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もしも一つ願うなら【本編完結】  作者: 庭村ヤヒロ
地底の牢獄 アンディス
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第81話 闇の神官

 私達を吹き飛ばし、岩を飛ばしてきたあの怪鳥。ツァーカブと出会うキッカケにもなった怪物が、目の前に降り立った。

 ジロリと私達を一瞥した怪鳥は、アディシェスに近づくとクルルと高い鳴き声を上げた。

 まさか……この怪鳥が、ロト?


「この子がロトですよ。可愛いでしょう?」

「……私達、その……ロトに襲われたのですが」

「侵入者だとでも思われたのでは? おおよしよし、甘えん坊だなお前は」


 私の話には全く興味がなさそうだ。思えば、彼は過去を見ることができるのだから私達がロトに襲われたことも知っていそうだな……。

 頭を下げるロトの首元を撫でながら、アディシェスは鞍を取り出した。慣れた手つきで鞍を装着していく。


「まだこれから一仕事ありますから、頑張ってくださいね。ロト」


 頭を撫でられたロトはもうひと鳴きしてアディシェスに擦り寄った。


「さあ、乗ってください」

「……」


 襲われた相手に乗れと? そう思いはしたが、何を言ってもこの男はきっと聞き入れないだろう。

 ロトは背を低くして私達が乗るのを待っている。


「まったく、人間って本当にどうしようもないのね!」


 キムラヌートが我先にとロトに乗り上げた。


「う〜ん、ふかふかだわ! ずっと乗ってみたかったのよね」

「一番前は私が乗りますから、もう少し後ろにズレてくれます?」

「分かってるわよ、アディシェス」


 キムラヌートを乗せてもロトは大人しい。これなら乗ってみても大丈夫だろうか……?

 先にセキヤが乗り、ヴィルトもその後に続く。少し手間取りながらも登った後、私が二人の隙間に乗った。


「よし、早速向かいましょう」


 軽やかに飛び乗ったアディシェスは、ロトの背を撫でると軽く叩いた。

 それを合図に大きく羽ばたく。ぐらりと揺れたのを、しっかりと掴まって耐え凌いだ。飛び立ったロトは大きく旋回して死の丘へと向かい始める。


「ロト、ゆっくり向かってあげてください。人間は軟弱ですから、貴方の普段のスピードにはついていけません」


 少し腹の立つ言い方だが、その通りではあるので何も言えない。ありがたいとさえ思うのが正直なところだった。


「それにしても、死の丘に何の用なの?」

「死の丘というよりは、そこにいる神官に用があるんです」

「俺達、神官が持ってる魔力を分けてもらうために旅をしてるんだ」

「ふーん……なんだ、そんな理由だったのね」


 キムラヌートは突然つまらなさそうにため息をついた。


「妙な人間もいるから、もっと面白い理由かと思ったのに」

「妙……」


 まあ、最早純粋な人間とは言えないだろう。それは自覚している。


「神官にはしっかり対応していただかないといけませんね。なにせ、バチカル様が傷つけるなと仰った大事な客人ですから」

「……そうね。しっかりしてもらうよう言いつけておかなくちゃいけないわよね?」

「ええ、それはもう」


 アディシェスとキムラヌートが笑い合う。闇の神官……へイェの半身とのことだが、一体どのような人物なのだろうか。

 天上人にはあまり良い思い出がない。マシな人物であればいいのだが……。


「さあ、そろそろ到着しますよ」

「あれが……死の丘……」


 ヴィルトがぽつりと呟いた。

 近づくにつれてその全貌が見えてくる。

 黒い枝は天高くどこまでも伸び、まるで空を支えているかのようだ。

 ……いや、空はないのか。飛んでいるおかげか、上空の様子がよく分かる。正しくここは地底の世界で、岩の天井が広がっているらしい。

 黒い枝の先は、まるで根のように天井の岩に張り巡らされている。


「死の樹はこの世界を支える重要な樹です。繰り返しますが、決して傷をつけぬように」


 死の丘に死の樹。なんとも物騒な名だ。

 それにしても、この世界を支える……と言うが、まさか本当にあの樹一本で天井を支えているとでも言うのだろうか? いくら大樹とはいえ、無理があるのではないだろうか。


「もっとも……貴方がたには傷一つ付けられないと思いますがね」


 小馬鹿にしたようにアディシェスが笑う。なんとも腹立たしい男だ。しかし、黙って聞き入れるしかない。ここで見放されて困るのは私達だ。


 大樹の周りをぐるりと旋回したロトは、ゆっくりと地面に降り立った。

 死の樹には何本も先に輪が括られたロープがぶら下がり、根本には赤い池が広がっている。鉄臭い臭いが漂っているが、あれは……血の池か?


「さあ到着しましたよ」


 ロトの背から順番に降りていく。

 死の樹の根本、盛り上がった岩に腰掛けていた何者かが慌てた様子でこちらへ向かってくる。


「キ……キムラヌート様、アディシェス様。僕に何か……ご用ですか?」


 少し掠れた辿々しい声と共に現れた人物は、黒い布で目元を隠していた。肩まで伸びた銀髪と空色の肌、長い手脚を見るに天上人だろう。翼は見当たらないが。

 長い袖の黒い衣は裾が短く、腹が見えている。オリーブグリーンのズボンには小豆色の布が前開きのスカートのように何段も重ねられていた。ぐるぐると何重にも巻かれたロープが腰に下げられている。胸元を飾る小豆色のループタイには、紫の魔宝石があしらわれていた。

 そして右手には、小豆色の柄の両端に鋭い刃が付いた薙刀のようなものを持っている。身長よりも長いそれは異様な存在感を放っていた。


「やあ、メレク。元気にしていましたか」

「ちゃんと仕事してるんでしょうね?」

「……はい。言いつけ、通りに……」


 両手で薙刀を持つメレクは、怯えた様子で頭を下げた。よくよく見てみれば、その手は微かに震えている。どうやら神官であるメレクよりも悪魔の方が立場が上らしい。


「今日は客人を連れてきました。丁寧に対応しなさい」

「きちんとね!」


 メレクの顔がこちらを向く。布で目は覆い隠されているが、あれで見えているのだろうか? いや、そもそも天上人は目を開けることがなかった。どちらにせよ何かしらの方法で見ているのだろう。たとえば、魔力で感知しているだとか。


「此度の件はバチカル様も気にかけておられます。この仕事が終わったら……そうですね、貴方の半身と会わせてくださるかもしれませんよ?」

「精々頑張ることね」


 メレクはぎゅっと薙刀を握りしめる。


「頑張り、ます……」


 仮にも神官だというのに、この扱いで良いのだろうか?

 深く深く頭を下げたメレクに目もくれず、アディシェスはロトの元へ向かう。


「さあ、私達は帰りましょう」

「えっ!? で、でも、まだ来たばかりよ?」


 両腕を広げるキムラヌートに、アディシェスは笑みを浮かべたまま頷いた。


「そうですね。しかし私にはまだ他の仕事も残っていますから」

「ええっと、それなら私はここに残って――」


 居座ろうとするキムラヌートを抱き上げたアディシェスは、そのまま軽々とロトの背に乗った。


「ちょっ、離しなさい!」

「キムラヌート様は騎士の仕事の見学として同行していらっしゃったのでしょう? まだまだ仕事はありますから、しっかり見学なさればよろしいかと」

「う〜っ」


 納得いかない様子で唸りを上げたキムラヌートだったが、アディシェスは素知らぬ顔だ。そのままロトは羽ばたき始める。


「それでは全てが終わった頃に、また」


 そう言い残してアディシェスとキムラヌートは去っていった。

 さて……ここからは私達の手腕次第だ。どうにか説得して、魔力を貰い受けなければ。

 しかし、立場が上だと推測される二人から丁寧に対応するよう言われているのだ。案外、簡単に話が運ぶかもしれない。

 ひとまず、まずは自己紹介からとしよう。


「初めまして、闇の神官。私はゼロといいます」


 セキヤ達に目を向けると、二人も一歩前に出て自己紹介を始めた。


「俺はセキヤ。で、こっちが」

「ヴィルトという。ええと……よろしく」


 メレクは身長ほどもある薙刀を肩に担ぎ、口を開いた。


「僕は……闇の神官、メレク」

「私達がここに来た理由ですが、貴方の持つ魔力を――」


 咄嗟に飛び退く。

 今、明確な殺意を感じた。今し方、自分がいた場所を刃が通り抜ける。


「……いきなり、何ですか」


 薙刀を振り抜いたメレクは、すぐに構え直す。


「俺達は敵じゃないよ。君の半身……へイェからの伝言も預かっているんだ」

「……伝言?」


 今まさに次の斬撃を繰り出そうとしていたメレクが動きを止める。


「そう、伝言!」

「時には戻ってきてもいいのですよ、と。そう言っていました」

「へイェ……」


 メレクはぽつりと名を呟くと、薙刀を下ろした。

 分かってくれただろうか……? 警戒は解かないまま様子を見る。

 メレクはゆっくりと手を持ち上げ右目のあたりに触れると、口を一文字に引き結んだ。

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