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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
第六章:裸の騎士と、鉄の処女

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# 第136話 戦場のど真ん中でカンカン音を立てる鍛冶師は、だいたい怒らせると一番怖い

――チ、ク、タ、ク、チ、ク、タ、ク、チ、ク、タ、ク。


 脳の奥底、前頭葉の裏側にへばりついた『死へのカウントダウン(懐中時計の秒針)』が、BPM400の狂ったドラムロールへと変貌していた。

 視界を真っ白に塗り潰すのは、絶対的な『死』の光だった。


 キメラの巨大な肉塊が縦にパカッと割れ、そのドロドロの深淵から形成された最大質量の「黒いレーザー」。

 発射の臨界点を超えた瞬間、空間の酸素という酸素が一瞬にして燃え尽き、鼓膜が物理的に内側へとへこむような気圧の異常低下が発生した。

 迫り来る極太の光の柱。

 その進行速度は、光速。

 だが、アドレナリンと恐怖の過剰分泌により、俺――黒鉄ジンの脳内CPUは、その光景を1万分の1秒のスローモーション(時間の凍結)として処理していた。


(……あー、なるほど。熱い。なんだこれ、すげェ熱い)


 レーザーが直撃するより先に、発生した致死の熱波が、俺の顔面の皮膚をジリジリと焦がしていく。

 中学二年の冬、ストーブの上で焼いていた餅を素手で掴んで大火傷した時の、あの嫌な熱さと匂い。それが一億倍に濃縮されて全身を包み込んでいる感覚。

 毛穴という毛穴から一斉に嫌な汗が吹き出し、瞬時に蒸発する。

 喉が、カラカラに干からびた砂漠のように張り付いた。

 俺を背に庇い、全裸で立ち塞がるガレスの広背筋が、熱線を受けてピクピクと痙攣を引き起こしているのが、嫌になるほど高解像度で見えた。


(終わったな。完全にバッドエンドの確定演出だ。スキップボタンはどこだ? つーか今月の家賃まだ払ってねェんだけど、敷金から引いてくれんのかな、大家のババア……)


 コンマ数秒後。俺たちは原子レベルで消滅し、このダンジョンB60Fのクレーターごと消し飛ぶ。

 極限状態の脳が、現実逃避の走馬灯をフル回転させ、完全に死を直感した、まさにその刹那だった。


 プァァァァァァァァァンッッッ!!!


 鼓膜をぶち破るような装甲車のクラクションが、上空から鳴り響いた。

 見上げれば、漆黒の地下空間の天井から、バチバチと『ピンク色の火花』と、眼球を焼くほど眩い『ハート型の溶接光』が降り注いでいる。

 重力加速度(G)を完全に味方につけ、大空から戦場のど真ん中へと急降下してくる、小柄な人影。


「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 拡声器を通したような、空気を一切読まない特撮ヒロインのような甲高い口上。

 鋼テツコ。

 巨大な『溶接マスク(キラキラのラインストーンでデコレーション済み)』を被った俺たちの専属鍛冶師が、自身の体重の三倍はあろうかという巨大な鉄槌ロマンチック・ハンマーを大上段に構え、そのままの勢いで――発射された直後の極太のレーザー光線の中腹に、物理的に(・・・・)殴りかかった。


 ドッゴォォォォォォォォォォォンッッッ!!!


「……は?」


 俺の口から、干からびたカエルのようなマヌケな声が漏れた。

 あり得ない。光の奔流であるはずのレーザーを、ただの鉄のハンマーで横からフルスイングして弾き飛ばすなど、物理法則への明らかな反逆だ。アイザック・ニュートンが墓から這い出して、BPO(放送倫理・番組向上機構)に直接クレームの電話を入れに来るレベルのバグである。

 だが、テツコのハンマーから放たれた『乙女の謎の力場ロマン』は、その理不尽を強引に成立させた。


 バギュゥゥゥゥンッ!!


 軌道を無理やり90度ひん曲げられたレーザーは、俺たちのすぐ横をすり抜け、遥か後方の岩壁に着弾。山を丸ごと一つ消し飛ばすほどの凄まじい大爆発を引き起こした。

 その余波で発生した暴風が、クレーターの土煙を吹き飛ばす。


 ズドスンッ!


 スーパーヒーロー着地(膝の軟骨を確実にすり減らすやつ)を決めたテツコが、ゆっくりと立ち上がる。

 圧倒的絶望の淵から生還した俺とガレスは、開いた口が塞がらないまま、その小さな背中を見つめていた。


『――ギョォォォォォォォッ!?』


 必殺の一撃を謎のピンク色に弾かれたキメラが、混乱と怒りの入り混じった奇声を上げる。

 だが、テツコはその巨大な化け物を完全に「シカト」し、ズカズカと足音を立てて俺の目の前まで歩み寄ってきた。


「ちょっとジン!!」


 溶接マスクを跳ね上げたテツコの顔は、鬼神の如き怒りに満ちていた。

 こめかみに、アニメ特有の巨大な『怒りマーク』が物理的に浮かび上がっているのではないかと錯覚するほどの形相。


「あんた、アタシが徹夜で仕上げた『仮組みデッキブラシ』を、一体どういう使い方したのよ!? 柄がズタボロで魔力回路も完全に焼き切れてるじゃない! 扱いが雑すぎるわよ! 武器はもっと優しく、愛を込めて撫で回すように使いなさいって、いつも言ってるでしょ!!」

「いや、撫で回すように使って倒せる化け物じゃねェだろアレは! つーか今、俺たちガチで死にかけて――」


 俺の至極真っ当な反論を遮り、テツコの視線が、ふと俺の横に立つ「巨大な障害物」へと移動した。

 総工費100億ルピアの黄金の鎧を砕き散らし、大自然のままに立ち尽くす、大胸筋の異常発達した全裸の騎士団長。


「…………」

「…………」


 数秒の、恐ろしいほどの沈黙。

 冷たい地下の風が吹き抜け、ガレスの股間で『漢の象徴』が物理演算エンジンの粋を集めたかのような滑らかな軌道で、ブラリと揺れた。


「キャアアアアアアッッ!? 変態! 露出狂! 事案よォォォォォッ!!」

「ぬおあっ!?」


 ドゴォォォォンッ!!

 テツコが振り抜いたロマンチック・ハンマーが、ガレスの顎の先端にクリティカルヒット。

 先ほどまでキメラの猛攻に耐え抜いていた屈強な肉の壁が、頸椎から嫌な音を立てながら、錐揉み回転して遥か彼方へと吹き飛んでいった。


「おいィィィィッ!! 大事な肉のタンクを何してくれとんじゃァァァァッ!! パーティーのヘイト管理が崩壊しただろーが!!」

「うるさいっ! 乙女の清らかな視界に放送コード違反の汚物を映さないでよ! YouTubeなら一発でチャンネルBANよ!」

「BANされるのは俺たちの命の方だろーが! つーか、後ろ! 後ろ見ろ! 化け物が完全にブチギレてっから!!」


 俺が指差す先。

 完全に無視され、蚊帳の外に置かれたキメラ(と、それを操る『あの方』)が、プルプルと巨大な肉塊を震わせて激怒していた。

 空間を震わせる咆哮と共に、先ほどよりもさらに太く、禍々しい無数の黒い触手が、一斉に俺たちを目掛けて襲いかかってくる。


「チッ、うるさいわね。少し待ってなさいよ」


 テツコは舌打ちすると、作業着のポケット(四次元的な何か)から、謎のホイポイカプセルのような小さな金属球を取り出し、地面に叩きつけた。


 ボシュゥゥゥッ!!


 煙と共に、戦場のど真ん中――致死量の瘴気が吹き荒れるクレーターの底に、重厚な『ポータブル金床』と、青白い炎を噴き上げる『超高温魔導バーナー』が、瞬時にセットアップされた。


「な……んだ、それは」

「『鋼工房・出張キット(ローン分割払い不可)』よ。――ジン! あんたのその左手から出てる『黒い魔力』と、そこの全裸変態騎士が撒き散らした『金ピカのゴミ(砕けた黄金の鎧の破片)』をよこしなさい!」


 顎をさすりながらフラフラと戻ってきた全裸のガレスに対し、テツコは無慈悲な命令を下す。


「アタシが今から、この戦場で最高のロマンを打ち直してあげる! だからジン! あんたたち二人は、アタシの作業が終わるまで、あの化け物の攻撃を『全・部』防ぎなさいよ!」

「はァ!? 冗談じゃ――」


 俺の抗議を無視し、テツコは溶接マスクをガシャンと下ろした。

 バーナーの青い炎が上がり、周囲に散らばっていた「黄金の破片」が、テツコの魔力によって磁石のように金床へと吸い寄せられていく。


「さあ、始めましょうか! 愛とロマンの限界突破錬成を!」


 カンッ……!


 戦場の喧騒を切り裂いて、澄み切った鋼を打つ音が響き渡った。

 俺と全裸の男に、致死量の触手の雨を丸投げして。


 ◆◆◆


 地獄の防衛戦が始まった。

 いや、これは防衛戦という生易しいものではない。「命をすり下ろして時間を買う」だけの、究極の泥仕合だ。


「ハァッ……! グッ……オラァァァァッ!!」


 俺は完全に機能停止し、炭化した死肉の繊維だけでぶら下がっている右腕を引きずりながら、左手のみを前に突き出す。

 武器はない。あるのは、自らの命を削って抽出する『死者の共鳴(黒い魔力)』だけだ。

 襲い来る丸太のような触手の先端に、直接、黒い魔力の球体をぶつけ、ギリギリのところで軌道を「逸らす」。

 ベクトル操作デバフによる、ミリ単位の魔力制御。


 だが、その代償は重い。重すぎる。

 生身の腕から高密度の魔力を直接放出するということは、例えるなら、詰まった排水溝に業務用パイプクリーナーとダイナマイトを同時にぶち込むようなものだ。

 魔力を放つたびに、左腕の血管がミミズのように異常隆起し、ブチブチと毛細血管が破裂していく。

 皮膚の裏側を、沸騰した鉛が流れているような激痛。


「ガ、ァ、ァ、ァ、ァ、ァ、ッ……!!!!」


 痛い。痛いなんてもんじゃない。

 気管からは黒い煤(血)が逆流し、鉄錆と泥水と安い線香を混ぜたような最悪の味が舌を焼く。

 視界の端が赤と黒のモザイク状にバグり始め、脳が酸素不足で悲鳴を上げている。

(……クソッ、作画カロリー高すぎだろ。エフェクト班が過労死するぞ。俺の左腕の血管一本一本まで描き込んでんじゃねェよ……!)


 限界を迎える脳内で、くだらないメタ思考を回して痛みを散らす。

 それでも、俺が逸らしきれなかった触手は、どうなるか。


「フンッ!! 効かぬわァァァァァッ!!」


 全裸の騎士団長が、文字通り「肉の壁」となってそれを受け止めていた。

 ガレスは大胸筋を限界までパンプアップさせ、広背筋で触手の打撃を弾き、折れた大剣を振るってキメラの突進を真っ向から受け止める。


 ドゴォォォンッ! メキィッ! ブチュッ!!


「グハッ……!!」


 鈍い音と共に、ガレスの皮膚が裂け、筋肉の繊維がぶち切れる音が響く。

 泥と血と汗に塗れ、無様に地面を転がり、それでも立ち上がる。

 全裸で巨大怪獣と殴り合う男。絵面としては完全に深夜枠のギャグだが、ガレスの瞳には、かつてないほどの『真の騎士』としての狂気じみた誇りが宿っていた。


 ――カンッ、カンッ、カンッ!!


 背後からは、テツコがハンマーを振るう音が、まるでメトロノームのように等間隔で響き渡る。

 その澄んだ音色が、ガレスの心臓の鼓動とリンクしていく。


(……聞こえる。俺の『鎧』が、生まれ変わる音が)


 ガレスの脳裏に、心象風景が広がる。

 総工費100億ルピア。スポンサーのロゴ。配信の視聴率。

 己を縛り付けていた金ピカの虚飾の象徴が、凄腕の職人の炎に焼かれ、不純物を徹底的に叩き出され、ジンという男の『命を削る黒い魔力(覚悟)』を混ぜ込まれていく。

 ただ着飾るための防具が、今、初めて「誰かを守るための真の武器」へと昇華していく過程を、ガレスは魂で感じ取っていた。


「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッッ!!!」


 ガレスの目から、血と泥に混じって熱い涙が溢れ出す。

 全裸の男が、血みどろになりながら、筋肉を限界まで膨張させて仁王立ちしている。


「おい変態! 泣きながら全裸で筋肉モリモリポーズすんな! 後ろ姿の視覚の暴力がエグいんだよ! 血と泥と股間が混ざって、もう何が何だかわかんねェ絵面になってんだろーが!」

「うるさい掃除屋! これは我が魂の歓喜の涙だ! 俺の鎧が……俺の誇りが、真の剣となる時が来たのだ!!」


 ダメだこいつ、完全に独自のポエム世界に入ってやがる。


 だが、俺たちの泥臭い命の削り合いにも、確実に限界が近づいていた。

 俺の左手から放出される黒い魔力が、ガス欠を起こしたようにチカチカと明滅を始める。

 ガレスの足も、度重なるダメージの蓄積でガクガクと震え、自らの流した血だまりで足を取られそうになっていた。


『――小賢しい。まとめて塵となれ』


 キメラの奥底で、『あの方』の冷酷な声が響く。

 業を煮やしたキメラが、残存する全ての魔力を一点に集中させた。

 全方位からの無数の触手の大津波と、口腔から放たれる最大規模のレーザー。

 回避不能。防御不能の、完全なる面制圧攻撃。


「……万事、休すか」


 俺は膝を突き、ガレスもまた、大剣を杖にして崩れ落ちそうになる。

 死の光と津波が、俺たちと、その後ろの即席工房を完全に飲み込もうとした――その、コンマ数秒の絶対的静止時間。


「……お待たせ!! 乙女の愛と、男の意地ロマンの結晶よ!!」


 爆発的なピンクの火花と、黄金の輝き。

 そして、周囲の空間を捻じ曲げるほどの漆黒の魔力が交じり合った、凄まじい光の柱が工房から立ち昇った。


 テツコが、完成したばかりの「ソレ」を、渾身の力で俺に向かって放り投げる。

 スローモーションで空を舞う、真新しい柄。

 俺は、最後の力を振り絞って左手を伸ばし、それを空中でガシリと受け止めた。


 ――バチィィィィィィンッ!!!


 掌から伝わる、圧倒的なフィット感と、ズッシリとした極上の質量。

 重厚な黒鋼のボディに、ガレスの『黄金の鎧』の破片を溶かし込んだ金色の装甲ラインが美しく走り、柄の内部には俺の『死者の共鳴』を極限まで制御・増幅するための緻密な魔導回路が、心臓のように脈打っている。

 それはもはや「掃除道具」などという枠に収まるものではない。

 殺戮と鎮魂の機能を極限まで研ぎ澄ませた、狂気の芸術品。


 ――『6代目・可変式魔導デッキブラシ』。


「……上出来だ、テツコ。金一封包んでやるよ」


 俺は口角を吊り上げ、柄の中央にあるトリガーを強く引いた。


 ガシャンッ!! ギュイィィィィンッ!!


 小気味良い、男心をくすぐる完璧なメカニカルな駆動音。

 柄に仕込まれた可変機構ギミックが一瞬で展開し、先端のブラシ部分から、高密度に圧縮された『黒と金の魔力の刃』が、チェーンソーの如き轟音を立てて姿を現す。


 キメラの放った最大火力のレーザーが迫る。

 だが、俺の心は驚くほど静かだった。

 左手に握った新しい相棒が、俺の死にかけの魂に、確かな熱を注ぎ込んでいるからだ。


「……さあ、掃除の時間だ」


 反撃の狼煙は、黄金の刃と全裸の男の汗にまみれて、最高のタイミングで空高く打ち上がったのだった。

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