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もしも一つ願うなら【本編完結】  作者: 庭村ヤヒロ
果ての地 ソド・イントロイト
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第85話 目覚め

 ……知らない天井だ。

 目を覚まして早々、そんなことをぼんやりと思った。視界にあるのは何の変哲もない天井だというのに流れ込んでくる情報のせいで頭が痛い。材質だの体積だのどうだっていいのに、この目は勝手に分析し続ける。


 私はどうしてこんなところにいるのだろう。そう考える間もなく、ズキリと右腕が痛んだ。

 腕を持ち上げてみる。右前腕の真ん中あたりから先がない。


 ……そうか。そうだった。私は闇の神官に腕を切り落とされたんだ。

 助かった……のだろうか。こうしてのんびりと考えていられるということは、そういうことなのだろう。


 全身が痛いが、左手の方は無事に動くようだ。閉じた左目に触れてみる。包帯が巻かれているらしい。


 ドアが開く音がする。顔を向けてみると濃緑の髪の男が立っていた。風の神官エクメドだ。

 ということは、ここはミスキーだろうか。私はどうしてそんなところに……?


「ああ、良かった。目が覚めたんだね」


 ほっと息をついた彼は扉を閉めて近づいてくる。


「……私は」


 酷く声が掠れている。上手く喋れずにいると、エクメドは眉を下げてベッド横の椅子に座った。


「君は三日間も眠っていた。目が覚めたばかりなのだろう? 無理をしなくていい」


 頷くことで返事を返す。

 三日、か。

 少しずつ記憶がハッキリしてきた。メレクから魔宝石を奪った私はカメリアにゲートを開かせ、その中に飛び込んだ。まさかそれがミスキーに繋がっていたとは。


「君を見つけた時は驚いたよ。空が光ったと思ったら、海に何かが落ちていくのが見えてね。念の為に確認しに行ったら……君が浜辺に流れ着いていた」

「海に……」


 随分と雑に飛ばされたようだ。いや、そういえばゲートに飛び込むと同時に攻撃を受けた……それが原因か?

 そうだ、魔宝石。魔宝石はどうなった?

 起きあがろうとすると体の節々が痛んだ。


「君はかなりの大怪我を負ってる。何か必要なら言ってくれれば私が用意しよう」

「……魔宝石は」

「ああ、君が握りしめていた物か。保管してあるとも」


 良かった。無くしたなんてことになったら、これまでの全てが水の泡になる。

 エクメドは難しい顔でこちらを見つめた。


「あれは神官の物だ。それを……なぜ君が持っていた?」


 どこから話したものか。考えていると、エクメドは首を振った。


「いや、今の君に聞くべきことではなかったな。もう暫く休んでいるといい。水と食事を持ってこよう」


 そう言ってエクメドは部屋を出て行った。

 再び天井を見上げた。深く息を吸って、吐き出す。少し体が痛んだ。


 ……生きている。

 私は、生き残ったんだ。


 今になってその実感が湧いてくる。そうか、私は無事に逃げきったのか。

 いや、無事とは言い難い。それでも、心臓は鼓動を続けている。


 目を閉じる。あまり鑑定眼を使っていると頭痛で何も考えられなくなりそうだ。

 暗闇が広がる。


 ――セキヤ・レグラスはゼロ・ヴェノーチェカに死んでほしいと心から願っている。


 あの時。樹に吊るされたセキヤを視た時、流れ込んできた情報の中にあったもの。

 どうして……どうして、彼はそんなことを願ったのだろう。

 あんなに優しい彼が。あんなにも私を守ろうと尽力してくれた彼が。過保護なのではないかと思うほど、尽くしてくれた彼が。

 どうして……?


 考えれば考えるほど分からない。

 ただ確かなことは、この情報が真実であるということだけ。

 つまり彼は本当に私の死を願っていたということだ。その事実だけが残っている。


 私が、助けられなかったから?

 それとも……それよりずっと前から、そう思っていた?

 いつからだ? いつから彼は私の死を願っていた? 殺したいと、思っていた?


 分からない。分からない。分からない……どんなに考えても、分からない。いや、分かりたくないのか。


 ……ヴィルトは、死の間際何を思っていたのだろう。

 セキヤと同じように……私の死を望んでいたのだろうか。

 私を恨んだのだろうか。


 思考の海に沈んでいるとノックの音が聞こえる。

 入ってきたエクメドは木のトレイに水と深い器を載せていた。


「穀物と野菜を煮溶かしたものだ。できるだけ味は整えてある」


 起きあがろうと左手をつく。

 トレイをベッドサイドのテーブルに置いた彼は私の体を支えてくれた。彼の補助もあって、どうにか起き上がる。暫くは一人で起き上がるのは大変そうだ。


「ほら、水だ」


 コップを受け取る。一口含むと全身に染み渡っていくようだった。コップを返すと、今度は穀物の粥が入った器を差し出される。


「食べられそうかい」


 ドロドロに煮溶かされた粥は、固形の具は何も見当たらない。彼が持つ器から一匙掬って口に入れる。ほのかな塩味が効いていて、食べられないことはない。


「ゆっくりでいい」


 少しずつ粥を口に運んでいく。空っぽの胃に少しずつ流し込んでいく。温かな粥が体の内側から温めてくれているようだ。


 エクメドは私が食事を終えるまで黙って微笑んでいた。……その笑みに他意はない。ただ私が食事をできる程度に回復していることを安心しているのだと、鑑定眼が教えてくれた。


 食事を終えると、エクメドは姿勢を正して私を見つめる。


「それで……魔宝石のことなのだが」

「……闇の神官から、奪いました」


 正直に話す。嘘をついたところで、もし何らかの方法で確認されればバレてしまう。

 それに、それらしい言い訳を考えるだけの気力も残っていなかった。


「……このことは、大神官に報告させてもらう。神官が持つ魔宝石の窃盗、強奪は大罪だ。君の処遇も大神官が決めることだろう」

「そう、ですか」


 それはそうだ。神官にとって魔宝石がどのような物か詳しくは知らないが、あれだけの大粒で混じり物もない魔宝石だ。その価値だけでもかなりのものだろう。

 あの時は必死すぎて、その後のことを考えられていなかった。罰せられるのは当然か。


「不躾な質問ですまないが……赤髪と青髪の彼らはどうした?」

「……死にました。闇の神官に、殺されて」

「そうか……」


 エクメドは目を閉じ、黙り込んだ。どうやら私のことをどう報告するかで悩んでいるらしい。


「……君自身の怪我も相当なものだ。自分を守ろうとして、事故で魔宝石を持ち帰ってしまった。これで報告してみるよ」

「いいのですか……? 虚偽の報告として、罰則が与えられたりは」

「私自身も神官だからね。せいぜいお叱り程度で済むだろう……君は気にしなくていい。恩人へのささやかな礼だ」


 微笑む彼は、心からそう思っているらしかった。

 ふと気がつく。彼の顔が以前見た時より幾分か健康的になっている。目の下のクマはもっと濃かったように記憶していたのだが。


「……顔」

「顔?」

「顔つき、変わりました?」


 ぽかんとしたエクメドは小さく笑った。


「五年も経てば多少は変わるのかもしれないね」


 ……五年?


「待って、ください。五年? 前に私達が会ってから、半年も経っていないはず……」

「前に会ったのは丁度五年前の秋頃だっただろう? 私も君を見て驚いたよ。翼や尻尾まで生えているのだから」


 尻尾? 次々と情報が入ってきて追いつかない。とにかく年について彼は嘘をついていないらしい。

 思えば少し腰の辺りに違和感がある。尻尾ってこれか。

 そうだ、ペンダント。ペンダントも確認しなくては。


「私のペンダントは……」

「それも保管している。持ってこよう」


 エクメドは部屋を出て行った。

 あれから五年……? 明らかに時の進みがおかしい。

 考えられるのは、オーバルやアンディスの時の流れが違うか……ゲートを通った際に時間さえも超えてしまったか。それくらいだろう。


 少ししてエクメドがペンダントを持ってきた。

 ペンダントにはめられた石は全てが色鮮やかに染まっている。

 ……全て揃った。これで条件は満たされた。

 願いが叶う地に辿り着くための、条件が。

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