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おしゃべり貴公子はあの子に好かれたい

作者: ののめの

「顔はいいけど中身が大変おもしれー男」が好きなので、そういう男を書きました。

顔の良さでチャラにできないくらいの愉快さを抱えたおもしれー男(ギャグ的な意味で)がお好きな方はどうぞお楽しみください。

 王都の守護を担う輝かしき王国騎士団には、「王国騎士団の至宝」の二つ名で知られる団員がいる。

 

「王国の赤獅子」として畏怖される団長と「鷹の目」と呼ばれる副団長に次いで異名を持つその団員の名は、エーリクという。王立士官学校第四十三期卒業生にしてイェルド男爵家の三男坊であるエーリクは、至宝の名に恥じぬ麗しい容貌の持ち主だった。


 うなじで緩く結って流した髪は陽光にきらめく白金色、長い睫毛にけぶる瞳はサファイアのように濃く深い青。すっと通った鼻梁も淡く色付いた唇も神が手ずから作りたもうたような完璧な造形で、そして計算され尽くした美しいバランスで輪郭の中に配置されている。

 ともすれば美女と見間違えそうなその花のかんばせに、王都の護り手たるべく課される過酷な訓練によって鍛え上げられた肉体と日に焼けた肌によってたくましさが加われば、儚げなだけでは出せぬ男の色香が存分に醸し出される。

 そうして美麗でありながらも男らしさを備えた、美男の究極形の如きエーリクは瞬く間に王都の女性達の心を掴み、その美貌を一目見ようと王国の各地から訪れた女性が王国騎士団の公開演練に群がる社会現象すら巻き起こした。


 微笑めば花が咲き、口を開けば爽やかな風が吹く、と噂の美貌の騎士エーリクには王国中の女性が老いも若きもメロメロにされていたが、その伴侶の座は未だ空席のままで。自分もあの方の隣にいられたら、と夢想する乙女は後を絶たず。

 しまいには「私はあの方の妻になるの」と本気で考えて婚約を拒否したり婚約者との仲がこじれる貴族令嬢も現れ始め、事態を重く見た国王は騎士団長に指示を下した。

 早急にエーリクに身を固めさせ、ガチ恋勢の目を覚まさせよ——と。

 

「そういうわけだ。実家の伝手で良い見合い相手を探しておいたから、さっさと結婚して馬鹿げたブームを終わらせろ」

「はあ」

 

 疲労を滲ませた顔の騎士団長から釣書を手渡されて、エーリクはぱちぱちと目を瞬いた。

 

 エーリクも自分がまあまあモテているという自覚はあったが、まさかそんな弊害が出るほどに世の女性を魅了しているとは思わなかった。

 そりゃ確かに士官学校時代に同期に誘われて娼館に行ったら上から下への大騒ぎになって一晩遊ぶどころではなくなり泣く泣く帰ったなんてこともあったが、まさか若いお嬢さんを血迷わせる事態になっていようとは。俺の顔が無駄にいいばかりに申し訳ない、とエーリクは迷惑を被っているであろう人々に心の中で詫びた。


 しかしそれにしたって結婚とは——と、釣書を眺めてエーリクは渋い顔をする。エーリクだっていっぱしの男なので結婚願望はあるが、これ以上世の女性を惑わせないためになどという理由で結婚するのはなんだか嫌だし、相手にとっても失礼だろう。

 

「あの。俺が貴公子でもなんでもないってバラしちゃえばブームは冷めると思うんですけども」


 何も結婚までしなくとも、要は世間の熱を引かせればいいのだ。麗しの貴公子と崇め奉られているエーリクだが、その内面は貴公子とは程遠いことは団員ならば誰もが知っている周知の事実だった。

 黙っていれば美術品の如く美しいエーリクは、実はとんでもないレベルのおしゃべりである。一度舌が回ればなかなか止まらず、立板に水どころか滝から流れ落ちる激流のごとくガンガンと喋りまくる。

 放っておけば何時間でも喋り続けるような性格だから、騎士団内では「口を開けば爽やかな風が吹く」なんて世間のイメージと絡めて「黙れば輝き、微笑めば花が咲き、口を開けば大嵐」などと揶揄されている。

 そんな実情をつまびらかにすれば、世の乙女達も百年の恋から即座に覚めるはずだ。イメージを崩さぬよう外ではおとなしくしていろと日頃から言い含められていたものの、実害が出ているなら真実を明かすべきではないか。そう思って提案したエーリクだが、しかし騎士団長は深い溜息と共に首を横に振った。


「自分がどれだけ人を狂わせているのか、もう少し自覚しろ。お前が理想の貴公子でないと知れば世を儚んで命を断つ令嬢が続出するぞ」

「そんなにぃ⁉︎」

 

 思ったより闇の深いガチ恋勢の実情に、エーリクは顔を引きつらせて戦慄する。いくらなんでも愛が重すぎではなかろうか。というか、そこまで愛が重いんなら理想から外れたエーリクのことも少しくらいは受容してもらいたい。愛してるのは理想の貴公子様であって現実の俺はどうでもいいのか、とエーリクはちょっと拗ねたい気分になった。


「そういうわけだから、とっとと伴侶の募集を締め切れ。夢見る乙女は離れるかもしれんが、愛妻家キャラで売れば大人の女性からの支持率は保てるだろう。無論、奥方が熱狂的なファンから刺されんように警護はつける」

「あのー、俺の意思は……?」

「悪いがお前は社会現象の中心だ。下手に動けば億単位の経済的損失が出る。お前がむやみやたらとモテるおかげで好景気に沸いている人々もいるんだ」


 諦めろ、と言外に滲まされて、エーリクはがっくりと肩を落とす。確かにエーリクを一目見ようと王都に来る女性客が多いおかげで王都とその近郊の宿場町が潤っているという話は聞くし、遠隔地に住む女性はエーリクの似顔絵を代わりに拝むので似顔絵が飛ぶように売れているらしい。その収益がちっともエーリクに入ってこないことを除けばなんともめでたい話だ。


「まあ、こちらの都合で身を固めさせるわけだからお前にとって良い縁談を用意したつもりだ。先方も幸い乗り気だし、上手いことやれよ」


 くれぐれも、いつものおしゃべりを発揮して早々に嫌われてくれるなよ——と。ぎろりと圧を込めて睨む団長に、エーリクは不承不承ながらも頷いたのであった。


 団長が用意した見合い相手はフュードル男爵家の三女という、奇しくもエーリクと似た生い立ちをした女性だった。


「初めまして。ティアナ・フュードルと申します」

「エーリクです。本日はよろしくお願いいたします」


 見合いの席としてあつらえられたフュードル家の屋敷の庭で互いに挨拶を交わし、テーブルを挟んで向かい合う。

 対面したティアナ嬢は「エーリクに熱を上げていないのが決め手だった」と団長が言う通り、エーリクを前にしても特に浮かれた様子もなく、若干の緊張は見られるものの落ち着いた態度でいる。それがエーリクには新鮮でもあり、ありがたくもあった。


「フュードル様は、この縁談が設定された理由をご存知ですか」

「ティアナで結構ですわ。エーリク様が大変女性に人気があるので、早急に身を固める必要があるのですよね」

「大変馬鹿らしい理由で誠に申し訳なく……」

「いえいえ。私もちょうど嫁ぎ先を探していたのですし、むしろありがたく感じていたのです。こんな田舎の男爵令嬢にお声掛けいただいてむしろ光栄なくらいですわ」


 深々と頭を下げるエーリクに、ティアナは気にしていないと言いたげに微笑んで。そこからはつつがなく見合いは進行した。

 エーリクはなるべく貴公子のイメージを崩さぬように言葉少なに、かつ上品にを心がけていたので、会話の主導権はおのずとティアナが握る形になった。

 ティアナから出る話題は自領で採れるカボチャの品評会を開いたとか、仔馬が産まれて可愛くて仕方ないとか、薔薇の刺繍をしていたら赤の糸が途中でなくなって代わりにピンクの糸を使ったので二色の珍しい薔薇になったとか、ほほえましいものばかりで。貴族らしからぬ素朴な雰囲気のティアナに、エーリクは好感を抱き始めていた。


 一応騎士爵という爵位を持っているとはいえ、騎士の生活水準は裕福な平民と変わりない。故に貴族のお嬢様では厳しいと思っていたのだが、話を聞く限りフュードル家は「贅沢をする金があるなら領のために使う」がモットーで、貴族でありながらも慎ましい生活を送っているらしい。

 それにティアナ自身も嫁ぎ先が見つからず他家に働きに出ることになってもいいようにと、日頃から使用人の仕事を手伝っているので家事もできるようだ。団長もいい物件を見つけてきたもんだ、とエーリクはここにはいない団長を心の中で拝んだ。


 だが、ティアナと結婚するのであればエーリクは自分を偽らねばならない。天性の美貌を台無しにするレベルのおしゃべりには、きっと彼女も閉口するだろうから。そう考えると久々に感じる胸のときめきに浮かれていた心は鉛のように重く沈んだ。


「エーリク様は騎士でいらっしゃるのですよね。よければ王国騎士団のお話も伺いたいです」

「ああ、はい。面白い話はできませんが、それでもよければ」


 ティアナに話を請われて、エーリクは口が回り過ぎないように細心の注意を払いながら王国騎士団の実情を語り聞かせた。士官学校での鬼のようなしごき。それをくぐり抜けた後の入団試験の厳しさ。なんとか試験をパスして入団した後に、試験官だった副団長に「顔を見た瞬間落としてやろうかと思ったが、実力があったので仕方なく入れた」と言われたこと。入団して以降はさらに厳しい訓練が待っていたけれど、士官学校で慣れていたので案外なんとかなった話。ティアナはその全てに耳を傾けて、きらきらと目を輝かせていた。


「エーリク様はお話がお上手なのですね」

「いや、そんなことは。騎士が口が上手いところで何にもなりませんよ」

「ご謙遜を」


 くす、と微笑むティアナの顔は愛らしくて。その瞬間にエーリクは、やはり彼女には嫌われたくない——と一層強く思った。

 ティアナは不美人か美人で言えば美人ではあるが、きらびやかな美人ではない。萌葱色の丸い瞳に小さな鼻と品の良いふっくらとした唇が配置された卵型の顔はどことなくこぢんまりとした印象を受け、そこにダークブラウンの髪が合わさればたちまち全体の印象は「地味」の一言で塗り潰される。

 だが、それがかえってエーリクには心の安らぎを与えた。なんせ綺麗なだけの顔なら毎日鏡で見ているのだ。自分にはない素朴で慎ましい可愛らしさ、野に咲く花のようにいじらしく可憐な魅力はエーリクの心を鷲掴みにして離さなかった。


「ティアナ様は、お可愛らしい方ですね」


 思わず呟くと、ティアナがぽっと頬を染めて俯く。「ありがとうございます」ともごもごと伝える声すらも可愛らしくて、エーリクは今すぐにでも目の前の可愛らしい生き物を抱き留めてその愛くるしさを力説したい欲を必死でこらえた。


 その後エーリクとティアナの縁談がまとまり、二人は一年の婚約期間を設けて結婚する運びとなった。


 見合いを終えて騎士団に戻った後、エーリクは団員から質問責めを受けた。見合い相手はどうだったとか、結婚はするのかとか、おしゃべりは抑えられたかとか、矢継ぎ早に飛んでくる質問の雨にエーリクは弁舌の大嵐で返し、見合いの成果を知りたがった団員達を閉口させた。


「とにかく相手の子が可愛くってさあ。貴族令嬢ってもっとお高くとまって澄ましてるもんだけど、それがないんだよ。素朴で純真で、でも品が良くって超可愛いの。団長はどこからあんな宝石を見つけてきたんだって話だよ。いやマジで団長だけあって見る目が違うって思ったね。伊達に人の上に立ってないってか」

「わかったわかった、もういい、わかったから」


 こんな調子で聞かれたこと以上にべらべらと喋りまくり、聞かれていなくてもティアナが可愛いということを方々で喋り散らしたものだから、少なくともエーリク目線では見合いが上手くいったということは団内で周知の事実となった。

 その一月後、エーリクの元にティアナから手紙が届いたことでエーリクのトークの勢いはさらに増した。

 手紙の内容はこうだ。一度騎士として働くエーリクの姿を見ておきたいので、王国騎士団の宿舎と訓練場を見学しに行きます。どうか騎士の皆様にもよろしくお伝えください——


「彼女が可愛いからって手を出すなよ、俺の婚約者なんだからな。あと俺がおしゃべりって話は秘密な、秘密! あの子には隠してるんだから! 口外厳禁で頼むわ!」


 そう頼んで回るエーリクの姿を見て、「お前が一番口が緩くて心配なんだよなあ」と団員達は揃って呆れ顔をしたという。

 そして手紙が届いてからさらに一月後、とうとう噂のティアナが王国騎士団の訓練場に姿を現した。よそ行きの貴公子の皮を丁重に被ったエーリクはティアナをエスコートして敷地内を連れ回し、口数を抑えながらも巧みにティアナを自慢して回った。


「それが噂の婚約者か?」

「そうだ。可憐で素敵だろう?」

「確かに可愛いけどなあ」

「ちょっと地味じゃね?」

「聞こえてるぞそこ。首をはねられたいか」

「こっわ」

「落ち着いた子じゃないか。きっといい嫁さんになるぞ」

「見る目があるな。だがいやらしい目を向けたら抉るぞ」

「目をか? しねえよ、しまえ殺気を」


 こんな調子でなるべく貴公子の顔を維持しながら、しかし牽制は欠かさずにエーリクはティアナを案内し、一通り訓練の様子を見せた。サービスでエーリクと他の団員による模擬戦も披露すれば、彼女は目を輝かせて喜んでくれた。


「やはり王国騎士団ともなると訓練の様子だけでも迫力がありますね。非常に統率が取れていて、まるでひとつの生き物のよう」

「我々は王都の護り手ですから。民のみならず陛下の御身もお預かりしている以上は手は抜けませんよ」

「さすがですわ。でも、統率が取れているだけでなく団員達の結束も強いのですね。私のことを他の団の方もご存知なくらいですから」

「そ、れは、ですね……」


 唐突に痛いところを突かれて、エーリクは視線を泳がせる。王国騎士団は第一から第四までの団に分かれているのだが、ティアナに訓練場を見せている折にはエーリクが所属している第一騎士団の面々のみならず通りがかった第二から第四騎士団の団員まで「それが噂の婚約者か」「お熱いねぇ!」とヒュウヒュウピーピーと野次を飛ばしてきたのである。

 これも全てはエーリクが持ち前のおしゃべりでよその団にまで婚約者のことを喋って回ったせいなのだが、そんな不名誉な事実を知られれば確実に幻滅されてしまう。俺の舌がよく回るばっかりに、と過去の己の軽率さを悔いながらも、エーリクは苦肉の策を出すことにした。


「非常に口の軽い団員がいて、私から聞き出した話をあちこちに言いふらして回ったのですよ。おかげでティアナ様のことが騎士団中に知れ渡ってしまったようで」

「まあ、そうなのですね」

「本当に申し訳ない。あいつのおしゃべりがなければティアナ様もいらぬ注目を浴びずに済んだでしょうに」


 いかにも他人事のように語るエーリクに、「いやそれお前のことやろがい」とその場に居合わせた団員達が視線を送る。無言の指摘に「うるせえ黙ってろ」とエーリクが流し目で圧をかけてからティアナに向き直れば、彼女は穏やかに微笑んでいた。


「よければ、その方のお話を聞かせていただけませんか? エーリク様が日頃どんな風に、どんな方と過ごしているのか、少しでも知りたいのです」

「え、ええ、はい……つまらない話しかありませんが」


 請われるままに、エーリクはぽつぽつとおしゃべりの団員の——実のところは自分のエピソードをティアナに語り始めた。

 他の団との連絡係を任された時に、業務上の連絡だけでなくしょうもない世間話も織り交ぜて喋り続けたので帰りが遅いと見に来た仲間に呆れられ、後で副団長に殴られたこと。士官学校時代、教官に説教をされている時に「真面目に話を聞いているのか」と言われ、聞いていたことを証明するためにお説教の内容を一から十まで教官のモノマネも混ぜながら朗読したらますます怒られたこと。喉の調子が悪い日も構わずおしゃべりを続けたため上手く声が出なくなり、それでも掠れた声で延々と喋っていたので口が開かないよう顎の下から脳天までをぐるりと布で巻かれて医務室にぶちこまれたこと。なるべく笑い話になるエピソードを選びながら話せば、ティアナは当初上品にくすくすと笑っていたが、次第に笑いをこらえきれなくなったのか小刻みに肩を震わせ、ついにはぷはっと小さく吹き出すまでに至った。

 

「愉快な方なんですね、その騎士様は」

「え、ええ……そそっかしくて、おしゃべりが過ぎるものだから皆から呆れられていますがね。ただまあ、おかげで妻や子供に聞かせる話の種に困らないと言う者もいるようで」

「ふふ、そうでしょうね。聞いているだけで笑顔になりますもの。そんな方が一人いらっしゃると、張り詰めた雰囲気も自然と和やかになるものですわ。私の領地の騎士団にもそういったムードメーカーがいて、彼のおかげで士気が保たれることもありますの」

「そう、なのですか……」


 ティアナの言葉はあくまでエーリクではない「おしゃべりの騎士」という他人にかけられたものであったが、まるで自分がティアナに肯定されたようでエーリクはほんの少し温かい気持ちになった。


 それから、手紙を交わす度にティアナはエーリクから「おしゃべりの騎士」の話を聞きたがり、エーリクはそれが自分のことであるという一点以外は包み隠さずに直近のエピソードを書いて手紙を送った。


「私もいつか、その騎士様にお会いしてみたいです」


 ある時ティアナからの手紙に添えられていたその一文に、エーリクの胸はちくりと痛んだ。

 おしゃべりの騎士とエーリクは本当は同じ人間であるはずなのに、彼女の中では別人でしかなくて。自分ではなくおしゃべりの騎士にティアナの関心が向けられることに、妬ましさを感じずにはいられなかった。


 そうして、結婚式を数日後に控えた夏の日のこと。先んじて密かに王都入りしたティアナは式のリハーサルのために王国騎士団の詰所を訪れていた。

 リハーサルのための簡易式場は詰所の中に設けられているのだが、その前に騎士達の様子を見て回りたいと希望するティアナのためにエーリクは案内役を買って出て、訓練場まで彼女を連れ出した。


「今は第二騎士団の方々がいらっしゃるのですね」

「ええ。第一騎士団の調練はリハーサルが終わった午後から始まるので、よければ見に来られませんか?」

「まあ、本当ですか! もう一度エーリク様が剣を振るう姿を拝見したかったのです」


 そんな風にエーリクとティアナが歓談を交わしている間に第二騎士団の調練が終わり、ふたりは瞬く間に第二騎士団の面々に囲まれた。


「お前、本当に貴公子の皮被ってんだな」

「いつまでもつんだその顔」

「俺は三ヶ月で離縁されるのに賭けるね」

「じゃあ俺は一月」

「口を閉じろ馬鹿野郎共。彼女に聞かれるだろ」


 わらわらと群がってはエーリクのよそ行きの顔を面白がる団員達をあしらいながら、エーリクはちらりとティアナの様子を窺う。ティアナはエーリクよりはずっと丁重な扱いを受けているようで和やかな会話が漏れ聞こえてくるが、「おしゃべりの騎士」の名が彼女の口から出ると皆微妙な顔をして言葉を濁していた。


「そこまでにしておけ、彼女が話し疲れてしまうだろう」


 エーリクが第二騎士団の連中とティアナの間に割って入れば、「せっかく楽しく話していたのに」と若い騎士達がぶーぶー不満を漏らす。俺の婚約者だぞ、と睨みをきかせてからティアナの手を引いて訓練場を出れば、「お幸せに」という特大の野次が背中に飛んできた。


「すみません。貴族の出が多いとはいえ男所帯なので自然と品が薄れてしまうのですよ」

「いいえ、賑やかで良いではありませんか。厳しいだけでは息が詰まりますし、朗らかな空気があった方がおのずと居心地も良くなるというものです。きっと、おしゃべりの騎士様のように楽しい方がたくさんいらっしゃるからあんな風に和やかな雰囲気が出るのでしょうね」

「……そう、でしょうか」


 おしゃべりの騎士。その名前がティアナの口から出る度に、エーリクの胸は小さく痛む。

 本当は自分であるはずなのに、その存在がひどく遠くて、彼女に好意を持たれていることが憎らしくて。時々、恨めしくもなる。


「ティアナ様は、あいつのことをいたく気に入っておられるのですね」


 ぽつりと呟くと、ティアナは花が咲いたように微笑む。その愛らしい笑顔さえもおしゃべりの騎士に向けられる好意の大きさを示しているようで、目を逸らしたくなった。 


「ええ。だって、おしゃべりの騎士様はエーリク様なのでしょう?」

「えっ」


 一瞬、何を言われたのか理解ができなかった。数秒置いてから全てバレていたのだと、今まで話してきたおしゃべりの騎士の馬鹿話と自分のイメージが彼女の中で結びついているのだと察した瞬間、エーリクは声にならない悲鳴を上げた。


「気付いておられたのですか!?」

「ええ。今日、騎士団の方々にお話を伺ってなんとなく察したのです。皆様「本人の名誉のために」と言葉を濁しながらエーリク様の方をちらりと見ておられましたし、猫を被っているというお話も聞こえましたから」


 ——あいつら! と、エーリクは第二騎士団の面々を頭に思い描いて歯ぎしりをした。「目は口ほどに物を言う」という言葉もあるが、人のことを散々おしゃべりだの口が緩いだのと言っておきながら奴らも大概態度がおしゃべりではないか。

 終わった、完全に終わった、と頭を抱えるエーリクであったが、幻滅されるとばかり思っていたティアナの態度は意外にも柔らかかった。


「本当は最初にお会いした時から、エーリク様は皆が言っているような理想の貴公子ではなくて、もっと親しみやすくて楽しい方ではないのかと思ったのです。それにエーリク様はおしゃべりの騎士様のことを話す時、とても楽しそうにしていらして……きっとエーリク様もお話をすることが好きだから彼に親しみを持って話しているのだと思いましたけれど、お話を聞くたびにだんだんとエーリク様のことではないか、と考えるようになって。そうだったらいいな、とずっと願っていたのです」

「……いいのですか。情けない話ばかりを聞かせたと思うのですが」

「いいえ。ユーモアがあって素敵な話ばかりではありませんか。それに、誰とも仲良くして愛されていらっしゃることがお話からよく伝わりましたわ」


 誰からも愛される。そんなこと、思ったこともなかった。世の女性全てが恋をしていると言われているエーリクにティアナがさほど興味を示さなかったように、エーリクに好意を持たない人間もいる。昔からエーリクの美貌をやっかんで嫌う同性は少なくなかったし、騎士団内にもそうした派閥は存在する。

 けれど。現実とは違ったとしても、そうティアナが認識してくれているというだけで、エーリクはなんとなく嬉しかった。


「私……いや。俺はあなたが思っている以上におしゃべりで、そそっかしくて、色々と足りない男です」

「構いませんわ、それでも。少しくらい欠点がある人の方が愛おしいものです」

「今まであなたに聞かせたもの以上に情けないエピソードなんて、それこそ山のようにあります」

「でしたら聞かせてください。あなたの口から、あなたの本当の姿を、もっともっとお聞きしたいのです」

「長くなりますよ。本当に、今までとは比にならないほどに」


 重ねて念を押すエーリクに、ティアナは「どんと来い」と言わんばかりにふっと目を細めて手を差し出す。エーリクはその手を取って、これまで「おしゃべりの騎士」のエピソードを選ぶ上で弾いてきた自分の話を語り始めた。


 子供の頃、あまりにもおしゃべりだから無駄口を叩く度に教育係に尻を叩かれていたけれど、それでも喋るのを止めないから叩く手が痛くなった教育係が根負けしたこと。士官学校時代に娼館に初めて行ったものの、遊ぶどころではなくなって帰らざるを得なくなったのが本当に悔しくて、同室の仲間とのおしゃべりで憂さを晴らし、仲間が寝落ちしてもなお喋り続けたので翌朝眠たい目を擦ってガサガサの声で訓練に出たこと。エーリクを嫌う騎士が失言を誘って処分させるために酒の席でやたらと酒を飲ませてきたが、酔っ払ってより舌の回るようになったエーリクに絡み倒されてその騎士はもう二度とエーリクに関わらなくなったこと。口が温まって雨あられの如くおしゃべりを炸裂させるエーリクを、ティアナは温かい眼差しで見守ってくれて。帰りが遅いことを心配して様子を見に来た団員は、ティアナと肩を寄せ合って座りながら自慢の舌をフル回転させるエーリクの姿に特大の呆れ顔をした。


 そうして副団長の拳骨の後に簡易式場まで連れ戻されたエーリクは、リハーサル用の仮衣装に身を包んでティアナと向き合った。


「新郎エーリク。汝は病める時も健やかなる時も、妻を心から愛すると誓いますか」

「はい。誓います」

「新婦ティアナ。汝はこの顔は良くても中身が大馬鹿野郎な口ばかりよく回るすっとこどっこいを心から愛する自信はありますか」

「はい。生涯彼を愛すると誓います」


 神父役の副団長の前で誓いを交わした二人は、口付けの代わりに額を合わせて微笑み合い——その様を、第一騎士団の面々が生暖かい眼差しで眺めていた。


 数日後、厳重な警備の中で執り行われたエーリクとティアナの結婚式は何事もなく終わり、晴れて二人は夫婦となった。

 王国騎士団の至宝の結婚という一大ニュースに王国には激震が走り、多くの乙女が涙で枕を濡らしたが、理想の貴公子から愛妻家かつ子煩悩の良き父親というイメージに舵を切ったエーリクは、女性のみならず男性からも一定の支持を集めた。

 公の場であっても妻や子供の話になると相好を崩して饒舌になるエーリクの姿を見て、「理想の貴公子も家庭を持つと変わるものだ」と民衆は口々に囁き合ったという。

◆エーリク


王国騎士団第一騎士団の若き俊英にして、王国美男ランキング殿堂入りの絶世の美男であり、口がアホほどよく回る恐怖のマシンガントーク男。

好きな子の前では見栄を張りたいけど、でもありのままの自分を受け入れてもらいたい気持ちもあるタイプ。


好みのタイプは素朴な人の良さがある子。故にティアナはドストライクだった。

ティアナと結婚した後は一男二女に恵まれ、笑い声とおしゃべりの絶えないにぎやかな家庭を築いた。



◆ティアナ


フュードル男爵家三女。上に兄一人と姉二人、下に弟が一人いる。

そう裕福でもない家なので持参金のいらない平民に嫁ぐか使用人として他家に働きに出ることを考えていたが、親戚の縁伝いに団長からエーリクとの見合いを勧められたことでエーリクと出会う。


好みのタイプは優しくて面白い人。完璧な人間よりは多少欠点がある方が親しみやすくて安心できると思っているので、理想の貴公子と評判のエーリクにはあんまり興味がなかった。

見合いの席で本来のエーリクを垣間見たことで「おもしれー男…」とエーリクを気に入り、めでたくゴールイン。結婚して貴族令嬢でなくなって以降は、エーリクのマシンガントークに腹を抱えて笑っているらしい。



◆騎士団長


第一騎士団の団長。ティアナとは妹の夫の母方の従姉妹という関係。

短く刈った赤髪にエグいほど彫りが深く迫力のある顔をした、ライオンとオーガの合いの子のような男。


ティアナならエーリクが実はおしゃべり馬鹿野郎だとわかってもワンチャン受け入れてくれるかも、と思って見合いをさせたら予想以上にいい夫婦になってくれてホッとしている。



◆副団長


第一騎士団の副団長。

焦茶色の髪に金色の目をした鋭い容貌の男。

際限を知らないおしゃべりマシーンであるエーリクを度々鉄拳制裁する役目を負っており、さながら先生と問題児のような関係にある。

なのでエーリクの結婚式では「あの頭パッパラパーの口先無限回転男を夫にもらってくれる人ができたなんて」と不覚にもうるっときてしまったとかなんとか。



◆王国騎士団の騎士達


第一〜第四騎士団に分かれ、それぞれ交代制で職務にあたっている。

作中に(エーリクの話以外で)登場した騎士はエーリクに好意的な層である。エーリクも語っている通り全員に好かれているわけではないが、国宝級の顔に反しておしゃべりでアホで愛嬌のあるエーリクを面白がって仲良くする者も多い。

エーリクが結婚して以降は、いつものおしゃべりに妻とののろけや子供の話が混ざるのを少々鬱陶しく思いながらも話に付き合ってやっているそうな。

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