第125話 違法建築と復讐のファンファーレは、だいたい予算の無駄遣い
網膜が、細胞レベルで物理的な悲鳴を上げていた。
視神経が焼き切れるような、暴力的なまでの光の奔流。
いや、光という生易しい表現では足りない。これは眼球を直接高出力のレーザーポインターで炙られているような、あるいは大晦日のカウントダウンライブで最前列のスピーカーの横に縛り付けられ、視覚と聴覚を同時にレイプされているような、絶対的な暴虐だった。
ここは、ダンジョンB60F『関所エリア』。
本来であれば、光の粒子すらも喰らい尽くす高密度の瘴気が支配する、漆黒の底なし沼のような『常闇の樹海』の延長線上にあるべき場所だ。ダンジョンの生態系において、光は捕食者に居場所を教える致命的なエラーであるはず。
だが、現在。痛車仕様へと強制合体させられ、サスペンションが悲鳴を上げ続ける装甲車『アイアン・マザー号』のフロントガラス越しに広がっている光景は、俺の常識とダンジョン生態系へのささやかな敬意を、ブルドーザーで木っ端微塵に轢き潰すものだった。
――チカチカチカッ! ギラギラギラギラッ!!
「……なんだここは。深夜の歌舞伎町か? それとも年末のパチンコ屋の新規オープンか?」
俺――黒鉄ジンは、テツコ特製『愛のプロテイン・スムージー』による強烈な胃もたれ(胃酸が逆流して食道が焼け焦げるような感覚、具体的には二日酔いで迎え酒にテキーラを呷った翌朝のあの地獄)を必死に堪えながら、ひび割れた唇から呆れ果てた溜息を吐き出した。
視界を埋め尽くすのは、周囲の黒々とした樹齢数百年の大木を根本から無慈悲にチェーンソーで薙ぎ払い、その跡地に暴力的に建造された、無駄に巨大で悪趣味な石造りの城塞だった。
壁面には、数え切れないほどの極彩色のネオン管が、這い回る寄生虫のように這わされている。マゼンタ、シアン、イエローといった目に痛い原色が、神経を逆撫でするような不規則なリズム(BPM180)で点滅を繰り返している。
さらに、一番高い見張り塔の上からは、巨大な垂れ幕がド派手なイルミネーション(豆電球による自家発電仕様)と共に掲げられていた。
――『打倒! 遺失物管理センター! 正義は我らにあり!』
「……景観をガン無視した違法建築にも程があるだろ。エコの欠片もねぇ。SDGsの推進委員が見たら泡吹いて倒れるぞ、これ。ダンジョンの二酸化炭素排出量を一人で引き上げてんじゃねぇか」
「ジン、確実に建築基準法(ダンジョン特別法・第4条『自然環境の著しい破壊の禁止』)違反ですね。証拠として写真を撮っておきます。後でギルドのコンプライアンス窓口と、環境省に匿名で投書しましょう」
助手席の空間で、幽霊のマシロが、青白い顔をさらに青ざめさせながら真顔でメモ帳(プラズマ製)にペンを走らせている。
彼女のツッコミは極めて事務的で、一切の感情を排した冷酷なものだった。お役所仕事の鑑である。
俺の主観時間が、コンマ一秒の世界で完全に凍結した。
俺の脳内(CPU)が、この非現実的な光景を処理しきれず、勝手に思考を明後日の方向へと脱線させ始める。
(……ダンジョンの深層で、こんな大規模な土木工事をどうやってやったんだ? 資材の搬入ルートは? 足場の組み立ては? クレーン車をどうやってB60Fまで降ろした? いや待て、作業員はどうした。ゼネコンの下請け業者が、ヘルメット被ってモンスターを避けながら夜通しで作業したのか? 日当いくらだ? 深夜手当と危険手当は出るのか? 労災は下りるのか? ああ、俺も昔、足場組みのバイトしたことあるな。あの時の親方、元気かな。……って、どうでもいい! 敵の要塞の施工プロセスなんて考えてる場合か! 尺の無駄遣いにも程がある! 第四の壁を越えて読者のスクロールする指が止まる音が聞こえるぞ!)
ブォンッ! ブォンッ! ブォンッ!!
俺が一人で激しい内的ツッコミ(脳内漫才)を入れていると、城塞の壁面に設置された無数の対空用サーチライトが、重低音を響かせて一斉に起動した。
十数本の極太の光柱が、暗闇を切り裂き、俺たちのアイアン・マザー号(後ろ半分がピンク色のフリル付きという、世界で一番屈辱的な姿)を、まるで東京ドームのセンターステージの主役を照らし出すかのように、ピタリとロックオンする。
網膜が再び焼かれる。
時間が、極限まで引き伸ばされる。スローモーションの世界。
逆光に照らされた最も高い城壁の上に、一人の男のシルエットが浮かび上がった。
風になびく、無駄に長い真紅のマント。
そして。
「フハハハハハハハハッ!!」
拡声器を通した、鼓膜を物理的に破壊するほどの大音量の高笑い。
サーチライトの光を一身に浴びて現れたその男は、なぜか全身を『金メッキ・マシマシの黄金の重鎧』で包み込んでいた。
元々着ていたはずの誇り高き紅蓮の鎧はどこへ行った。あまりにもチープな、百円均一で売られているプラスチックの優勝トロフィーのような、あるいは地方の成金社長が実家に建てた仏壇のようなギラギラとした黄金の輝き。成金趣味が服を着て歩いているような、視覚的テロリズム。
紅蓮騎士団・団長、ガレス。
「待っていたぞ、ゴミ漁りのハイエナどもォ! まさか、本当にこの第4層域前哨要塞まで辿り着くとはな!」
「……おい三流騎士」
俺は、ダッシュボードに備え付けられたアイアン・マザー号の外部スピーカーのスイッチを入れ、喉の渇きを無視して、ひどく乾ききった声でマイクに向かって語りかけた。
「お前、防具の趣味変わったな。ドバイの石油王にでも弟子入りしたのか? それとも金相場が高騰してるから、いざという時の換金用か?」
「黙れェ! この輝きこそが、我ら紅蓮騎士団の栄光の象徴! そして、貴様らへの復讐の炎の具現化よ!」
「金メッキで炎は表現できねぇだろ。物理学をやり直せ。反射して自分が一番眩しい思いしてるだけじゃねぇか。お前の足元、フラフラしてるぞ」
ガレスは俺の正論(鋭角なツッコミ)を完全に無視し、拡声器をこれでもかと握りしめ、城壁の縁から身を乗り出した。その顔は、復讐の歓喜と、過去のトラウマによる呪詛で、完全に歪み切っている。
「思い出すがいい! 第5巻(B4F・地下水脈)でのあの屈辱を! 貴様の卑劣な罠のせいで、俺が誇り高き鎧を溶かされ、部下の前で『泥水に溺れる全裸の変態』として泣きながら逃げ帰ったあの日の悲哀をォォォッ!!」
ビクッ、と。
ガレスの背後に整列していた数十人の騎士団員たちが、一斉に肩を震わせ、気まずそうに目を逸らした。
俺の視界の中で、彼らの無意識のマイクロジェスチャーが拡大される。
額に浮かぶ大量の脂汗。喉仏が不自然に上下する嚥下運動。そして、全員が全員、申し合わせたように「あーあ、言っちゃったよこの人」という表情で虚空を見つめている。
あれは完全に俺のせいではない。あいつが勝手にテンション上がって、スライムの酸の池にダイブした自業自得だ。だが、ガレスの脳内では完全に「ジンの卑劣な罠によって衣服を剥ぎ取られた被害者」として記憶が都合よく改竄されているらしい。
「今日、ここB60Fで! あの時の何百倍、いや何万倍もの絶望と羞恥を、貴様らのその無様な面に刻み込んでやる!!」
「……なあ、一つ聞いていいか」
俺は、額に冷や汗を浮かべながら、マイク越しに静かに、そして重大な疑念を持って問いかけた。
「お前、この階層の関所を私兵で封鎖して、こんな無駄にデカい要塞を建てるために、スポンサー(あの方)から『目障りな俺たち遺失物管理センターを完全に排除するため』っていう名目で、莫大な軍資金(国家予算レベルの金)を引っ張ってきたはずだよな? ……まさかとは思うが」
「フハハハ! いかにも!!」
ガレスは、黄金のマントをバサァッ! と(自前で用意したであろう送風機を使って)効果音付きで翻し、両手を天高く掲げた。
「この要塞の防衛設備、壁のトラップ、そして全方位に設置された数百門の魔力砲! そのすべては、貴様らの服だけをピンポイントで溶かし、生まれたままの姿(全裸)でこの樹海を泣いて逃げ帰らせるため『だけ』に、全予算(30億円)を注ぎ込んでカスタマイズした、究極の全裸生成要塞だァァァッ!!」
――ピキィィィィンッ。
B60Fの空気が、完全に凍りついた。
物理的な冷気ではない。絶対的な「ドン引き」による、空間の温度の急低下である。時間が止まる。世界の色が、一瞬にしてグレーアウトした。
「ただの変態じゃないですかァァァァァァ!!」
俺とマシロの、魂の底からのユニゾン・ツッコミが、外部スピーカーを通じて大音量で樹海に木霊した。
「テメェ、スポンサーの金で何作ってんだ! 横領だろそれ! 目的と手段が完全にバグってるじゃねぇか! 俺を殺すためじゃなくて、俺を全裸にするために30億の要塞建てたのか!? お前の頭の中の費用対効果はどうなってんだ!」
「そうです! 建築基準法違反どころの騒ぎじゃありません! コンプライアンスの完全な崩壊です! 特別背任罪です! 監査法人が見たら三秒で会社が上場廃止になるレベルの不正会計ですよ! 株主総会で土下座確定です!」
マシロがプラズマの涙を流し、ホワイトボードを叩きながら絶叫している(幻覚)。
俺の心象風景のカメラは、ガレスの後ろに控えている副団長や部下たちへと強制的にズームインする。
彼らの顔色は、もはや死人のように蒼白を通り越して土気色だった。
静止した時間の中で、彼らの微細な筋肉の痙攣が、痛いほど俺の網膜に飛び込んでくる。胃の辺りを両手で強く押さえる者、虚空を見つめて現実逃避する者、冷や汗を滝のように流しながら「領収書……勘定科目……接待交際費……いや設備投資か……?」とブツブツ呟く者。
(……正直、団長の個人的な全裸の恨みに、毎日の徹夜の土木作業で付き合わされるのは勘弁してほしいッス……俺、先週から家に帰ってないッス……娘の顔、忘れそうッス……)
(……経理のオバチャンに、この『全裸生成システム開発費(三億円)』の領収書、なんて説明して通せばいいんだよ……俺、明日クビになるかもしれない……田舎の母ちゃん、俺、立派な騎士になれなかったよ……)
彼らの胃粘膜が剥がれ落ちる音や、血の涙の匂いが、テレパシーのように俺の脳内に直接流れ込んできた。
かわいそうに。ブラック企業(騎士団)の末端社員の悲哀。俺の心象風景の中で、彼らの背中に哀愁のブルース(サックスのソロ)が流れ始める。
「さあ! 全裸を懸けた聖戦の幕開けだ! 泣き叫べ! 逃げ惑え! そして、俺と同じ羞恥の地獄を味わうがいいィィィ!! 撃てェェェェェェッ!!」
部下たちの胃痛による吐血など知る由もないガレスが、狂気の笑みと共に、手元の黄金のスイッチボードを叩き割る勢いで起動した。
――ガションッ! ズズズズズズッ!!
地鳴りのような重低音と共に、極彩色の城壁の各所がスライドし、中から無数の巨大な砲台が姿を現した。
砲身の奥で、ドロドロとした緑色の液体(強酸性のスライム溶液・服だけ溶かすように成分調整された特化型)が、不気味な気泡を立てて充填されていく。
冗談ではない。あんなものを束で浴びれば、俺はおろか、マシロ(服の概念があるか不明だが、おそらく霊的な布地が溶ける)も、後ろに乗っているテツコやツムギたちも、まとめて社会的な死を迎えることになる。
「……チッ」
俺はスピーカーのスイッチを切り、運転席のドアを蹴り開けて、漆黒の瘴気が渦巻く外へと降り立った。
喉がカラカラに渇き、心臓が不整脈を打っている。
だが、それはガレスの大砲に対する恐怖ではない。
俺の右手。
テツコが打ってくれた『仮初めの杖(激重の黒鋼コーティング・デッキブラシ)』を握るその手が、細胞の奥底から焼け焦げるような感覚と共に、本能的な痙攣を起こし始めているからだ。
痛覚はない。だが、魔力を通すたびに、寿命という名のろうそくが、工業用バーナーで直接炙られたように急速に溶け落ちていくのを、俺の身体機能全体が悲鳴を上げて警告している。
五感の過剰インストール。この右手の痺れは、あの時のぎっくり腰の痛みを100倍にして神経に流し込んだような、逃げ場のない破滅の足音だ。
「……バカバカしいにも程があるぜ」
俺は、微かに震える右手を無理やり筋力でねじ伏せ、デッキブラシの柄を肩に担ぎ上げた。
百門の大砲が、一斉にこちらに照準を合わせる。砲身がモーター音を唸らせ、緑色の光が俺の網膜をチカチカと刺激する。
俺の心象風景の中で、周囲のネオン街の下品な光がゆっくりと色褪せ、世界が白黒の静寂へと沈んでいく。
残るのは、俺の体内で燃え盛る『死者の共鳴(未練)』の、どす黒い炎だけ。
「俺の服を脱がせたきゃ……まずは、この俺の『チャージ料(冥途の土産)』を、てめぇの命で高く払ってもらおうか」
ひび割れた唇を歪め、俺は不敵な笑みを張り付けた。
違法建築と、変態の復讐心と、国家予算レベルの無駄遣い。
そのすべてを、ただの暴力で消し飛ばすための、俺の寿命を使った最後から数えた方が早い「大仕事」の時間が、不協和音のファンファーレと共に始まろうとしていた。




