第3話 隠しきれない秘宝の輝き
家に帰って、夕飯を食べて、風呂上がりにほうじ茶を飲んで少し落ち着いた後。
僕はようやく気がついた。
「契りって、約束だけど、夫婦の約束をすることじゃないか……!」
念の為にと国語辞典を開いて、ようやく僕は自分の犯した間違いに気がついた。
気がついたが、そして、ものすごい勢いで羞恥心に襲われたが、喜びの方が遥かに上回った。
「やっ……たぁ!優梨が彼女になった!
絶対、20歳どころか、30歳近くになっても無理だと思ってたのに……!」
なにせあの厨二病だ。
僕が告白をしたところでまともな返答は返ってこないと思っていた。それこそ、2次元にこそ僕のライバルが数多いると思っていた。
それが。
「やったぁ!やったぞー!」
僕はガッツポーズを作り、ひとりベットの上で、にやにやごろごろしながら歓喜の声をあげ続けた。
**
そもそも。
いくら幼馴染で、隣のおじさん、おばさん、お姉さんに頼まれたからって、好きでもない女の子と多感な年頃の中学2年生からずっと、休日をほぼ一緒に過ごすわけがないだろう。
その辺の僕の下心が無事に叶って良かった。
めでたしめでたし。
………と、思おうとしたけれど。
「本当に付き合っている……んだよな?」
あの日、カーテン越しの夕陽の中で、優梨に額にキスされてから、いつも通りの毎日が過ぎている。
いつも通りに学校に行き、授業を受けて、友だちと過ごして、帰り道で優梨と合流する。
そして、時間が早ければ優梨の家に行き、いつも通りにダラダラと過ごす。
そろそろちゃんと勉強しなさいと、優梨のお姉さんに言われるようになったけれど。
いつも通りだ。
いつも通りすぎて、本当に優梨と“契り”を交わした魔王の生まれ変わりは僕なんだろうかと疑問があふれ出てしまって、仕方がない。
うん、そりゃあ僕は淡々とした日常を愛する男子高校生ですよ。
うん。
でもね。
幼馴染の彼女ができたんだから、もう少し浮ついたラブコメ展開の日常がきてもいいんじゃないでしょうか?!!!
「優梨の枕元に、ラブコメ漫画を投下すればいいんだろうか……」
考えすぎて訳がわからなくなってきている。
だって。
「優梨と付き合うことになったんだー」
「へえ、そうなんだ。おめでとう」
額にキスをされて浮かれた僕は、翌週にはもう彼女持ちの友人に報告という名目の自慢兼惚気をしていた。
それをあえて優梨に聞こえるように言って、ちょっとだけ頬が赤くなるのが見たいという、くそ下らない作戦でもあったんだけど。
それが僕の予想に反して、優梨はひとり読んでいた本を閉じると、てくてくと僕たちのいる方に近寄ってきた。そして、僕の服の裾をちょんっとつまむと、言った。
「盟約は既に果たされ、魔王の生まれ変わりであることを理解した以上、そこに〝否”などあるはずもなし。
――貴殿にも、聖樹の加護があらんことを」
「……えーと、瀬田さん、なんて?」
急に優梨から話しかけられた友人は、僕に助けを求めた。僕はかいつまんで伝えた。
「彼女になったので、よろしくって」
「あー、そういう意味のよろしく頼むね。うんうんわかった。
よろしくね瀬田さん」
「……うむ」
この時は、優梨が僕以外のクラスメイトに、自分から初めて話しかけるのを見て驚いてしまった。
今まではどんなに僕が言っても、絶対に同級生の誰とも話そうとしなかったのに。
きっと僕がいて、優梨の話をしていると分かったからだ。そうに違いないと、心のすみっこに湧いた優梨への独占欲が裏切られる焦りを揉み消した。
けれど、その時から優梨は少しずつクラスメイトたちと会話をするようになった。
なんで?
「瀬田さん、今のは分かった!
動画で人気のお笑い芸人のコンビ名を聞いたんだよね?!」
「えー、優梨ちゃんもお笑いとか観るんだ〜!じゃあさ、これとかは?」
そして気がつけば、優梨の独特の厨二病語がクラスメイトの中でクイズ形式の娯楽として流行り始めた。
最初は答えを僕に訊ねていたクラスメイトたちも、気がつけば僕と同じくらいに理解できるようになっていた。
それもこれも優梨の愛読書『漆黒のディスタンス』は中高生男子に人気の漫画で、さらに最近お気に入りになった『陰陽の理〜暗闇に還るモノ〜』がイケメン俳優やアイドルたちがこぞって出演するシーズンドラマで放映されはじめたからだ。
誰も理解できなかった優梨の厨二病の世界が、2年経った今ではトレンドになりつつあるのだ。
そこまでは、いい。
もともとが気の良いクラスメイトたちと、ようやく優梨が打ち解け始まったのは、僕もいいことだと思う。
思うんだけど!
「わぁ〜、優梨ちゃん、すっっごい美少女!」
「かわいい〜。メイクなしだよね?すごいまつ毛の長さ」
「目、おっきいねぇ。ちょっとアイシャドウとかやってみていい?
怖いかな。いいよ、目をつぶって」
スクールカースト上位陽キャのメイク好き女子たちが、隠されし秘宝の在処を探し出してしまった……!!
僕だけが知ってた美少女だったのに!
「ほら、彼氏の剣ヶ峰〜。どうよ、可愛いでしょ?」
「……ふん、なんとも呆けた珍妙な面じゃないか。こんなことでは到底〝魔王”も〝騎士”も名乗れないぞ?」
「すごく、かわいいですぅ……」
恥じらいながらもメイクされた優梨は死ぬほど可愛かった。
両手で顔をおおってうずくまるほどに、可愛い。
仕方ない。優梨に免じて許してやる!!
この時は、ひたすら優梨の可愛さに悶絶していたが、問題はその日の放課後に立て続けに起きた。
それこそ優梨の身に危険が及ぶほどの問題が。