第7話 後悔の果てに残る希望、永劫回帰の終焉
家族と騎士にだけは、今までと同じように話せた。
けれど、気がついたら、それ以外の人には反射的に違う言葉を使うようになっていた。
家族があまり理解できない言い回しをわたしが使っていても、騎士だけは分かるようになってくれたのがとても嬉しかった。
騎士だけは、わたしの言葉を拒絶しない。
分からなくても理解しようと努力して、そして、本当に通じるようになる。
それだけでも幸せだったのに、奇跡が起きて、騎士の彼女になれた。
わたしの聞き間違いじゃないかなと思った。
確認の意味も含めて、誓いのキスをしたけれど、騎士に拒絶されなかった。
嬉しい。
もうずっと、誰からも告白されていない。騎士が狙われることも、心配しなくていい。
わたしの好きな人を、わたしは隠さなくて、いいんだ。
嬉しい。
騎士にしか分からない言葉で作った拒絶のシールドは、もう崩してしまってもいいんじゃないかな。
ゆるゆると弛緩し始めたわたしは、クラスメイトたちと交流を始めて、いつも隣に騎士がいるこの生活に、すっかり心が溶けてしまっていた。
それがよくなかったのかな。
高校生になってからは、告白の呼び出しは一切なかったのに。
「瀬田さん、好きなんだ。
俺も、『漆黒のディスタンス』が好きで。
瀬田さん、かわいいし、美人だし、その独特の言い回しもかっこいいなと思って。
良ければ俺と付き合ってくれないかな?」
あぁ、まただ。
わたしにはもう騎士がいるのに。
もう、誰も邪魔しないで。
「我には悠久より結ばれし盟約がある。
――ゆえに、貴殿と交わることは無い」
震えそうになる声を抑えて、わたしは首を横に振って明確な拒絶を示した。
困ったような顔で、立ち去っていったあの男子は。
もしかして。
那智さんのように、わたしの拒絶の言葉が、伝わっていなかったんだろうか?
一瞬で血の気がひいた。
胸の前で握りしめた手が、冷たい。
那智さんに抱きしめられて、身動きの取れない姿勢で、わたしは数時間前に言ってしまった自分の言葉を、心の底から後悔した。
断った。
拒絶した。
私がそのつもりでも、相手には伝わっていなかった。
そして、今もわたしの肩から手を離そうとしない那智さん。
彼にも断りの言葉を伝えたはずなのに。
そのつもりのない言葉を婚姻に承諾した言葉だと言って、わたしを追い詰めている。
わたしの言葉は、騎士にしか伝わらない。
それでいいと思っていたのは、間違いだったと、今、痛感した。
騎士との関係を守るために、わたしはわたしの言葉を、他の人にも伝わるように使わなければならないのに。
「…………っ!」
分かっただけで、言葉が出てこない。
「もう少しで城に着く。
そこで誰にはばかることもなく、ひそかにじ……っくりと共に愛を育もうじゃないか」
身じろぎした途端、わたしの肩と腰に回していた腕に力をこめて、那智さんが小さな声で囁いた。
この人は、言葉の力を知っていて、それを十全に使うことができている。
お飾りのような社長令息だと自嘲気味に言っていたことがあったけれど、冗談じゃない。この人は言葉ひとつで相手の自由を奪い去るだけの暴力的な言葉の使い方を知っている人だ。
ぎりっと奥歯を噛んだ。
ずっと騎士とふたりだけの世界に逃げていたわたしが、10歳も上の大人の那智さんに敵うのだろうか。
怖い。
また中学2年の時のように、わたしの言葉は届かないのかもしれない。
怖い。
でも、わたしは騎士の隣に戻りたい。
どんなわたしでも、受け入れてくれた騎士の隣にいたいから。
言葉を。
出せ!
大きく息を吸い込み、馬車の外の暗闇に響くように、わたしは叫んだ。
「騎士ー!助けてー!
わたし、那智さんの妻に、なりたくないのー!!」
悲鳴じみた声の残響が消える前に、自動で前進し続けている鉄の馬の上に、何かが勢いよく落ちてきた。
それは、白いマントを翻して、馬車の中に入ってきた。
乾いた地下道の風が、わたしの前髪を跳ね上げた。
驚いて目を見開くと。
那智さんの手に、キラリと光る刃が向けられていた。
「華厳宮!その汚い手を優梨から離せ!!」
真剣な表情で、那智さんを睨みつける騎士が、そこにいた。
「騎士……!!」