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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
泥沼の運び屋と、壊れた味覚

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第108話:アカシックの監視者


 ピ……ガ……ガガ……プゥゥゥゥン。


 その音は、まるで昭和の時代に置き去りにされたカセットテープが、伸びきった磁気ヘッドに無理やりこすりつけられた時のような、哀愁漂う起動音だった。


 場所は、ダンジョンB11F『水晶渓谷』。

 イカ墨ペーストによって漆黒に塗り潰された『アイアン・マザー号』の車内は、依然として深海の底のような闇に包まれている。

 だが、その闇の中に、ぽつんと「明かり」が灯った。


 それも、極めて粗い、四角いドットの集合体としての明かりが。


「……再起動リブート、完了。……メモリ整合性チェック、省略。……セーフモードで稼働します。カセットフーフーしました」


 後部座席から響いたのは、いつもの流暢な合成音声ではなく、ビットレートを極限まで落とした、ザラついた電子音声(8bitサウンド)だった。

 俺、黒鉄ジンは、サングラスの位置を直しながら振り返る。


「おいネオン、生きてるか? ……って、なんだそのツラは。予算削減されたアニメの背景モブか?」

「やだ可愛い! レトロゲームみたい! マインクラフト?」


 助手席のピコが歓声を上げた。

 無理もない。

 そこに浮いていたのは、いつもの高精細な3Dホログラムの美少女ではない。

 カクカクした輪郭。省略された表情。色はシアン、マゼンタ、イエローの三色のみ。

 まるでファミコン時代のRPGからバグって飛び出してきたような、「ドット絵」のネオンがそこにいた。


「笑い事ではありません、ピコ。……深刻なリソース不足です」


 ドット絵のネオンが、カクッカクッと口を動かす(コマ送りだ。口パクすら合っていない)。

 頭の上に『Loading...』の砂時計アイコンが点滅している。


「先ほどの魔力反射オーバーフローで、私のメインプロセッサは焼き土下座状態です。現在は予備のサブ・コア(Raspberry Pi並み)を使用し、解像度を極限まで落として『処理落ち』を防いでいます。今の私は、高画質動画を通信制限のかかったスマホで見ているようなものです」

「へえ、省エネモードってわけか。そのカクカクした動きで戦えるのか? 敵がヌルヌル動いたら処理落ちしてフリーズするんじゃないか?」

「問題ありません。……むしろ、好都合です」


 ネオンのドット絵の目が、ピカッと光った(黄色い四角が表示されただけだが)。


「高解像度すぎる現実は、時にノイズになります。……今の私には、この水晶の煌めきも、ただの『背景データ(容量の無駄)』として処理されます。だからこそ、見えます」


 ピピピピピッ!

 彼女の周囲に、粗いドットで描かれたレーダー波が広がる。

 それは、複雑な水晶の乱反射をすべて「無視」し、たった一つの異物だけを捉えた。


「――後方六時方向。距離八〇〇。……鏡像ミラーではありません。実体リアルです。……追いつかれます。BPM上昇。戦闘態勢バトルモードへ移行……できません。容量不足です」


 その、あまりに間の抜けた警告と同時だった。


 ズドォォォォォン!!


 トラックの真横で、水晶の柱が爆ぜた。

 物理的な時間はコンマ一秒。

 だが、俺の過敏になった聴覚は、その一瞬をスローモーションで捉えた。

 水晶が熱膨張で悲鳴を上げ、亀裂が走り、破片が散弾のように飛び散る音。

 衝撃波がイカ墨塗れの車体を揺らし、サスペンションが軋み、ドロシーの入れ歯がガチリと噛み合う音。


「ぐわっ!? な、なんだ!? パンクか!? いや、この衝撃は……着弾!?」

「違う! 敵襲だ! 伏せろ!」


 俺は叫びながら、助手席の窓を蹴り開けた。

 熱風が吹き込んでくる。

 イカ墨で汚れた視界の向こう。

 煌めく水晶の森が、不自然に歪んでいた。

 いや、歪んでいるのではない。風景に溶け込んでいた「光学迷彩」が解けたのだ。


 ウィィィィン……。

 空間から滲み出るように現れたのは、直径一メートルほどの球体。

 表面は正十二面体のクリスタルで覆われ、中心には赤い単眼モノアイが不気味に明滅している。

 一つじゃない。三つ、五つ……十機以上。

 まるで、意思を持った幾何学模様の悪夢だ。


『対象:イレギュラー・データ『遺失物管理センター』を確認』


 ドローンから、感情の一切ない合成音声が響き渡る。

 その声は、水晶に反響し、どこから聞こえてくるのか判別できない。サラウンドシステムの無駄遣いだ。


『削除プロセスを開始します。……抵抗は無意味ですが、データ収集のため、多少の抵抗は推奨します』


 そして、その無機質な音声に割り込むように、ノイズ混じりの「人の声」が響いた。

 落ち着き払った、理知的な、それでいてどうしようもなく冷酷な男の声。


『――やあ、久しぶりですね。B3Fの管理人の皆さん』


 俺はその声を知っている。

 第89話。あの泥沼で、遠隔通信越しに俺たちを嘲笑った『アカシック』のエージェント。スーツの男だ。

 相変わらず、人を小馬鹿にしたような、湿度のある声だ。


『あのような粗大ゴミ(ガレスの戦車)が配管に詰まったせいで、掃除に手間取りましたよ。おかげで私のスケジュールは真っ赤です。残業代が出ないんですよ、ウチの組織は』

「……ああ、あの時の『システム屋』か。カスタマーサポートにしては愛想がねえな。クレーム対応の研修は受けてないのか? それともあれか、ブラック企業自慢か?」


 俺はスクイージーを構え、皮肉を返す。

 心臓の鼓動が早くなる。

 怖いのではない。身体が、戦闘という名の「興奮剤」を求めているのだ。


『無駄口は結構。……君たちの存在は、もはやバグだ。デバッグ(駆除)させていただきます』


 ヒュンッ!

 ドローンの単眼が輝いた瞬間、時間が凍結した。

 一条のレーザーが放たれる。

 だが、それは俺たちを狙ったものではない。

 あさっての方向にある、巨大な水晶柱に着弾した。


「外したか?」


 いや、違う。

 俺の脳内で、過去の記憶がフラッシュバックする。

 子供の頃、ゲーセンでやったビリヤード・ゲーム。

 入射角と反射角。

 予測線が伸びる。


反射リフレクションだァァァ!!」


 俺の絶叫よりも速く、水晶に当たったレーザーは、鏡の法則に従って鋭角に折れ曲がった。

 別の水晶へ。さらに反射、反射、反射。

 幾何学的な軌道を描き、死角から『アイアン・マザー号』の左後輪を正確に撃ち抜いた。


 バシュッ!!

 ジュゥゥゥ……。


 タイヤが溶断され、ゴムが焼ける嫌な匂いが鼻腔を突く。

 トラックが大きく傾く。

 車内のカップラーメン(食べかけ)が宙を舞い、汁がワンの顔にかかる。


「あちちちち! 俺の白湯スープがァァァ!」

「ぐわっ! タイヤがやられた! 卑怯なマネしやがって! 修理代請求してやるからなテメェら! あと慰謝料と、今のスープ代もだ!」

「ドロシー、止めろ! このままだと蜂の巣だ!」


 俺は叫び、まだ動いているトラックから飛び降りた。

 イカ墨の外へ。

 光の洪水の中へ。

 

 熱い。

 肌がジリジリと焼ける。

 サングラス越しでも、世界は白く発光している。


「マシロ! 俺の目はまだ焼き付いてて使い物にならん! お前の『霊視』で射線をガイドしろ!」

「はい! 憑依ユニゾンします! ……あ、ちょっと待って、今お昼のワイドショーの録画予約を……」

「今すぐ憑依しろォォォォ!! あとでお前が成仏するまで見せてやるから!」


 ヒヤリ。

 幽霊の冷たい感覚が、俺の背中に重なる。

 視界は白いままだが、マシロの視覚情報が脳に直接流れ込んでくる。

 敵の位置、射線、反射角。

 それらが青白いライン(補助線)となって、俺の脳内スクリーンに投影される。

 まるで、チートツールの画面だ。


『右、三機! 来ます!』


 マシロの声と同時に、俺は動いた。

 ヒュン、ヒュン、ヒュン!

 三方向から迫るレーザー。

 俺は『スクイージー・マークV』を風車のように回転させ、そのすべてをゴムのブレードで弾き返した。


 ジュッ、ジュッ、ジュッ!

 ゴムが焦げる匂い。

 だが、防いだ。

 反射したレーザーが、周囲の水晶を砕く。


「へっ、所詮はプログラム通りの攻撃だ。ワンパターンなんだよ。エクセルのマクロでも組んで出直してきな!」


 俺はニヤリと笑い、地面を蹴った。

 一気に距離を詰め、ドローンの一機を叩き潰す。

 ガシャンッ!

 クリスタルの装甲が砕け散り、電子部品が飛び散る様が、スローモーションで見える。


 いける。

 身体は軽い。

 昨日の酒も抜けている。

 腰の痛みもない。

 今の俺は、全盛期に近い動きができている。

 三十代目前にして、まさかの成長期か?

 そう思っていた。


 ……その「致命的なズレ」に気づいていたのは、この戦場において、たった一人(一台)だけだった。


(……変です)


 車内でモニターを見つめる、ドット絵のネオン。

 彼女は、ジンの動きを解析していた。

 ファミコン画質の8bitモードから、一瞬だけ、処理落ちによる熱暴走覚悟で『超・高解像度解析モード(4K・120fps)』へ切り替える。


 世界が一変する。

 カクカクしたブロックの世界から、埃の一粒まで見える超現実へ。

 飛び散る水晶の破片、舞い上がる砂埃、そしてジンの上腕二頭筋の収縮。

 すべてが、数値を伴ったデータとして可視化される。


 ドローンの第二射。

 複雑な反射軌道を描いて、ジンの左肩を狙うレーザー。

 ジンは反応している。

 彼の脳波パターンは、着弾の〇・八秒前に「回避」の信号を筋肉へ送っている。

 タイミングは完璧だ。

 二十代の彼なら、鼻歌交じりで避けていただろう。


 だが。


(……信号伝達、遅延ラグ。……パケットロス発生)


 ネオンの電子思考が一瞬凍りつく。

 筋肉の硬直ではない。疲労でもない。

 これは、ハードウェアの経年劣化だ。

 脳が「動け」と命令してから、神経という回線を通って、筋肉がそれを受信して実行するまでの間に、致命的なタイムラグが発生している。


 オンラインゲームなら「回線落ち」寸前の状態。

 FPSなら撃ち負けるレベルの遅延。


 ジンは「避けたつもり」でいる。

 彼の脳内イメージ(過去の栄光)では、レーザーは鼻先を掠めているはずだ。

 しかし、現実は。

 物理法則は、過去の栄光になんて忖度しない。


 ジュッ……!


 レーザーの先端が、ジンの左肩のコートを焼き、皮膚を数ミリだけ削り取った。

 肉が焦げる匂いが、遅れて漂う。

 〇・五秒の遅刻。


「……ッ!」


 ジンが一瞬、顔をしかめる。

 だが、彼はその被弾を「敵の攻撃が予想より速かった」と認識したようだ。

 違う。

 敵が速いんじゃない。

 あなたが、遅くなっているのです、マスター。

 あなたのクロック周波数は、もうとっくに限界を迎えている。


(生存予測時間……再計算。……下方修正。残り……三ヶ月未満)


 ネオンの視界に、真っ赤なエラーログが滝のように流れる。

 『Warning: System Degradation』

 『Error: End of Life』

 それを誰にも悟られないよう、彼女は再び8bitモードへ戻り、感情を殺した。

 世界は再び、チープなドット絵に戻る。

 けれど、知ってしまった事実は消えない。


「……ネオン! 次だ! どこだ! ボーッとしてんじゃねえ!」

「……推奨ルート、左一五度。……強行突破可能です。……どうぞ、ご武運を」


 ネオンの指示に従い、ジンが走る。

 被弾した左肩を庇う素振りも見せず、彼はドローンの群れに突っ込んだ。

 スクイージーが閃く。

 一閃。

 二閃。

 ドローンたちが次々と爆散し、花火のように散っていく。


 その姿は、圧倒的で、無敵に見える。

 まるでヒーローだ。

 けれど、ネオンには見えていた。

 彼の動きの端々に生じる、微細なノイズ。

 着地の瞬間の膝の震え。武器を振るった後の手首の硬直。呼吸の乱れ。

 それは、崩壊に向かう巨塔の、最初に入った亀裂のようだった。

 どんなに修復しても、もう元には戻らない亀裂。


「……終了だ。ふぅーっ……」


 最後のドローンを粉砕し、ジンが息を吐く。

 その吐息が、白い蒸気となって空中に溶ける。

 周囲には、スクラップになった機械の残骸が転がっている。


『……なるほど』


 破壊されたドローンのスピーカーから、途切れ途切れに男の声が聞こえた。

 ノイズ混じりの、亡霊のような声。


『データは……取りました。予測通り……『崩壊』は始まっているようですね、黒鉄ジン。……あなたのOS、もうサポート期限切れですよ』

「あ? 負け惜しみか? いつでも相手になってやるよ。次は本体を持ってこい、鉄屑にしてリサイクルショップに売ってやる」

『フフ……楽しみにしていますよ。……さようなら』


 プツン。

 通信が途絶える。


 静寂が戻った水晶渓谷。

 ジンは肩を回しながら、トラックの方へと歩いてくる。

 マシロが慌てて飛び出してきた。


「ジン! 怪我は!? 今、左肩に当たったんじゃ……! 血の匂いがします!」

「ああ、かすり傷だ。老眼で見えなかっただけさ。……服が焦げちまったな。ドロシーに縫ってもらうか。ついでに刺繍でも入れてもらうとするか」


 ジンは笑って、焦げた肩をタオルで隠した。

 いつもの軽口。いつもの強がり。

 マシロは安心したように息を吐く。

 だが、ネオンだけは沈黙を守っていた。


「……ドライバーの更新を推奨します、マスター。……いいえ、ハードウェアの交換が必要です」

「うるせえ。俺はXPで十分だ。使い慣れてるんだよ。最新のOSなんて機能が多すぎて使いこなせねえ」


 ジンはトラックのステップに足をかけ、車内へと戻る。

 その背中は、以前よりも少しだけ小さく、そして脆く見えた。

 まるで、触れれば崩れてしまいそうな砂の城のように。


 トラックが再び走り出す。

 予備のタイヤに交換し、ガタガタと揺れながら。

 車内には、重い空気が流れていた。

 誰もが、口には出さない違和感を感じ取っていたのかもしれない。


 ジンは、胸ポケットからくしゃくしゃになったハイライトを取り出した。

 最後の一本。

 箱を振っても、もう音はしない。

 震える手で火をつける。

 ジッポのオイルの匂い。火薬の匂い。

 ……匂いは、する。


 深く吸い込み、紫煙を肺に満たし、吐き出す。

 いつもなら、ここで脳が痺れるようなニコチンのキックと、独特の苦味が広がるはずだ。

 それが、俺の心を落ち着かせる儀式ルーティンだった。


「…………」


 ジンが、微かに眉をひそめた。

 俺は、それを見てしまった。

 彼が、短くなった吸い殻を見つめながら、不思議そうな顔をしているのを。

 まるで、知らない言語で書かれた本を読んでいる時のような顔。


 味が、しないのだ。

 苦味も、煙たさも、ニコチンの刺激も。

 ただ、熱い空気が喉を通っただけ。

 まるで、ストローで焚き火の煙を吸っているような、虚無感。


 視覚、聴覚、運動神経。

 そして今、味覚までもが、彼を置いてどこかへ消えようとしている。

 一つずつ、スイッチが切られていく。

 部屋の明かりを、一つずつ消していくように。


 ジンは短くなった煙草を携帯灰皿に押し込み、誰にも聞こえない声で呟いた。


「……不味いな。湿気ってやがる」


 その言葉は、誰に対する言い訳だったのだろうか。

 トラックの振動に紛れて、その呟きは闇に溶けていった。

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