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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
第六章:裸の騎士と、鉄の処女

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第135話 全裸と丸腰の共闘は、どう見ても事案だが本人たちは大真面目である

視覚情報というものは、時に脳の処理能力を容易にオーバーフローさせ、人間の尊厳を根底からバグらせる。


 ――ヒュウゥゥゥゥ……。


 冷たい地下の風が、ダンジョンB60Fに穿たれた巨大なクレーターの底を撫でるように吹き抜ける。

 その風が、空間を満たしていた灰色の土煙と、キメラが放つ高濃度の瘴気を、コンマ数ミリずつ、じわじわとスローモーションのように剥がしていく。

 アニメの原画マンが、一枚一枚、煙の粒子を泣きながら透過レイヤーで重ねていくような、執拗で無駄に美しい空気の揺らぎ。

 そのグラウンド・ゼロの中心で、二人の男が背中合わせに立っていた。


 一人は、右肩の関節が完全に引き千切れ、炭化した死肉の繊維だけで辛うじて腕がぶら下がっている、満身創痍のしがない清掃員――俺、黒鉄ジン。全身から呪いの代償である黒い煤(血)を滝のように滴らせ、すでに残機はマイナスに突入している。

 そしてもう一人は。

 総工費100億ルピアの黄金の重鎧を粉砕し、兜も、ブーツも、アンダーウェアのゴム紐一本すらも失い、大自然のままにすべてを解き放った、屈強にして完全なる全裸の騎士団長――ガレス。


 極限のシリアスと、放送コードの限界突破。

 絶望的な戦場に、謎の静寂が降り下りた。


 俺は、切断されたアキレス腱の痛みを致死量のアドレナリンで強引に麻痺させながら、背中に触れる「生温かい裸の広背筋の感触」に、思わず低く唸るようなため息をついた。

 汗の匂い。微かに漂う、高級なシャンプーの香り。そして、布という緩衝材が一切存在しない、ダイレクトな肌色のアピール。


「……おい」

「なんだ、掃除屋。震えているのか?」

「震えてるわ。てめェのその狂った露出癖に、物理的な恐怖でな」


 俺は血と煤まみれの顔のまま、限界まで低めた声でツッコミを入れた。


「なんでお前は、いつも大事なところで脱ぐんだよ。第5巻の泥沼の時といい、今回といい、てめェの鎧はキャストオフ機能でも標準装備してんのか? どこの深夜アニメのエロ枠だ。普通に通報されるぞ」

「フン、笑止! これぞ必然のパージよ!」


 俺の至極真っ当な社会人としての指摘に対し、ガレスは一切の羞恥心を見せることなく、堂々と胸を張った。

 その拍子に、股間の『漢の象徴』が冷たい地下の風に煽られて、物理演算エンジンの粋を集めたかのような滑らかな軌道でブラブラと揺れる。

 やめろ。俺の動体視力マクロサッカードが、無駄にその振り子運動を追従してしまうだろうが。アニメスタッフにモザイク処理の追加発注をさせる気か。


「見よ、この研ぎ澄まされた広背筋! 大胸筋! そして大腿四頭筋を! これぞ、日々の血の滲むような鍛錬によって磨き上げられた、我が紅蓮騎士団の真の鎧! 金やスポンサーで着飾った鉄屑など、今の俺には不要だ!」

「いや、せめてパンツくらいは必要だろ! お前のその『真の鎧』、急所が真正面から丸出しじゃねェか! BPO(放送倫理・番組向上機構)の審査員が血圧を上げて倒れるぞ! アニメ化したら画面の八割が謎のゴッドレイか黒い海苔で埋め尽くされて、円盤の売上が爆死するわ!」

「安心しろ! 敵の攻撃など、俺の鋼の肉体マッスルで弾き返してくれるわッ!」


 ダメだこいつ、完全に脳内麻薬エンドルフィンがキマってやがる。

 究極の極限状態が、生真面目な騎士の精神のタガを完全にぶっ壊してしまったらしい。

 全裸の男と、片腕が死んでいる男の共闘。どう見ても事案だが、悲しいかな、本人たちは(主にガレスが)大真面目である。


『――ギルルルルル……ガァァァァァァァァァァァッッ!!!』


 俺たちのこの、命懸けの戦場を根底から舐め腐ったような漫才劇に、ついにキメラ(とその背後で操る『あの方』)の怒りが沸点を超えた。

 空気を物理的に震わせる、鼓膜を破壊するほどの咆哮。

 巨大な肉塊の表面がボコボコと沸騰し、数十本もの禍々しい黒い魔力触手が、狂った大蛇の群れのようにうねりながら空高く持ち上がった。

 一本一本の触手に、無数の眼球と鋭い牙がびっしりと生え揃っている。作画カロリーという概念を嘲笑うかのような、おぞましいディテールの暴力。


「来るぞ、変態騎士。てめェのその無駄にいい身体、せいぜい有効活用しろよ」

「誰が変態だ! 俺は誇り高き紅蓮の――」


 ガレスの口上を待たずして、死闘の第2ラウンドを告げるゴング――否、死の豪雨が降り注いだ。


 ズドババババババババッッッ!!!


 俺は地面を蹴り、クレーターの端に転がっていた「仮組みのデッキブラシ(テツコ特製・総重量30キロ超の黒鋼の塊)」へと滑り込む。

 完全に死に絶えた右腕は使い物にならない。俺は唯一動く『左手』だけで、そのバカみたいに重い柄を握りしめた。


(……左手一本で、この鉄塊を振り回す。普通に考えりゃ、物理法則的に不可能だ)


 だが、不可能を可能にするのが、俺たち『掃除屋』の狂気だ。

 迫り来る触手の群れを前に、俺の脳内はコンマ数秒の間に「最適な生存ルート」を弾き出した。

 それは、自らの肉体に対する「最悪のコマンド」の入力だった。


(遠心力を殺さずに、左手だけで30キロの鉄塊を大回転させるには……関節という『可動域の限界ストッパー』が邪魔だ)


 ――ならば、外すしかない。


 俺は奥歯を噛み締め、全身の筋肉を意図的に誤作動させた。


 ゴ、キ、ィ、ィ、ィ、ィ、ッ、!!


 左肩の関節を、自らの筋力で意図的に「脱臼」させた。

 その瞬間、時間が完全に停止したかのような錯覚に陥った。

 神経の束がブチブチとちぎれかけ、軟骨が削れる音が、頭蓋骨の内側でドルビーサラウンド再生される。


「ガ、ァ、ァ、ァ、ァ、ァ、ッ……!!!!」


 脳の痛覚野が、エラー表示を通り越して白煙を上げた。

 痛い。痛いなんてもんじゃない。

 小学三年生の夏休み、自転車で下り坂をノーブレーキで突っ走ってドブ川に転落した時の痛み。

 二十歳の頃、親知らずを四本同時に、麻酔が効ききっていない状態で抜かれた時の痛み。

 真冬の深夜、トイレに行こうとして足の小指をタンスの角にマッハ3でぶつけた時の痛み。

 それらのトラウマティックな痛覚をすべてミキサーにかけ、一万倍に濃縮して脳髄に直接注射されたような、言語化不能の絶対的疼痛。

 視界が真っ白に明滅し、胃液が逆流する。

 だが、俺はその痛みを、奥歯が砕けるほどの力でねじ伏せた。

(ここで意識を飛ばしたら、尺稼ぎの回想シーンに入っちまう……! 動け、俺の肉体ポンコツ!!)


 外れた左腕をただの「鎖」へと変換し、俺は巨大なデッキブラシを独楽のように大回転させた。


 ズバァァァァァァァンッ!!


 黒い魔力(死者の共鳴)を纏ったブラシの先端が、襲い来る触手を次々と粉砕していく。

 しかし、空中で体勢を崩した俺を、強烈な反作用のベクトルが襲う。

 着地態勢は取れない。左足のアキレス腱は切れている。

 俺はとっさに身を捩り、地面に叩きつけられる衝撃を――すでに三本折れている『自らの右胸の肋骨』をクッション代わりにして吸収した。


 メキボキィッ! ブチュッ!!


「グァッ……ハフッ……!」


 折れた骨の鋭利な断面が、右肺の表面に浅く突き刺さる感触。

 肺胞が潰れ、酸素の代わりに真っ黒な煤と血の混じった液体が、間欠泉のように気管を逆流して口から噴き出した。

 痛い。熱い。苦しい。五感のすべてが「今すぐ死ね」と警告を出している。

 だが、俺の足は止まらない。止まれば、死ぬのは俺だけじゃないからだ。


「な、んだ……こいつは……ッ」


 背中を預けて戦うガレスは、俺のその常軌を逸した戦い方を間近で見て、戦慄に顔を歪ませていた。

 自分の体を、使い捨ての道具……いや、ただの「部品」としか思っていないかのような、命に対する絶対的な冒涜。


(こいつは、なぜここまでして戦える? 関節を外し、骨で衝撃を殺す? 正気の沙汰ではない……ッ!)


 ガレスの心臓が、早鐘のように打つ。

 ボロボロになりながらも、決して退かずに前へ出続ける清掃員の背中。

 その姿を見た瞬間、ガレスの中で燻っていた騎士としての魂が、完全に爆発した。


「――おおおおおおぉぉぉぉぉッッ!! 掃除屋アァァッ、お前は攻撃に専念しろォォッ!!」


 ガレスは、全裸のまま折れた大剣を大上段に構え、自らキメラの真正面へと飛び出した。

 筋肉の鎧を限界までパンプアップさせ、わざと大声で咆哮し、キメラのヘイト(攻撃の的)を一身に集める泥臭い防衛戦。


「来い、化け物ォォッ!! 俺の肉体シールドが、そうやすやすと貫けると思うなァァッ!」


 ドドドドォォォンッ!!

 触手の猛攻が、ガレスの全裸の肉体に直撃する。

 だが彼は、折れた大剣の腹と、自身の分厚い筋肉だけで、その致命傷をギリギリのところで受け流し、あるいは耐え抜いていく。

 広背筋が弾け、大腿筋が悲鳴を上げ、鮮血が舞い散る。

 だが、その顔には一切の悲痛はなく、むしろ狂気じみた笑みすら浮かんでいた。

 風に舞うブラブラと揺れる『漢の象徴』と、それを全く意に介さず猛攻を凌ぐ、崇高なる騎士道精神。

 情報量が多すぎる。視覚的なバグの連続に、キメラのAI(本能)ですら一瞬、攻撃のテンポを狂わせた。


「今だァァァァッ!! やれェェェェッ、掃除屋ァァァァッ!!」


 全裸の男が血を吐きながら叫ぶ。

 その千載一遇の隙。俺は外れた左肩を気合いでハメ直し(二度目の激痛で意識が銀河の果てまで飛びかけた)、残された『死者の共鳴』の魔力を、左手から仮組みのデッキブラシへと全開で流し込んだ。

 柄に刻まれた黒い稲妻の文様が発光し、限界突破の圧縮魔力が周囲の空間を歪ませる。


「……消え失せろ、ゴミ溜めがァァァァッ!!」


 俺は全身のバネを使い、黒い稲妻の柱と化したデッキブラシを、キメラの巨大な胴体に向かって渾身の力で叩き込んだ。


 ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!


 空間そのものが圧縮され、爆発する。

 黒い魔力の奔流がキメラの肉体を喰い破り、その巨体の「右半分」を、文字通りチリ一つ残さず完全に吹き飛ばした。

 緑色の体液と、焼けた肉の悪臭が雨のように降り注ぐ。


「……ハァッ……ハァッ……やった、か……!?」


 ガレスが折れた大剣を杖代わりにして荒い息をつく。フラグ建築乙。

 巨体の半分を失ったキメラは、ぐらりと揺れ、崩れ落ちる――かに見えた。


 ジュル、ジュルルルルルルッ……!!


「……なっ!?」


 俺とガレスの視界の中で、信じられない光景が展開された。

 吹き飛んだはずのキメラの断面から、ドロドロの黒い泥のような肉芽が爆発的な速度で増殖を開始したのだ。

 筋肉が編み込まれ、骨が形成され、皮膚が覆っていく。

 その間、わずか『数秒』。

 瞬きをする間に、キメラは失った右半身を完全に修復し、無傷の状態へと戻ってしまった。


『――ククク……無駄だ。ハエがいくら足掻こうと、結果は変わらん』


 キメラの奥底から、空間を直接揺らすような『あの方』の冷酷な嘲笑の音声が響き渡った。


『その程度の火力では、我が最高傑作(実験体)の再生速度に追いつかん。貴様らの命の炎が尽きるのが先か、この肉体が崩壊するのが先か……火を見るより明らかだろう』


 絶望的な戦力差。圧倒的な再生能力という壁。

 だが、最悪の事態はそれだけではなかった。


 ――ピ、キ、ィ、ィ、ィ、ッ、……。


 俺の左手から、致命的な破断音が響いた。

 見下ろせば、先ほどの一撃の反動と、キメラの強固な肉体に阻まれた物理的負荷により、テツコ特製の「仮組みのデッキブラシ」の黒鋼の柄に、無数の深い亀裂が走っていた。

 音を立てて剥がれ落ちる黒鋼のコーティング。

 限界だ。この武器は、もう次の一振りには耐えられない。


「ガ、ハッ……!!」


 同時に、限界を超えて魔力を引き出しすぎた代償が、俺の肉体に容赦なく襲いかかった。

 視界が急速にブラックアウトし、口から黒い煤(血)が、まるで決壊したダムのようにドバッと吐き出される。

 鉄錆と泥水と安い線香を混ぜたような、最悪の味が舌を焼く。

 足の力が完全に抜け、俺は膝から崩れ落ち、地面に突っ伏した。


「おい、掃除屋ッ!! ジンッ!!」


 全裸のガレスが血相を変えて駆け寄ってくる。

 だが、俺は声を出して返事すらできない。意識の底が、深い泥沼に沈んでいく感覚。

 武器が壊れ、術者が倒れた。完全なるチェックメイト。


『終わりだ。無価値なゴミどもめ、世界の礎となる光栄に咽び泣きながら消し飛べ』


 キメラが、再生した肉体の中央をパカッと開き、そこから最大質量の「黒いレーザー」を形成し始めた。

 周囲の空気が急速に収縮し、発射のカウントダウンがゼロに近づく。

 死の光が、空間を焼き焦がす寸前。


「……くそッ! 俺ごと撃てェェェッ化け物ォォォッ!!」


 ガレスが俺を背に庇い、全裸で両手を広げて前に出る。

 だが、あんなレーザーを食らえば、筋肉の鎧だろうが何だろうが、俺たち二人とも原子レベルで消滅する。

 万策尽きた。

 俺の網膜に、絶望の光が焼き付こうとした、その瞬間――。


 プァァァァァァァァァンッッッ!!!


 鼓膜をぶち破るような、けたたましい装甲車のクラクションが、上空(クレーターの崖の上)から鳴り響いた。


「「……あ?」」


 俺とガレスが、そしてレーザーを発射しようとしていたキメラすらも、思わず上を見上げる。


 暗い地下空間の天井から、バチバチと『ピンク色の火花』が散っていた。

 そして、暗闇を切り裂くように、眩い『ハート型の溶接光』が降り注ぐ。

 重力に従って、一つの影が大空から戦場のど真ん中へと急降下してくる。


「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 拡声器を通したような、空気を一切読まない特撮ヒロインのような甲高い口上。

 落下してくるのは、作業着の上に無骨な防具を身につけ、顔には巨大な『溶接マスク(キラキラのデコレーション済み)』を被った、小柄な人影。


「男たちの熱い友情ホモソーシャルで勝手に完結してんじゃないわよ!! ヒロインの出番を奪う気!? ここからは、この乙女のロマンチック・ハンマーが乱入よ!!」


 ドッゴォォォォォォォォォォォンッッッ!!!


 鋼テツコが、自身の体重の三倍はあろうかという巨大な鉄槌ロマンチック・ハンマーと共に、キメラの頭頂部にメテオ・ストライクの如く着弾した。


 絶望の静寂を粉々にぶち壊す、乙女(物理)の最高すぎるタイミングでの乱入。

 飛び散るピンクの火花の中、全裸の男と瀕死の清掃員は、ただ呆然とその光景を見上げるしかなかった。

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