第七話 昼の物語り 3
2010/9/16 色々修正しまして、☆の所から継ぎ足しました。
(林檎二つだけじゃ少ないような…お父様の好きな食べ物は他に何かあったかしら…)
そう思い、首を傾げて少しの間考えるリリシュナ。
すると、案外直ぐに思いついた。表情を輝かせ、ヴィルに向き直って訊いた。
「ヴィルお爺さん、森へ入る道を知っているかしら?」
リリシュナが言う森とは、彼女が住んでいる林より更に奥に行った所に有る。それほど広い森ではない物の、季節代わりに色んな木の実や果実が実ることで、城の使用人達の間で有名だ。
でも、木がすごく密集している為、そこまで行くことはとてつもなく困難だ。あらかじめ人によって切り開かれた特定の入り道でないと辿り着けないのだ。
これらの情報は前にリウから聞いたものだが、その道がどこにあるかまでは聞けなかった。
「はい、知っておりますが…何故それを?もしや、森へ入ろうとでもお思ではないでしょうな」
心配そうに聞いてくるヴィルをよそに、リリシュナはコクンと頷いていきいきと自分の考えを言う。
「ええ、林檎二つだけでは物足りない気がして…。この時期はちょうど野いちごも実っている頃だと前リウが言っていたのを思い出したから、少し森の奥まで行って採ってこようかと…」
「そ、それはなりませぬ、姫様。今夜は満月じゃ、森へ入ってはならぬ!」
半信半疑で聞いてみただけのことが肯定されて、ヴィルはいつもの慈愛に満ちた顔を青ざめると慌てて止めに掛かった。
「どうして?あの森はそんなに危険ではなかった筈だわよ?野生の動物もあまりいないと聞いているし…」
「危険なのはあの森自体ではない、満月の夜に森に入る事じゃ」
リリシュナは不思議に思った。満月の夜に森で何が起きると言うのだろうか。
彼女の困惑した表情を見て、ヴィルはうーんと唸って手を組んだ。姫様に話すべきか、あるいはどこから話すべきか迷っている様だ。
少し考えてからリリシュナに聞いた。
「姫様、迷いの森のことはご存知かな?」
「いいえ、聞いた事がないわ」
「そうか。まあ、姫様が知らぬのも無理はない、こうような物騒な事は出来るだけ姫様の耳に届かぬよう配慮されておったのじゃろう…」
リウ殿がな…。
まったく、彼は過保護すぎなのじゃ。この様な常識はちゃんと伝えておらぬと逆に姫様にとって危険だと分からんのかのう…。
独り言のようにぶつぶつと言って、ヴィルは続けた。
「迷いの森はじゃな、別名ドアフの森とも呼ばれており世間ではおとぎ話の様に語られている場所じゃ。何百年も親から子へと伝えられている伝説のようなもの。一度入ると二度と出られぬと言われている、危険で謎に包まれた所なのじゃ…」
☆
「でも…ドアフの森なんて、怖い場所と言われる割には随分とメルヘンでかわいい名前だわね。本当に小人が住んでいたりするの?」
リリシュナは大のメルヘン好きなのだ。いつも読んでいる本の内容がおとぎ話風なので、その影響により、お話によく出てくる妖精や小動物が大好きだ。ドアフの森、と聞いた瞬間目を輝かせた。
「いいや、その名の由来はこう語られております。
迷いの森の中は木々が途轍もなく大きいく、そこにいると人間が小人になった錯覚に陥るからだそうじゃ。昔、その森に入って出てこられた若者が居り、その者が森の風景を微かだけ記憶しておったのじゃ」
期待していた答えと違っていたので、多少気を落としていたリリシュナだが、少し引っかかる文字に気付いた。
「微かだけ…?」
「はい。実はドアフの森に入って出て来られた者はこれまでに何人か居るのじゃが、皆森の中に居た時の記憶がなくなっておるのじゃ。どうやって出てきたか、森で何があったか全然覚えていない…。
これ故にドアフの森は恐れられているのじゃ。一度入ると二度と出て来られないことは別として、出てこられたとしても何か記憶を失ってしまう程のことがその身に起こったのかもしれないと…」
「で、でも…森は伝説でしょう?」
「姫様、それが違うのじゃ。ドアフの森は実在する。先ほど言ったように、森の出現は月の満ち欠けと関係があるのじゃ。月が満ちる時現われ、欠ける時消えると言われております」
最初の説明を聞いても、リリシュナは未だに信じられないといった様子だったが、ヴィルがあまりにも真剣な眼差しで言うので、とりあえず聞き入ることにした。
だが、やはりその森の実在を認めることは困難に思えた。何故ならこのグラディス王国は全体が森に囲まれているのだ。
また別の森が現れて、それをドアフの森だと認識する事が出来る筈もない。しかも、それが人を迷わせる程の広さとなればもっと難しい。
その事に付いてヴィルに聞いてみると、彼はこう答えた…
「いいや。現れると言いましても、どこかに森が出現するのではない、ドアフの森へ続く道が現れることを意味するのじゃ。その道はどこに現れるかは予想できぬし、どの森にも現れる可能性があるのじゃ。だから月が満ちる時は誰も森へ入らぬ。知らない内に迷いの森へ引きずり込まれるかも知れぬからな…」
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それから、ヴィルはリリシュナに、ここ最近起きた出来事を教えてくれた。
話に寄ると、前回の満月の夜に誤って森に入ってしまった二人の少女が居たと言う。そして案の定今も帰ってきていない。
この話にはリリシュナも真剣に耳を傾けた。
その姉妹とは城で下働きをしている子達だったのだ。彼女達はうっかりその日が満月だと忘れてしまったたらしく、昼過ぎに森へ入って野性の果物を取りに行った後、そのまま戻ってはこなかったと言う。
そして更に悲しい事に、その事件は使用人達の間で少しのあいだの話題になった後、上に報告されないまま放置されたのだ。
「表向きは騒ぎを起こさないためと言っておりますが、本当のところはただ面倒なだけなのじゃろう。あの二人は幼い頃、城の人間に町から拾われた孤児なのじゃ。居なくなったところでどうって事も無いと思われたのじゃな…」
話を聞いた後、リリシュナはその二人のことを哀れに思いながら内心怒っていた。何故、被害者が孤児だからと言う理由だけでこのような遭遇に合ってしまうか、身近でこんな事起こったと言うのに、何故自分は全然知らなかったのか。
「このことを知らなかったのは私があんまり人と会ってお話が出来てなかったからだと思うけど、でもなんでリウも私に教えてくれなかったの?」
リリシュナは理解できないで居た。
リウは、人との付き合いが少ないリリシュナのためにいつも城で起きたことや、城下の情報を持ってきてくれていた。でも、何故か今回のことはちっとも伝えてくれなかったし、このようなことが起こった素振りも全然なかった。
「リウ殿は姫様の安否を気にしての気配りじゃろう。もし、このことを姫様にお教えしましたら絶対どうにかしてあの子達を助けようとするでしょう。最悪の場合自ら探しに行ってしまう可能性も…」
ヴィルが言い終える前にリリシュナはがばっと立ち上がり、言葉を遮った。
「当たり前だわ!誰かが森の中で迷っているのに探さないで知らない振りをするなんて、そんな事…出来ないわ!」
「落ち着きなされ姫様。分かってください、これは姫様が無茶をなされない様にと思っての行動じゃ。姫様はこの国の第一王女、守られるべき存在、危険に晒すようなことは避けたいのじゃ。何かあったからでは遅い。リウ殿もこのような事を予想していたから、始めから姫様に森への入り口を教えなかったのじゃろう」
ヴィルは年の為、ゆっくりと立ち上がり、リリシュナの高ぶった気持ちを抑えようと、出来るだけ優しい声で言った。
「それに姫様、あまりリウ殿に心配を掛けるでない。彼は何かと気苦労が多い方じゃ…。面倒見がよいのは良い事じゃが、周りの人間全ての世話を焼く身ともなれば、さすがのリウ殿も参るじゃろう」
「え…?リウが…どうかしたの?」
ヴィルの言葉にリリシュナは落ち着きを取り戻した。
「使用人の中でも理不尽なことは多い。彼は正義感が強いからのう…、よく弱い者を助けては他人の恨みを買っておられる」
「そんな……」
「ですから姫様、ここは我慢してくだされ」
「…分かったわ。――さっきは取り乱してごめんなさい」
リリシュナはまだあの姉妹を助けたい気持ちでいっぱいだったが、自分の勝手な行動のせいでリウに迷惑を掛けるわけにはいけないのでしぶしぶ了承した。
「いいや。良いのじゃよ、姫様が元気で何よりじゃ」
ヴィルは、「フォッフォッフォッ」と笑い快く許してくれた。
行方不明になったという二人の姉妹は知っている子ではないが、リリシュナは空を見上げ祈った。どうか彼女達が無事で帰ってこられますようにと……。