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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
第六章:裸の騎士と、鉄の処女

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第128話 モルモットは回し車の中で、自分が実験動物だと気づかない

暗闇。

 それは単なる光の欠如ではない。空間の温度、酸素の濃度、そしてそこに立つ者たちの『希望』という名の熱量を、根こそぎ奪い去っていく絶対的な捕食者だ。

 網膜が、光の粒子を一つも捉えられないという事実にパニックを起こし、脳が勝手に砂嵐のような白いノイズを視界に映し出そうと足掻いている。

 B60F『関所エリア』。

 ほんの数分前まで、総工費100億ルピア(あくまで俺の貧相な金銭感覚による推測だが、おそらくそれくらいは下らないだろう)の極彩色ネオンと、狂気に満ちた全裸トラップ要塞として、この常闇の樹海で最も下品な自己主張を放っていた『紅蓮騎士団・第4層域前哨要塞』の残骸は、今や完全な静寂と漆黒の中に沈み込んでいた。

 巨大な見えざる手によって、階層全体の電源プラグが物理的に引っこ抜かれたような暴力的なショートの直後。

 唯一生き残った最も高い塔のメインスピーカー。そこに灯る、血の滴るような、あるいは充血した巨大な単眼のような不気味な『赤いランプ』だけが、この空間における唯一の光源であり、そして絶対的な『神』の目として俺たちを見下ろしていた。


『――テストフェーズ1、終了』


 その合成音声が、乾燥しきった大気を震わせて発せられた瞬間。

 俺――黒鉄ジンの主観時間が、まるで凍てつくシベリアの湖水に全裸で投げ込まれたように、極限まで減速した。コンマ一秒が、永遠の長さに引き伸ばされていく。

 無機質で、冷酷で、一切の感情の揺らぎを持たない男の声。

 その音波が鼓膜を震わせ、聴神経を伝わって脳髄に到達しただけで、俺の右腕の細胞一つ一つが、まるで天敵の羽音を聞いたカエルのように、激しい痙攣と自己崩壊のシグナル(警鐘)を鳴らし始めたのだ。

 心臓が、肋骨の裏側で暴走族のバイクのように不規則な爆音(不整脈)を立てる。

 喉が張り付く。唾液腺が完全に砂漠化し、舌が上顎に接着剤で貼り付けられたように動かない。

(……なんだ、この声は)

 俺の脳内(CPU)が、この耐え難い生理的嫌悪感から逃避するため、勝手に思考を脱線させ始める。

 走馬灯の強制起動。思い出すのは、小学生の頃の夏休み。雷雨で実家が停電し、真っ暗な居間で一人、ブレーカーのスイッチを手探りで探していた時のあの圧倒的な孤独感と恐怖。……いや、今はそんなノスタルジーに浸っている場合じゃない。ブレーカーを上げれば戻るようなチャチな闇じゃないんだ、これは。だいたい俺の実家はもっと狭かった。尺稼ぎの回想シーンを脳内で垂れ流している暇があるなら、この右手の震えをどうにかしろ。読者が「またジンの現実逃避かよ」って呆れてブラウザバックする音が聞こえるぞ!


「……モルモットだと……? どういう意味だ!」


 静止した時間と暗闇を引き裂くように、ガレスのひしゃげた怒声が響いた。

 半壊した城壁の瓦礫の上。見掛け倒しの金メッキの鎧を、ガチャガチャと、まるで安物のブリキのおもちゃのように滑稽に鳴らしながら、彼は見えないスピーカーの主――『あのスポンサー』に向かって、血を吐くように、そして懇願するように叫んだ。


「答えろ! モルモットとはどういう意味だと言っている! 俺たちは、誇り高き紅蓮騎士団だぞ! 貴方の命を受け、この忌まわしい樹海に身銭を切って要塞を築き、遺失物管理センター(ゴミ拾い)の連中をここで完全に排除するために、日夜血の滲むような思いで……!」

『言葉通りの意味だ、誇り高き騎士団長殿』


 ガレスの必死の、肺から絞り出したような抗議を、合成音声は、読み込みの遅いパソコンのポップアップ広告を右上のバツ印で無慈悲に閉じるように、あっさりと、一刀両断に遮った。


『君たちがこの樹海に無駄にきらびやかな要塞を築いたのも、遺失物管理センターと不毛な小競り合いをして貴重な体力を消耗したのも、その金ピカの滑稽な鎧を着て道化を演じたのも。……すべては、「この後」のための舞台装置に過ぎない』

「な……っ」


 ガレスの喉の奥で、言葉が、いや、呼吸そのものが完全に凍りついたのが分かった。

 俺の視界の中で、ガレスの目が見開かれ、瞳孔が極限まで収縮する。額から噴き出した脂汗が、金メッキの頬当てを伝い、重力に従ってゆっくりと、スローモーションで虚空へと落ちていく。

 チャプッ、と。

 幻聴かもしれないが、その汗のひとしずくが地面の瓦礫に落ちる音が、俺の鼓膜にはっきりと響いた。

 俺の心象風景の中で、ガレスの足元にあった見えない『確固たる床(スポンサーへの忠誠心と、自身の存在意義)』が、ガラガラと音を立てて底なしの奈落へと崩落していく。


『要塞の建設費として君に投資した資金も、これまでの数々の支援も、決して君たちをB100Fへ到達させるためではない。ただ、ここB60Fという適切な環境下、外部のノイズから完全に遮断された密室に、「ある生体兵器のテスト場(箱庭)」を作るための、ただの撒き餌だ。よくやってくれたよ、実験動物モルモット諸君。君たちの見事なまでの無能っぷりが、彼ら(センターの連中)の疲労度と、君たち自身の絶望値を、計測に最適な規定値へと導いてくれた。感謝する』


 静寂。

 風の音すら消え失せたような、宇宙空間のような真空の静寂。

 その中で、ガレスの黄金の鎧のパーツが、カシャン……と、地面に一つ、零れ落ちた。安物の接着剤で止められていた装飾が、主の絶望という名の重力に耐えきれなくなったのだ。


「俺たちは……騎士団は、ただの実験動物だと言うのか……!」


 ガレスの、かすれた、絞り出すような声には、先ほどまでの「全裸トラップ」を誇らしげに語っていた狂気も、俺への個人的な私怨の熱量も、微塵も残っていなかった。

 そこにあるのは、ただ、自分の信じてきた世界のすべてが、掌の上で踊らされていたチープな茶番劇だったと思い知らされた、一人の男の圧倒的な絶望だけ。

 俺は、微かに震える右手をズボンのポケットの奥深くへとねじ込みながら、暗闇の中でガレスの崩れゆくシルエットを見つめていた。

 こいつは、バカだ。見栄っ張りで、自己顕示欲の塊で、俺の罠に自らハマって全裸で溺れるような、絵に描いたような三流騎士だ。

 だが、俺は知っている。こいつが、泥水をすすってでも、他人に後ろ指を指されようとも、『紅蓮騎士団』という組織の地位向上のために、どんな汚れ仕事も引き受けてきたことを。

 部下たちに安定した給料を払い、騎士としての誇り(表面上だけでも)を保たせるために、権力者スポンサーの靴の裏を舐め、時には道化を演じてきたのだ。

 その結果が、これだ。

 すべては、自分たちを『データ採取用の餌』として最適な状態に仕上げるための、飼い主の悪辣なプランテーションだった。


「……あ、あァ……」


 ガレスが、その場に力なく両膝を突いた。

 ギャグ時空で全裸になろうとも、爆発に巻き込まれようとも、決してへし折れなかった彼の『騎士としての矜持』と『団長としての責任』が、今、無機質な合成音声のたった数回の宣告によって、ガラス細工のように粉々に粉砕されたのだ。

 先ほどまで彼を権威づけていた黄金の鎧が、今はまるで、自分の意志では出ることの許されない、重く冷たい『滑稽な鳥かご(檻)』のように、彼の全身にのしかかっている。

 シリアスだ。あまりにもシリアスすぎて、胸焼けがする。

 第四の壁を越えて、俺の心象風景に流れていたギャグアニメのポップなBGMのレコードが、針を乱暴に引っ掻き回されてブツン! と物理的に停止する音が聞こえた。


『これより、本命のデータ採取メインフェーズに移行する』


 赤いランプが、人間の瞬きのように、チカッ、チカッと二回、血の色で点滅した。


モルモット諸君。精々、良い悲鳴を聞かせてくれ』


 その冷徹な言葉を最後に。

 プツンッ! と、スピーカーの電源が完全に落ち、赤いランプの光も空間から消滅した。

 残されたのは、真の暗闇と、重すぎる絶望の沈黙。


 ――その直後だった。


 ドクンッ!!


 俺の心臓が、肋骨を内側から蹴り破らんばかりの、今まで経験したことのない異常な拍動(不整脈)を起こした。

 喉の渇きが限界に達し、舌が砂漠の砂を噛んでいるようにザラつく。肺が酸素の吸入を拒否し、強張った筋肉がギシギシと悲鳴を上げる。

 ポケットの中に隠していた俺の右手の痙攣が、ついに俺の精神力ロックを完全に振り切り、ズボンの生地の上からでも分かるほどに、ガタガタガタッ! と激しく震え始めた。

 痛覚の完全なる喪失。だが、神経の束が細胞レベルで融解し、千切れていく『死の幻痛』が、脳髄に直接一万ボルトの電流を流し込んでくる。

 五感の過剰インストール。

 これは、あれだ。二十歳の時に引越しのバイトで冷蔵庫を持ち上げようとした瞬間、腰に雷が落ちたあの『ぎっくり腰』の激痛を、一万倍に濃縮して神経に直接注射器で打ち込まれたような、逃げ場のない破滅の感覚。

 俺の細胞が、DNAレベルで警報サイレンを鳴らしている。

「上だ!」と。


「……ッ! なんだ、この波長は……!」


 俺は、ガチガチと鳴る奥歯を噛み砕くほどの力で噛み締めながら、天空を見上げた。

 B60Fの遥か上空。常闇の樹海の「天井」にあたる、絶対暗黒の空。

 そこに、空間そのものがドロドロに酸で溶け落ちたような、巨大な『黒い渦(転移ゲート)』が、音もなく、しかし星を一つ飲み込むような圧倒的な質量を伴ってポッカリと出現したのだ。


 渦の中心から、ドス黒い、そして俺にとってあまりにも馴染み深く、吐き気を催すほどの「呪いの気配」が、滝のように降り注いでくる。


(ウソだろ……俺の『死者の共鳴』と、全く同じ波長、だと……!?)


 俺の体内で燃え盛る未練の魔力が、上空の黒い渦と共鳴ハウリングを起こし、激しい拒絶反応を示している。胃液が逆流する。

 俺の寿命いのちを削って出力するこの規格外の呪いを、人為的に、しかもこれほどの超巨大なスケールで再現しているというのか。


 ズズズズズズズ……ッ!!


 大気が軋む。重力が、上空の渦に向かって引っ張られるような錯覚。周囲の瓦礫がフワリと浮き上がる。

 ジンの中の魔力と完全に同調するように、黒い渦の中から、重力に逆らうようにゆっくりと、「巨大な肉塊」が落下してきた。

 いや、落下ではない。それは自らの意志で、空間を押しつぶしながら、この地獄の底へと『降臨』してきたのだ。


 ズドォォォォォォォォォォォンッッッ!!!!!


 B60Fの大地が、悲鳴を上げて陥没した。

 紅蓮騎士団の半壊した要塞の中庭、俺とガレスの中間地点に、隕石が直撃したかのような直径数十メートルの巨大なクレーターが穿たれる。

 凄まじい土煙と、周囲の木々を一瞬で枯死させるほどの濃密な瘴気の爆発。

 俺は左手で顔を覆い、強風に耐えながら、目を細めてその爆心地を凝視した。


 濛々と立ち込める土煙のド真ん中。

 そこから、ズリッ……ズリッ……と、肉と骨が不快な摩擦音を立てて擦れ合うような、冒涜的な足音が響いてきた。

 姿を現したのは、神が嘔吐した悪夢そのものだった。


 人間のシルエットではない。

 過去に俺たちがダンジョンで倒してきたボスクラスの魔物たちの死体――巨大なドラゴンの鱗、スライムの粘液、蜘蛛の節足、そして何人もの「人間だった何か」のパーツ。

 それらが、狂気の外科医によって無理やり太い黒いワイヤーで縫い合わされたような、醜悪の極みたる継ぎ接ぎの化け物。

 そして何より異常なのは、その肉塊の全身から、俺の『死者の共鳴』と全く同じ、どす黒い未練の擬似エネルギー(瘴気)が、まるで陽炎のように立ち昇っていることだ。

 パチパチと黒い稲妻を纏い、周囲の空間の色彩を奪っていく。


 ――『実験体キメラ』。


 キメラが、ズンッ、と一歩踏み出した。

 そして、のっぺらぼうの、眼球も口も存在しない「顔のない頭部」を、ガレスと、白旗を振って震えている騎士団員たちの方へと、ギキィッ……と錆びた鉄扉のような不気味な音を立てて向けたのだ。


「ヒィィィィッ……!!」

「だ、団長ォ……助けて……!!」


 圧倒的な捕食者のプレッシャー。

 食物連鎖の絶対的な頂点に立つ者の気迫を前に、騎士団の誰一人として、指一本動かすことができない。呼吸すらも忘れた、完全なる金縛り。

 彼らは今、自分たちが「モルモット」ですらなく、ただのベルトコンベアに乗せられた「餌」であることを、細胞レベルで理解させられていた。


「…………」


 俺は、痙攣の止まらない右手をポケットに深く隠したまま、左手一本でテツコ特製のデッキブラシの柄を肩に担ぎ直した。

 ひび割れた唇を、極限まで吊り上げる。

 恐怖はない。あるのは、ただ、俺の命を削って使っているこの忌まわしい力を、こんな醜悪な形でパクリやがった見えざる敵(あの方)に対する、純粋で絶対的な「殺意」だけだ。


「……おいおい」


 俺の低く濁った声が、静寂のクレーターに響き渡る。


「どこの馬鹿だか知らねぇが……俺の特許(能力)を、無断でパクって商品化してやがる。著作権侵害と意匠権の侵害でギルドの法務部に訴える前に、俺自身がクレーム処理そうじをしてやるよ」


 俺の全身から、キメラの瘴気に対抗するように、漆黒の『死者の共鳴』が爆発的に立ち昇る。

 デッキブラシの柄が、限界を超えた魔力の奔流を受けてミシミシと軋む。

 タチの悪いギャグの時間は、完全に終わった。

 ここから先は、俺の残された寿命ろうそくの火を限界まで燃やし尽くす、完全なる死闘ラストランの幕開けだ。

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