45
『いいですか、落ち着いて良く聞いて下さい』
『先生っ、イチゴは、ウチのイチゴはまさか……』
『残念ですが、あのイチゴはもう……』
「こんちゃー、イマジナリードクターに慢性五月病と診断されているに違いないイチゴの入ったシュークリーム、シューク・ベリームです」
ビル清掃飽きた。働きたくないでござる。
[こんちゃー]
[もう小芝居に違和感ねぇな]
[全員かかっとる]
[先生っ、治療法は?]
「やれやれ、困った患者さんたちだ。メッ。俺も、君たちも、何のためにココにいると思っているんだい? 現実逃避だよ」
[イヤー]
[ミもフタもねぇ]
「ハハハ、まぁわりと真剣に、日本人がこれだけフィクション作りまくるのって現実逃避のエネルギーが尋常ではないからだと思う。西洋は嘘が罪だから作り話が受け入れられない土壌があってさ、もちろん今はスッカリ変わったけど近代以前のハナシ。例えば詩人の詩はフィクションではなく、降りてきた、神の啓示的なニュアンスがあるからセーフ。詩以外の芸術も同じ。やたら芸術を口にして裸の絵や像が多いのも滑稽だね。あんなん性欲を抑えに抑えた反動にしか見えないな。夢精を罪と感じるからサキュバスが生まれるように。宗教も芸術も本来理屈ではないオカルトだから言い訳の道具にされやすい。日本はそのへんオープンなんだよねー。来日したザビエルが発狂してて草。バスルームは混浴だし武将も僧侶もBLだらけのこのクニ腐ってマースて」
[インキュバスは?]
[東洋は?]
「托卵特化のインキュバスはDNA鑑定のない時代の男につきまとう業、この子は本当に俺の子かって疑惑の悪魔化じゃね? 東洋も西洋と同じだよ。嘘はダメって儒教にもあるから。ちなみに漢詩は高尚な芸術、小説は差別語、下らない作り話という意味だよ。日本はなんでもウェルカムただし自分好みにカスタマイズ、という土壌だから多国籍の七福神とか漢字を平仮名片仮名に派生させるとかって工夫があって、儒教の作り話はダメって感覚はわりと無視された。ゼロではないけど」
[ザビエルプリーズ]
「ザビエル笑える人だよー。外国人の目を通して日本を見るのがもう面白いんだけどね。この人の物語はインドの布教失敗からスタートする。彼はキリスト教しか知らないから大きな勘違いをしていた。宗教ってさ、大きく分けると二種類あるんだよ。土着型と布教型。あ、例によって俺が勝手に呼称してるだけだぞ。布教型はキリスト教、イスラム教、仏教など、こうしなさいアレはダメとかライフスタイルに口を出す。土着型は神道、ちょいビミョーだけど道教、そしてヒンドゥー教など、生まれた時から身近にある空気のようなもので、ライフスタイルの原型。例えば君たちは、神社の御神木を切り倒しても何も起きないからやってごらん、と言われてへーそうなんだーて実行できますか? ザビエルがインドでやらかしたのがコレ。インド人の大半はヒンドゥー教徒だから、改宗なんてほぼ不可能なんだよ。生まれた時から刷り込まれる土着型の宗教観は変えようと思って変えられるモノではない。さらにインド人って首を縦に振ると否定、横は肯定って他国と逆じゃん? ザビエルまんまとひっかかってパニクってた。クッキープレゼントしてキリスト教に改宗しますか? て聞いたら頷いたやん? なんで一週間後に様子を見たらどいつもこいつもキリスト教ナニソレってキョトン顔しとんねーん、て天に向かってツッコんでた。そんなザビエルに話しかけてきたのがひとりの侍だった」
この侍もザビエルも行動力がアタオカで尊敬する。
「名前は忘れた。この侍は人を斬ってお尋ね者になって日本を出てインドまで来たヤベーヤツ。懺悔すれば赦されるという日本になかった宗教に触れてすぐに染まった。これがなんでもウェルカムな日本人の器用なトコで、土着型の神道で育ちつつ、神仏習合とかいってくっつく仏教は半端だから簡単に捨てて改宗出来るのだ。結婚式は教会でってヤツと同じ。で、例えば隠れキリシタン、今は違う名称だっけ? 忘れたしどーでもいいわ。隠れることが信仰って自分好みにカスタマイズするんだねー」
隠れキリシタンの何が恥ずかしいんだろね? 可哀想とか恥ずかしいから変えてあげようと思う人のいやらしさがはたから見ていて恥ずかしい。
「侍はザビエルに詰め寄った。もっとキリスト教のことを教えてくれよ。そんでひとりでローマ法王に会いに行って確かポルトガルあたりの修道院で一生暮らしたそうな。嘘みたいな主人公タイプ。一応言っとくけど日本はまだ戦国時代だぞ? 頭の中に翻訳アプリ先生が入っていたのかな。この侍と出会ったせいで、ザビエルは訪日予定なんてなかったけど日本に興味をもって旅立った」
世界中で忍者や侍が過大評価されてる原因って、こういう一握りのヤベーパイオニアのせいかもしれない。
「来日したザビエルはすぐに後悔した。性にオープンすぎて相当キモい国だもん。法王に何通も手紙を送っていて、最初はボロカスに罵っている。でも、少しずつ変化していく。例えば旅の途中に空腹で座り込んでいたら、襤褸を着た貧相な農民から食べ物を恵んでもらった、とか、よく見たらこの国にはスラムがない、とか。最後は絶賛している」
帰国してからも日記か何かに日本人民度高すぎとか書き続けてたらしい。
「西洋は性に厳しすぎて歪んでいたからね。抑圧すればどこかに暴力的な形で吹き出す。だから俺、タバコの締め付けとか結構心配してる。例えばDVのような直接関係ない形で吹き出す可能性が考えられるから。締め付ける連中はそこまで考えたことがあるのかな?」
まぁあるわけないか。自分の嫌いなモノにヒス起こして攻撃するだけの人種、アンチの同類多すぎない?
「性に関するオモロイ話。枕草子にこんな記述が。坊さんはイケメンに限る。理由はジジイよりイケメンの説法のほうが頭に入るから、と書かれてあって一般的には鵜呑みにされてるけどヤレヤレだね。当時は未婚の男女が対面する機会はほぼなく、いいトコのお嬢さんが会える若い男は仏僧だった。仏僧だけは多分週一くらいのペースで上流階級に布教していたらしい。イケメンの坊さんに惚れる? それはない。そういう意味ではないんだよワトソン君。そもそも何故仏僧だけは若い女性に会えたのか? 当時の日本の仏教界は相当戒律が厳しくて、女人に触れただけで破門、てな感じだった。ホントに破門したかはハテナだけど。つまり間違いは起きない。貴族女性のほうも、権力ゼロの坊さんに惚れる変人はまずいないよ。じゃあイケメンがいいとは何か? 貴腐人は平安時代には既にいた、ということだよ。そういう女性陣の期待を真に受けた残念な連中がいたから、すぐ後の時代からBLが大量発生したんだねーコワ」
[清少納言は既婚者では?]
「おー、鋭いツッコミ。俺見てなかったけど去年大河ドラマで平安時代がウケたらしいね。俺の話でイメージ壊れるとか大丈夫そ? あくまで諸説として受け流せー。えーと、清少納言が枕草子を書いた時は既婚者だけど、彼女はあるあるネタのウケを狙っていたから何もおかしくないぞ。大量の隠れ貴腐人が分かるぅー、と頷くネタなんだから」
[彼女の本音ではないと?]
「当たり前でしょ。あー、世間がまるで理解してない最初から説明するか。源氏物語と枕草子は同時期に世に出たのは分かっているけど、どちらが先かは不明とされている。ププッ、源氏物語が一番先以外ありえねーよ。公に長文書いてたら命がいくつあっても足りない時代だから三十一文字なんだよ? 日記という形だったらセーフもあるけど、例えば土佐日記はアウトの可能性アリと紀貫之は判断したから、おとこもすなる日記といふものをおんなも、て要するに男性Vに厳しいリスナーに自分バ美肉だから炎上勘弁って言ったのさ」
バーチャル美少女受肉の略だっけ? バ美肉は最近生まれたとでも思った? ふふっ。
「言論表現の自由がない世界を想像したほうがいい。だから頂点の道長がついている源氏物語が最初に決まってる。道長の娘、彰子のグループと、定子のグループがあって、単純なハーレムではなかったようだけど分かりやすく、天皇の第一夫人と第二夫人の派閥があったとさ。で、彰子に仕える紫式部が書いた源氏物語が大ヒットした。女性に質問。定子は拍手しますか? ある時清少納言は同僚から陰口を叩かれて、出社拒否して実家にひきこもった、というかそうさせられた。もちろん仕掛け人はグループリーダーに決まってる。分かってるから勝ち気な清少納言も泣き寝入りするしかない。そこに犯人から当時は貴重な紙が大量に。源氏物語よりウケるもの書け。源氏物語は道長がいるからセーフだった。それなりに高い地位にいるとはいえ、下手なことを書いたら社会的に終わる。書かなくても社会的に終わる。大ヒットさせて貴族全員味方につけなきゃ終わるミッションインポッシブルを成功させた清少納言カッケー」
[うーん分かるけどモヤモヤする]
[枕草子にそのへんの事情も書かれていたような?]
「ハハハ、歴史は自分が好きな話を受け入れる、という態度でいいんだよ。何度でも言うけど俺の話す歴史なんて笑っとけばいい。あと、和歌もなんだから長文はもっと、鵜呑みにしたら読解力なさすぎでしょ。ぶぶ漬け食うか? 喜んでって答えるのはヤメトコ」
定子が亡くなってすぐ執筆やめて宮中去ったし、すんごいプレッシャーだったと思うなぁ。




