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もしも一つ願うなら【本編完結】  作者: 庭村ヤヒロ
果ての地 ソド・イントロイト
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間話 とある奇術師の話

 笑う気にもなれない程つまらない男の姿が見えなくなった後、僕は腕を振って足元の裂け目を閉じた。


「何故名前を知っているのか。答えは簡単……君達のやりとりを見ていたからさ」


 顎に手を当てて空を見上げ、もう一度裂け目があった場所を見る。

 この世界でも随分と遊んだものだ。

 神々が散る前から、今この時に至るまで。


「うん、もうそろそろこの世界はいいかな」


 ため息混じりに呟いた時、紫色の光と共に二人の女が現れる。


「遊びは終わりか? セイム」

「来たんだね。ラーナス、クレスティア」

「ああ。お前のことだ、そろそろ飽きる頃かと思ったからな」


 ラーナスは隣に立つクレスティアを顎で指す。


「その辺りをうろついていたクレスティアも回収しておいたぞ」

「クレスティアはうろついてたんじゃないわ。祝福していたの」

「はいはい、そうだな」


 ラーナスはため息をついて、頬を膨らませるクレスティアの頭をくしゃくしゃに撫でた。


「それで、今回の物語はお前の納得いく結末になったのか?」

「いいや……期待外れだ」


 ゆるりと首を振る。旅を経て何を願うのかと思えば……死への恐怖に負け、在り来たりな願いをよこした。

 恐怖に打ち勝ち、愛とやらを優先したのならもう少し遊んでやろうと思っていたのに。至極残念だ。

 クレスティアが首を傾げ、僕の隣に並び立つ。


「次の世界を探すの? ちゃんとクレスティアも連れていってね」


 手を背で組んだクレスティアは赤い目を瞬かせながら僕の顔を覗き込む。

 元より先の短い世界だ。これ以上ここにいる必要もないだろう。

 似たような世界なら他にごまんとある。わざわざこの世界でなければならない理由もない。

 それに、もしこの世界が恋しくなったなら……その時また来ればいいだけの話だ。そうだな、あのつまらない男が際限の無い時に耐えられなくなった時にでも見にいってやればいい。

 指を鳴らすと、巨大な空間の裂け目が現れる。虹色に移り変わる光が漏れる裂け目に、そっと手を伸ばした。


「来たいなら来ればいい。僕の知ったことじゃない」

「ふ、私達が行かなければ拗ねるくせに」

「寝言は寝て言ってくれないかい?」


 ラーナスの返事を聞かずに裂け目の向こうへと歩いていく。

 クレスティアは両手を頬に当てて、目を閉じてゆらゆらと揺れていた。


「次はどんな所かなぁ、楽しみだなぁ……次の世界でも迷う人達を導いてあげるの!」

「行かないのか、クレスティア。セイムはもう先に行ってしまったぞ?」

「待って待って、もちろん行くわ! 置いていっちゃイヤ!」

「そうかそうか」


 先に裂け目へと入ったラーナスが向こう側から手を差し出す。

 クレスティアはボロボロの黒い片翼をパタパタとはためかせながらラーナスの手をとった。

 二人が裂け目を通った後、あっという間に裂け目は閉じられる。


 何事もなかったかのように、虹色のクリスタルはゆったりと回っていた。




 ……僕の名はセイム・アウァールス。しがない奇術師さ。

 世界を渡り歩いては退屈凌ぎの遊び場へと変える。そんな日常を送っている。

 何十年、何百年、何千年……もう自分が何年生きていたかも数えていない。


 僕の最大の敵は退屈な時間。あまりに退屈過ぎて死んでしまいそうだ。

 ……本当に死ねるなら、それで良かったのだけど。


 数多の花々に水を与えた。数多の木々を燃やし尽くした。全ての本を読み、全ての国を焼いてみた。

 奇跡を乞う人間に、僕の持つ力を分け与えてみたりもした。


 神々を殺してみたこともあった。一人生き残った天使を気まぐれに同行させてみたりもした。


 大体のことはやり尽くしてきた。今はほんの少しずつ違う、似たような展開の物語を繰り返し見ているだけ。

 さて、次はどの世界へ行こう。僕の退屈を満たせる何かがあればいいのだけど。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



『貴方の名前はね――』


 女の声が聞こえる。


『悪魔の子め』

『お前のせいで俺達は皆不幸になっちまう』


 男達の声が聞こえる。


『ここで一生謝っとけ』

『生まれてきてごめんなさいってな』


 暑くて、寒い。暗い暗い箱の中。


『私はラーナス。君は悪魔に魂を売ってでも、叶えたい願いはあるかい』


 差し伸べられた手が、とても温かいものに見える。

 それが更なる冷たさへ導くものだと知らなかった。

 そう、知らなかったんだ。



 ゆらり、ゆらりと水面が揺らぐ。

 ……夢を見ていたらしい。


 体を起こそうとして、全身に巻きついた鎖に気づく。

 ああ、そうだ。そういえばこんな風にされて、海に沈められたのだったか。

 いくら切り刻んでも、燃やしても、全てを溶かす酸につけても。僕が死なないのを見た『勇者役』の苦肉の策なのだろう。

 気まぐれにやられ役をしてみたけれど、やはり相手は選ばないとお遊戯会にさえならないのだと分かる。

 重りをつけられた鎖を砕く。浮上すると、ラーナスとクレスティアがこちらを覗き込んでいた。


「お目覚めか、『魔王役』よ」

「起きた! クレスティアね、ずっと待ってたんだよ。えらい?」

「本当は少し遊んでいただろう。セイム、お前が中々起きないからだぞ」

「……どれくらい経った?」


 ラーナスは唇に指を当て、考える素振りをする。


「そうだな……ざっと二百年くらいか?」

「……その程度か」

「ぐっすりだったね、セイム。もじゃもじゃになってるよ」


 海を上がり、パチンと指を鳴らす。体に纏わりついていた藻も、びしょ濡れの服も、これで元通りだ。


「もじゃもじゃ面白かったのに」


 ぷくりと膨らませたクレスティアの頬を、ラーナスが両手で挟む。


「そうだな。残念だなあ、クレスティア?」

「むー」


 もにもにと頬を揉まれ、クレスティアは眉をひそめた。

 彼女らの戯れに付き合っている暇はない。いや、暇は有り余っているくらいだが……だからこそ、面白いものを探しにいかなくては。


 真に死を迎えられないこの体では、無限に広がる世界を相手に遊んでも時間を腐らせてしまうのだから。

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