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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
第六章:裸の騎士と、鉄の処女

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第127話 宴の終わりは、いつも突然にノイズと共にやってくる

破壊の宴、あるいは税金(スポンサーの金)の壮大なるドブ捨て祭りの終焉は、文字通り「秒」で訪れた。

 ここはダンジョンB60F『関所エリア』。かつて常闇の樹海の景観保護条例をブルドーザーで木っ端微塵に粉砕し、深夜の歌舞伎町もかくやという下品で暴力的な極彩色のネオンを放っていた『紅蓮騎士団・第4層域前哨要塞』は、今や完全に文化祭の翌朝のゴミ捨て場、あるいは怪獣映画のラスト五分で徹底的に蹂躙されたジオラマセットへと成り果てていた。


 俺の主観時間が、パラパラ漫画を一枚ずつ指でめくるように、ゆっくりと惨状のディテールを網膜に焼き付けていく。

 マシロたち『アンラッキー・サーティーン(俺の寿命を案じるあまりに倫理観がバグった過保護なイカれ集団)』の放った、魔王討伐クラスの理不尽なまでの過剰火力。そして、押しかけ専属鍛冶師である鋼テツコの、怒りと筋力と乙女の純情に任せた物理的なハンマー・スマッシュ。

 その二つの圧倒的な暴力のミキサーにかけられた結果。

 総工費100億ルピア(あくまで俺の推測だが、おそらくそれくらいは下らないだろう)を注ぎ込んだという堅牢な石造りの城壁は、まるで台風の日にうっかり外に出しっぱなしにした湿った段ボール箱を大型トラックで轢いたかのように無惨にひしゃげ、半壊状態(というより、ほとんど書き割りセットの裏側の骨組みが丸見えの状態)を白日の下に晒している。

 壁面を這い回っていた無数のネオン管はガラスの破片となって四方八方に飛び散り、ジリジリ、バチバチと、死にかけのセミのような漏電の火花を散らしている。

 俺の服(と、三十代の一介の清掃員としての尊厳)を溶かすためだけに開発・設置されたという、狂気の産物たる数百門の『特殊粘着スライム砲台』は、砲身を安いプラスチックのおもちゃのようにへし折られ、中から緑色のヘドロ状の液体がダラダラと垂れ流されていた。それが地面の瓦礫の布地(誰かの落とした手袋や、破れた旗の切れ端など)に触れるたび、ジュワァァァッというフライパンでベーコンを焼くような嫌な溶解音と共に、黄色い有毒ガスをプスプスと発生させている。


「……終わったスね。俺たちの、ブラックすぎる残業の日々が」

「あぁ……もう帰っていいスか。嫁が、今朝『実家に帰ります』ってLINE残してたんスよ……」


 崩れかけた城門の脇では、ガレスの部下である数十人の騎士団員たちが、完全に戦意を喪失し、膝から崩れ落ちていた。

 彼らは折れた槍の先に、どこから調達したのか自分たちの白いトランクス(おそらく徹夜の土木作業用にロッカーに常備していた予備のパンツだろう)をくくりつけて、一切の感情を失った虚無の表情で白旗を振っていた。

 彼らの眼窩は深く窪み、頬はこけ、完全な過労死一歩手前の顔をしている。俺の心象風景の中で、彼らの猫背の背中に流れる哀愁のサックスソロが、今度はドナドナのメロディを奏でる鎮魂歌レクイエムへと変わっていく。

 お疲れ様。ハローワークはB1Fにあるから、地上に戻ったらまずはゆっくり風呂に入って、それから職探しに行け。心から同情するよ。


「おのれェェェェェ!!」


 だが、その完全なる敗北の焼け野原の中心で、一人だけ現実を受け入れられていない男がいた。

 城壁の残骸の頂上。

 紅蓮騎士団・団長、ガレス。

 彼は、見掛け倒しの『黄金の重鎧(金メッキ仕様)』を泥と煤と自軍のスライムで汚しながら、頭を両手で抱えて歌舞伎役者のように天を仰ぎ、絶叫していた。


「俺のォォォ! 毎晩エナジードリンクをガブ飲みして徹夜で設計図を引いた、総工費100億ルピアの全裸トラップ要塞がァァァ!! これを稟議に通すために、あのスポンサーにどれだけ土下座して靴の裏を舐め回したと思っているゥゥゥ!」

「知らねぇよ。だいたいそんな稟議書をハンコ押して通すスポンサーの頭の中身も見てみたいもんだ。どんだけ全裸フェチなんだよお前の上司は。会社のコンプライアンスが死滅してんぞ」


 俺――黒鉄ジンは、ひび割れた唇から紫煙を吐き出しながら、スピーカー越しではなく直接、呆れ果てた声でツッコミを入れた。

 喉が、極度の乾燥でヒリヒリと痛む。唾液腺が完全に砂漠化し、舌が上顎に張り付く。心臓のBPMは通常より遥かに早く、ドラムロールのように肋骨の内側を叩いている。

 ポケットの中に突っ込んだままの俺の右腕は、先ほどテツコ特製の『仮初めのデッキブラシ』を通じて『死者の共鳴』の魔力をぶっ放した代償により、細胞の奥底から焼け焦げるような感覚と共に、未だに自分とは別の生き物のように醜い痙攣を続けていた。

 痛覚はない。だからこそ恐ろしい。神経が焼き切れる幻痛が脳髄をガンガンと叩く。まるで、麻酔なしで虫歯の神経に直接工業用ドリルを当てられているような、あるいは爪の間に縫い針をねじ込まれているような、逃げ場のない生理的嫌悪感。

 だが、俺は顔の筋肉を強制的にロックし、完璧なポーカーフェイスを崩さない。


「さあ、三流騎士。お前のくだらねぇ学園祭の出し物はこれでおしまいだ。大人しく道を開けるか、それともその安っぽい金メッキの鎧ごと、スクラップ工場に直行するか選べ。俺はどっちでもいいぞ。今日のゴミ回収のノルマにはまだ余裕があるからな」


 俺が左手一本で重いデッキブラシを肩に担ぎ直し、一歩前へ出た、その時だ。


「……ふざけるなァァァ!!」


 ガレスの眼球に、狂気の血走った線が幾重にも走った。毛細血管が限界を超えて膨張しているのが、十メートル離れた俺の目にもはっきりと見えた。

 完全にヤケクソになった男の顔。失うものがなくなった(そもそも最初から目的がバグっていたが)人間の、醜くも哀れな、どうしようもない意地。


「こうなれば、もはやなりふり構ってなどいられるかァ! 貴様だけでも、貴様のその小憎らしい作業着だけでも、絶対に分子レベルで溶かし尽くしてやる! 第5巻で俺が味わった『泥水全裸溺れ』のトラウマを晴らすためになァ!!」


 ガチャガチャガチャッ!!

 金メッキの重鎧が、可動域を完全に無視した素人設計のせいで、関節を動かすたびに悲鳴のような金属音を立てる。

 ガレスは、崩れかけた城壁の奥から、自らの身の丈ほどもある、巨大なプラスチック製の(ように見える)円筒形の筒を、ひいこら言いながら引っ張り出してきた。

 その後部には、巨大なウォーターサーバーのボトルのようなものが極太のホースで接続されている。

 どう見ても、夏のビーチで子供がはしゃいで使う『超特大サイズの水鉄砲』の、色を黒と迷彩柄に塗ってミリタリー風に誤魔化しただけの代物である。シールで「DANGER」とか貼ってあるのが致命的にダサい。


「見よ! これこそが、要塞のメインシステムと直結させた俺の最終兵器! 『超高水圧・衣類溶解スライムバズーカ・ギガント』だァァァ!!」


 バァァァァァンッ!!

 ガレスの背後で、彼自身が口で発した効果音(口バズーカ)が虚しく響く。


「…………」

「…………」


 B60Fの空気が、再び絶対零度に凍りついた。

 俺の主観時間が凍結する。

 脳が、現実への処理を拒否して走馬灯を起動する。

 思い出すのは、小学生の夏休み。近所の公園で、水道の蛇口に水風船を繋いでいたら、水圧に耐えきれずに風船が破裂して、顔面がびしょ濡れになったあの夏の日の記憶。蝉の声。遠くで聞こえるラジオ体操の音楽。夕立の匂い。……あぁ、あの頃は平和だった。なぜ俺は今、三十代も半ばに差し掛かろうという年齢で、金メッキの鎧を着たおっさんが担ぐ巨大水鉄砲と対峙しているのだろう。これ、労災下りるのかな。


「どこが尋常だ。騎士の風上にも置けねぇネーミングセンスだな。ていうか、結局全裸にしたいだけじゃねぇか! どんだけ俺の服に執着してんだお前は! 俺の服はお前の親の仇か何かなのか!?」


 俺の魂の底からのツッコミが、瓦礫の山に響き渡る。

 背後では、マシロが「コンプライアンス……セクハラ……名誉毀損……民事訴訟……」とブツブツ呪文のように呟きながら白目を剥き、テツコに至っては「あんなの鉄ですらないわ! ポリ塩化ビニルよ! 鍛冶師への侮辱ォォ! アタシが熱処理して燃えるゴミの日に出してやるわ!」とハンマーを振り回してブチギレている。

 もはや、ここは戦場ではない。狂人たちの展覧会だ。

 俺の脳内で、この長引きすぎたギャグ展開に対するメタ的なアラートが警報を鳴らす。

(……尺稼ぎ乙。だいたい、この変態騎士との絡み、もう何話目だよ。読者もそろそろシリアスなバトルが見たい頃合いだぞ。俺の寿命(設定)も刻一刻と減ってんだ。これ以上コメディのノリに付き合ってたら、俺の命のタイマーが尽きる前に連載が打ち切られるわ)


「死ねェェェ! 黒鉄ジン! 貴様のそのダサい作業着を、分子レベルで消し飛ばして、明日からモザイクなしでは外を歩けない体にしてやるゥゥ!」


 ガレスが、金メッキの鎧をガチャつかせながら、城壁から瓦礫の山へと飛び降りてきた。

 重力に従って着地した瞬間、ドスッという鈍い音と共に、金メッキのパーツがポロポロと数枚剥がれ落ちる(安物すぎる。接着剤で貼ってたのか?)。

 だが、ガレスは構わず、巨大な水鉄砲スライムバズーカのトリガーに指をかけた。

 背中のタンクの中で、緑色の悪意スライムが不気味に、ドクン、ドクンと蠢く。


「……チッ、しょうがねぇな」


 俺は、微かにひび割れた唇を歪め、ポケットの中で震える右手を完全に無視して、左手だけでデッキブラシの柄を強く握り直した。

 相手がどれだけギャグ時空の住人だろうと、あのスライムを食らえば一貫の終わり(社会的な意味で)だ。

 間合いを詰める。俺の靴底が、散らばったネオン管のガラスの破片を粉々に砕く。

 ガレスもまた、バズーカの銃口を俺の胸元にピタリと合わせた。


 お互いの距離、わずか十メートル。

 俺の左腕の筋肉が収縮し、心臓のポンプが極限まで血流を加速させる。体内の『死者の共鳴』のどす黒い魔力が、俺の生命力を薪にして、再びデッキブラシの先端へと圧縮されていく。

 ガレスの指が、トリガーを引き絞る。

 まさに、全裸を懸けたどうしようもないギャグバトルが、最高潮クライマックスに達し、両者の力が激突しようとした。


 ――その、コンマ一秒の瞬間のことだった。


 ブツッ!!!!!!!!


 B60Fの空間そのものが、「神様の手によって巨大な電源プラグを引っこ抜かれた」ような錯覚。

 ガレスのバズーカから放たれようとしていた高水圧の射出音も、俺が放とうとした呪いの軋む音も、背後のマシロたちの喚き声も。

 そのすべてを、一瞬にして暴力的に掻き消すような。

 鼓膜を直接、氷の針で突き刺すような、強烈で、無機質で、絶対的な『電子ノイズ』が、樹海全体に響き渡ったのだ。


「……!?」


 俺の網膜から、色彩という概念が強制的に奪われた。

 要塞の残骸を照らしていた、悪趣味なネオン管の光。俺たちを狙っていた対空サーチライト。それらが、まるで巨大な見えざる手に首を絞められたかのように、一斉にバチッと音を立ててショートし、完全に沈黙した。


 光が、死んだ。

 訪れたのは、網膜が闇に慣れることすら許さない、物理的で暴力的な『絶対暗黒』。

 ダンジョンB60F本来の姿、光の粒子すらも喰らい尽くす高密度の瘴気が、堰を切ったように空間へと流れ込んでくる。


「な、なんだ!? 停電か!? おい、予備電源を起動しろ! スライムのポンプが止まったぞ! 何より俺の輝き(金メッキ)が見えないではないか!」


 暗闇の中で、ガレスの慌てふためく情けない声が響く。

 だが、その声に対する部下たちの応答はない。

 俺の生存本能が、心臓を氷の掌で鷲掴みにされたような強烈な悪寒を伝えてくる。

 違う。これはただの停電じゃない。もっと巨大で、冷徹で、俺たち全員を虫けらのように俯瞰している「何か」の意志が、この階層のシステムそのものに介入してきたのだ。

 右手の痙攣が、その未知の恐怖に呼応するように、痙攣の度合いを激しさを増す。


 カチッ。


 完全な暗闇と静寂の中。

 半壊した要塞の最も高い塔の先端に設置されていた、巨大なメインスピーカー。

 それだけが、まるで墓標の陰で灯る鬼火のように、不気味な血のような『赤いランプ』を点灯させて再起動した。


 そして。

 スピーカーのコーン紙を微かに震わせて、その「声」は頭上から降り注いだ。


『――テストフェーズ1、終了』


 ゾワァァァァァッ。

 俺の全身の毛穴が、一斉に開いた。鳥肌が立つ。

 機械で合成されたような、感情の起伏が一切存在しない、ひどく冷たく、無機質で、それでいて脳髄のシワの奥深くに直接語りかけてくるような男の声。

 俺はその声を知らない。だが、俺の奥底に眠る『死者の共鳴(呪い)』が、その声の主が持つ圧倒的な「悪意の質量」に過剰反応し、俺の体内への侵食スピードを上げたのが分かった。


『個体名ガレス、ならびに紅蓮騎士団・第4層域防衛部隊。……肉体的疲労度、および精神的絶望値、規定の閾値(モルモットとしての基準)に到達』


「……え?」


 暗闇の中で、ガレスの口から、間抜けな、ひどく間の抜けた声が漏れた。

 先ほどまでのギャグ一色だった熱帯夜のような空気が、一瞬にして液体窒素の海に叩き落とされたように凍りつく。

 俺の心象風景の中で、カラフルなバラエティ番組のセットがガラガラと崩れ落ち、無機質な灰色のコンクリートの処刑室へと世界が変貌していく。


「あ、あの方……? スポンサー様……ですか? モルモットって、一体どういう……俺は、遺失物管理センターを倒すために、この要塞を……」

『音声認識機能、オフ。――これより、フェーズ2(廃棄と回収)へ移行する』


 ガレスの震える懇願は、無慈悲なシステム音声によって、バッサリと、物理的な断頭台のように切り捨てられた。

 ガシャァァァンッ!!

 赤いランプに照らされた要塞の奥深くから、今までとは全く異なる、地獄の釜の蓋が重々しく開いたような、どす黒い重低音が響き始める。


「……チッ」


 俺は、微かに震える右手をズボンのポケットに突っ込んだまま、口元からタバコを地面へと吐き捨てた。

 ジュッ、と火種が暗闇の瘴気に触れて消える。

 タチの悪いジョーク(ギャグ)の時間は、どうやら完全に終わったらしい。

 ここから先は、笑い声一つない、命の削り合い(シリアス)の始まりだ。

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