第8話 初恋拗らせ野郎たちの明暗
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ここに来る前に、馬車内のカメラ映像を見ておいたけど、おい、華厳宮。
その時より優梨に密着しすぎているんじゃねぇか……?ふざけるなよ。
狭い2人掛けの座席でべったりと優梨に張り付いている華厳宮を見て、緊張も何もかも吹っ飛んだ。
躊躇いなくナイフを華厳宮の手に突きつける。
「見習い騎士くん。護衛なら馬車の外でやってくれないか」
「優梨をお前から守るために来たんだよ。その手を離せ」
傲岸不遜に笑う華厳宮に、そこから抜け出そうともがく優梨。
どうみても未成年略取罪適用でいいだろう。
ナイフの先を華厳宮の手に触れさせる。
「……くっ!」
ビリっと小さく感電の音が鳴る。
優梨に回していた華厳宮の腕がわずかに緩んだ。
「……騎士!」
「ふぐっ!」
もがいていた優梨が、肘鉄を華厳宮の鳩尾に叩きつける。そしてそのまま僕の胸に身を投げるようにして、飛び込んできた。
華厳宮は腹を抑えて、ダンゴムシのように丸まって苦痛に呻いている。
おお、やっぱり激痛だよな。
僕も何度かくらったけど、翌日まで響くダメージ力が確かにそこに存在する。
心の中で合掌して、胸元にきた優梨を抱き寄せて馬車から飛び出した。
「……待て!」
歯を食いしばりながら、華厳宮が指を鳴らした。
僕たちが向かおうとしていた馬車の進行方向の先で、爆発が起きた。
「きゃあっ!」
「黒薔薇姫、決してあなたを逃しはしない……!!」
白煙が立ち上り、僕たちの方に襲いかかるようにしてやってくる。それを見て僕は鼻で笑う。
「それがどうした?」
僕は優梨を抱きしめたまま、手に持ったままのナイフを壁に突き刺した。
壁に埋め込まれた小さなプラスチックの蓋が壊れる手応えがした後、地下道の天井から雨が降り始めた。
「な、なんだこれは!!?」
馬車から顔を出したまま固まっている華厳宮に、僕は口元を斜めにして笑みを作って言った。
「燃え上がるのはそこまでにして、アンタはもう少しそこで頭を冷やしなよ」
ゆるゆると進んでいた馬車も停車して、華厳宮は雨に濡れるに任せて、呆然と僕たちを見ていた。
僕は優梨が濡れないように、白い防水布のマントで頭の上からおおって、非常灯の明かりに照らされた足元を見ながら、走り出した。
*
煙もスプリンクラーの雨もないところまで進んで、ようやく優梨から被せていたマントを外す。
ぷはぁっと息をする優梨の頬に手を添えて、傷がないかの確認をした。
額に頬に首筋。
穴が空くほどに優梨の白い肌を見つめる。擦れて赤くなっている頬に指先を当てる。
「……ごめん。助けるのが遅くなって」
「ねぇ、騎士。手錠に繋がれてたけど、どうしてここまで来れたの?」
「優梨が僕を呼んだからだよ」
「騎士。ちゃんと説明して」
軽く顎を上に突き出すようにして、僕を見上げるようにして優梨が睨んだ。そんな表情の優梨でも、僕には愛おしく思えて、片手だけでは足りなくなって、両方の手で頬を包んだ。
「……セバスチャンこと菊池さんが手伝ってくれたんだ。
流石に手錠までするとは思わなかったみたいで。鍵を取りに車で城の方に向かったんだ」
「この地下道の先にあるの?」
「うん、そう」
「さっきのナイフとか、このマントは?」
「菊池さんが用意してくれたヤツ。ここのコンセプトに合わせて作られたスタッフ用の防犯グッズとレインウェアなんだってさ。
スプリンクラーの作動スイッチは地下道に一定の間隔であるって教えてくれた。爆破アトラクションの起動装置は華厳宮が持っているからもしかしたらって」
「爆破……。那智さん、そこまで忠実に再現したんだ」
「オープン前に取り外すことに昨日決まったらしいよ。やっぱり地下道で爆破は危なすぎる」
「……だよね」
思わず苦笑してしまう。
高校生の僕らでも危険だと分かるのに、そのまま突き進む華厳宮の方が厨二病を拗らせている。
「あれが本物の厨二病っていうものかなぁ」
「……そんなことより、騎士、怪我してない?痛いところ、ない?」
一瞬、手錠を外そうと暴れた時についた手首の傷が頭をよぎったけれど、制服の袖口の中で見えないから、言わないことにした。
それぐらい格好つけさせてよ、優梨。
「……ないよ、全然。大丈夫」
「……よかった」
僕をまっすぐに見つめる優梨の瞳に、小さな僕の顔が写っているのが見えた。優梨の視界にあるのが僕だけだと思ったら、歯止めが効かなくなった。
頬を挟むようにしていた手を少しだけ後ろに動かして、優梨の耳を包むようにした。僕の指先が優梨の髪に埋もれて、艶やかな感触が鼓動を早くさせた。
「優梨」
「……騎士?」
「優梨は僕のお嫁さんになら、なりたいと思ってるの?」
「うん」
即答。
思わず笑みがこぼれた。
「ふふっ、そうなんだ」
知らない同級生に告白の呼び出しをされた上に、財力のある華厳宮にべったりと抱きつかれていた優梨を見て、嫉妬の炎が燃え上がっていた。最近のモヤモヤした焦燥感も手伝って、少しだけ手荒なことを優梨にしてやりたい衝動に駆られていたけれど。
一瞬で鎮静化された。
やっぱり優梨はすごいな。
見た目が最高に可愛いだけじゃなくて、それ以上に僕にとっての大切なところを必ず外さないで反応を返してくれる。
そういえば、厨二病になってからもずっと僕を傷つけるようなことは言わなかった。僕だけじゃなくて、誰に対しても攻撃するようなことは言わなかった。
不意にすとんと理解がきた。
「優梨は何かを守るために、厨二病になったの?」
頬を僕の手に挟まれたままの優梨が、大きな目をさらに大きくして固まった。そして、固まったままじわじわと頬が赤くなり、顔全体が真っ赤になったと思ったら、急に涙をこぼした。
「え?!優梨?!
どうしたの?やっぱりどこか痛いの?怪我した?!」
「ち、がう」
えぐえぐと泣きながら優里が答えると、僕の手にも優梨の涙がたどり着いた。濡れた頬の感触にどうしていいのかわからなくなった。
こういう時はどうすればいいんだ?王子様のキスで万事解決するなら、いくらでもするけどと、思考が明後日の方向に飛び越えていこうとしていた時。
「……まぁてぇぇ〜!」
逃げてきた方から、スプリンクラーでびしょ濡れになった華厳宮がよたよたと走って追いかけてきた。
「うわぁ!」
「ひっ!騎士、早く逃げよう!」
鳩尾を押さえながら、びしょびしょになった黒マント姿で追いかけてくる姿は、ちょっとしたホラーだ。
その上、セットしていた髪型も崩れて頭皮が見える。
頭皮?
優梨に手を引っ張られながら走る間、恐ろしさよりも好奇心の方が優って、思わず振り返ってしまった。
馬車用に作られたレールにつまずいたのか、華厳宮がこけた。
ふわっと光るところが見えた。
僕は察した。
ぎゅっと握りしめていた優梨の手を今度は僕が引っ張るようにして、走るスピードをあげる。
***
華厳宮の最後の悪あがきともいうべき猛追は、城に着く前に無に帰した。
セバスチャンこと、菊池さんがメンテナンス用の移動車で迎えにきてくれたのだ。
「菊池さん!華厳宮が追いかけてきます!あと、さっき言っていた華厳宮のウィークポイントがわかりました!
っていうか、わかっちゃいました!」
「そうですか。それならなおさらのこと、トドメを刺しておきましょう」
屋根のない荷台だけの車には、直立不動の菊池さんの他にもうひとりいた。黒髪ストレートの着物美人だ。
優梨のような美少女が、そのまま大きくなったらこんな風になるんじゃないかと思うような顔立ちだった。
ただ、荷台の道具入れに座っているのにも関わらず、ピンと伸びた背筋からは、僕らとは違う育ちの良さが滲み出ていた。
女の人の揺らがない姿勢を見て、僕は気がついた。
この人が菊池さんの仕えている本当の主だと。
僕は優梨の手を少しだけ引っ張って、耳元に口を寄せると、今までの簡単な説明をした。
「優梨、セバスチャン呼びされていた菊池さんは華厳宮じゃなくて、そのお見合い相手であるこの女性の執事さんなんだ」
「え?華厳宮さんの執事さんじゃないの?」
「うん。お見合いの席で華厳宮の弱点を知ったことで、自分の側付きになるよう半ば強制的に頼み込まれたらしいんだ。
それで今回、優梨を連れ去ろうとしている姿を録画して、犯罪証拠として突きつけて解放してもらうつもりだったみたいなんだけど……、どうやらそれで終わりにならなさそうだよ」
僕と優梨は目を合わせると、華厳宮を警戒しながら、車の後ろに移動した。
道具箱に腰掛けたままの着物美人は、僕と優梨を見つめるとにっこりとした笑みを浮かべた。
「迷惑をかけたな。詫びは後で」
びちゃびちゃのマントをよたよたとした足取りで揺らしながら、息を切らせて華厳宮が走り寄ってきた。
苦しさのあまりか、下の方だけを見て走っている。いや、もうほぼ歩いている。
「ぜぇっぜぇっ……待て……我が薔薇姫」
「華厳宮那智、薔薇姫とはわたくしのことか?」
「あぁ?何を……秋保!貴様、なぜここにいる!」
急に虚勢を張るように腰を伸ばして仁王立ちした。しかしヘアセットは乱れたままで、華厳宮の羞恥ポイントが曝け出されたままだ。
「何をとは、愚問だな。
それにその口の利き方は妻になる相手にすべきではないな」
「大轟秋保!
貴様をつ、つつ妻になどすることは絶対にない!世界が暗黒舞踏に蹂躙されようともこの私が」
「那智よ。その愚かさと残念なところも含めて受け入れられるのはわたくしだけだ。
菊池に聞いたぞ。
高校時代のわたくしによく似たこの娘に懸想しているフリをしているそうだな」
「セバスチャン!」
「菊池です」
「根も葉もない戯言をぬかすなぁ!」
「初恋拗らせ野郎が何を言っているんですか」
「こんのくそセバスがぁ!!」
「菊池です」