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ダンジョン遺失物管理センター(B3F) ~最強の回収屋は、今日も「思い出」と「未練」を拾いに行く~  作者: AItak
泥沼の運び屋と、壊れた味覚

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第101話:紅蓮騎士団の逆襲

ズドォォォォォォォン!!


世界が、唐突に赤熱した。 夕焼けではない。ましてや、マシロが羞恥心で赤面したわけでも、ワン・チャンが激辛麻婆を鍋ごとひっくり返したわけでもない。 物理的な熱量と破壊の奔流が、俺たちの背後から空間を食い破って襲来したのだ。


時間は、粘度の高い蜂蜜の中を泳ぐように、不快なスローモーションへと移行する。


俺の動体視力が、左サイドの窓の外で起きている惨劇を、コマ送りのフィルムのように捉える。 ドロシー婆さんの愛車『アイアン・マザー号』の左耳――巨大なサイドミラーのアームが、高熱のビームによってバターのように溶断される瞬間。 銀色の鏡面が空中に舞う。 回転する鏡の中には、泥色の空と、驚愕する俺のマヌケな顔と、そして遥か後方から迫りくる「毒々しい赤色」が映り込んでいる。 パリン。 乾いた音が鼓膜に届くより早く、鏡は空中で粉砕され、無数の煌めきとなって泥の海へと散っていった。


「ああん!? 私の一張羅の『つけまつげ(サイドミラー)』をやりやがったなァァァ!!」


ドロシーの絶叫が、スローモーションの世界をガラスのように叩き割った。 彼女はハンドル代わりの眼球を拳で殴りつけると、窓から身を乗り出して後方へと吼える。


「どこのドイツだ! 信号無視の暴走族か!? それともNHKの集金人か!? アタイの車に傷つけて、タダで済むと思ってんのかい!!」


『――見つけたぞ! 下賤なハイエナども! そして忌々しき白銀の騎士!』


ドロシーの怒号を塗り潰すように、外部スピーカーからの大音量が大気を震わせた。 無駄にエコーが効いている。 そして、決定的に知性を感じさせない、無駄に良いバリトンボイス


泥煙を切り裂いて現れたのは、戦車だった。 だが、ただの戦車ではない。 車体全体が、まるで還暦祝いのちゃんちゃんこのように鮮烈な赤色で塗装されている。 流線型のフォルムには無数の金箔が貼られ、排気管マフラーはパイプオルガンのように天を突き、車体前面にはデカデカと『正義ジャスティス』という文字がカリグラフィーで刻まれている。 美的感覚が昭和のヤンキーと中世の貴族の悪いところだけで核融合を起こしたような、狂気の魔導戦車。 その名も、『クリムゾン・ジャスティス号』。


「……うわぁ」


俺は素で引いた。 隣でネオンが、高速でキーボードを叩きながら冷静に解説を入れる。


「照合完了。……第2巻、B1Fの森にて遭遇。私たちが身包み剥いで、パンツ一枚で森に放置した『紅蓮騎士団』のガレス団長です」


ガレス? 俺の脳内検索エンジンが、錆びついたハードディスクを回転させる。 ……ああ、いたな。そんな奴が。 確か、俺たちの装備を「違法遺失物」だと言いがかりをつけて奪おうとして、逆に俺たちに返り討ちにされ、装備どころか尊厳まで奪われた哀れな男。


「……ああ、あの『露出狂』か」


俺はあくびを噛み殺しながら呟いた。 どうでもいい。 今の俺の脳内メモリは、昨日の晩飯(ワン特製チャーハン)の味を思い出すことにリソースを割かれている。


『露出狂ではない!!』


通信越しの絶叫が、俺の鼓膜を物理的に殴打した。 まるでこちらの会話が聞こえているかのようなタイミングだ。 いや、あいつの声量なら、物理的な音波だけで装甲を貫通してきてもおかしくない。


『貴様らが剥いたんだろうが! あの後、部下に発見されるまでの3時間! 俺がどれだけの羞恥と寒さに耐えたか分かるかァァァ! 森の蚊に刺されまくったんだぞ! 特に尻を! あいつら柔らかいところを狙ってきやがる!』 「知るかよ。ムヒでも塗っとけ」 「ちょ、待ってくださいボス! 尺稼ぎみたいな回想シーンやめてください! あいつ、幅寄せしてきます!」


ワン・チャンの警告通り、赤い戦車が猛加速し、ドロシーのトラックに強引に体当たりを仕掛けてきた。


ガガガガガガガッ!!


金属同士が擦れ合い、オレンジ色の火花が散る。 鼓膜を削るような不快なスキール音。 並走状態に入ったクリムゾン・ジャスティス号のハッチが、プシューッという油圧音と共に開放された。 そこからヌッと姿を現したのは、人間……ではなかった。


「……え?」


ピコが、持っていたポテトチップスを落とした。 俺も、吸いかけの葉巻を落としそうになった。


そこにいたのは、「歩く金庫」だった。 いや、「直立した原子炉」と言うべきか。


真紅のプレートメイル。そこまではいい。 だが、その上から、さらに分厚い鋼鉄板が追加で溶接され、関節部分は巨大なボルトとナットで完全に固定されている。 肩パッドは家屋の屋根瓦のように幾重にも重なり、兜のバイザー部分は溶接されて視界確保用のスリットが一本だけ。 指先までもが鉄の手甲で覆われ、もはやジャンケンすら不可能な形状になっている。 総重量、推定300キロ。 これでは「着ている」のではない。「閉じ込められている」のだ。


「ふふふ……見ろ! この輝きを!」


ガレスの声が、密閉された鎧の中で反響し、風呂場で歌うおっさんのようにくぐもって聞こえる。


「あの屈辱の日から、俺は考えた。どうすれば二度と剥かれないか。どうすれば、貴様らのようなハイエナから、俺の清らかな肌を守れるか。そして辿り着いたのが、この『対・剥ぎ取り防止装甲アンチ・ストリップ・アーマー』だ!」


ガレスは高らかに宣言し、ガシャン!とポーズを取ろうとしたが、肩の装甲が干渉して腕が45度までしか上がらなかった。 カション、カション。 悲しい金属音が響く。


「全ての継ぎ目はアーク溶接済み! ネジ山は潰してある! 脱着不可能な完全構造! これでもう、貴様らに俺の肌は二度と拝ませぬ!!」 「……(ドン引き)」


ピコが、汚いものを見る目で呟いた。


「あの……素朴な疑問なんだけど。トイレどうするのよ、それ」


世界が一瞬、静止した。 風の音だけがヒョウヒョウと吹き抜ける。 ガレスは胸を張り(胸板の厚さだけで30センチはある)、事も無げに言い放った。


「フン! 愚問だ!」


バァァァァン!!(謎の集中線エフェクト)


「騎士たるもの、戦場では垂れ流しだ!!」


「うわぁぁぁぁぁ!!」 「聞いたかおい! コイツ今、社会的に死んだぞ!」 「この鎧には最新の『自動浄化・消臭ルーン』が刻まれている! つまり俺は、無敵の要塞にして、完璧な自走式水洗トイレなのだ!」 「おとこだ……!」


ワン・チャンだけが、なぜか感心して涙ぐんでいた。 コイツらの美学はどこで接続されているんだ。


その時、ピコの背中のリュックから、オタマジャクシになったレオが顔を出した。 酸素ボンベの気泡を吐き出しながら、冷ややかな視線を送る。


『ゲコ(相変わらずバカだな、ガレス。そんな重装備で泥沼に来るとは。脳味噌まで筋肉で溶接したか?)』 「黙れオタマジャクシ! 貴様のそのふざけた姿も、今日で見納めだ! 貴様を干物ににして、酒のつまみにしてくれるわ!」


ガレスが腰の魔剣に手を伸ばす。 しかし。 ガキン! 手が、鞘に届かない。 肩の追加装甲が邪魔をして、腕が回らないのだ。


「ぬぐぐ……! 可動域が……! 設計ミスか!?」 「何しに来たんだよアンタ」


俺は呆れて言った。 この男、確かにスペックは高いのかもしれないが、致命的に「現場」を知らない。 そして何より、ここがどこかを理解していない。


ドロシー婆さんが、バックミラー越しにガレスを見て、ニヤリと笑った。 その笑顔は、獲物が罠にかかった瞬間を見届けた猟師のものだ。 いや、もっとタチの悪い、不良在庫を売りつける悪徳商人の顔だ。


「おい若造。あのピカピカのトマト戦車、重そうに見えないか?」 「……ああ。あれだけの鉄板だ。総重量は50トンを超えるだろうな」 「だねぇ。で、ここはどこだい?」


俺は足元を見た。 B4F『迷わずの湿地』。 見渡す限りの、底なしの泥沼だ。 表面張力と浮力だけでギリギリ走行している俺たちとは違い、あちらさんは「鉄の塊」を着込んだ「鉄の塊」に乗っている。


「……なるほど。過積載(厚着しすぎ)か」


物理法則は、誰にでも平等だ。 重ければ沈む。 ただそれだけの真理が、ガレスに牙を剥く。


「ワン! 出番だ!」 「おうよボス! 特製『熱々・泥あんかけ』一丁!」


ワン・チャンが、走行中のトラックの窓から身を乗り出した。 手には、先ほどのスライム戦で汲んでおいた、高粘度のヘドロが入った中華鍋。 彼はそれを、バスケットボールのフリースローのような美しいフォームで放った。


パシュッ! 黒い泥の塊が、スローモーションで空を飛び、ガレスの戦車の側面にある「吸気口エアインテーク」へと吸い込まれていく。 まるで、最初からそこに入るように設計されていたかのような、完璧な放物線。


「なっ!? 貴様、神聖な戦車に何を……!」


ガレスが叫ぶのと同時に、ドロシーがブレーキペダルを踏み抜いた。


「捕まってな! 『泥のカーテン』だ!」


キュルルルルルッ!! アイアン・マザー号の巨大タイヤが逆回転し、大量の泥を後方へと蹴り上げる。 茶色の津波が、ガレスの戦車を直撃した。


本来なら、最新鋭の魔導戦車は、これ程度の汚れなど自動ワイパーで拭き取れるはずだ。 だが、今のガレス号は違った。 重すぎるのだ。 過剰な装甲のせいで、泥の上での浮力が限界ギリギリだったところに、ワンの泥爆弾による吸気不全と、ドロシーの泥攻撃による視界不良が重なった。


ブスン……ブスン……ボシュウゥゥゥ……。


クリムゾン・ジャスティス号のエンジンが、断末魔のような音を立てて停止した。 推進力を失った鉄の塊に待っているのは、ただ一つ。 沈没だ。


「え? あ、あれ? エンジンの出力が低下……ちょ、待て! 沈む! おい、沈んでるぞ!?」


ズブブブブブブ……。 ガレスの戦車が、見る見るうちに泥沼へと飲み込まれていく。 ハッチから顔を出していたガレス(溶接済み)も、道連れだ。


「うわあああああ! 誰か助けろ! この鎧、溶接してあるから脱げないんだァァァ!! 重い! 足が抜けない! これが本当の泥沼かァァァ!」


ガレスの両手が、泥の上でバタバタともがく。 だが、その動きすらも重装甲に阻まれ、まるで壊れたブリキのおもちゃのようだ。


「自業自得ですー!! さようならー!!」


マシロが窓から顔を出して、満面の笑みで手を振った。 ガレスは必死に手を伸ばすが、その手もまた、重すぎる鉄の手甲のせいで、すぐに泥の中へと沈んでいった。


「おのれェェェ! 覚えてろハイエナどもォォォ! 次は……次は水中用装備で来てやるからなァァァ……ブクブクブク……」


最後に、水面にいくつかの泡が浮かび、そして静寂が訪れた。 赤いトマトは、大地の養分となったのだ。 ……まあ、死にはしないだろう。あの鎧の中に酸素ボンベくらい仕込んでいるはずだ。 たぶん、一週間くらいかけて泥の中を歩いて帰るハメになるだろうが。


「へへっ、ボス。見てくれよ」


戦いは終わった。 いや、一方的な事故処理だった。 泥に首まで浸かり、「溺れる! 錆びるぅぅ! メッキが剥がれるぅぅ!」と叫ぶガレスを放置し、センター要塞は加速する。 ワン・チャンが、ニヤニヤしながら戦利品を広げた。 去り際に、ワイヤー付きのフックでガレスの戦車のカーゴからくすねてきたものだ。 中から出てきたのは、桐の箱に入った『特選・黒毛和牛の熟成ジャーキー(騎士団御用達)』。


「うおっ、高そう! これ一枚でセンターの食費一ヶ月分はあるぞ!」 「でかしたワン。……今日の夕飯は豪勢にいこうぜ」


俺は笑った。 泥沼の先に、巨大な石造りのゲートが見えてきた。 B5Fへの直通エレベーター、『転移ゲート』だ。 ドロシーがトラックを停車させる。


キキィィィッ……。 ブレーキ音が、湿った空気に吸い込まれる。


「……私の縄張りはここまでだ。この先は道が狭くて、マザーじゃ入れねえ」


ドロシーは運転席から降りてくると、ゲートを見上げた。 その表情から、先ほどまでのふざけた色は消え、厳粛なものが漂っていた。 タバコの煙が、ゲートの隙間から吹き込む冷たい風に流されていく。


「おい、掃除屋。……この先は空気が変わるぞ」 「空気?」 「ああ。B5Fから下は、本格的な『過去』だ。……『死者の国』に近づく。お前のその壊れかけた身体が、どう反応するかは分からねえ」


忠告だ。 この先は、ただのダンジョン攻略ではない。 時間と、記憶と、未練が入り混じる、精神的な領域へのダイブになる。 俺の背中の傷が、予感に疼いた気がした。


「……肝に銘じとくよ」


俺は、ワンから受け取った高級ビーフジャーキーの包みを半分に分け、ドロシーに放り投げた。 放物線を描いて飛んだ包みを、ドロシーは無造作に片手でキャッチする。


「取っときな。……俺たちからの、最後の『賄賂』だ」 「はんっ。生意気なガキだねぇ」


ドロシーはジャーキーを受け取ると、ニヤリと笑った。 そして、ゲートのレバーを引く。


ゴゴゴゴゴゴ……。 重厚な石の扉が開き、未知なる階層への道が開かれた。 暗闇の向こうから、冷気が這い出してくる。


「行け! 振り返るんじゃねえぞ!」 「あばよ、鉄屑の魔女!」


センター要塞がゲートへと吸い込まれていく。 背後でドロシーが手を振っているのが、スローモーションのように見えた。 彼女の姿が闇に消え、ゲートが閉まる。 ドンッ、という重い音が、退路を断つ音に聞こえた。


そして、空気の色が変わった。 湿った泥の匂いが消え、代わりに漂ってきたのは――懐かしいような、それでいて胸が締め付けられるような、古い「雨」の匂いだった。 そこで待つのは、俺にとって因縁深い「過去の幻影」かもしれない。


俺は黙って、味のしない葉巻を噛み砕いた。

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