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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
第六章:裸の騎士と、鉄の処女

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第123話 究極のロマンチックは、往々にして泥臭い鉄の味がする

カンッ、カンッ、カンッ。


 B51F『常闇の樹海』の底知れぬ暗闇と瘴気を、暴力的なまでの熱量と打撃音が叩き割っていく。

 ここは、不法投棄された鉄クズの山の頂上に建つ狂気のバラック小屋――『Sweet Atelier♡』の内部。

 俺の主観時間は、飛び散る火花の一粒一粒が、まるで無重力空間に浮かぶ星屑のようにスローモーションで流れる、極限の集中状態ゾーンに突入していた。


 網膜を焼くような赤黒い溶鉱炉の光。

 その光を背に受け、巨神のごときシルエットを揺らしているのは、鋼テツコ。数分前まで俺の乳首をこねくり回していた変態筋肉ダルマ(乙女)は、今や完全に「一流の鍛冶師」としての本能を剥き出しにしていた。


 真っ黒な溶接マスクの奥から漏れる、獣のような深い呼吸。

 彼女は、外のゴミ山から拾い集めてきたという「高純度の廃材(車のサスペンションやら、折れた聖剣の欠片やら)」をるつぼでドロドロに溶かし、俺が持ち込んだ予備の『ホームセンター産・デッキブラシ(1,280円)』の木製の柄に、幾重にもコーティングを施している最中だった。

 筋肉の異常な隆起。広背筋が収縮し、上腕二頭筋が鋼のワイヤーのように張り詰める。

 振り下ろされるハンマーの軌道には、コンマ一ミリの狂いもない。

 ただの木材と鉄クズが、彼女の暴力的なまでの情熱と技術によって、一つの「殺戮兵器」へと強制進化させられていくプロセス。

 それは、一種の神聖な儀式にすら見えた。


(……すげぇな。さっきまでのピンク色のドタバタ劇が嘘みたいだ。というか、これ完全に別の硬派なファンタジー・アニメの作画になってないか? 読者が「あれ? 読む漫画間違えた?」って表紙を確認するレベルの作画カロリーだぞ)


 俺は、熱気で歪む空間の隅に置かれたドラム缶に腰掛け、その作業風景をただ黙って眺めていた。

 職人の聖域を邪魔するつもりはない。

 だが、その実、俺には別の理由があった。


 カチッ、カチッ。


 百円ライターのフリントを擦る。

 俺は「左手」だけで、不器用にタバコに火をつけようと悪戦苦闘していた。

 利き手ではない左手での作業は、想像以上に歯痒い。ライターの炎が手元でブレて、なかなかタバコの先端に火が移らないのだ。

 なぜ、右目を使わないのか。

 答えは簡単だ。俺の「右手」は今、自分の意思を完全に離れ、ポケットの奥深くで、まるで何百匹ものムカデが皮膚の下を一斉に這い回っているかのように、ビクビクと醜く痙攣し続けているからだ。


 痛覚はない。

 俺の体は、能力の代償ですでに痛みを感知するセンサーが死滅している。

 だが、だからこそ恐ろしい。痛みという「アラート」がないまま、ただ神経の束が炭化し、焼け焦げ、ミクロの単位で物理的に断線していくという「生理的な嫌悪感」だけが、脳髄にダイレクトにフィードバックされているのだ。

 喉の奥が異常に渇く。心臓が、まるで空回りするエンジンのように不規則な不整脈を打つ。

 俺の肉体は、確実に「終わり」に向かっている。

 その事実を、外で窓ガラスに張り付いている仲間たちに悟られるわけにはいかなかった。


 シュボッ。


 ようやく火がつき、俺は深く紫煙を肺に吸い込んだ。

 ニコチンが血液に乗って脳内を駆け巡る感覚。その一瞬だけ、右手の痙攣から意識をそらすことができる。

 思考の脱線。昔、日雇いの土方バイトをしていた頃、プレハブ小屋の休憩所で吸ったタバコの味を思い出す。あの時の現場監督も、今のテツコみたいに筋骨隆々で、やたらと距離感が近いおっさんだった。いや、あれはただの暑苦しいおっさんだ。乙女要素はミリもなかった。どうでもいい。俺の脳はなぜ極限状態になると、どうでもいい過去の記憶を掘り起こして現実逃避しようとするのか。


「……ねえ」


 唐突に。

 ハンマーの打撃音が途切れた、一瞬の静寂の隙間。

 テツコが、溶接マスクを被ったまま、背中越しにポツリと口を開いた。

 その声は、重低音のバリトンボイス。完全に「職人」のトーンだ。


「アタシがなんで、こんな陽の光も届かない、瘴気まみれの深層のゴミ山に引きこもってるか、分かる?」


 不意の問いかけに、俺はタバコを咥えたまま目を細めた。

 鉄の焼ける匂いと、俺の吐き出した紫煙が空中で混ざり合う。


「さあな。原宿でピンクのクレープ屋を開くには、筋肉が育ちすぎたからか?」

「冗談言える余裕があるなら、まだ大丈夫そうね。……あのね」


 テツコは、赤熱したデッキブラシの柄を金床に押し当てながら、まるで懺悔でもするかのように、低く響く声で語り始めた。


「アタシはね、探してるのよ。……人間の、重すぎる感情を。愛とか、未練とか、死生観とか。そういうドロドロした呪いを全部受け止めて、それでも絶対に折れない『究極のロマンチックな金属』ってやつをね」


 ロマンチックな金属。

 その言葉の響きは、彼女の巨体から発せられるにはあまりにも繊細で、そして狂気に満ちていた。


「地上にある、綺麗に精製された鉄じゃダメなの。あんなのは、ただの『商品』よ。魂が入ってない。……でも、このダンジョンの底に不法投棄されて、何十年も忘れ去られてきたこの鉄クズたちには、持ち主の『未練』が染み付いてる。だからアタシは、ここで鉄の悲鳴を聞きながら、いつか最高の一振りを打てる日を待ってたの」


 テツコはそこで言葉を区切り、ゆっくりと俺の方を振り返った。

 真っ暗な溶接マスクのスリットの奥。そこにあるはずの彼女の瞳が、俺の炭化した背中と、ポケットに突っ込んだままの右手を、射抜くように見つめていた。


「アナタのその魔力(死者の共鳴)。……そして、自分の寿命イノチを薪にくべてでも、何かを守ろうとする、その『死に急ぐような生き様』」


 ビクッ。

 俺の心臓が、再び大きく跳ねた。

 見透かされている。俺が必死に隠してきた、終活という名の自己犠牲。それを、出会って数十分の鍛冶師が、鉄の材質を語るのと同じトーンで、完璧に言語化してのけたのだ。


「すごく重くて、呪われてて、泥臭くて。……最高に、素敵よ」


 テツコの言葉は、奇妙なほど温かかった。

 それは、同情でもなく、憐れみでもなく。ただ純粋に、一つの「素材」としての俺の在り方を、鍛冶師という絶対的な視点から「肯定」してくれた瞬間だった。

 今まで、誰にも言えなかった。仲間たちにも、マシロにさえも。

 俺のこの死に急ぐような自己満足を、ただ「素敵だ」と言い切ってくれたのは、このイカれた筋肉ダルマが初めてだった。


「……へっ」


 俺は、左手でタバコの灰を床に落とし、照れ隠しのように唇を歪めた。


「変態かと思えば、随分とポエマーじゃねぇか。職人は手が命だろ、口より手を動かせよ」

「ふふっ。減らず口は健康な証拠ね。……さあ、出来たわよ」


 ジュウゥゥゥゥゥッ!!


 テツコが、コーティングを終えたデッキブラシを、傍らの冷却槽(謎の緑色の液体が入っている)に突っ込んだ。

 猛烈な水蒸気が爆発的に立ち上り、部屋の視界が真っ白に染まる。

 その蒸気を引き裂くように、テツコが一本の「武器」を俺に向かって放り投げた。


「受け取りなさい! アナタのための、仮初めの杖よ!」


 俺は立ち上がり、左手でそれを受け取った。

 ズンッ。

 信じられないほどの重量感が、掌を通して全身の骨格に響く。

 ただの木製だった柄は、鈍く光る黒鋼(廃材の合金)で完全にコーティングされ、まるで一本の巨大な鉄杭のように変貌していた。

 表面には、テツコが打った無数のハンマーの痕が、まるで竜の鱗のように荒々しく刻まれている。

 だが、重心は完璧だった。俺の身長、腕の長さ、そして筋肉の付き方を、あの「地獄のセクハラ採寸」で完全に数値化していた証拠だ。


「……すげぇな。持っただけで、これがただの鉄パイプじゃないのが分かる」


 俺は柄を握り直し、ゆっくりと深呼吸をした。

 試さなければならない。この武器が、俺の「呪い」の出力にどこまで耐えられるかを。


「少し、通すぞ」


 俺は目を閉じ、自身の奥底に眠る『死者の共鳴(未練)』のバルブを、ほんの少しだけ解放した。

 ズォォォォォォォッ!!

 視覚化された黒い魔力が、俺の右手からデッキブラシの柄へと、濁流のように流れ込んでいく。

 空気が軋む。重力が歪む。部屋のシャンデリアが、魔力場に干渉されてパリンッ、と音を立てて弾け飛んだ。


 ――ピキッ。


 その瞬間。

 俺の網膜が、金属コーティングの表面に、髪の毛ほどの細いヒビ(亀裂)が入ったのをはっきりと捉えた。

 時間が凍結する。

 やはり、ダメか。俺の呪いは、この重金属の合金でさえも内部から腐らせてしまうのか。


 だが。

 ヒビはそれ以上広がらなかった。

 テツコが幾重にも折り重ねた鋼の層が、俺の魔力の暴走を、その凄まじい「靭性(粘り強さ)」でギリギリのところで封じ込めていたのだ。


 プシューッ、と。

 柄から余剰な魔力が黒い蒸気となって排気され、武器は再び沈黙を取り戻した。


「…………」

「どう? アタシの愛の結晶コーティングの味は」


 テツコが、腕を組みながら自信満々に尋ねてくる。

 俺は、デッキブラシを軽く一回転させ、肩に担いだ。


「……悪くねぇ。完璧な仕事だ」

 俺は、自然と笑みを浮かべていた。

「これなら、少なくともあと十回は、俺の全力の呪いをぶっ放して(振って)も持ち堪えそうだ。B51Fを抜けるには十分すぎる」


 俺がそう宣言した、まさにその直後だった。


 ――チクタク、チクタク、チーンッ!!


 俺の脳内で、常時鳴り続けている『ガードナーの懐中時計』の秒針が、突如としてBPM180を振り切り、目覚まし時計のような爆音を響かせた。

 心象風景の世界が、一瞬にして反転する。

 白黒のノイズ。


 ビキッ、ガタガタガタガタッ!!


 魔力を通した反動フィードバック

 俺の右手が、肩の関節から外れるのではないかと思うほどの激しい痙攣を起こした。

 細胞が悲鳴を上げている。炭化した神経の束が、許容量を超えたエネルギーに耐えきれず、ショートを起こして焼き切れる感覚。

 痛覚はない。だが、右腕そのものが、ドロドロの鉛に変わってしまったかのような圧倒的な「死」の気配が、全身を支配する。


「……ッ」


 俺は奥歯を噛み砕くほどの力で食いしばり、痙攣する右手を、誰にも見えない速度で素早くポケットの奥深くに突っ込んだ。

 顔の筋肉を強制的に操作し、ポーカーフェイスを維持する。

 気づかれてはいけない。特に、外で窓に張り付いているマシロたちには。


「どうしたの? ジン。顔色が、急に……」


 テツコが一歩前に出る。その職人の目には、俺の虚勢などすでに見抜かれているのかもしれない。

 俺はそれを遮るように、左手でポケットからシワシワの小銭入れを取り出した。


「なんでもねぇ。で、代金はいくらだ? 持ち合わせがあんまりねぇんだが、ツケで頼む」


 俺がそう言って、千円札と小銭を何枚か取り出した、その瞬間だった。


 ――パァァァァァァァァンッ!!


 テツコの周囲の空気が、効果音を伴って弾けた。

 先ほどまでの重厚な「職人の気迫」が、コンマ一秒で宇宙の彼方へ消え去り。

 代わりに、部屋中を埋め尽くすほどの、致死量の『マゼンタピンクのオーラ(ハートのパーティクル付き)』が、テツコの巨体から大爆発を起こしたのだ。


「いやぁぁぁぁぁぁん♡ お金なんて、そんな水臭いものいらないわぁぁぁ♡♡」


 ドスドスドスドスッ!!

 マグニチュード7の地鳴りを立てながら、テツコ(乙女モード・リミッター解除)が、内股のまま猛烈な突進を仕掛けてきた。

 溶接マスクを跳ね上げ、極彩色のタラコ唇が、俺に向かってロックオンされている。


「な、なんだお前、急にキャラが……ちょっ、待て!」

「決めたわ! アタシ、決めたの! アナタのその泥臭いロマンチック、最後まで特等席で見届けるって!」


 ガバァァァァァァッ!!


 回避不可能。

 俺の全身は、身長190センチ・体重100キロ超えの筋肉ダルマによる、アイアン・メイデンをも凌駕する『熱烈なハグ(という名の関節技)』に完全に捕獲された。


「ゴハッ!? 骨が! 俺の胸骨が物理的に軋む音がしてる!!」

「その代わり……今日からアタシが、運命の王子様アナタの『専属鍛冶師』として、一緒に愛の逃避行(旅)についていってあげるぅぅぅ♡ さあ、二人で底の底まで堕ちましょう♡」

「ついてくんなァァァ! お前みたいな超重量級のアタッカーがパーティに入ったら、アイアン・マザー号のサスペンションが死ぬんだよ!!」


 俺の悲痛な叫びは、テツコの分厚い胸板(大胸筋)に完全に吸い込まれ、ミュートされた。

 窓の外では、マシロとヤクモが「ボスの貞操が!」「プランB・完全崩壊!」と叫びながら窓ガラスをバンバン叩いているが、もはや誰にもこの暴走特急(恋する乙女)は止められない。


「だから! 物理的にも精神的にも、距離感がバグってんだよォォォォォ!!」


 B51Fの瘴気の森に、俺の魂の絶叫が木霊する。

 かくして、俺たちの死に急ぐRTAの旅に、最も厄介で、最も頼もしく、そして最も距離感のおかしい『専属鍛冶師』が、強制的にパーティインを果たしたのだった。

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