第2話「目覚め」
光が消えた。
そして――静寂。
それは、戦場の喧騒を浴びていた耳には異様すぎるほど、静かな世界だった。
***
目を開けた瞬間、まず目に飛び込んできたのは、天井の木材。
粗く削られた節のある梁が、ぎしぎしと軋みを上げるたびに、木の香りが鼻をくすぐる。
「……どこだ、ここは……」
口を開けば、自分の声に違和感を覚えた。
高く、透き通っていて――まるで、**少女のような声**。
不安定な体を起こし、辺りを見渡す。
肌に触れる布は薄くざらついており、シーツの下は干し藁が敷き詰められた簡素な寝床。
遠くで誰かが薪を割る音、鳥のさえずり、土の香り――
都市戦線とはあまりにかけ離れた、**田舎の風景**。
「体が……」
小さな手を広げて見る。
華奢な腕、子供の足。
膝に乗せた毛布の重みすら、以前より何倍も重く感じる。
「……まさか……」
鏡を探して立ち上がる。
部屋の隅に置かれた銀板のような古びた反射面に映ったのは――
紫の瞳に、銀色の長い髪。
目元に知性の影を落とす、まだ五歳にも満たない少女だった。
「私……女になってる……?」
身体は別人。
だが、記憶と精神は、紛れもなく**シオン・レーヴェンハート**のそれだった。
***
「お目覚めかい?」
扉の向こうから声がした。
開け放たれた木製のドアの隙間から顔を出したのは、エプロン姿の中年女性。
「……シオンちゃん、体調はどう? また熱でも?」
(シオン……? 名前も同じ?)
「……平気。ありがとう……おばさん」
「んまぁ、言葉遣いが妙にしっかりしてるのねぇ。ま、いいわ。もうすぐ朝の祈りだから、下においで」
彼女――世話役のリナは特に疑問も抱かず、軽やかに階段を下りていった。
(この子……この体の名前も“シオン”……偶然? それとも何かの必然?)
思考を巡らせながら、シオンは衣服を手に取り、着替え始めた。
布は質素ながら丁寧に繕われており、着心地は悪くない。
「状況整理だ」
小声で呟く。
(この世界は、前とは異なる。魔導演算もホログラフもない。だが、魔力らしきものの感知は可能)
内面に意識を向ければ、かすかに“流れるもの”を感じる。
それは前世で使用していた《戦導核》とはまったく異なる、**生命と混ざった“魔力”のようなもの**だった。
(そしてこの体には、それが“通っている”)
科学ではなく、**魔術的な素地**を感じる。
つまりこの世界では、**魔力と身体の共鳴**が力の鍵を握っている可能性がある。
(ならば、この体でも“戦える”)
拳を軽く握る。
「少しずつ試していくか……」
***
朝の礼拝堂。
薄いガラス窓から差す光の下で、数人の子供たちがベンチに座っていた。
「おはよー、シオンちゃん!」
「今日は薪運び当番だよ、一緒に行こう!」
(……この子たちが、今の“仲間”か)
短髪の元気な男児はジル。
隣にいたのは、ふわふわした栗毛のミーナ。
他にも、年相応の幼い顔ぶれが数人。
「……うん、一緒に行こう」
表情を崩すと、ミーナが小さく笑った。
「やっと笑ったー。最近、ちょっと怖かったよ?」
(……感情を顔に出すのが苦手だったな、私)
内心で苦笑する。
だが、ほんの少しだけ、心が温かくなるのを感じた。
***
その夜。
部屋の隅、隠れるようにして取り出したのは、小さな木製の盤面と駒。
この世界の子供たちが遊びに使っていた“魔方陣遊戯”という娯楽具だったが――
シオンにとっては立派な戦術ツールだ。
「この動かし方……意外と理にかなってるな。初歩的な布陣に使える」
何度か試していくうちに、これは単なるゲームではなく、**この世界の戦術概念の入門ツール**であることに気づく。
(これを子供に遊ばせているということは、社会構造に“軍事教養”が根付いている可能性が高い)
つまり、**戦術を遊びとして自然に身につけさせる文化**。
「面白い。この世界、前よりずっと……やりがいがあるじゃない」
窓の外、星が流れる。
「次は、情報だ。私はどこにいて、何を目指すべきか」
目を閉じ、深呼吸する。
すべては、始まったばかり。
だが、彼女――シオンは、すでにこの世界の“盤面”を読み始めていた。




