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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
第六章:裸の騎士と、鉄の処女

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第137話 新しい玩具(ぶき)の取扱説明書は、だいたい本番中に体を張って覚えるものだ

――ガ、シ、リ。


 空を舞ってきた真新しい黒鋼の柄を、俺(黒鉄ジン)の左手が力強く握り込んだ瞬間。

 物理的な時間は、まるで粗悪なビデオデッキの一時停止ボタンを押されたかのように、不自然なノイズを伴って「凍結」した。


 キュイィィィィィィィィィィィィンッッッ!!!


 柄の内部に組み込まれた致死量の魔導回路が、俺の体内に燻る『死者の共鳴(黒い魔力)』を感知し、飢餓状態のひるのように貪欲に吸い上げ始めた。

 スローモーションで流れる極小のコンマ数秒の世界。俺は掌から伝わってくる「異常なまでの魔力伝導率バグ」に、思わず動向を極限まで収縮させた。

 ガレスの『黄金の鎧』の破片を溶かし込んだ金色の装甲ラインが、まるで生き物の静脈のようにドクドクと脈打ち、網膜を焼くほどの眩い光を放ち始める。

 そして、柄の先端のギミックが、重厚な金属音と共にスライドし、高密度に圧縮された漆黒の刃――いや、空間そのものを削り取る極太の『魔力の毛束ブラシ』が、大気を物理的に削り取るチェーンソーの如き暴音と共に姿を現した。


「さあジン、よく聞きなさい!」


 背後の特設即席工房から、溶接マスクを被った鋼テツコが、拡声器でも使っているのかという無駄にデカい声で叫んだ。

 戦場のド真ん中、致死率1000%の化け物が目の前に迫っているというのに、この女は完全に「深夜の胡散臭い通販番組」のテンションだった。


「そのアタシの最高傑作、名付けて『ミラクル・ロマンチック・スウィーパー・リミテッド・エディション』よ! ガレスの純金装甲が持つ絶対強度と魔力増幅率をベースに、アンタの呪いの出力を――」

「長ェよ!! スキップだスキップ!!」

「ちょっと最後まで聞きなさいよ! ユーザーインターフェースの基本よ! 柄の真ん中にある赤いボタンを三秒長押しすると、乙女の祈りモードが起動して――」

「利用規約なんか読んだことねェよ! 『同意する』にチェック入れて、テメェの寿命ソウルをブチ込んで殴りゃあいいんだろ!?」


 極限状態の脳が、くだらないメタ思考(脱線)をフル回転させる。

 新しいソフトをインストールする時、長ったらしい利用規約を最後までスクロールして読む奴がどこにいる? 大抵の人間は一番下の「同意する」をノールックでクリックして、後から痛い目を見るのだ。

 俺はテツコの長ったらしい取扱説明書チュートリアルを完全に無視し、左手一本で、その重厚な『6代目・可変式魔導デッキブラシ』を大きく振り被った。


『――ギルルルルルルッ!!』


 自分を無視してベラベラと喋る俺たちに、キメラ(と、それを操る『あの方』)の怒りが完全に臨界点を突破した。

 全方位から、視界を黒く塗り潰すほどの無数の触手の大津波が、俺たちを塵にすべく殺到してくる。

 俺は、息を深く吸い込み、左手のブラシに「命」を注ぎ込んだ。


「……大掃除だ、不法投棄の生ゴミども」


 一閃。

 ただ軽く、横薙ぎに振るっただけだった。

 しかし。


 ズバアァァァァァァァァァァァァァァァンッッッ!!!!!


(……は?)


 振り抜いた俺自身が、一番ドン引きしていた。

 ブラシの先端から放たれたのは、ただの斬撃などというチャチなものではなかった。

 ガレスの黄金素材によって限界突破ブーストされた黒い魔力が、まるで巨大な津波となって、ダンジョンB60Fの「空間そのもの」をえぐり取ったのだ。

 アニメの作画班が「エフェクトのレイヤーが多すぎてパソコンがフリーズしました」と泣きながら辞表を叩きつけるレベルの、画面を埋め尽くす漆黒の暴威。

 襲い来る何十本もの触手群が、切断されるのではなく、細胞レベルで『消滅デリート』していく。

 キメラ自慢の超絶再生能力すらも、再生する「元」が原子レベルで削り取られてしまっては、エラーを吐いてフリーズするしかない。

 わずか一振り。それだけで、クレーターの底に、巨大なすり鉢状の「完全な更地」が完成してしまった。


(チート武器かよ……。運営にバランス崩壊で下方修正ナーフされる前に使い倒すしかねェな)


「ハッ、上等だ! 道は開いたぞ、掃除屋!!」


 俺の斬撃で生み出された絶対的な「隙」。

 それを見逃すような、三流の騎士はここにはいなかった。


 ダァァァァァンッ!!


 地面がクレーター状に爆発したかのような踏み込みと共に、全裸のガレスがキメラの懐へと爆走を開始した。

 総重量120キロを超える無駄な黄金の鎧を脱ぎ捨て、社会的な体裁も、騎士としての羞恥心すらも完全パージした男のスピードは、重装甲時代とは完全に別次元のバグ挙動だった。

 空気抵抗ゼロ。風を切り裂く屈強な大胸筋。そして、物理演算エンジンの粋を集めたかのように滑らかに揺れ動く股間の『漢の象徴(モザイク必須)』。


「オラァァァァァッ!!」


 ガレスは折れた大剣を構え、キメラの死角へと滑り込むように肉薄すると、その巨大な胴体に向かって怒涛の連撃を叩き込んだ。

 ドゴォッ! バキィッ! メキメキィッ!!

 鍛え上げられた広背筋が鬼の顔のように隆起する。大剣の腹で打撃を与え、キメラの体勢を的確に崩していく。完璧な前衛(タンク兼アタッカー)の動きだ。


「おい変態! ブラブラ揺らしながらチョロチョロ動くな! 視覚の暴力がエグすぎて俺の動体視力マクロサッカードが勝手にそっちにフォーカスしちまうだろうが!!」


 俺は口汚くツッコミを入れながらも、ガレスが崩したキメラの体勢の「最も脆い部分」へと、完璧なタイミングで追撃の魔力弾を撃ち込んでいく。

 全裸の猛追と、死にかけの清掃員によるカバー。

 最初で最後かもしれない、二人の息の合った(口の悪すぎる)連携で、キメラの巨体を一方的に蹂躙していく。


 だが。

 この圧倒的優勢に見える状況下で、俺の脳内警報アラートは、先ほどからずっとレッドゾーンを振り切って不協和音を鳴らし続けていた。


(……おかしい。なんだ、この最悪の感覚は)


 武器の性能が、高すぎるのだ。

 魔力伝導率が「良すぎる」。

 まるで、巨大な吸引ポンプを直接心臓と魂に繋がれ、スイッチを「強」に入れられたかのように、俺の体内から『未練の魔力(寿命そのもの)』が、堰を切ったように左手のブラシへと強制徴収されていく。


「ガ、ァ……ッ!!」


 全身の神経を、工業用バーナーで直接炙られているような絶え間ない激痛。

 それに上乗せされるように、全く別の「悍ましい感覚」が俺の臓器を犯し始めた。


 ――冷たい。


 血管の中を、液体窒素が逆流しているかのような、内臓が急速に凍りついていく感覚。

 真冬の北海道で、全裸のまま氷水を張ったドラム缶に放り込まれ、頭からかき氷を一気食いさせられた時のような、細胞が死滅していく絶対零度の恐怖。

 魔力とは、術者の生命力そのものだ。それを過剰に引き出され続けることで、俺の肉体は急速に「完全な死」へと近づいている。

 俺の心象風景の中で、俺の寿命を表す『懐中時計』のガラスがピキッと割れ、中の歯車が悲鳴を上げて砕け散っていくのが、ありありと見えた。

 喉が渇く。心臓が不整脈を起こし、一拍ごとにドス黒い泥を送り出しているような錯覚。


『――愚かな。自ら命をすり減らすか』


 一方的に削り取られていたキメラ(と『あの方』)が、ここでついに戦術を根本から変更した。

 そしてそれは、戦場に「真の絶望」が産声を上げた瞬間だった。


 ボ、コ、ボ、コ、ボ、コ、ッ……!!


「……チッ、嫌な予感がしやがる」


 キメラは、「再生」という行為では、俺のチート武器による『空間の削り取り』に追いつかないと、AIのように冷徹に学習したのだ。

 巨大な肉塊が、一気に収縮を開始する。

 まるで、超新星爆発を起こした星がブラックホールへと縮退していくように、巨大な黒い泥の肉体がギュルギュルと圧縮され、周囲の光すらも吸い込むような超高密度へと変異していく。


 ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……ッ!!


 重力が歪む。質量が圧縮されすぎた結果、キメラの足元の空間が物理的にひしゃげている。

 数秒後。そこに立っていたのは、ビルほどもあった巨大な化け物ではなく、人間の二倍程度の大きさの、漆黒の流線型フォルムを持つ「高密度・超装甲形態」だった。

 無駄な触手も、余分な肉もない。ただ純粋に、目の前の対象を「圧殺」するためだけに最適化された、悪魔の最終形態。


 ――ズ、パ、ァ、ァ、ァ、ン、ッ!!


 音を、完全に置き去りにした。

 圧縮されたキメラが、空間を蹴り割るような凄まじい踏み込みで、ガレスの真正面へと「テレポート」した。

 速すぎる。俺の限界突破した動体視力ですら、その軌跡の残像の、さらに残像しか捉えられない。


「なっ――!?」


 ガレスが咄嗟に折れた大剣を盾にして防御姿勢をとる。

 だが、極限まで圧縮された超質量の拳が、その大剣の腹にクリーンヒットした瞬間。


 ゴ、ギャ、ァ、ァ、ァ、ァ、ァ、ァ、ン、ッ、ッ、!!


 大剣の厚さ数センチの黒鋼の刃が、まるで飴細工のようにぐにゃりとひしゃげた。

 防御など、一切の意味を成さなかった。

 完全無欠の筋肉の鎧を誇っていたガレスの巨体が、ダンプカーに撥ねられたウサギのように、凄まじい衝撃波と共に錐揉み回転しながら弾き飛ばされ、遥か後方の岩壁に深々と叩きつけられた。


「ガレスッ!!」


 俺が叫ぶ間もなく。

 キメラの漆黒の単眼が、真っ直ぐに俺の眼球を捉えた。

 背筋に、氷の刃を直接突き立てられたような悪寒。

 次の瞬間、俺の目の前に、圧縮された絶対的絶望ブラックホールが立っていた。


(……躱せない。なら、撃ち落とす!!)


 俺はデッキブラシの出力を限界突破リミッター・オーバーまで引き上げ、自身の寿命を燃料にくべながら、真正面から迎え撃つように刃を振り下ろした。


 ズドガァァァァァァァァァァァァァンッッッ!!!!!


 黒の刃と、高密度の拳が激突した瞬間。

 クレーターの底の分厚い岩盤が、まるで薄いカーペットのようにドーム状に捲れ上がって吹き飛んだ。

 重力異常が発生し、周囲の瓦礫が完全に宙に浮き上がる。

 凄まじい鍔迫り合い。


「グ、オォォォォォォォォォォォッ!!」


 俺は気合いで、キメラの超質量の拳を押し返した。

 だが、俺の肉体はすでに限界を超越していた。リミッターを超えた魔力放出と、致死量の運動エネルギーの激突による反動は、容赦なく俺の肉体に「一括払いの請求書」を突きつけてきた。


「ガ、ハッ……!! ゴ、パァッ……!!」


 体内で、何かが決定的に弾け飛ぶ音がした。

 肺胞が破裂し、口から大量の黒い煤と血の混じったヘドロのような液体が、間欠泉のように撒き散らされる。

 激痛で奥歯が粉々に砕け、眼球の毛細血管がパチンと弾けて視界が真っ赤に染まる。

 さらに、魔力を流し続けていた左手の皮膚が、まるで古い壁紙のようにボロボロと剥がれ落ち、その下の赤黒い筋肉の繊維と、白い骨までもが剥き出しになっていく。


「ジンッ!! もうやめなさい!! 死ぬわよ!!」


 後方で、テツコが悲痛な、本気の悲鳴を上げる。

 だが。


「……ハ、ハハッ」


 俺は、皮が剥がれ落ち、肉が削れた左手でブラシを握りしめたまま、血と煤にまみれた顔を歪めて――極めて凶悪で、正気を完全に失った『笑み』を浮かべていた。

 激痛で今にも意識が銀河の彼方へ飛びそうな状態だ。内臓は冷え切り、心臓の鼓動は完全に狂っている。

 普通なら、ショック死している。いや、とうに死んでいなければおかしい。

 それでも。

 自分の体が壊れていく恐怖よりも、目の前の、自分をナメ腐った敵を「徹底的に掃除する」という、どス黒い殺意と執念が、俺の全理性を完全に上回っていた。


「……へぇ。ずいぶんと硬ぇじゃねえか、圧縮生ゴミ」


 声帯の半分が焼け焦げた、ヤスリのような声で俺は悪態をつく。


「なら、こいつ(6代目)の『もう一つの機能』を試すには、丁度いいマトだ」

「ダメよジン!!」


 俺の言葉の意図を察したテツコが、血相を変えて絶叫する。


「そのギミック(可変式)のロックを外せば、アンタの体が魔力に耐えきれなくて消し飛ぶわよ!! アタシもまだテストしてないのに!!」


 だが、俺の耳にはもう、テツコの忠告は「どうでもいいノイズ」としてしか処理されていなかった。

 俺は、肩から完全に外れ、神経も切れ、ただの炭化した死肉の塊としてだらりと垂れ下がっている『右腕』に、強引に、狂気的な意志の力で命令を下した。

 動かない。当然だ。神経が繋がっていないのだから。

 だから俺は、上半身を無理やり捻り、その反動(遠心力)を使って、死肉の右腕を振り子のように強引に跳ね上げさせた。


 ――ボ、キ、ィ、ィ、ッ、!


 右肩の折れた骨が擦れ、死んだ肉が引き千切れる、吐き気を催すような不快な音が響く。

 跳ね上がった右手の、黒く炭化した指先が、デッキブラシの柄の中央にある――分厚いカバーで覆われた『ロック解除(リミッター完全解除)のスイッチ』へと、不器用に、しかし確かな殺意を持って伸びていく。


 チクタク、チクタク、チクタク。

 脳内の懐中時計が、いよいよ終わりの時を刻む。


 俺は、血を吐きながら嗤い、その最悪のスイッチのカバーに、死んだ右手の指を引っかけた。

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