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野良に合わせているから立ち回りが危なっかしい。
交戦中に遠くでロープウェイ的なギミックの動作音が。左から漁夫、一チーム。
咄嗟にアビリティのバリアを張って左からの射線を切る。
「笑止っ、それで我の不意をついたつもりかっ、嵐山ぁ(注、バリア)」
このバリアは漁夫チームに対して、バレてるから来んな、のメッセージでもある。俺は上級者だけどやんのかあぁん? とメンチきられて即座に俺の意図を見抜いて突っ込んで来る上級者だったら迷わず逃げる。せ、戦略的撤退なんだからねっ、て。
「フッ、日和ったか、雷神、風神、いつまで梃子摺っておる。早よ対面の敵を始末せぬか」
もちろんVCは切っているから二人の野良には聞こえていない。雷神風神なんてプレイヤーいないし。聞かれたらわりと不味い。少なくとも俺だったら運営に通報をクリックする。
え、説明いる? ランクマッチに来てロールプレイ中の我覇王ですが何か?
「我が剛拳に貫けぬものなし、潔く散れいっ、伏見稲荷烈波ぁ」
うし、狙撃で一枚ダウン。左のチームが距離を置いて迷っているのは数秒と見て、前のチームを素早く片付けなければ。
「雷神、風神、ついて参れ、ぬぅん、応天門っ」
アビリティよりさらに強力な固有必殺技を発動。敵のすぐ横まで一瞬で飛んで地面から壁が生える。基本はダウンした仲間の側に一瞬で駆けつけるか、横か上に展開するための技であって、前に飛んでバレバレだったら敵にボコられるだけの自殺行為だけど、不意をつけば短期勝負を仕掛けるトリッキーな使い方もイケる。
「我が覇道から退けい木っ端ども、往生極楽院阿弥陀連撃ぃ」
え、お前マジか? て雰囲気で硬直した敵をサブマシンガンフルオートで撃破。それでも当然反撃は喰らったからすぐ壁に隠れて回復。味方早よ来い。
「フハハハっ、残るは貴様だけだっ、我が拳を受けた誇りを胸に逝け、平等院鳳凰キーック」
殴らんのかい、のツッコミが予想通りコメント欄を占めるのを横目にニヤけながら漁夫チームを返り討ちにしてやりますか。
……、ゲームオーバー。
「あー、無理。もう強い人ばっかやん。やっぱフルパじゃないと運ゲーだな」
ダサいから野良のせいとは口にしない。まぁ即席でチームワークを望んでもな。
[いや十分オモロかった]
[京都巡りしてるの地味に気になる]
「京都行きてー願望が溢れたかぁ。ちょっと前に史跡を検索しまくってたからだけど。覇王はやってみると語彙が厳しいかも。おしゃべりな性格とは合わないから、ぬぅんとか変な言葉を入れないと間がもたないし、入れたら入れたでなんかコミカルになってきて笑いそうになるし。王道悪役って苦労してるんだねぇ」
[じゃあ王子様キャラで]
[三下がオモロそう]
「いいねー三下。相手によってはボイチャ繋いでも盛り上がりそう。王子様はー、敵に情けをかけて撃たれてゲームオーバーってオチまで見えちゃう。ベタな展開でよければそのうちやってみっか」
他に熱血、サイコ、柴クン、おい重症逝ってねーか? リクエストに不穏なモノを感じながら配信終了。
スナック菓子をポリポリ頬張りながらチューハイのプルタブをぷしゅー。ヌルい日差しの窓越しに外を眺める。春かぁ。
こうなって四年になるのか。見た目に変化がないから何年とか数え方に自信がない。
俺はぶっ飛んだ変人と粋がって平然と受け入れたフリはしつつ、あまりにも異常事態で、あまりにもフザケた現実で、どう対処するか必死すぎて日付けはまるで憶えていないけど、多分二月の終わり頃だったはず。
とりあえず餓死はしなさそうな身体、くらいしか安心材料がなくて、例えば誰かを催眠で支配して同居するとか、見た目を利用して歌舞伎町の頂点に立つとか、性分ではない選択を外していくとホームレスだけがまともに見えて、上等、ダンボールの城を築いてやらぁとタンカをきらなきゃ魔が差しそうなくらいギリギリだった。
はぁ、久し振りにこんな感傷に浸るなんて、虫の知らせってヤツか? これだから理屈もなにもないファンタジーは、ったく。
いつものようにジンワリ整い、今までと違って感覚が一線を超えた。
見ーつけた。俺を殺してこんな存在にしたクソ野郎。やっぱりお前が吸血鬼だったか。
うーん、ヨーロッパ? いやまさかルーマニアではない、よな良かった。ベタすぎて呼び名がひとつしかねーって焦りそうになったじゃん紛らわしいヤツ。
正体が見えて一気にいろいろ分かった、というか悟った? 知らんけど。
こうなってすぐ、刑事の勘で推理モノを分析するくらいデタラメな読みだけど、自分に催眠能力があると分かって怪しんだ。あの謎空間の出来事、俺催眠にかけられてたんじゃね? て。
目を閉じて雑にスワイプしてタップ。確かに俺ならやりそうだし、自分の意思で考えてたつもりだけど、何者かの立場で考えると不自然だよな。俺がそうしなかったら種族はどうなってたん?
思った通り、犯人は俺の上位互換、本物の真祖らしい。
でも狙い通り、いやそれ以上に俺は上手くやれたらしい。
まず最初に情緒を壊して思考をかき回したことで支配を半分脱した。
その後、ベタな吸血鬼の在り方を全否定するわ、何の繋がりもなく世界に放り込まれた自分は真祖と思い込むわ、相手の思惑ガン無視して精神生命体の自覚もなく自分を形作ることで支配を完全に脱した。
始まりがどこかは分からない。
コイツは人間だった俺を殺した。空間を無視したエナジードレインか他の何かかは分からない。
死んで魂だけの俺はコイツの能力に支配された。
記憶は物理の肉体に宿る。記憶細胞と神経網の仕組みは少しずつ解明されてるね。ちなみに心臓周辺にも記憶細胞があるらしく、心臓移植手術を受けて知らない記憶を思い出すことがあるらしい。オカルトじみた科学の話。
だから肉体を失った俺に記憶はない。でも魂に刻まれる記憶もあって、残念エピソードだらけなのがチョームカつくけど、認めたくないけど、一番大切な思い出なんだろうさ。
今更考えても分かるはずのないIFストーリー。論理も何もない直感の答え。
もしも魂だけの俺が支配されたままだったらどうなっていたか。
おそらくコイツにとって俺はただのエサ。養殖の妖魔だ。
精神生命体とでも言うべき加工された魂でしかないのに吸血鬼と思い込まされてさ、俺はコイツを親のような存在と認め、下級吸血鬼とでも言えそうな生き方を受け入れ、人を襲って生き血を啜り、催眠で誰かを支配して社会の闇に隠れ潜み、それなりにレベルアップしたところでコイツに吸収される。
どうせそういうしょーもない筋書きだろうさ。
でも支配から脱してそうはならなかった。
ついでに俺はコイツの居場所が分からなかったが、コイツも支配が消えて俺の居場所が分からないっぽいぞザマァ。
俺に出来ることはコイツもそれ以上のことが出来る、と想定して自分のチカラを調べてきたから、俺と妖魔は同じと知って納得した。
コイツが俺にしたように、俺も人の魂に形を与えるチカラがある。そもそもエナジードレインも催眠も魂に作用する能力だな。魂のカタマリ、精神生命体だから当然だけど。
俺の場合は無意識だし、コイツほど強力ではないし、なにより俺と違って俺が吸収してきた天然妖魔は死んだ誰かの魂ってわけではないから、自我と呼べるものは持っていない。
一般的? なオカルト用語を使うと生霊、それに俺のチカラが加わったモノが天然妖魔の正体だ。
生霊はアンチの情念? それはないな。良くも悪くもアンチって中身カラッポだから生霊が生まれるほどの熱意なんて持ってない。
金持ち喧嘩せず。満たされている人は誰も攻撃しない。アンチは不幸な自分に酔って八つ当たりするお子様。はた迷惑ではあるけど攻撃して発散しているからある意味健全と言える。
生霊は俺を推してくれる人たちから生まれる。
きっとその人たちは俺に暗い感情を持っているなんて夢にも思っていない。
いつも俺の配信を観て笑ってくれているはず。
自分から妖魔のような醜い存在が生まれるなんて知ったらショックなんてもんじゃないだろうね。
でも、自分の心なんて自分でも分からないことだらけ。
俺を好きなはずだけど、蓋をして見なかったことにしておきたい、どうにもならない悪感情を持つことだってきっとある。そんな日だってある。誰にでもある。何も悪くない。
好きだからこそ、全否定したい思いはチカラを持ち、生霊となる。
生霊は俺を親のように慕い、空間を超えて近寄り、でも遠慮気味に距離を置いて、無意識とはいえ俺のチカラを浴びて形をとる。持ち主が想像しうる最悪に醜い存在として。
俺も俺で、妖魔を無視できないわけだ。見た目はキモいし、味は天然陰キャ九八%(当社比)て二%が何か気になる不味さだし、エナジードレインした後の不快感は悪口だらけの掲示板を見るくらい胸糞だけど、俺を推してくれる人の思いには違いない。
そして痛快な答えも。
なぁ、アイツにとって上質なエサは俺だとよ。妖魔と変わらない、いや、俺にとっての妖魔は推してくれる人の思いだからまだマシ。アイツを純真に嫌悪する俺なんてゲロマズどころではないはずなのに、俺を吸収したら美味いと感じるらしいぞ?
ククク、クックック、傑作。
アイツ、陰の気の、とびっきり下の下の澱しか味わったことがないんだとよ。
人を襲って、相手から死ぬ前に死ぬほど恨まれて、誰からも愛されたことのない真祖サマは、俺とは比べ物にならないほどメシマズの環境を暮らしているんだとよ。
おそらくアイツは有史以前から生きている。そういう化物の伝説はインドや中国で三千年前から散見するから。
なのに俺、もうアイツと肩を並べたぞ? そういうことだねー。
余裕を見てあと半年から一年ってとこか。俺RTAより、せっせと経験値稼いでラスボス瞬殺したい派だから。




