最終話
「はぁー」
今日もスレをチェックして、これといって目新しい情報もなくて、ちょっとトゲのあることを書く人も出てきて、遣り場のない鬱憤が溜息になる。当分スレを見るのはやめよ。
シュー君が消えてもう一ヶ月が過ぎる。
いい加減、禁断症状が出そう。こんなに依存するとは、あのころの私に教えたらどんな顔をするのやら。
初めては忘れようもない特別な日。クリスマス・イヴ。
独り身は街中を歩くだけで憂鬱になるのに、仕事もプライベートも上手くいかなくて荒れてしまった。特に人に語ることでもない。明らかに不機嫌な上司の八つ当たりを受けたとか、友人と思ってた人にマウントとられて自分の人を見る目のなさに嫌気が差したとか、誰にでもよくあること。
ちょっとしたイヤなことが重なって迎えたイヴの朝、シフトは昼からだからベッドでゴロゴロしつつ、気分転換になりそうな配信を探して偶然覗いたのがシューク・ベリームだった。
まだVtuberではなく、同接三人くらいでコメントはちらほら。FPSは始めたばかりらしく、普通に上手いが目立つ腕ではない。なにより上手くなろうとしている雰囲気がない。
「メリークリスマス、明日はケーキが安いよ安いよー、ケーキが欲しけりゃ鉛玉を食らわせればいいじゃない? イエスマム、マリーガトリンーグ。ルイ、あルイ、ルイヒゲ危機一髪。ずっと俺のターンだ怒りのアフガンエイドリアーン」
[なんでやねん]
空に浮くバルーンのような物をガトリングガンで撃ち落として、誰かしらに嫌がらせをしているらしい楽しそうな様子と、なにかしらサイコパス臭のする意味不明なセリフに思わずエセ関西弁でツッコんでしまった。
「お、初見さんメリクリー。キリストばっかズルいって仏陀がすねてるから灌仏会の覚え方をプレゼント。鍛冶師が仕事に失敗すると、火が強かった、と言う。ひがつよかった、しがつよかた、しがつようか、四月八日でお釈迦になる、メリーシャカシャカー」
[ダブルでバチあたれ]
やさぐれてたこともあってキツい言い方をしてしまったけど、シュー君はケラケラ笑ってボケ続け、つられて笑うほどではないにしても、ナーバスな気分は消えていた。
以後、最古参として毎日観てきた。私にワードセンスはないけど素早くツッコむことにやりがいを感じていた。
始めが男口調だったせいでなんとなく気恥ずかしくて元に戻せなくて、違和感のあるニキ呼びから変えていき、最後のほうはお前なんて言っちゃった。いや最後ではない。
チャンネルを開いて彼の最後の動画をタップ。初めて予定開始時刻を過ぎても現れず、数時間後に不意にあがったショート動画。
「始めに謝っておきます。ゴメンナサイ。この動画を観ているということは、俺はあるトラブルによって消息を絶ちます。詳しいことは話せません。この事態になった時はこの動画をあげるよう、弁護士に頼んでいました。このまま消えるつもりはないけど、復帰がいつになるのかは未定です。それまで遊んでもらうアプリを開発しておきました。もちろん無料、お気軽にどうぞただし自己責任でイッヒッヒ」
画面に表示されているサイトに飛ぶとアプリをダウンロード出来る。強烈に怪しいけど、私はもちろん既にやり込んでいる。
毎日遊んでいるこのアプリゲーム、はっきり言って性質が悪い。
『解釈一致』
ずんちゃっ、ずんちゃっ、と彼の口によるフザケたBGMとともに始まるこのゲーム、要は彼をどこまで知っているかのクイズだ。
『第一問 (でーれんっ) 大抵どもーから始まる俺のシュークリーム、一番入ってそうなのはどのベリー?』
でゅわっでゅわ、でゅわっでゅわ、と彼に煽られながら制限時間つきの選択肢ではなく文字打ち込み。私は正解をフリック入力。
ストロベリー
ぴこーん、と口による正解音のあと二問目へ。彼の意地悪さがお分かりだろうか? イチゴは不正解、どのベリーと聞くからストロベリー。そして恐ろしいのは、ストロベリーと入力しても不正解の時がある。
一番入っているのは、ではなく、一番入ってそうなのは、うわー解釈一致、確かにあの人過去の配信見直してベリーのカウントとかメンドーなことするわけないわ。
どの問題もここまでひねくれてるってことはないけど、十問に一問くらいは混じってる。
この誰も先に進ませる気がなさそうなクソゲーは不評すぎた。本人突然バックレたこともあって、笑っていじるのは私のような古参組くらいっぽい。
でもね、彼ってそういう理不尽を強要するタイプだったかしら? むしろこういう問題に噛みついて論破ぁて連呼するタイプよね。たまに不正解が混じるのはランダム? 解釈不一致よ。
そしてメモをとりながら繰り返していたら見つけた。やっぱり法則あったじゃん。ランダム性を持つように見せかけたどの問題にも共通ではないけど、例えば五回同じ問題を繰り返したら六回目の正解は変わるようになっている。周期を見つけてしまえばもう間違えない。
この情報をスレに流しはしない。ひょっとしたら他の古参も見つけているかも知れないけれど、その人たちも他人に教えるわけがない。
シュー君を一番強く推しているのは私。この想いは負けない、てどーせ全員思ってるんでしょうね。
『第二三問 (でーれんっ) 俺がピッチャーになったらバッターの心をへし折るためにすること。キャッチャーに向かって首を小刻みに振る。上上下下左右左右からのー、何て叫びながら投げる?』
ぐらでぃうす
ぴこーんの正解音を聞きながらメモを見る。途中はもう正解が分かっている作業だ。
シューク・ベリーム。不思議な人だ。ネタの内容から察するに、結構歳はイってるように思う。落ち着き方も若造ではない。怒ったフリはするけど声を荒げたことは一度もないし、アンチコメの対処も本当にGをスリッパで叩くくらいの感情しか見せない。だから他の配信者よりアンチは少なそう。構ってちゃんは構わないと消えるよ、てホントだね。
一人称俺も少し怪しい。まぁ配信のコンセプトは学生時代の休憩時間って言ってたし、若返って馬鹿騒ぎしたいって願望が透けて見える。
『第三八問 (でーれんっ) どこの世界に自分から家出して刑務所入る無実の人間がいると思ってんスかぁウチに帰って来て下さい、と敵の武士から説教と懇願されるほど浮世離れした、俺の一番好きな天皇だーれだ?』
土御門天皇
よくリスナーからはディスるなとコメされるし私も何度もコメしたけど、シュー君は今を生きる誰かを名指しでディスったことはない。いやヒロユキのようにあるかも知れないけれど、傷つける意図が感じられるようなイヤラシさがない。他者を攻撃して悦に入る嫌な感じのタイプに見えない。むしろ━━。
弱い犬ほどよく吠える。私にはシュー君が、世界にひとり放り込まれ、世界の全てに怯え、虚勢を張り、噛みつく虎のフリしたチワワに思えた。
それって程度の差こそあれ、私たち全員に当てはまる。嫌な感じのタイプは、チワワのくせに虎と勘違いしちゃったイタいヤツ。
『第四二問 (でーれんっ) 中華鍋の持つトコなにっ、どう使えと? 不親切設計の極み乙女かよ和菓子以外和菓子じゃないのー、からの結論は?』
スキル耐火LV五以上
私のような震えるだけのチワワがシュー君を見つけ、目が離せなくなる。理不尽だらけの世を笑い飛ばし、誰ともつるまない一匹狼を気取り、そこら中に地雷があるよコワーとおどけながら本心に違いない、震えながら吠えることはやめないチワワ。
彼と一緒に笑っている時、他のみんなも笑っていて、何がおかしかったのか分からなくなるくらい笑い続けてオツカレーと配信が終わり、余韻に浸りながらふと気付く。私ってこんなに軽かったっけ? 日々の疲れが澱のように溜まっていたのに、心も身体も重石が載っていたのに、十代のころのように軽い。
『第五六問 (でーれんっ) 原始人タイムスリップ妄想劇、ひょっとしたらR18じゃないかと全俺とコメント欄がざわついた問題作の、とってつけたようなタイトルは?』
サバンナより愛を込めて
まだ言葉がないって設定だったくせに、うめき声に日本語混ぜすぎて死にかけるほど笑ったわ。でぇんゆぐもぉおまえカニくうとかあたまいかれてんのかーねれぼー、とか観すぎて覚えたわよ。
この器用さ異常よね。ずっと奇妙に感じているし、他のリスナーも時々コメントで伝えようとしているのに全く伝わらないこと。彼、自分を天才と思ってない。自分に対する評価が異常に低い。素人目に見てもあのFPS、もう世界トップでしょ? たまに本気を出すと一人でチーム三人瞬殺とかオカシイからっ。それが普通ならゲームバランス壊れてるからっ。
ゲーム以外もそう。一人で作詞作曲演奏もこなすVtuberがスタンダードとでも思ってるの? アンタの中のVtuberはどんだけ全知全能なんですか? あまりにも非常識だから、一人で全部やってるって信じてない人のほうが多いし、本人も疑われて全然気にしてない。ムキになる価値もないと? 大物すぎる。
『第六一問 (でーれんっ) 前の車両止まりなさい、パラリラパラリラひゃっはぁー捕まえてみろやぁっ。これ、何の話題だった?』
UFO
テレビの使い方は誰でも知ってる。じゃあテレビを一から作れる人はどれだけいる? 文明って進めば進むほど特化するから、UFO乗ってるヤツってこの程度だよ。……、スゴい説得力。もうUFO動画がギャグにしか見えない。
私は彼の声が好き。男寄りの中性、柔らかくて、滑舌良くて、のんびり散歩が似合う抑揚で。子守唄なんてスゴくハマりそう。リクエストしても拒否られたけど。乙女ゲーの実況は永久保存決定。なのに他キャラを借りて自分を評するといつもウルサイって何でそうなるの?
『第七五問 (でーれんっ) ツギクル少年漫画俺的予想一位に輝いた題材は?』
ビリヤード
時々変なスイッチが入るのよね。いつも人と違うことしようって考えてるからズレてる感じ。汗かかない時点で少年漫画は無理でしょ。まぁリスナーに話題を振られて即座に自分なりの答えを出して熱弁する姿勢も好きだけど。
そう。彼はいつでもリスナーファースト。あれだけ拒否してたランクマッチもいつの間にかリスナーが頼めば簡単に行くようになったし。そもそも拒否の理由もリスナーが不快にならないようにであって、自分本位な言動はまるでない。
『第八九問 (でーれんっ) ディディディからアンケート来たら気をつけて下さい。て磨りガラスの男。ウッカリ本名バレして逃亡した先は?』
ジンバブエ
円も使えるよ。伝説の百兆ジンバブエドル札は一円以下だけど。……、一生使えなさそうな豆知識の多さにしょっちゅうヒく。
シフトが変わってライブ観れなくなるから激励して下さい。あるリスナーに言われた彼は。
「みんなでキメたフロントサイドトリプルアンダーフリップ、ふろんとさいどとりぷるあんだーふりっぷ!」
コメント欄を見るとスノボのスーパートリックらしい。
「来た時よりも美しくと言ったら担当のオジサンが泣いちゃった社会科見学、しやかいかけんがくっ!」
遠回しに汚い言ったら泣くわよ使いどころ間違ってる。
「あなた達には今からサバイバルしてもらいます。変なオジサンに無人島に連れて行かれた修学旅行、しゅうがくりょこー!」
だんかんこのやろ的な喋り方で続けて、ノリのいいリスナーも修学旅行と打っていく。
そしてわざとらしい号泣しながら配信的に問題ないらしい蛍の光を熱唱して、リクエストした本人から、来月には戻って来るんで勘弁して下さいと言わせるほどサービス過剰な彼。こんなにリスナー特化な配信者、他にいる?
『第百問 (でーれんっ) 今食べたいものなーんだ?』
知るかぁぁぁ、と絶叫させる手口、まさに彼。もう半月はココで止まってしまった。過去の配信を見直して、食べ物の話がでたらチェックして、ここで打ってみるも不正解。三回失敗でゲームオーバー、振り出しに戻る。
今日は寿司と打ってみよう。ダメモトだ。あまり期待せずに打って画面を見て心臓がドクンと大きく鳴った。待て、寿司はなし。
ガワの頭に載るシュークリーム、何かおかしい。何が……、まさか……、ハリボテ?
嘘だろおいっ、内心叫びながらシュークリームと打つと、ぴこーんの声。
っのヤロ、一回目か二回目でシュークリームと打っても絶対不正解なんでしょアンタはそういうヤツだよ。感の鋭い子はキライだよくらいは言ってきそうあー分かるぅ。そして……。
『第百一問 (でーぇぇぇぇ……)』
ハイ心を折りにきたぁ。でも解釈一致。百問で終わるなんてベタなこと、避けるに決まってる。いいから口のSE引っ張るなガワのドヤ顔ウゼェ。
『(ぇぇぇれんっ) 俺をこの世で一番推してくれる人はだーれだ?』
あぁもうズルい。そういうトコだぞ。どうせ何を入力しても正解なんだろうけどそうじゃない。もちろん私の本名以外認めませんっ。
ぴこーんの後、画面が暗転。え?
知らない演奏。バラード? そしてカメラが足元から上がっていく。実写? まさか。
〜螺旋に呑まれ 流され続け 俺たちはまた彷徨う〜
知ってる歌詞。へー、そういう趣向ね。
〜出会った二人 比翼連理 添い遂げると誓ったのに〜
今度はどんなネタを仕込んできたの?
〜君は言ったよね お日様の匂い 暖かい微風 春がきたよって〜
カメラが首元まで。大丈夫?
〜素直になれず うつむき黙る 君が春だよ 叫べば良かった〜
待って、それ以上はダメだよ。
〜俺は吸血鬼 誰も襲わず 善意にすがり 隠れ潜む人外
すれ違ったかも知れないけれど まだ間に合うかな?
あなたに会えて良かった 奇跡を信じて良かった
すべて報われたよ ありったけのありがとう〜
かぐや姫ごと満月を閉じ込めたかのように輝く銀髪
星雲の如き深淵の迫力を伴う透明感が重力すら帯びる白皙の肌
歴代春の新色ルージュがまとめて色褪せる艶が蠱惑的な唇
天壌無窮の慈愛を放つピンクサファイアの瞳は神秘を映す
吸血鬼ってボケてるつもり? シュー君、本物の天使だったのね。それともハイエルフ?
〜何故嘘を吐く 誰が得する 何度騙せば気が済む〜
素顔を見せてくれて嬉しいよ。
〜明日と昨日は 答えを探し 背中合せの迷走〜
演奏も見せてくれて嬉しいよ。シュー君が五人集まってる絵、合成技術スゴいね。
〜いつ現実から 優しさ消えた いつから俺は 刃物を振るう〜
でも、見せちゃダメでしょ。解釈不一致だよ。
〜あの日手にした 希望は今も 胸の奥底 燻ってるのに〜
Vtuberは完全非公開なんでしょ。中の人はいないって言わなきゃダメでしょ。いつか言ったよね、傷つけないための嘘をついたからには隠し通せ、バレるなら最初から隠すな、ハンパはダセェ、て。
〜俺はヨワムシ 毎日迷い 人から逃げて 暗闇にうずくまる
周りを見たら俺だけじゃない あなたもなんだね
観てくれてありがとう 推してくれてありがとう
全力でお返し 心から愛してます〜
無理、何も見えない。何も見たくない。何でそんなに優しく見てくるの? 何でそんなに柔らかい声音で包み込もうとしてくるの?
これじゃあ、まるで、今生のわか、イヤだよっ。
フワッ。空気が揺らめいた。背後に気配。
そんな、まさか、こんなしょーもない現実にファンタジーなんて。でも、シュー君ならワンチャン?
耳元で囁かれた。バカ、ASMRは恥ずかしがって断固拒否したくせに。
「どもー、大方の予想は余裕で裏切る各種ベリーの入ったシュークリーム、シューク・ベリームこと立花新です。……ただいま」
話したいこと、たくさんあるんだ。
完




