一話 最悪の始まり
ここからです!
気付けば天人は眠っていた。涼しい風が彼の近くを通り抜けていく。
「…寝て、た…?」
天人は目を覚ました。暖かな日差しが照らす、少し広い草原だった。彼の足元には芝のような背の低い草が生えており、また彼の背面には一本の木が立っていた。
「すごく居心地がいいな…寝てしまいそうだ…」
少し背伸びをして、彼は衣服に着いた土や石を払った。彼の服はもといた世界のものとは違い、ハイファンタジーのRPGのようなものになっている。ただ、いわゆる冒険者や旅人然としたものではなく、ローブのようなデザインになっている。
「神ねぇ…てかそういや御使いがいるって言ってたな…どこだ…?」
天人は後ろを向いた。そこには、天使のような羽根をしたポメラニアンが寝ている。
「ポ、ポメ公!?お前か!」
思わず、天人は大きな声を出してしまう。ハッとし、口に手を当てた時には既に遅かった。彼の声により夢から覚めた御使いは、眠たそうに目を擦りながらあろうことか後ろ足二本だけで立ち上がった。
「え、あっ、お前二足歩行ポメ公なの!?」
天人は思わず後ろにこけそうになった。足を出してなんとか耐え、その場に屈む。
「俺は天人…よろしく。お前の名前は…ってかどうやって話すんだ…?」
御使いの犬は自分の前足の肉球を、人が手持ちのものが無いことをあらわすジェスチャーをする時のように見、そのまま彼の方を向いた。
「い、いや俺の方見られてもよ…筆談でもできるといいんだが…」
天人は再び周りを見て、枝や葉っぱを探してみた。だが、手が届くところには無いように見える。諦めて御使いの犬と共に移動しようとした、その時だった。
御使いの犬は、紙とペンを持っていた。紙には荒い筆跡で
『私は御使いです わけあってお助けします 名前はありません』
と、書いてある。多少汚いが、書かれている文字は日本語だし、右手に握られているのは油性ペンだ。
「…凄いな…なんなんだお前一体…」
そう尋ねると御使いの犬は手に持った羊皮紙に書かれた文字を全てなにかの力によって消し、そこに文字を書き始めた。
「なになに…?『アマトさまと同じようにここに呼ばれただけです』かぁ…なるほどね」
天人は顎に手を当てて、考えるジェスチャーをとった。すると犬はまた紙に文字を書き、彼に見せた。
『とりあえず近くの村を目指しましょう』
「近くの町?あるの?そんなの」
『ここから南に進んだところに小さな集落があります』
犬は、そう言うと天人から見て左側を指した。
「なるほど、そっちにあるわけね。案内してくれる?」
『分かりました』
犬の持っていた羊皮紙とペンは黄色い煙と共に消え、犬は彼の前を歩き始めた。
「そういや、お前たしか名前無いんだっけ。…そうだな、クォーツなんてどうかな?」
天人は好きな宝石の名前を挙げた。すると犬はしっぽを振りながら天人に向かって元気よく吠えた。
「気に入ったみたいで嬉しいよ。行くか、クォーツ」
天人とクォーツは、緑の冴える森の中を抜けていった。
――森を抜けるとそこには、道のようなものがあった。天人は遠くに、建物らしきものを見つける。
いくつかポツポツと建てられているようだった。天人はクォーツと顔を見合わせ、サムズアップをする。
その時だった。村と反対側、二者から見て左前の方で、不自然な風のような音がした。ゴウゴウと音は聞こえるが、それほど強い風は吹いていない。
紫色の光の粒のようなものが見えた。
「クォーツ、後ろに」
すぐさま天人はクォーツを自分の後ろに下がらせる。このいかにも怪しい感じは、不吉なことが起きるという直感を天人に与えていた。
二者はその光を見ていた。光の粒はだんだんと大きくなり、人の形を成していく。
「なんだアレ…モンスターか…!?」
こんな中世ヨーロッパっぽい雰囲気の中、摩訶不思議な経緯で現れるのはモンスターや魔物のたぐいだとRPGでは相場が決まっている。
「味方か雑魚であってくれ…!」
トサッ。生まれた人型のソレは、そのまま地面に倒れ込んだ。幸か不幸か、よく伸びた芝のような植物がクッションのように受け止めた。
「だ、大丈夫…なのか?」
光の粒から生まれたのは、女性だった。赤紫色の鎧を着ており、背中には剣を背負っている。また、彼女の髪の毛も同じような赤紫色であり、切り揃えられたショートカットだ。
クォーツは彼女の事を前足で揺さぶった。
「お、おい待てクォーツ…敵かもしれないんだぞ」
だが、なおもクォーツは彼女を揺さぶり続ける。
「なんだ…?」
天人は彼女と目が合った。彼女は瞬く間に天人達と距離をとり、背中の剣に手をかけた。
「何者だ、お前達は…!」
「あ、え、えっと…俺は天人…こいつはクォーツ…」
指さしながら、天人は震える声を張りながら自分達を紹介した。
「私はアトリアだ。何が目的だ」
「目的も何も…俺はアッチの村に行こうとしてたら…なんか光ってて…」
「…プルメリアに?お前、勇者の類では無いな?」
勇者。その言葉を天人は、死ぬ前にたくさん聞いた。RPGにおける、魔王や破壊神、悪魔といった敵を倒して世界を救うことを目指す、主人公でありプレイヤーの分身だ。
そうか、この世界でもそんな感じなのか。そう気付いた天人は、手と首を振りながら全力で否定した。
「ち、違うよ!俺にはそんなのできっこないし…」
「できっこない?お前、力があれば勇者になると言うのか?」
アトリアは件を勢いよく引き抜き、そして構えた。刃は真っ直ぐ天人達の方を向いている。
「あんな野蛮な行為をするものがまだいたか…魔王様のことは私が守る!その為にもお前達にはここで諦めてもらうぞ!」
「ま、待ってくれ!俺達もよく知らなくて…」
「人はマナから生まれないことくらい知っている!」
アトリアは走り出した。振り上げながら天人へ向かってくる。
「ヤベぇ、斬られ…」
天人は顔を守るようにしながら目を瞑った。しかし刃は降りてこず、代わりに大きな金属音が響いた。
目を開けた天人の前には不思議な光景が広がっていた。長細い六角形の金属板のようなものがハニカム構造のように敷き詰められており、壁のようになって天人とアトリアを隔てていた。
「なんだコレっ…!?」
その金属板は純白だが、金色の縁取りが入っており、各頂点の辺りには装飾が入っていた。
『天人さんの能力です。彼女を落ち着かせましょう』
横を見るとクォーツがそう書いた紙を見せてきていた。天人はクォーツの目を見て頷いた。
天人は、この金属板を知っていた。というよりも、自身のものだという確信があった。なぜなら、これはかつて天人が自由帳に描いた空想を具現化したそのものだからだ。
「イージス…まさかこんなことがあるなんて…!」
天人は目の前の盾壁を使ってアトリアを吹き飛ばし、距離を取らせた。
「ちょっと手荒に行くぜ」
天人は何も無い空中から白い棒を取りだし、アトリアの剣を目がけて槍投げの選手のように投げた。だがアトリアはそれを弾く。するとその棒は不自然に空中で挙動を変えて、死角から彼女の武器を手から飛ばした。
天人は手を握りしめた。棒は消え、四つの球が現れる。それを遠くから糸で引くように手を動かすと、球は彼女の手足を捉えた。
「なっ…!?」
アトリアはバランスを崩し、そのまま地面に倒れ込んだ。かけよると、彼女は天人を睨みつける。
「力を貸してください」
高い声がする。天人はその声のする方へ目をやった。左下だ。
「お願いします」
そう言ったのは、クォーツだった。
ラスト雑かもしれません…コメントください