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雑談吸血鬼  作者: 丘上
35/50

35



 「アレってソシャゲ? 乙女ゲー? 名前は聞いたことあるけど全然詳しくないなぁ」


 コメント欄に熱く語られてる長文に苦笑しつつ、ゲーム名だけは知ってるけど内容はサッパリ分からないから正直に伝える。

 さらに押し寄せる長文の圧にビビりながらおおよそ理解。刀剣類をイケメンに擬人化したのは知ってるけど女性ユーザーを虜にするオンラインRPGか。

 ひとりの長文にヒく感じではなく、他の女性らしきリスナーも援護や賛同のコメを打ってくる。団結した時の女って怖いから落ち着いてね。


 「はいはい、要はシュークリームの擬人化でもある俺の兄弟みたいなもんか。おや? 俺とUNKNOWN豆腐と饅頭モミ爺とあと何人か揃えたらゲーム化イケる?」


 [嘘でも他所で言っちゃダメ]

 [ガチ恋勢に聞かれたらどーするの]

 [発売前にサ終の伝説作ったれ]


 冗談ですやん。どのジャンルであれガチ勢は地中に頭めり込むくらい夢中になって何も聞かんでくれい。


 「それ伝説じゃなくFXで全財産溶かす類のギャンブル失敗談な。一番好きな失敗談は、超有名な賞を獲った経済学者が研究と称して起業したらソ連崩壊に巻き込まれて一瞬で倒産だとさ。実力で富豪になれるなら経済学者と競馬の予想屋は存在しねーよ。にしても擬人化多いな。えーと、馬、戦艦、偉人? 戦車も見たような」


 シュークリーム頭に乗せたヤツが擬人化を語ると紐なしバンジーになりそう。まぁいいや逝ったれ。キリ良くゲームオーバーだしお絵描きアプリに変えて、と。


 「多いと言ってもまだ参入する隙間はありそうだね。早い者勝ちのキャラデザプレゼン大会ドンドンパフパフー」


 画面の左半分にボーダーコリーの文字と絵を描いて、細かいデータも書きながら解説。ちなみにガッツリ検索中。


 「このコは一説によると全犬種で最も賢い、と。五段階評価で知性は五。牧羊犬だから勤勉、身体能力と忠誠心も高い。パーフェクトじゃんか。擬人化すると……、完璧超人の副官?」


 画面の右半分に冷徹イケメン軍人ぽいラフ画を描き描き。犬耳はマストか。んっん、落ち着いた声音で。


 「貴女は御輿に担がれてドッシリ構えていればいい。サポートは私に任せなさい。……、どう?」


 [高評価ポチッ]

 [イイね]

 [犬感がないような]


 じゃあ次はー、画面をまっさらに切り替えて左半分に、うーん、て。


 「んあっ、今検索してたら犬も猫も普通に擬人化あった。そりゃあるか。見なかったことにして、柴犬どうよ。特徴は愛嬌がある、言い換えるとおバカ。人懐っこい」


 右半分に朗らか新入社員の後輩君てイメージで。耳はピーンと立てて声は元気良く。


 「センパーイ買ってきましたよ玉子ドーン、えぇ? 玉子サンド? あぁぁぁ、そうだっ。ツナマヨっ。オレツナマヨサンドだから半分こしましょっ」


 [くっ、あざとい]

 [そんなんいたら惚れてまうやろ]

 [ウチの会社きて、今スグ]

 [さっき猫て聞こえたんたが、分かってるよな?]


 どーした女性陣チョロすぎるぞ。それと君、まだ正午前なのに観ていて大丈夫? あとヤローども、待たせたな。

 画面左にアメリカンショートヘア、まぁベッタベタなタイプだね。というか猫は性格に大きな違いがないような。


 「アメショは好奇心旺盛、活発。家猫よりアウトドアかー。じゃあ……」


 小麦色の肌にチャイナドレス、耳と尻尾は当然つけて大きな肉球グローブをはめてはいポーズ。


 「似合うぅ? 次はどのコスプレしよっかなー」


 女声はちょい無理がぁ。


 [高評価連打ぁ]

 [目線下さーい]

 [リバイバルくるからだっちゃでっ]


 おうテメーらはいつも通りで安心する。


 「うーん、ざっと調べてみたら何でも擬人化されてるなぁ。知名度はともかく参入する隙間はなかった。今後ウケそうなモノを考察すると、美女や美少女にしてヤローどもが喜びそうなのは家電、ショタやイケメンにして女性陣が喜びそうなのは鳥なんてどう」


 画面左にシマエナガ。最近人気らしいから。右に背の低い小太りのオジサン、丸いフォルムと瞬きしなさそうなつぶらな瞳がカワイイ。今時あるのか知らんが課長と書かれた机にちょこんと収めて。小さく甲高い声で。


 「あっ……………………、ま、いっか」


 [変化球がすぎる]

 [需要どこ?]


 「いやいや、こういうキャラが混じってるかどうかで深みが変わるもんだぞ」


 喋りながら焦る。ヤバい、この流れは即興物語作らされそう。なんも考えてねー。


 [ほう? どう変わると?]

 [待ってました(ニヤニヤ)]


 「ふんぐぅ、やってやらぁー」


 戯画(ぎが)商事、広報課の面々は危機に立たされていた。


 今日は某県国際展示会場にて、各メーカーや商社が集まり家電ショーが開催されるのだが、手配ミスにより肝心の展示品の到着が遅れてしまった。

 他社のブースが準備万端、入場待ちする客を出迎えようと盛り上がるなか、戯画商事のブースだけはお通夜の雰囲気がただよ……、いはしなかった。


 「ドンマイ」

 「島永課長っ、すんませんっシたぁっ。オレなんでこんな簡単な手配もロクに出来ないんだろう」

 「柴クン凹みすぎウケる。頭上げてカチョー見てみ? 隣のブースに煽られてるのに気付かず手を振ってる。この状況で何故か煽り返してるサイコー」

 「雨処先輩……」

 「カチョー、コリーパイセンは?」

 「トラック迎えに行ったよ」


 ミスを犯した柴だけは耳をペタンと伏せて意気消沈しているが、自由奔放な雨処(あめしょ)はスマホをいじり、戯画商事の妖精こと島永課長はドンマイ四文字で受け流した。

 すでに広報課の完璧超人コリーこと古里(ふるさと)が動いた。なら大丈夫。


 古里はスーツ姿で単車を転がしながら運送トラックとの合流(ランデブ)地点を割り出し、渋滞を避けてスムーズに移動できるルートを構築した。

 一旦停車して雨処のケータイに送信。


 『二十分稼げ』

 『り』


 最近の若い子はついに小さいヨも省いてしまったのか、古里は眉間のシワを深めて愛車を発進した。


 「パイセンが十分でなんとかするって」

 「えぇー、古里先輩カッケー」


 雨処にホウレンソウは通じない。どーせあの人が二十分と言ったら十分で片付けるに決まってる。


 「そろそろ人来るね。雨処さんと柴さんは何か尋ねられたら遅れることを伝えて下さい。そこで怒るようなモンスターがいたら━━」


 島永課長はニコリと笑った、かもしれないがほぼ無表情なので謎だ。


 「━━ボクが相手をします」


 予定時刻に従ってオープン。会場に人が溢れ、当然戯画商事のブースにもちらほらと。


 「展示品の到着が遅れていますのでしばらくお待ち下さい」

 「おいおいやる気あんの?」

 「すみませんっ。もう少ししたら到着しますからっ」


 早速文句を言う客が。言って何が変わるわけもないのに下手に出るとつけあがるモンスターが。


 雨処と柴は背後からの気配を察して左右に別れ、島永課長がモンスターと対峙した。


 「……、何?」


 島永課長はつぶらな瞳で見つめ、モンスターは耐えられず聞いてみたが、島永課長はつぶらな瞳で見つめ続けた。モンスターの周囲に他の客もいたが、彼らも不思議な空間に囚われた。

 ふいに天井付近を見つめ、数秒床に視線を落とし、また天井付近を見つめる島永課長。

 え、何が見えてるの? 心がひとつになったかのように周囲の声がハモる幻聴が響きそうな空間を、島永課長は支配し続けた。


 「柴、雨処、手伝え」

 「うぃース」

 「え? 先輩早や、え?」


 肩を叩かれて正気に返った柴は時計を見て驚いた。一瞬で十分過ぎていた。一体何が?

 業者と一緒に展示品を搬送しながら、古里は狐につままれたような顔で首を傾げる柴に話した。


 「お前、バードウォッチングって何するか知っているか? 鳥を、見るんだよ。特に羽ばたかないし、歩かないし、鳴かないし、毛づくろいもしない、枝に止まって動かない鳥を、一時間でも二時間でも見る、それがバードウォッチングだ。課長にとって時間稼ぎは造作もない」


 戯画商事の妖精、誰もが彼を見るとバードウォッチャーと化す。


 「お・わ・り」


 [オー]

 [8888]


 脇役のつもりが主役やん、てツッコミはリトル俺以外しないのか。

 無事乗り切って胸を撫でおろしながら擬人化関連を検索していたら気になる情報が。


 「へー、このゲームって骨喰藤四郎まで擬人化させてんのかマニアック」


 [そうなの?]

 [実際の歴史のほうはちょっと……]

 [そういうの詳しそう]


 「そりゃあ過去に大病患ってますから。実物の刀剣を見て名を当てるほど極めてはないけど、有名どころは一通り知ってるとは思う。うわぁ、丙子椒林剣だってスゴ。これの名の意味、未だに不明とされてるけど、多分俺答えに近そうなことは言えるんだよねー」


 [いくらでも歴史ネタ持ってんな]


 「そりゃ好きなことはいくらでも学ぶからね。聖徳太子が物部守屋を切った剣とされているけどンなわけない。一度でも人を切った剣を奉納するって神に唾吐く所業だわ。ポイントは、聖徳太子は仏教側、物部守屋は神道側だけど、聖徳太子は皇子だから神道側でもある。それで太子がバックについた蘇我馬子が物部守屋を倒したあと、太子は四天王寺に七星剣と丙子椒林剣を奉納する。この話のおかしな点が分かるかな? 刀剣を奉納するのは神道の作法であって、刃物禁止の仏教の寺に刃物を奉納って宗教観がグチャグチャなんだよね。つまり、太子は物部守屋のユーレイがそのへんから見ているって意識して、ユーレイに向かって言い訳してるのだ。自分、仏教推すけど神道潰す気はないっスよ、て。北斗七星は中国道教で皇帝の意味だから、七星剣は天皇家を意味する。では丙子椒林とは?」


 画面に七福神をテキトーに描く。


 「話を変えるけど、七福神って室町時代あたりから生まれたらしい。コレ、メッチャ日本人ぽくて俺は好きなんだよね。七柱のウチ日本の神は一柱だけという、多国籍バンザイな考え方が面白い。大黒様の正体を知っているかな? 偉大な黒をサンスクリット語でマハカーラと言って、これはヒンドゥー教最高神の一柱、厨二大好き破壊神シヴァのこと。当然打出の小槌はもう一柱、創造神ヴィシュヌのこと。なぜ大黒なんてぼかすのか? 日本人は破壊とか危険そうなことは直接口にしないんだよ。破壊神イコール悪ではないけど、日本人には馴染みのない概念だし。馴染む概念はコッチ、災い転じて福となす。多分だけど丙子椒林もこういうカラクリ」


 画面に丙子椒林と書いて矢印。


 「今となっては確認できないことだから眉唾と思っていい。まずは丙子椒林という漢字を、当時の中国人に読んでもらう」


 矢印の先に怪しげな発音、ペイツーチューリー? と書いて矢印。


 「その発音を当時のインド人に聞いてもらって、サンスクリット語で書いてもらう」


 矢印の先はハテナ。ンなもん分かってたまるか。


 「その言葉を日本の四字熟語に翻訳すると、悪霊退散か破邪顕正ってとこ。何故そんな回りくどいことをするのか? そりゃ物部守屋のユーレイがそのへんから見ているのに、面と向かって悪霊退散とか言ったら火に油でしょ。こういう日本の宗教観、好きだなぁ」


 


 

 


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