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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
泥沼の運び屋と、壊れた味覚

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第113話 『B30F:森林浴と闇鍋前の静けさ』


 プシュウゥゥゥゥ……。


 それは、地獄の釜の蓋が開いた音ではなく、単にオーバーヒート寸前だったトラック『アイアン・マザー号』が、ラジエーターから安堵の溜息を漏らした音だった。

 だが、その蒸気の白さは、直前まで俺たちがいたB11F『水晶渓谷』の、網膜を焼き尽くすような殺人光線とは決定的に違っていた。

 柔らかい。

 湿度がある。

 そして何より、暴力的なまでの「生」の匂いがする。


 ダンジョンB30F『迷わずの樹海』――通称、セーフエリア。

 B11Fが全方位からレーザーが降り注ぐ「電子レンジの中」だったとするなら、ここは「休日の軽井沢」だ。いや、軽井沢に失礼か。あそこはもっと上品だ。ここはどちらかと言えば、アマゾンの奥地とジュラシック・パークを足して、除草剤を撒くのを忘れたまま三世紀放置したような、過剰な緑の暴力だ。


 視界を埋め尽くすのは、目に優しい深緑の原生林。

 鼓膜を揺らすのは、水晶の破砕音ではなく、小鳥のさえずりと川のせせらぎ。

 マイナスイオン? いや、これはもうマイナスとかプラスとかそういう次元じゃない。肺に入れた瞬間に血管の中のドロドロした悪玉コレステロールが物理的に浄化されそうな、濃厚すぎる酸素のスープだ。


「ッハーーー! 生き返るゥゥゥ! マイナスイオンが毛穴という毛穴に染み渡るわァ! あたしのシワが一本一本アイロン掛けされていくのが分かるよ!」


 運転席から転がり出たドロシー婆さんが、両手を広げて深呼吸した。

 その肺活量に吸い込まれた酸素が、老婆の干物のような細胞を無理やり叩き起こし、活性化させている幻覚が見える。背景に咲く花のエフェクトが無駄に豪華だ。作画コストの無駄遣いである。


「んん〜っ! 最高です! 見てくださいジン、緑ですよ! 光合成し放題ですよ! 私、幽霊ですけど葉緑体の気持ちが分かってきました! 今なら太陽光だけでスマホの充電ができそうです!」


 マシロもまた、幽霊のくせに光合成という意味不明な単語を口走りながら、重力を無視して空中にふわりと浮遊し、くるくると回っている。

 その笑顔は、さっきまで死にかけていたことなど忘れたかのように眩しい。

 平和だ。

 あまりに平和すぎて、逆に三半規管が狂いそうだ。

 直前まで「死ぬか生きるか」のデッドヒートを繰り広げていた脳味噌が、急激な気圧変化に対応できず、キーンという耳鳴りを起こしている。


「……あァ。……いイ……匂いだ……ナ」


 俺、黒鉄ジンは、トラックのステップに腰掛けたまま、同意の声を上げた。

 瞬間。

 時が止まった。

 森の小鳥たちが一斉に飛び立ち、川の魚が腹を見せて浮かび上がり、マシロがビクッ! と空中で静止したまま、重力に従ってゆっくりと落下し始めた。

 ドロシーが深呼吸を途中で止め、肺に入れた空気を吐き出すのも忘れて固まっている。


「…………」

「…………」


 全員の視線が、スローモーションで俺に集中する。

 その視線は、「え、今の何?」という純粋な恐怖と、「音声ファイル壊れてますよ?」という困惑に彩られていた。

 無理もない。

 俺の喉から出た音は、人間の声帯が発する周波数帯を完全に逸脱していた。


「……なんだよ。人の顔見て、オバケでも見たようなツラすんじゃねェ」


 俺はもう一度言った。

 自分でも驚くほど、その声は終わっていた。

 例えるなら、場末のスナックのママが、明け方まで客の接待をして、そのままパチンコ屋の行列に並び、負けた帰りに雨に打たれて風邪を引き、さらにその喉に砂利を詰め込んでミキサーにかけた末路――みたいな、ガサガサの老婆ボイス。

 いや、もはや声ですらない。壊れたラジオのノイズだ。あるいは、地獄の底から這い上がってきたゾンビの呻き声。


「おいィィィ! 誰だ今の! デスボイスの練習か!? マキシマムザホルモンでも歌う気か!? それとも呪怨の新作プロモーションか!?」


 ピコが即座にツッコんでくる。

 そのツッコミの速度は光速に近いが、いつものキレがない。俺の喉元を見て、顔を引きつらせている。


「……いや、ちょっと叫びすぎてな。変声期かも知れん」

「おっさんの変声期はただの老化だ! ていうか、それ『枯れた』ってレベルじゃないだろ! 喉にアスファルトでも詰まってんのか!? 声帯がストライキ起こしてデモ行進してる音だろそれは!」


 俺は首を鳴らし、喉の奥の違和感を誤魔化すように笑う(引きつった笑顔で)。

 実は、声だけじゃない。

 さっき「いい匂いだ」と言ったが、あれは嘘だ。

 鼻孔を通る空気が「冷たい」ことだけは分かる。

 だが、そこにあるはずの「森の香り」や「土の匂い」、「草の青臭さ」といった情報は、俺の脳に届く前にどこかの神経回路で断線し、ブラックホールに吸い込まれている。

 世界は、無臭だ。

 まるで、透明なガラスケースの中に閉じ込められたかのように、俺と世界の間には薄くて硬い膜がある。

 だが、ここで「鼻も耳も喉も死んでます。ついでに味覚も行方不明です」なんて言えば、こいつらは即座に俺をベッドに縛り付け、流動食生活を強制スタートさせるだろう。

 それは御免だ。俺は掃除屋だ。粗大ゴミ扱いされるのは死んでからでいい。


「……心配すんな。酒で喉を消毒すりゃ治る。アルコールは全ての万能薬だ」

「治りません! 悪化します! 今の声、ガラス片を飲んだ直後の人の声ですよ!?」


 マシロが、俺の背後に回り込み、背中をさすってくる。

 その手つきは、明らかに「重病人」を労るそれだった。

 俺の背中(炭化している部分)に触れないよう、フェザータッチで、しかし震える手で。

 彼女の指先の震えが、俺の背中を通して伝わってくる。

 ……やめろ。

 そんな顔をするな。

 俺はまだ立っている。まだ歩ける。まだ、お前らの親父でいられる。


「……無理して喋らないでください。筆談にしますか? それともテレパシー? 私、最近テレパシーの受信感度が上がってるんです」

「いらねェよ。……それより、飯だ。腹が減って声が出ねえだけだ」


 俺は話題を逸らすように、トラックの荷台をバンバンと叩いた。

 その音すらも、どこか遠い。鼓膜にフィルターがかかっているようだ。


「おいコラ、ニートども! キャンプだ! 働かざる者食うべからず! さっさと食材拾ってこい! 今日は宴会だ!」


 俺の号令(老婆ボイス)に、一瞬の沈黙の後、全員が弾かれたように動き出した。

 気を使われている。

 俺が「いつも通り」を演じているから、奴らも「いつも通り」に乗っかってくれているのだ。

 ……優しい連中だ。

 だが、その優しさが、今は喉に刺さった小骨のように痛かった。


 ◆


 食材調達という名の、環境破壊活動が始まった。


「ひゃっはー! 釣りだー! 川だー! 水面を見ると爆破したくなるのは人間の本能ですね! DNAに刻まれた破壊衝動が私に囁くのです、『やっちまえ』と!」


 ツムギが、川岸でダイナマイトの導火線に火をつけようとしている。

 その目は完全にイッている。

 彼女の手にはロッドもリールもない。あるのは赤く塗装された美しい円筒形の爆薬束だけだ。

 彼女にとっての釣りとは、衝撃波で気絶して浮いてきた魚を網で掬う作業のことであり、それはもはや漁業ですらなく、ただのテロだ。


「ストップ! ストップ・ザ・バイオレンス! 生態系が崩壊します! ここはセーフエリアですよ!? 管理人に通報されますよ!?」


 ネオンが必死に止める。

 だが、彼女もまた正常ではない。

 さっきから木の幹にLANケーブルを刺そうとしたり、スマホを空に掲げて「Wi-Fi……Wi-Fiの電波がない……パケットが……パケットが欲しい……」と、禁断症状を起こしたジャンキーのように森を徘徊している。

 彼女にとって、オフラインの世界は酸素のない宇宙空間に等しいのだ。唇が紫色になっているのは、あながち演技ではないかもしれない。


「ちっ、シケた川ね。映える魚なんて一匹もいないじゃない」


 ピコは、川の中を覗き込み、スマホのカメラを向けて舌打ちした。

 水面には、彼女の不機嫌な顔が映っている。

 だが、次の瞬間。

 バシャッ!!

 水面が割れ、ピコの顔面に巨大な「何か」が飛びかかった。


「ぎゃあああ! ヌルヌルするぅぅ! 何これェェェ! 私の顔は滑走路じゃないのよォォォ!」


 ピコの顔に張り付いたのは、深海魚のようなグロテスクな魚だった。目は退化して白く濁り、口には鋭い牙が並んでいる。皮膚は粘液で覆われ、ピコの化粧をドロドロに溶かしていく。

 どうやらこの階層の魚は、見た目だけは「映え」ないらしい。いや、閲覧注意タグ必須の映え方だ。


「うわ、キモっ! これ食えんのか? 新種のエイリアンじゃないのか?」

「焼けばタンパク質だよ! 文句言わずに拾いな! どうせ胃に入ればみんな同じさ!」


 ドロシー婆さんが、ピコの顔から魚をベリベリと音を立てて引き剥がし、バケツに放り込む。

 魚はバケツの中でビチビチと跳ね回り、生命への執着を見せている。

 そんな馬鹿騒ぎを、俺は少し離れた場所から、切り株に座って眺めていた。


 ……平和だ。

 世界がスローモーションに見える。

 ツムギが笑い、ピコが叫び、ネオンが木に頭突きをしている。

 その光景は、どこか現実味がない。

 まるで、古いフィルム映画を見ているような、一枚のガラス越しの景色。

 音が遠い。

 視界の端が、少し白く霞んでいる気がする。ノイズが走る。

 右手の指先が痺れて、タバコをうまく摘めない。

 感覚がないのだ。指先が自分のものじゃないみたいだ。

 一本、震える手で吸ってみる。

 ……味はしない。

 ただ、肺に熱い煙が入ってくる感覚だけがある。

 まるで、ただの熱風を吸い込んでいるようだ。

 タバコの香りも、ニコチンの刺激も、脳が認識してくれない。

 俺の身体は、急速に「ただの肉の器」になりつつある。中身が空っぽになっていく。


「…………」


 ふと、視線を感じた。

 背筋に、冷たいものが走る。

 殺気ではない。もっと粘着質な、観察するような視線。

 森の奥。

 全員が川や焚き木拾いに夢中になっている中、一人だけ、別行動をとっている男がいた。

 ワン・チャンだ。


 彼は、料理人だ。

 だから当然、食材を探しているのだと思っていた。

 だが、彼がしゃがみ込み、手に持っているのは、魚でも果実でもない。

 紫色の毒々しい斑点がついた「キノコ」と、根っこがねじれて黒く変色した「草」だった。


「(……おいおい。あれは『トリカブト・モドキ』と『シビレ草』じゃねえか)」


 俺は、かつて運び屋をやっていた頃の知識で、それらが何なのか知っていた。

 食えないことはない。

 だが、普通の人間なら舌が麻痺して三日は飯の味が分からなくなるレベルの、強烈な刺激物だ。

 ワンが、それを知らないはずがない。

 奴は、プロの料理人だ。毒と薬の境界線を知り尽くしている男だ。

 奴は、その草をじっと見つめ、次にチラリと俺の方を見た。

 距離にして二十メートル。

 木漏れ日の陰影の中で、ワンの目が怪しく光った。

 目が合った瞬間、ワンはニヤリと笑った。

 その笑顔は、友に向けるものでも、客に向けるものでもない。

 実験動物を見る、マッドサイエンティストの目だ。


 ……ああ、なるほど。

 そういうことか。

 気づいてやがったか、あの野郎。


「(……テストかよ。性格の悪いコックだぜ)」


 俺はタバコを揉み消し、立ち上がる。

 膝が笑う。足の裏の感覚が薄い。地面を踏んでいるのか、雲の上を歩いているのか分からない。

 だが、逃げるわけにはいかない。

 客が料理人の挑戦から逃げちゃ、男が廃るってもんだ。


 ◆


 夕闇が迫る頃、簡易キッチンの設営が完了した。

 中華鍋が熱され、油の爆ぜる音が森に響く。

 ジュワアァァァ! という音と共に、香ばしい香りが立ち昇る……はずだ。

 だが、俺には油の匂いすら分からない。

 今日のワンは無口だった。

 いつもなら「オラァ! 餌の時間だ豚ども! 残したらミンチにして明日のハンバーグにするぞ!」と鍋をガンガン叩いて威嚇するのに、今日は職人のような真剣な眼差しで、手元の食材と向き合っている。

 その背中からは、異様な殺気が立ち昇っていた。


「……精が出ルな、ワン」


 俺は、背後から声をかけた。

 ワンの背中が、ピクリと反応する。筋肉が強張るのが服の上からでも分かった。


「……おう、旦那。つまみ食いならまだ早えぞ」

「味見くらいさせろ。……腹が減って死にそうだ」


 俺は、まな板の横に無造作に置かれた「それ」に手を伸ばす。

 先ほど彼が採取していた、黒いねじれた草だ。

 下処理もされていない。泥がついたままだ。根っこの部分には、まだ湿った土がこびりついている。


「おい、待て」


 ワンが俺の手首を掴むかと思ったが、彼は動かなかった。

 ただ、俺の手元を凝視している。

 その瞳孔が、極限まで開いているのが見えた。

 時間を引き伸ばしたような沈黙。

 中華鍋の油が爆ぜる音だけが、やけに大きく響く。


「……そいつは、この森で採れた『竜のドラゴン・ウィスカー』ってやつだ。……珍味だぞ」


 嘘だ。

 それは『地獄のヘル・タン』と呼ばれる、苦味の塊だ。センブリ茶を百倍濃縮して、さらに古タイヤのゴムを混ぜ、そこにデスソースを垂らしたような味がするはずだ。

 小動物なら、一口かじっただけでショック死するレベルの代物。

 だが、俺は知らないフリをする。


「へェ……。精がつきそうだな」


 俺は、その草を一本掴み、そのまま口に放り込んだ。

 スローモーション。

 草が唇に触れ、舌の上に乗る。

 通常なら、この時点で脳天を突き抜けるような苦味が走り、反射的に吐き出すはずだ。

 だが。

 俺は顎を動かす。

 ボリッ、ボリッ。

 生の繊維を噛み砕く音が、頭蓋骨に響く。

 その音は、まるで他人が咀嚼している音を聞いているように遠い。


「…………」


 ワンが、息を呑む気配がした。

 彼のこめかみから、一筋の汗が流れ落ちるのが見えた。

 その汗が顎まで伝い、滴り落ちるまでの時間が、永遠のように長く感じられた。


 俺の口の中では、今まさに「味の革命」が起きている……はずだった。

 だが、現実は無情だ。

 何も感じない。

 苦味も、青臭さも、泥の味も。

 ただ、枯れた草が口の中で粉々になり、唾液と混ざっていく「物理的な感触」があるだけ。

 砂を噛んでいるようだ。いや、砂の方がまだマシかもしれない。少なくともジャリジャリとした不快感はあるだろうから。

 今の俺には、その不快感さえもが希薄だ。

 俺は、咀嚼したその塊を、喉の奥へと送り込んだ。

 ゴクリ。

 喉仏が上下する。


「……ん。大人の味だナ。悪くない」


 俺は、できるだけ自然に、ニヒルに笑って見せた。

 完璧な演技だったと思う。アカデミー賞モノだ。

 だが。


 カラン……。


 ワンの手から、お玉が滑り落ちた。

 金属音が、静寂を引き裂く。

 彼は、幽霊を見たような顔で、いや、幽霊以上の「怪物」を見たような顔で、俺を見ていた。


「(……嘘だろ。今のを、顔色ひとつ変えずに飲み込んだのか?)」


 ワンの心の声が、聞こえた気がした。

 そりゃそうだ。今の草は、熊でも吐き出すレベルの代物だ。

 それを「悪くない」と言ってのけた時点で、俺は「味覚音痴」の枠を超え、「感覚機能の全損」を自白したようなものだ。

 俺の身体は、もう警告信号すら発しない。

 壊れたセンサー。切れた配線。

 俺は今、生きているのか? それとも、動く屍なのか?


「……どうした? 塩が足りないか?」


 俺はあえて、トボけたことを言う。

 ワンは、震える手でお玉を拾い上げた。

 その顔から、料理人としてのプライドが音を立てて崩れ落ち、代わりに底知れぬ「絶望」と、そして静かな「怒り」が浮かび上がるのを、俺は見た。

 怒りだ。

 自分に何も言わず、一人で壊れていく俺への、激しい怒り。


「……いや。なんでもねえよ」


 ワンは俺から視線を外し、中華鍋に向き直った。

 その背中が、一回り小さく、しかし鋼のように硬く見えた。


「……最高のディナーにしてやるよ。席について待ってな」


 その声は低く、重く、地を這うようだった。

 俺は肩をすくめ、その場を離れる。

 背中越しに、中華鍋を叩く音が響く。

 カン! カン! カン!

 それは料理の音というよりは、死刑執行のカウントダウン、あるいは弔いの鐘のように聞こえた。


 ◆


 日が完全に落ち、キャンプファイアーの炎が夜の森を照らしている。

 赤々とした炎が、メンバーたちの顔を照らし出していた。

 即席のテーブルには、ピコたちが釣ってきた深海魚のグリル(見た目はエイリアンの黒焼きだが、香りは悪くないらしい)や、ツムギが集めた木の実のサラダが並んでいる。

 だが、メインディッシュの鍋だけは、まだ蓋がされたままだ。

 その鍋から漂う気配は、明らかに異質だった。


「さあ! 待ちに待ったワンちゃんの特製スープよ! 今日は何味かしら!? フカヒレ!? それとも燕の巣!?」

「前回の毒沼麻婆みたいなのは勘弁してくださいよ! トイレの数が足りませんから! あの時、私の尻は三回死んだんですよ!?」


 メンバーたちが盛り上がる中、ワンが重々しい足取りで鍋を運んできた。

 ドン、とテーブルの中央に置く。

 その音は、墓石を置く音に似ていた。


「……今日は、この森で採れた薬草と、泥……いや、大地の恵みをふんだんに使った『特製・再生スープ』だ」


 ワンの説明は、どこか歯切れが悪い。

 彼は、俺の方をじっと見ている。

 その視線は、俺の「嘘」を暴こうとする検事のようであり、同時に、余命を告知する医者のようでもあった。


 俺は、枯れた喉を鳴らして笑った。

 喉の奥で、カチ、カチと懐中時計の音が聞こえる。

 それは俺にしか聞こえない、死へのメトロノーム。


「さァ、食おうぜワン。お前の料理が楽しみで、喉が鳴るよ」


 俺の言葉に、ワンの頬がピクリと引きつる。

 彼は、覚悟を決めたように鍋の蓋に手をかけた。

 その瞬間、世界の色が失われた気がした。


「(……ああ、食わせてやるよ。お前のその『嘘』を暴く、最高の毒をな)」


 パカッ。

 蓋が開けられた。

 そこにあったのは、スープと呼ぶにはあまりに粘度が高く、そしてあまりに色彩を欠いた、ドブ川の底のような灰色の液体だった。

 具材は見えない。全てが溶け合い、混沌カオスとなっている。

 それは料理ではない。

 俺という人間が、これから味わうであろう「無味無臭の余生」を具現化したような、絶望の流動食だった。


 楽しい宴会の裏で、残酷な「試食会」の幕が開く。

 俺はスプーンを手に取る。

 さあ、最後の晩餐といこうか。

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