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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
第1章:遺失物管理センター、本日も営業中

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第17話:死神の舞踏会(ダンス・マカブル)



「……速い」


思考するよりも先に、その言葉が漏れた。

僕、剣崎レオは、目の前で繰り広げられる光景に釘付けになっていた。


ジンが黒い渦の中に飛び込んだと思った次の瞬間、そこには銀色の閃光が幾重にも走っていた。

斬撃の音が、あとから追いついてくる。


キィィィン!!


空間を埋め尽くすような触手の嵐が、ジンの身体に触れることさえできずに弾け飛ぶ。

それは魔法ではない。純粋な剣技と、彼がその身に宿した「能力」による物理現象だ。


鉄壁アイアン・ウォール」の防御と、神速の剣技の融合。


かつて僕が憧れ、背中を追いかけ、そして二度と戻らないと諦めていた「最強」が、今目の前で蘇っていた。

泥にまみれた作業着の背中が、あの頃の黄金の鎧よりも眩しく見える。


「……くっ、ははっ! 見たか! あれが俺の友だ!」


僕はカレンを抱えたまま、場違いな笑い声を上げていた。

恐怖で震えるミナが、狂人を見るような目で僕を見ている。

だが、笑わずにはいられない。

そうだ。これだ。僕が見たかったのは、この強さだ。


だが、同時に理解してしまう。

今の彼が纏っている空気が、かつてのような「頼れるリーダー」のものではないことに。


あれは――「修羅」だ。

死に場所を求めて踊る、狂気の剣鬼だ。


***


「――『剣聖技・弐ノ型』、千刃センジン


俺は手首を返した。

ただそれだけの動作で、錆びついた剣(ガードナーの遺品)が、視認できない速度の斬撃を生み出す。


ザザザザザザッ!!


迫りくる無数の触手が、賽のサイのめに刻まれて空中に散る。

黒い肉片が雨のように降り注ぐ中、俺は一歩も足を止めずに踏み込んだ。


『オカシイ……』

『ナゼ……コワレナイ……?』


巨人の表面に浮かぶ顔たちが、困惑に歪んでいる。

今まで絶対的な捕食者だった奴らが、初めて「恐怖」を感じている。

そのことが、たまらなく愉快だった。


「どうした。エサはここだぞ。食ってみろよ」


俺はわらった。

口の端から、温かいものが垂れるのを感じる。

血だ。

剣を振るうたびに、俺の全身の血管が悲鳴を上げ、プチプチと破裂している。


ドクンッ! ドクンッ!!


心臓が早鐘を打つ。

ガードナーの能力『鉄壁』は、本来「受けるダメージを無効化する」ものじゃない。「鋼のように身体を硬化させて耐える」スキルだ。

それを、生身の人間が、しかもリミッターを外して常時発動させている。

全身の筋肉が岩のように収縮し、骨をきしませ、内臓を圧迫する。


「ぐっ、ぅぅぅ……ッ!」


激痛。

万力で全身を締め上げられるような、圧死寸前の苦しみ。

5年前、ガードナーが瓦礫の下で味わった最期の痛みが、俺の神経を焼き尽くす。


だが、止まらない。

この痛みが燃料ガソリンだ。

痛ければ痛いほど、俺の意識は研ぎ澄まされ、剣速は加速する。


「死神の舞踏会ダンス・マカブルへようこそ。……パートナーは俺が務めてやる」


俺は地面を蹴った。

縮地。

一瞬で巨人の懐へ潜り込む。


「オラァッ!!」


下段からの斬り上げ。

巨人の足元を薙ぎ払う。

バランスを崩した巨体が傾くその隙に、俺は瓦礫を足場にして空へと跳んだ。


目指すは胸部。

さっき一瞬だけ見えた、あの「新しいマシロ」が取り込まれた場所だ。


『アガガガガッ!!』


巨人が絶叫し、全身からトゲのような影を全方位に放出した。

回避不能の飽和攻撃。


「ジンさん!?」


下でミナが悲鳴を上げる。

避ける場所なんてねぇ。

なら、突っ切るだけだ。


「『鉄壁』・最大出力フルドライブ!」


ガギィィィィン!!


俺は剣を盾のように構え、棘の雨の中を直進した。

頬が裂ける。肩が貫かれる。

だが、致命傷コアだけは避ける。肉を斬らせて骨を断つ、なんて生易しいもんじゃねぇ。

骨ごと砕かれても、魂だけで食らいつく。


「とぉぉぉりゃぁぁぁッ!!」


俺は棘の嵐を突破し、巨人の胸元に剣を突き立てた。


ズブッ!


「捕まえたぞ……!」


切っ先から伝わる、ドロリとした感触。

俺はそのまま、重力に任せて剣を引き下ろした。


ザァァァァァッ!!


巨人の胸が縦に裂け、中から黒い汚泥が滝のように溢れ出す。


「マシロ! いるんだろ! 返事しやがれ!」


俺は裂け目に手を突っ込んだ。

強酸性の瘴気が、俺の皮膚を焼き、指の肉を溶かす。

構うもんか。

あいつは、こんなドロドロの場所で、一人で泣いてるんだ。

早く引きずり出して、文句の一つも言ってやらなきゃ気が済まねぇ。


だが。


「……あ?」


俺の手が掴んだのは、虚空だった。

裂け目の奥には、何もなかった。

ただ、底なしの闇が広がっているだけ。


『……イナイヨ……』

『……ミンナ、溶ケタ……』

『……オマエモ、混ザロウ……』


巨人の傷口が、ニチャリと音を立てて再生を始めた。

俺の腕を飲み込もうと、傷口が口のように閉じていく。


「チッ!」


俺は慌てて腕を引き抜き、巨人の体を蹴ってバックジャンプした。

着地と同時に、膝がカクンと折れる。


「ガハッ……!」


大量の血を吐いた。

地面が赤く染まる。

限界か。早すぎる。

5年のブランクと、借り物の身体スキル

今の俺は、ガス欠寸前のポンコツ車だ。


「はぁ……はぁ……くそっ……」


顔を上げる。

目の前には、傷一つなく再生した巨人が、嘲笑うようにそびえ立っていた。


「……嘘だろ。あれだけ斬って、効いてねぇのかよ」


物理攻撃は通じるようになった。

だが、再生速度が異常だ。

コアにある怨念そのものを浄化しない限り、こいつは何度でも蘇る。


『アソボ……』

『モット……切ッテ……』


巨人が分裂した。

本体から分離した影が、十体、二十体と人の形を取り、俺を取り囲む。


「……数で押す作戦かよ。芸がねぇな」


俺は剣を杖代わりにして、震える足で立ち上がった。

視界が霞む。

失血で意識が飛びそうだ。


「ジン! もういい! 下がれ!」


レオが駆け寄ろうとするが、影の群れに阻まれて近づけない。


「来るなレオ! ……こいつは俺の獲物だ」


「何を言っている! その体で何ができる! 死ぬ気か!」


「死なねぇよ。……まだ、分別が終わってねぇ」


俺は剣を構え直した。

手が震えて、うまく力が入らない。

それでも、俺は笑った。


「来いよ。……第二ラウンドだ」


影たちが一斉に襲いかかってくる。


ザンッ! ザンッ!


俺は無心で剣を振るった。

一体倒すたびに、身体の一部が壊れていく感覚がある。

右肩の腱が切れた。

肋骨がさらに二本折れた。

左目が見えなくなった。


それでも、剣は止まらない。

ガードナーが、背中を押している気がしたからだ。

『まだだ』『まだやれる』『守れ』と。


だが、肉体の限界は精神論では覆せない。


ガクッ。


踏み込んだ右足が、何の前触れもなく機能を停止した。

支えを失った俺の身体が、スローモーションのように崩れ落ちる。


「……あ」


隙だらけの俺に向かって、影の槍が迫る。

避けられない。

鉄壁を発動する魔力オドも残っていない。


「ジンッ!!」


ドガッ!!


横から飛び込んできた影が、俺を弾き飛ばした。

レオだ。

彼は電池切れの魔導剣を盾にして、俺への一撃を受け止めたのだ。


「ぐぅぅぅッ!!」


レオが吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられる。

魔導剣が粉々に砕け散った。


「レオ!?」


「バカ者が……! 英雄の前で……死ぬことなど……許さん……!」


レオは血まみれの顔で、それでもニヤリと笑ってみせた。

こいつも、限界だ。

魔力切れの身体で、無理やり動いている。


「……クソが。どいつもこいつも、貧乏くじ引きやがって」


俺は這いつくばりながら、折れかけた剣を握りしめた。

万策尽きた。

俺も、レオも、もう動けない。


『オワリ……』

『サア……イコウ……』


巨人が、ゆっくりと腕を振り上げる。

それは、俺たち全員を飲み込むための、慈悲なき断頭台。


俺は空を見上げた。

灰色の天井。

そこに、マシロの姿はない。


「……マシロ」


俺は掠れた声で呼んだ。


「どこだ。……返事しやがれ」


俺の声は、誰にも届かず、闇に吸い込まれて消えた。


そして、黒い波が俺たちを飲み込んだ。


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