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第五話 昼の物語り

やっと場所を移動します。


家から出ると、リリシュナはある場所に向かった。


そこは林から少し離れていて、歩いて二十分ぐらいだ。何時もなら余裕で景色を眺めながら行くのだが、今日は少し遅れてしまった為、小走りになる。冷たい風が頬を撫で、真っ直ぐ伸びる黒髪が乱れてしまってもお構いなしだ。


時々すれ違っていく侍女達はリリシュナの慌てぶりを見て、クスクスと笑ったり、何があったのかと首を傾げるたりする。だが、誰も咎めたりはしなかった。

果して、ホウキを持って駆けるリリシュナの姿は、彼女達の目にどう映ったのやら…

でもまさかその騒々しい娘が王女だなんて事は、誰も微塵にも思わないだろう。


(昨日は嵐だったから、いっぱい落ちているだろうな…)


そんな事をぼんやりと思っていると、リリシュナは何時もより半分だけの時間で目的の場所にたどり着いた。そこは人があまり寄り付かない、城の裏庭だった。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽






グラディス城を囲む庭は大きく二つに分けられている。


城の前半分を囲むのはこのグラディス城が誇る‘四季の庭’ 。

その名の通り、庭には季節ごとに異なった種類の花が咲き乱れ、行く者全ての心を魅了する。


そしてもう一方の庭はと言うと、対照的にあまり人目に晒されてなく、城の裏にひっそりと建てられている。

かつては開放式となっていたが、今は高い塀に囲まれていて、人が立ち入る事を許さない。


リリシュナは正に今、この庭唯一の出入り口の扉の前に立っていた。走って来たせいで乱れた呼吸を何回か深呼吸をすることで治して、少し乱れてしまった服もきちんと正す。

扉の前にははっきりと立ち入り禁止の看板が立てられているが、リリシュナは何の躊躇もなくゆっくりと押し開けた。途端に開いた隙間からふわりと甘い香りが漂って来る。


一歩あゆみ入ると、そこには塀の外からは伺えない風景が広がっていた。‘四季の庭’ の華やかさとは全く異なる、穏やかなふいんきの場所。

扉の辺りは花が植えられているが、それら以外は林檎の樹で埋め尽くされていた。庭と言うより林檎畑と呼ぶべきだろう。甘い香りの正体はこの林檎の樹だった。


ここは‘セーラの庭’ と名付けられていて、国王がかつての妻、リルセラ王妃のために建てた庭だった。

だが王妃が亡くなった後、庭への立ち入りは国王より固く禁じられている。今ではリリシュナを含める、限られた人だけが出入りを許可されている。


幼い頃は城の外に出られない替りに、リリシュナはよくここで母親と遊んだものだ。駈けずり回ったり、木に登ったりと、随分困らせたことを今でも覚えている。

多くの楽しい思い出が詰まったこの庭は、リリシュナにとってとても大切な場所。

一本の道を当てもなく歩きながら思い出に浸っていると、突然花壇の方から誰かが声をかけてきた。


「おや、姫様、今日は少々遅れて来ましたな」


声がする方に振り向いて見ると、そこには優しい面立ちの老人が居た。花壇にしゃがみこんでる姿を見ると、どうやら花の世話をしているらしい。


「おはようございます、姫様」


そのお爺さんはゆっくりと立ち上がり、パンパンと服に付いた泥を払って挨拶をした。

泥塗れの姿を見て、リリシュナは申し訳なく感じて眉を下げた。


「おはよう、ヴィルお爺さん。……遅れてごめんなさい…」


「いいえ、それは良いのじゃよ。それよりも、今日はやっと晴れましたな」


「ええ、本当に良かったわ」


雲一つない青空を見上げ、リリシュナも満面の笑顔で答えた。


リリシュナがヴィルお爺さんと呼ぶ老人は、このグラディス城で五十年近くは働いてる庭師。七十歳はとうに超えていて背中も少し曲がっているが、まだとても健康で、この庭の管理を任せられる程の腕前の持ち主だ。

彼の管理の下、庭の花は今まで枯れることなく、咲き続けることができた。


「さて、作業を始めましょうか。今日も宜しく頼みますよ、姫様」


「ええ、任せてください!」


ヴィルの言葉に、リリシュナは元気良く返事をした。


この‘セーラの庭’の広さは‘四季の庭’ 程ではないが、林檎畑だけでも桔構な広さがある。老人一人だけの手では到底管理し切れなかったのだ。そこで、リリシュナは毎日ここを訪れるようになり、微力ながらもヴィルの手伝いをする事にした。


一般的に頼まれているのは落ち葉の掃除と雑草抜きぐらいの事で、力の小さいリリシュナでも出来る簡単な作業だ。

だが成長が早い雑草は手ごわく、どれだけ頑張って抜いても一向に減ることはない。そして林檎の実が成る季節になると、二人はより一層忙しくなる。


この様な日々がかれこれ三年間続いているが、リリシュナはそんな生活をとっても気に入っていた。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽






「ああ、やっぱりいっぱい落ちてしまっているわ…」


地面に目をやると、予想された通り、赤く熟れた林檎の実がそこらじゅうに転がっていた。


「仕方がない事ですな。昨夜は大嵐だったからのう…」


この惨事に、ヴィルもやはり心を痛めていた。

今はちょうど林檎が実る季節だ。本来ならば、二日ぐらい前には収獲が出来る筈だったのだが、立て続けに大雨と嵐に見舞われ、延期せざるおえなかった。


「今日はまず地面に落ちた実を拾い集めるとしましょう。まだ食べられるものも残っているかも知れませんからな。樹から落ちていない実はもう少し持つじゃろうから、明日収獲しよう」


「今はそうするしかない様ね…。じゃあ枝はどうすればいいのかしら?」


地面には実だけではなく、嵐のせいか大きな枝とかも落ちていた。


「ああそうじゃな、それらはまず一か所に集めておくれ。後で乾燥させるのじゃ。林檎の樹は暖炉の薪などに使うととても良い香りがするのじゃよ」


「そうなんだ…」


その様な使い方を知らなかったので、リリシュナは感心してうなずいた。

そして、ヴィルの言葉通り、林檎の実を拾い上げ、用意された篭の中に入れる作業を始めた。


林檎の実を見てみると、思ったほか傷ついていなかった。林檎の樹の下に敷かれた芝生が、クッション替りになったのだ。運悪くむき出しになっている石に当たって、潰れてしまった物も何個かあったが、それ以外はほぼ無傷だった。


ヴィルはその中の一個を手に取って、布でキュッキュッ、と拭くとリリシュナに渡した。


「ほれ、姫様、一つ味見してはいかがかな?」


「え…いいの?」


聞き返してくるリリシュナにうなずいて見せると、喜んで受け取った。

ショリッと音を立てて真っ赤な実を食べる。口を大きく開けて食べ物をかぶるのは、一国の姫にあるまじき食べ方なのだが、そんなことは一切気にしない。


一口かじっただけで口中に甘い味がふわりと広がって、リリシュナは目を輝かせた。


「甘い…とっても美味しいわ!」


「それは良かった。王妃様もさぞ、お喜びになられる筈じゃ」


ヴィルもニッコリと笑った。


「そうね…」


ヴィルが先程口に出した‘王妃様’とはもちろん今のエヴィル王妃ではなくリリシュナの母、リルセラ王妃の事。この庭に植えられている林檎の木は全てリルセラ王妃の故郷から取り寄せたものなのだ。


アデル国王は、一人遠い東の国から嫁いできたリルセラ王妃が寂しがっているのではないかと心配になり、彼女の国に咲く花を植えた庭をプレゼントしようと思ったのだ。だが王妃は花よりも、この林檎の樹がほしいと願ったため、苗を沢山取り寄せて今の‘セーラの庭’ が出来た。


林檎を食べ終わった所で、リリシュナは作業を再開した。時間はあっという間に過ぎて行く、ゆっくりはしてられない。せっせと林檎を拾い上げる。


そんなリリシュナの働いてる姿を、樹の上から一羽の青い鳥が見守っていた。その鳥は紛れも無くランニアだった。いつの間にやらリリシュナに付いてここまできたのだ。


ランニアはしばらくは枝に止まっていたが、やがてバサリと翼を広げ、森の方へ飛んでいった。




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