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第十話 渦巻く夜の陰謀 3


リウはトレイを手に持ち、王の寝室へと歩いて来る途中だった。

早くリリシュナの喜ぶ顔が見たいと思う一心で、歩く速度も増していく。


そんな時、リウの目に廊下の向かいから歩いてくる人たちが映った。二人の侍女とその後ろをトボトボと歩く二人の若い衛兵。


(あれは、エヴィル王妃付きの侍女…)


間違えるはずがない。

侍女の服は仕える人と場所によって少しずつ違ってくる。掃除、洗濯、料理と色々分けられていて、王族付きの侍女となると制服もより一層豪華になる。この二人の服装はデザインも素材も普通より良いもので、一目で位が高い侍女だと分かった。


それに、リウはこの二人を知っていた。


(確か…男爵家の次女、ヴィクトリア嬢と伯爵家の末娘、エカテリーナ嬢…)


リウは彼女たちの情報を脳内から引っ張り出した。

二人とも今年入ったばかりで、歳は確かリリシュナより幾つか上だ。

何故リウが二人の素性を知っているかというと、それには二つの理由がある。


一つは、彼が趣味でこの手の情報を暗記しているからだった。

リウは由緒正しい爵家から小さな町の領主までの家族構成や、些細な情報まで全て熟知しているのだ。これはリウの日々の努力の成果であり、今や彼の知識量は一般な使用人の枠を遥かに超えていた。


そしてもう一つの原因はと言うと、この二人の侍女が毎回リウを見かける度に、何かと言い寄ってくるからだった。

それはリウの整った容姿を気に入ったから、と言う不潔な理由からで、リウもこれには相当迷惑している。いつも苦々しい思いをするので、嫌でも顔を覚えてしまったのだ。

同じように城に仕えている身なのだが、彼女たちの身分の方が断然高いので、はっきりと追い返せないのがまた苦なのだ。


今回も何か言ってくるのかと思い、リウはひっそり覚悟をした……が、拍子抜けすることに、彼女たちは何も言わず素通りしていった。変に想い、思わず立ち止まって振り返るとリリシュナ同様、妙な違和感を覚えた。


(何だか変ですね…。気のせいでしょうか?)


軽く首を傾げると、深刻な顔をして暫く考え込むリウ。

すると、何か思いついたようにバッと頭を上げた。だが廊下の先にはもう誰も居なかった。

彼女たち…と衛兵の事が気がかりだったが、急いでいるのでリウはそれ以上深く考えず、後ろ髪を引っ張られる思いで足を進めた。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽






王の寝室の中で、リリシュナはここ数日の出来事をアデル王に意気揚々と話していた。数日の間大雨が止まず、部屋に篭りっぱなしだった事や、セーラの庭で林檎を収穫したこと。王は寝そべったままだが、軽く頷きながらちゃんと耳を傾けてくれた。


そんな時、部屋の扉がコンコンと二回叩かれた。リリシュナは直ぐにリウが来たのだと悟り、入室許可の返事をした。

リウは部屋に入ると、扉の側に佇むエヴィル王妃を目にして、静かに一礼を取り、すたすたと歩み寄ってきた。


「姫様、お頼みの物を持って参りました」


王と王妃の前なので、リウはリリシュナの名前を呼ぶのを控え、より丁寧に言った。

それに対して、リリシュナも立場を弁えた返事をするが、同時にありがとうの気持ちを込めて微笑む。


「ご苦労様です。それで、どの様な工夫を…?」


「はい、林檎の実を磨り潰して液状にしました。これなら喉通りも良く、陛下もお召し上がり頂けます」


リウはそう言いながら、盆に被せてあった蓋を取る。

そこには小さめで透明なグラスに入った林檎の磨り身に、飾り付けにクルシェの葉が一枚乗っていた。

リリシュナはグラスを受け取ると、アデル王に向き直った。


「お父様、これはお母様の庭で取れた林檎です。とっても甘いんですよ。一口召し上がってみてください」


リリシュナはスプーンで林檎を掬い、父の口元へ運んだ。王は林檎を口に含むとゆっくり飲み込み、そのおいしさに頬を緩めた。






▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽






その動作を何回か繰り返し、グラスの半分以上を空にすると、王は食べるのをやめた。


「もうよろしいのですか?」


アデル王がゆっくり頷くのを見ると、リリシュナは隣で控えていたリウにグラスを下げてもらった。

その時、リリシュナは盆の上にもう一つの蓋をしてある皿を見つけ尋ねた。


「リウ、これは…?」


「あ、はい。こちらは先ほどの林檎を普通に切ったものです。後で姫様もお召し上がりになられるかと思いまして、勝手ながら…」


そう言いながら蓋を開けると、そこには言った通り綺麗に皮を剥かれ、一口サイズに切られた林檎の実があった。


「ありがとう…でも私はいいわ、先程庭のほうで一つ頂いてきましたから。ごめんなさい。そうだわ、王妃様、私の変わりにどうぞ一つお召し上がりください」


リリシュナはエヴィル王妃のほうに振り返って言った。


その時、王妃が返事するよりも早く、安らかに瞼を閉じていたアデル王が突然騒ぎ始めた。身体を仰け反り、ベッドより離れた位置に立っていたエヴィルを見ると、彼は目を大きく開き、わなわなと震えだした。

その目には恐怖や怒りが浮かび上がっていた。手当たり次第で物を掴むと、王妃のほうへ投げつけようとする。


「お父様!いったいどうしたのです?やめてください!」


リリシュナは何が起きたのか分からず、王を押さえて必死に止めようとするが、病弱な筈のアデル王に大きな力で押し戻され、倒れそうになった。


「きゃっ!」


「姫様!」


リウは手に持っていた盆を捨てると、素早くリリシュナを支える。二人は床に座り込む状態になった。


「私は大丈夫よ。でも、お父様が…」


アデル王は立ち上がれず寝台に座ったままだが、震える指先は真っ直ぐエヴィル王妃を指して、くぐもった声で怒鳴る。


「……じょめ、ここから、でてけっ!!!!」


その視線は人を殺せそうなほどに鋭い。リリシュナはそんな父を見てただ戸惑うばかりだった。

一方エヴィル王妃はと言うと、元の位置に立ったまま、一歩も動いていない。その瞳は、一瞬巣筋が凍りつくほど寒い物の様に感じられた。

見間違えでは無いかと思い、リリシュナは何回も瞬きした。


そんな時、扉から騒ぎを聞きつけた兵士たちが雪崩れ込んできた。彼らは取り乱した王を抑えに懸かった。放って置くとまた何かを投げ始めそうだ。


「遅くなって申し訳ありません。王妃様と姫様はひと時の退室をお願います。後は我々にお任せください」


リリシュナがリウに支えられながら立ち上がると、突然目の前に隊長らしき人が現れ、このように告げた。言葉遣いこそは丁寧だが、どこか人に有無を言わせない口調で、リウを含める三人が半場強引に部屋から出された。


リリシュナだけは状況に付いて行けず、ただ呆然としていた。






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