一気に切り裂いて!」


マシロの声は高揚していた。

彼女もまた、この全能感に酔いしれている。

だが、俺は知っている。

この力には、必ず「ツケ」が回ってくることを。


「ああ、やってやるよ。……歯ァ食いしばれよ、マシロ!」


俺は更に加速し、巨人の懐へと飛び込んだ。

剣を横薙ぎに振るう。

その瞬間。


ドクンッ!!!!


心臓が破裂するような衝撃が走った。


「が、ぁっ……!?」


俺の喉から、声にならない悲鳴が漏れた。

能力『死者の共鳴』の代償。

巨人の腕を斬り飛ばした反動として、かつてその腕に押し潰されて死んだ誰かの「断末魔の激痛」が、俺の神経を逆流してきたのだ。


全身の骨が砕ける感覚。

内臓が裏返るような嘔吐感。

視界がホワイトアウトする。


(……クソッ、やっぱりキツいな……!)


いつもなら、ここで膝が折れている。

だが、今回は違った。


『――きゃぁぁぁぁぁっ!!』


脳内で、マシロの絶叫が響いた。


「ッ!?」


痛みが、引いた。

いや、消えたわけじゃない。

俺の身体を駆け巡っていた激痛の奔流が、剣を通じてマシロの方へと流れ込み、分散されたのだ。


『……い、たい……熱い……! なによこれ……!?』


マシロの苦悶の声。

彼女の霊体が、剣の中で激しく明滅しているのが分かる。


「マシロ!?」


俺は思わず足を止めた。


「おい、大丈夫か!? 接続パスを切れ! お前じゃ耐えられねぇ!」


彼女はただの幽霊だ。生前の戦闘経験なんてない一般人だ。

そんな奴が、歴戦の冒険者ですら発狂するような「死の疑似体験」に耐えられるわけがない。


『……だ、黙りなさい……!』


だが、返ってきたのは、震えるけれど力強い拒絶だった。


『切らない……! 絶対、切らない!』

『あんた……いつも、こんなの耐えてたの……? こんな、焼けるような痛みを……一人で……?』


マシロの声が、泣き出しそうに歪む。

それは痛みへの恐怖ではなく、俺への怒りと、悲しみだった。


『バカじゃないの!? なんで平気な顔して笑ってられるのよ!』


「……慣れだよ。職業病みたいなもんだ」


『慣れるわけないでしょ! ……いいから、前を見なさい!』


剣が、グンッ! と俺の手を引いた。

強制的に、俺の意識を戦場へと引き戻す。


『半分よ。……痛みも、苦しみも、全部半分こ! あんたが背負ってる荷物、私が半分持ってあげるって言ってんのよ!』


マシロの叫びと共に、剣の輝きが増した。

白い光が俺の腕を包み込み、ボロボロになった筋肉を霊力で補強する。


俺の右腕の痛みが消えた。

代わりに、マシロが軋むような音を立てる。


「……ハッ。生意気な秘書だ」


俺は口元を歪めた。

目頭が熱い。血の涙で汚れた視界が、少しだけ滲む。


俺はずっと、一人だと思っていた。

5年前、仲間たちが死んでからずっと、この痛みは俺だけの罰だと思っていた。

誰にも理解されない。誰とも分かち合えない。

そうやって孤独に閉じこもることで、自分を保っていたんだ。


だが、違った。

俺の背中には今、こんなにも口うるさくて、お節介で、温かい奴がいる。


「……ああ、そうだな。半分こだ」


俺は剣を強く握り直した。

二人分の魂が重なり合い、共鳴する。

その振動ビートが、俺の中の恐怖を完全に焼き尽くした。


「行くぞ、相棒! 請求書ツケは全部、あのバケモノに払わせる!」


『了解! 高くつくわよ、私たちの残業代は!』


俺たちは再び翔けた。

今度は、迷いなく。


ザシュッ! ザシュッ! ズバァァァァン!!


踊るような連撃。

右から迫る触手を自動防御で弾き、その反動を利用して回転し、左の胴体を切り裂く。

俺の剣技テクニックと、マシロの全方位知覚センサー

二つの才能が完全に噛み合い、戦場を支配していく。


『ハヤイ……』

『ミエナイ……』

『トメロ……トメロォォォ!!』


巨人が焦燥の声を上げる。

再生速度が追いつかない。

マシロの霊力が付与された斬撃は、傷口の断面を「浄化」し、再癒着を阻害しているのだ。


「見えた! コアの位置!」


俺の目が、巨人の胸の奥深くに蠢く、どす黒い光の塊を捉えた。

あそこだ。

あそこに、全ての未練が集約されている。


だが。


『サア、ミンナ……マモッテ……』


巨人が最後の悪あがきに出た。

周囲の影を全て引き寄せ、胸の前に分厚い「肉の壁」を作り出したのだ。

何層にも重なった影の防壁。

その厚さは数メートルにも及ぶ。


「チッ、引きこもりかよ!」


俺は舌打ちした。

今の俺たちの火力なら、一枚や二枚は貫ける。

だが、あの厚さは無理だ。

貫通する前に勢いが殺され、その瞬間に押し潰される。


「どうする!? 迂回するか!?」


『ダメよ! 時間が掛かりすぎる! 正面突破しかない!』


「壁が厚すぎる! こじ開けるための『一発』が足りねぇ!」


その時だった。


「――どけぇぇぇぇッ!! ジン!!」


背後から、聞き慣れない野太い怒号が響いた。

いや、聞き慣れた声だ。

ただ、今まで一度も聞いたことのないほど必死で、なりふり構わない声だったから、一瞬誰だか分からなかっただけだ。


「レオ!?」


俺が振り返ると、そこには信じられない光景があった。


ボロボロの白銀の騎士が、ミナが持っていた小さな鉄のバックラーを構え、まるで闘牛のように突進してきていたのだ。

魔力も尽き、剣も砕けたはずの男が。

ただの肉体一つで。


「貴様らには指一本触れさせんッ!!」


レオは俺たちの横を駆け抜け、そのまま巨人の展開した「肉の壁」へと突っ込んだ。


ドゴォォォォォッ!!


「ぐあぁぁぁぁぁッ!!」


激突音。

レオの肩が外れる音がした。

盾がひしゃげ、彼の身体が影の中にめり込む。


「レオ!!」


「うおおおおぉぉぉぉッ!! 開けぇぇぇぇッ!!」


レオは退かなかった。

血反吐を吐きながら、全身の筋肉を膨張させ、泥の壁を無理やり押し広げようとする。

その姿は、スマートな騎士なんかじゃない。

泥臭く、無様で、そして誰よりも「英雄」らしい姿だった。


「僕を見ていろ!! 僕が……道を作るッ!!」


ミチチチチッ……!


レオの気迫に押され、影の壁に亀裂が入る。

僅かな隙間。

だが、そこからは確かに、コアの不吉な光が漏れ出していた。


「……へっ。やるじゃねぇか、税金泥棒」


俺はニヤリと笑った。

あいつは、分かってる。

俺が必要としていた「一瞬」を、完璧なタイミングで作ってくれた。


『ジン! 今よ!』


マシロが叫ぶ。

剣が唸りを上げる。

俺とマシロの全魔力を、この一撃に注ぎ込む。


「ああ、分かってる! これでおしまい(閉店)だ!」


俺は地を蹴った。

レオがこじ開けた、針の穴のような隙間へ。

一直線に。


「合わせろマシロ! タイミングは一瞬だ!」


『ええ! 私の全部、持ってきなさい!』


俺たちの身体が、一つの光の矢となった。

痛みも、恐怖も、過去の亡霊も、全てを置き去りにして。


狙うは一点。

あの汚れたコアのど真ん中。


「必殺! 『強制・契約解除クビ』だァァァァッ!!」


俺たちは、最後の壁を突き破った。



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