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雑談吸血鬼  作者: 丘上
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 夕暮れが迫りそろそろ日が陰りそうな春の午後、マウスを握るタカシの集中力はピークに達していた。

 開いたままの窓から入る風は冷たく、PCの排気熱で和らぎつつも畳敷や木版張りの天井など昔ながらの和室は肌寒いのに、タカシの額には汗がにじみ、目に流れ落ちないように念じているかの如く眉間にチカラを入れてモニターを睨んでいる。


 『ハンニャ激ロー』

 『左に展開中お任せ、タカシさんはそのまま貼り付けを』


 了解、とボイスチャットで呟いてタカシは高所の敵が顔を出す隙を伺い続けた。ネトゲで本名呼びはタブーだが、みんな同級生だから問題ない。むしろ最初はプレイヤー名で呼び合おうとしたが照れが(まさ)った。


 『グフフ、ハンニャさん、コッタさんに追われてソチラに煙幕出すのは分かりますがチーム戦は常に複数の射線を意識しないと簡単に詰みますよハイ論破ぁ』


 ハンニャと呼ばれるキャラを操る敵を別方向から襲って倒す仲間がイキイキしている。

 ヒロユキ。クラスは違うが同級生の彼は、タカシと同じゲームをしていると話しかけてきて、チームを組んで遊ぶ仲になった。

 組んでみたらすぐ分かった。タカシよりはるかにプレイヤースキルが高い。撃ち合いだけでなく立ち回りも、タカシにとっては良い刺激と勉強になった。

 なによりヒロユキにはIGLと呼ぶリーダーの資質があった。早口で関係ないことも喋るから苛つくこともあるが、無言で殺伐とした空気よりはずっといい。タメ口叩けるリア友でなければ敬遠されそうな喋り方さえスルー出来れば、指示は的確なムードメーカーとして優秀だった。


 『あー、爆撃使ってきそう一旦離れるね』

 『ほう、敵さんの判断は悪くないですが少し遅いですねハンニャさん撃破、カク(確殺)はいれなくていいでしょうボクも離れますタカシさんはそこで大丈夫後ろからフォローします』


 もう一人の仲間にして同級生、コッタも最近仲良くなって遊ぶようになった。フルネームは不機嫌になるから禁句。

 ゲーム歴はまだ数ヶ月なのに、実践武術を(たしな)んでいるせいで動体視力と反射神経が人並外れていて、いわゆるフィジカル、撃ち合いが反則的に強い。銃口を見ながら弾を避けるとか、タカシにはちょっと何言っているのか分からない。

 さらにボイチャで口にしたように、異常に勘が鋭い。あまりにも当たるからタカシもヒロユキも今では疑うことすらしない。


 『では一斉に上取りますよ。フォーカスの練習も兼ねてターゲットにピン差しときますね』


 日に日に磨かれていく連携に手応えを感じながら、タカシは最後まで集中し続けた。


 『二位、悔しいけどgg』

 『いえむしろ我々の勝利ですよ最終円であのポジとっておきながら二枚落とされた敵は今頃グヌヌヌ言っていますよハイ論破ぁ』


 タカシは画面に表示されたリザルトに目が釘付けになった。自然に呟く。


 「オレンジ……、これた」

 『おおっ、おめでとう。三人揃ったね』

 『グフフおめでとうございます。……、タカシさん、次のステージに行きますか?』

 「え?」


 タカシにはヒロユキが何を言っているのか理解出来なかった。


 『おやおや、あなたは何のために強さを求めたのですか? いつも自分は苦しい過去と大きな覚悟を背負っている、といったツラで真剣にゲームにのめり込んでいるのはただのポーズだったのですか?』

 「違うっ、オレは」

 『いいえ違いません。ハッキリ言ってあなたの態度は不快です。ゲームはもっと楽しく遊ぶものなのに、いつまでシリアスぶって黒歴史から逃げているのですか? あなたの気を引くためのダシにされたピエロはとっくに吹っ切れているのに』

 『へぇ、気付いていたんだ』

 『そりゃあ気付きますよ。我ながら優良物件だとは思いますがあーいうタイプに好かれた憶えはありませんからね。気付いてないのは彼女のほうでしょ。器用ぶってる鈍感さん、似た者カップルですよ』

 『クックック、だとさ、タカシ君。ボクの直感を信じるなら聞くんだ。今何もしなかったら一生後悔するよ?』


 小一時間、タカシはボーっと壁や天井を見ていた。考えがまとまらない。

 あの三秒にも満たない衝撃体験は今も脳内をかき回す。

 悔しくて、恥ずかしくて、情けなくて、それに引き換えあの敵は自然体で銃を構えた姿がカッコよくて、圧倒的な格の違いを見せつけられて。

 この惨めさを塗り潰したくて強さを求めたつもりだったけど、オレンジランクになっても何も変わらない。そうか、ヒロの言う通りなのか。オレがリベンジすべき相手は━━。

 タカシはスマホを手に取り、深呼吸を繰り返してからタップした。情けないけど声はどもってつっかえそうだからメールで。


 『明日、ウチ来ない? オレ、ちゃんと上手くなったから、今度はちゃんと楽しいゲームをするから、もう一度だけでもいいから見て欲しい』


 すっかり忘れていた。あの三秒よりも鮮烈な一秒。川面に反射した光を散りばめたとびっきり(まばゆ)い横顔。


 翌日、前回より遅めにミカが訪ねてきた。

 やや後ろで彼女に見守られながらタカシは気合十分、マッチングをクリックした。


 「チャンピオン、取るぞ」

 『グフフ、当然です』

 『お、余計な力は抜けたかな』


 三人一組になって飛行機からダイブ。他プレイヤーのいないエリアを目指す。


 『さっきのスゴい光景だったような』

 『初動ファイトしたがる時点で頭使う気のない三流確定ですまぁチーターも多いから油断はダメですが基本は無視でいいですよ』


 無事周囲に敵のいない場所に降りてしばらく物資を漁っていたら画面にログが高速で流れた。


 『なっ!』

 『うわぁ』

 「まさか……、この人って、アノ?」


 各種ベリーが三人瞬殺。


 「なんでっ! なんでいつもいつもっ!」

 「ミカ」


 画面を見て取り乱すミカにタカシは振り向かず静かに声をかけた。


 「少しだけ信じて」


 三人の集中力は限界まで高まった。この一戦でさらに腕を上げようとするかのように、隙を見せたチームを襲い、声を掛け合って連携をキめていった。

 同時に最終円付近に集まった敵チームを倒し、画面に表示される残り部隊数は二。まだ各種ベリーが倒されたログはナシ。

 そしてヤツが現れた。地平から視認できるようであればダメモトで狙撃しまくる予定だったが、射線管理が完璧で撃たせる隙がない。

 遮蔽物から遮蔽物へ、ヤツが一瞬の影だけ見せて時間をかけながら近付いて来る間に、索敵担当のコッタはレーダーを作動させて驚いた。


 『アイツ一人しかいないっ』

 『ほほう、随分ナメられたもんですねぇ』


 意図が分からない。最終局面では復活は不可能だが、まだ味方二人の復活は間に合う。二人とも回線が落ちたとか? 何であれチャンスではある。が、コッタは全身粟立った。

 それは百分の一秒にも満たない思考。言葉にならない危険信号の点滅。

 ヒロユキはナメられて気分を害したようだが逆だ。一人のヤツを確認しようとして、今のボクたち、無防備すぎる。あの人ってこういうナメた態度、笑いながらキレるタイプじゃ……?

 

 ゾワッ。コッタは蛇に睨まれた蛙になってしまい、反応が遅れた。

 頭に一撃喰らって慌てて隠れる。そして仲間二人も慌てて動いた。イケナイ、後手に回ったら踊らされる。でもどう動くのが正しいのか分かるほど経験を積んでいなくて、コッタはもどかしさを感じながら回復アイテムを使用した。


 『この人化物ハイ論破ぁぁぁぁ』


 地上から連射音が響き、ヒロユキの情けない悲鳴が。

 間に合わないのは承知の上で、コッタは一階に下りて外に出ようとダッシュした。

 警鐘がガンガン鳴る。でも所々透明な扉越しに、ヤツがアビリティを使って宙を跳ぶ背中が見えて、コッタは躊躇なく扉を開けて一歩外に出ながらヤツに照準を合わせようとした。

 ヤツが着地して振り返りながらコチラに銃口を向ける。が、ボクのほうが速い。

 視界の隅、地面から閃光。あぁ、ハメられた。


 『なんだよコレ、もう笑うしかないじゃん』


 タカシは砦の二階で硬直してしまった。本当になんだよコレ。


 「タカシ」


 ミカの泣きそうな声に我に返った。

 そうだ、勝つか負けるかじゃない。コッタの言う通り、今何もしなければ一生後悔する。何も出来なかった三秒、二度と繰り返すかぁぁぁ。


 夢中になりすぎて何をしたのか憶えていない。ただ、画面にチャンピオンの文字、イヤホンからはミカの声を拾うためにゲームミュージックを抑えていたから控えめのファンファーレと仲間の歓声が。

 そして背後で嗚咽。


 タカシは一回深呼吸してイヤホンを外して振り返った。


 「ミカ、オレ去年の夏に、一目惚れ━━」


 コッタはヘッドホンを外してスマホをタップした。


 「もしもし、うん、うん、そうだよ、作戦成功。で結局、明日のお花見はどれくらい集まりそう? ……、マジ? キミってわりと人脈チートだよね。あー、うん。じゃあみんなにコッソリ伝えといて。あの二人、やっとくっついたって。サプライズの演出は、うんだよね、そういうの好きだねー。そういえば、あの配信面白いって推し活しまくるキミが、なんだかんだボクたちの物語の中心人物っぽくてウケる。なんでもないよコッチのハナシ。オッケー、あの二人はボクから誘っとくよ。じゃあねーヤスセイバー」




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