第6話「黙って寄り添う夜」
妊娠十ヶ月、死産と告げられたその日。
彼女の世界は、音を失っていた。
ただ息をしているだけで精一杯のまま、彼女は一日を過ごした。
胸の中で何かが壊れたまま、時間だけが過ぎていった。
* * *
夜の帳が静かに降りる頃、
玄関のドアが、静かに開いた。
彼女が振り向くと、そこには
疲れ切った顔をした夫が立っていた。
しかし、言葉は出てこなかった。
目が合った瞬間、二人は
ただその場に立ち尽くした。
夫は、何も聞かなかった。
何も語らなかった。
ただ、ゆっくりと歩み寄り――
そして、静かに、彼女を抱きしめた。
その腕のぬくもりに触れた瞬間、
張りつめていた感情が一気にほどけた。
胸の奥に溜まっていたものがこぼれ出し、
彼女は
しゃくりあげながら、崩れるように、
夫の胸に顔を埋めた。
あの夜、夫は一言も言葉を発さなかった。
ただ黙って、背中をさすり続けてくれた。
何時間も、何度も。
まるで時間が止まったかのように。
二人は、ただ静かに寄り添っていた。
-あの夜、彼女は思った。
「人間らしく泣いてもいいんだ」って。
やがて、夜が明けた。
彼女は病院に戻る支度をはじめた。
死産と診断された彼女は、大きな病院へ転院することになっていた。
行きたくない――
心のどこかで、そう叫んでいた。
でも、それでも。
行かなければならなかった。
人生には、どんな言葉も受け入れられない夜がある。
この夜、彼女は、ただ静かに寄り添ってくれた夫の腕の中で――
ようやく感情の蓋を開け、涙を流すことができた。
痛みや悲しみを癒すのは、
ときには言葉ではなく、“沈黙のやさしさ”なのかもしれない。
【次回予告】
第7話「死産と向き合う入院生活——離れたくない私の本音」
大きな病院に転院し、即日入院。
医師から「すぐに帝王切開を」と告げられる。
でも彼女は、心の奥で願っていたのだ。
「もう少しだけ、この子と一緒にいたい」と――