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第六話 昼の物語り 2


昼の時間が近づく頃、林檎集めは一段落し、リリシュナはホウキを片手に、地面に積もった落ち葉を掃いていた。


木の下には林檎の実が詰められた六つの大きな篭。毎年採れる林檎は増え続け、三度目となる今年は大豊作となった。

城に働いてる人全員に分けても、相当余ると予測されたので、この後城下の孤児院などにも配られる事になっている。


(みんな、喜んでくれると良いな…)


そう思いながら、リリシュナは期待を胸に、顔を綻ばせた。


暫くして、彼女は先程まで草むらで雑草抜きをしていた筈のヴィルが見当たらない事に気付いた。

変だと思い、辺りをキョロキョロ見回してみるとちょうどこちらに歩いて来るヴィルの姿を見つけた。


「姫様、日も高いですし、そろそろ昼食にしましょうか」


そう言いながら、ヴィルは片手に持ったピクニックバスケットを少し掲げて見せた。


リリシュナは言われるとはじめて自分がお腹を空かせていた事に気付いた。朝食を食べてから既に数時間が経っていて、ずっと働いていたので、より早く空腹感を感じたのだ。


「はい!」


リリシュナは素直にうなずいた。





▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲





そうと決まると、二人は庭の中で一番大きな樹の下に腰を下ろした。

その場所は何時もこの時間になると、木陰になっていて涼しいので昼食は毎回そこでとると決まっている。


「そう言えば、そのかごは一体どこから…?」


ヴィルがどこからか持ってきたかごを見て尋ねた。

記憶を探ってみても、先程まで庭にはかごなど置いていなかった気がする。


「ああ、これはですな、つい先リウ殿が持ってきたのじゃよ」


中の食べ物を丁重に出しながら、ヴィルは答えた。


「え、リウ来たの…?」


「はい。何やら急いでおられる様じゃったから、呼び止めなかったのじゃが…リウ殿に何か用でもあったのかい?」


ヴィルは顔を上げて尋ねた。


「ううん、何でもないわ…」


慌てて何ともない様に答えるが、やはり内心では少し残念と感じていた。


(せっかくここまで来たのに顔も出さずに行っちゃうなんて…)


リリシュナは一日の大半を庭で過ごすので、自然と昼食は庭で食べる事になる。なので、リウには毎日の様にかごに入れた食事を持って来てもらっていた。

いつもなら多少急でいても挨拶くらいはして行くと言うのに、今回はどうしたのだろうか。


(何かあったのかしら?大変な事じゃなといいけれど…)


リウなら大抵の事は何の苦もなく解決出来るが、他人に迷惑を掛けたくないという思いからか、何でも直ぐに自分だけで抱え込むので心配にもなる。

いくら彼に無理をするなと言い聴かせても、さらっと流されるばかりなのでリリシュナは説得するのも半場諦めていた。


リウの事を気にしつつも、リリシュナはかごの食べ物に手を伸ばした。


今日用意されたのはサンドイッチだった。

かごの中には新鮮なトマトと野菜を挟んだ、おいしそうなサンドイッチがきれいに並べられていた。


実を言うと、この野菜はリウが裏庭の一角をかりて栽培したものだったりする。そのおかげでリリシュナは毎日とれたての野菜を食べることができた。

ちなみに、この事はヴィル以外誰にも知られていない。


「おいしいわね、リウに感謝しなきゃ!」


ひとかじりして、リリシュナが素直な感想を述べると、ヴィルもその言葉に同意して笑顔でうなずいた。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽






お昼を食べ終わった後、リリシュナとヴィルは暫く樹にもたれて休んでいた。


すると、ヴィルはリリシュナの手に大事そうに持たれた物に気付いて聞いた。

「おや?姫様、その林檎はどうするのかね?」


「えっ?あぁ、これはね、リウが来た時にあげようと思って取っておいたの…でも何も言わずに行っちゃったから、渡しそびれてしまったわ…」


リリシュナは集めた実の中で一番大きくて、赤く熟れた林檎を選んでリウに食べてもらおうと思ったのだ。予想外の事に溜め息をつきながら、その実を指先で優しく撫でながら言った。


「それは残念でしたな…。なに、後でまた来るようじゃったから、その時渡すと良い」


ヴィルの意見にうなずくと、リリシュナは林檎が詰めこまれた篭に目を配らせた。すると、何かを思い付いてヴィルに向き直って言った。


「あの…この林檎あと何個か貰っていいかしら…?」


「それはかまいませぬが…。誰かあげる人が居るのかね?」


ヴィルは少し不思議に思った。

リリシュナは林とセーラの庭以外に行く場所は少なく、彼女の友と呼べる人は少ない。リウ以外に林檎をあげる相手が居ただろうかと思い、ヴィルはリリシュナに尋ね返した。

すると、リリシュナは俯いてゆっくりと語った。


「お父様にも…食べさせてあげたいの。もう長いこと病で臥せっているから、お母様の庭で採れた林檎を食べたら、少しでも元気になるかなって思って……」


リリシュナの父、グラディス王国国王、アデル王は半年前から原因不明の重い病気に掛かってしまい、部屋から一歩も出る事ができないでいた。

薬で取りあえず病がこれ以上深刻になることは防げてはいる物の、良くなるそぶりは全くをもって無い。宮廷医師ももはや成す術がなかった。


嵐のせいで暫く林の中の家から出られなかったので、最後に会いに行ったのも一週間前の事になる。


「やっと天気が良くなったのだから、お見舞いも兼ねて…」


「そうでしたか…。姫様は父親想いの良い娘さんなのじゃな。良かろう、好きなだけ持ってお行きなさい」


もじもじ言うリリシュナに、ヴィルは笑顔で答える。すると、雲っていた表情もあっと言う間に明るくなった。


「ありがとう!ヴィルお爺さん」


リリシュナは礼を言うと早速林檎の実を選び始める。

少しでも傷のあるものや、青みを帯びているものは避けて、やっと二つだけ満足のいく林檎を選び出した。


「では、この二つを貰うわ」


「王様も喜んでくれると良いですな」


「はい…」


笑顔で答えたリリシュナの黒髪を風が吹き上げる。

空の雲はゆっくりと進んでいき、とても心地良い昼下がりだ。



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