儀式 四
「睦美がこの旅館に・・・」
「どうやら竹の部屋に泊まっていたみたいだねぇ」
僕はそれを聞いて一目散にその部屋へと向かって走っていた。扉の前まで着き、急いで開けようとするがびくともしない。
「鍵掛かってるのか!!」
「落ち着きなよ、桜田君」
階段をゆっくり登りながら追いついてきた梅貝さんが、なだめるように言った。
「僕は一刻も早くこの部屋に入らないといけないんだ!」
「焦る気持ちは分かるけど、そんなんじゃ見えるものも見落としちゃうよぉ?」
シャラシャラと金属音を鳴らす何かを指で回しながら、僕の顔を覗き込む。回されていた指は止まり、持っていた”それ”を僕の顔の目の前まで差し出した。よく見るとそれは鍵束だった。
「はい、鍵。今日は誰も泊まってないから、閉まっているよ」
「・・・すみません」
「良いの良いの」
梅貝さんは竹の模様が掘られた鍵を探し、扉を開けた。すぐに入らず、深呼吸して戸に手を掛けた。音を立てないように、ゆっくりと開くと___
「・・・特に何もない?」
僕の泊まっている梅の部屋より少し小さいが、それ以外特に変わったところはなさそうだ。
「いや、何か起きてたみたいだねぇ」
「え?」
梅貝さんは畳のある一点を指さした。なぜ指摘されるまで気付かなかったのか、自分でも不思議なくらい大きな黒いシミがあった。
「これは汚れでしょうか?」
「現時点では何の汚れか分からないかなぁ。事件性ありなら警察に通報できるけど…」
事件性。その言葉を聞いて背筋が凍った。もしかして睦美の血痕じゃあ・・・?僕は良からぬ想像を振り払うかのように、辺りを見渡した。ぱっと目についたのは押し入れだった。
押し入れを開けるが、特に変わったものはなかった。上段に布団が、下段に座布団が置かれている。
「・・・どこかにあるはず」
僕の後ろにいた梅貝さんが何かを呟いた。振り返ると梅貝さんは、机の付近に立っていた。
「何がですか?」
僕の言葉が聞こえていないのか、何かを考え込んでいる。しかしすぐにスッと僕の目の前までやってきた。
「少しどいてくれるかい?」
そう言われてサッと押し入れの前から離れると、梅貝さんは下段の座布団を全て外へ取り出した。
「何してるんですか?」
「ちょっと待っててねぇ。あるとしたらこの押し入れぐらいしかないからさぁ」
下段に潜り込みながら梅貝さんは返答した。スマホでライトを点け、中を調べているようだ。
「・・・!あった!」
そうして梅貝さんはライトを消し、手に何かを持って押し入れから出てきた。
「机の上のメモ帳に何か書いた跡があった」
梅貝さんはポケットから紙を取り出した。それは鉛筆で黒く塗りつぶされており、黒い部分に白い文字が浮かび上がっていた。全体的に何が書いてあるのかはっきりとは読めないが、文章らしきものが書かれているのが見て取れた。そして・・・
「この下に書いてある文字・・・!」
”桜田伊吹”その文字だけはしっかり浮かび上がっていた。
「もしかしたら睦美さん。ここで君宛にメッセージを残しているかもと思ってね・・・そしたらビンゴだぁ」
もう片方の手の中にある紙を僕に見せた。
二人でその紙の中身を読むと、僕にとって想像したくなかったことが書かれていた。
朝霧睦美
私はXX大学の朝霧睦美です。これを読んでいる時には、私は死んでいるかもしれません。なのでこれを読んでいるあなたに、調べて欲しいことがあります。にわかに信じがたいことですが、すべて真実です。
私はオカルトサークルに入っており、この場所にはフィールドワークとして調査しに来ました。私が聞いた話では、祠が壊され神主が祟りで殺された話が伝わっていたと聞きました。しかしそれはサークルの部長の嘘でした。部長は嘘を真実に変えたいらしく、祠を作り上げ神の眷属を召喚すると言い出したのです。
それでよく分からない儀式をやらされました。とても恐ろしく、気分が悪くなりました。それで私は儀式の途中で抜けさせてもらい、早めに旅館で休ませてもらったのです。しかし、その夜帰ってきた部員の様子がおかしかった。全員顔が真っ青で、何を聞いても口を閉ざすばかり。けれど、旅館のおばあちゃんから、神主さんが死亡したと聞いてもしや・・・と思い問いただすと漸く事情を話してくれました。
儀式が成功し、神主さんが亡くなってしまったと。私は警察に話をするべきだと伝えたが、こんな話をしても警察は信じないだろうということになり、結局警察に通報しませんでした。しかし、部員の一人のXX君が突然黒い粘性の大きな塊みたいなのは吐き出したのです。そして・・・すべて吐き終えるとXX君は、もう冷たくなっていました。
いよいよ警察に言うべきだと言ったけれど、部員皆なぜか躊躇っている。私がしびれを切らして警察に通報しようとすると、首を絞められてそのまま気絶してしまいました。気付いたら押し入れの中に閉じ込められたみたいで、今その中で書いています。もしかしたら、サークルの皆が神主さん殺しに関与しているのかもしれません。そして口封じに、私を殺すかもしれない。
これを読んだあなた、このことを警察に通報をお願いします。そして私の恋人の桜田伊吹にご連絡お願いいたします。電話番号:XXX-XXXX-XXXX
次の村は かぜみさき村
最後の文字は走り書きで書かれていた。
「事件性ありかなぁ・・・?」
「なら警察に!!」
「残念だけどこれだけじゃ無理だ」
「どうして!!」
「よくよく考えなよ。傍から見たらオカルトサークルの冗談とした受け取れらないだろう?」
「そ、それはそうだけど・・・」
「それより、この”かぜみさき村”に急いで行こう。君も行くだろう?俺の車に乗せてやるからさぁ?」
僕はその言葉に頷いた。
すぐに出発する準備に取り掛かり、荷物を持ってロビーに行くとすでにおばあちゃんと梅貝さんがいた。
早すぎるチェックアウトを終え、僕たちは二つ目の村へと向かった。