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もしも一つ願うなら【本編完結】  作者: 庭村ヤヒロ
天上の庭園 オーバル
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第71話 反撃

 何度目かの打撃を受けて跳ね飛ばされた体が床に叩きつけられる。

 落とした槍を震える手で握り、立ち上がった。


 槍を振り回していて、何度か手応えはあった。でも、きっとそれらは受け止められたものだ。ダメージは与えられていない。

 俺はゼロみたいに気配を感じとることはできない。視覚に頼ることもできない。

 音を頼りにしても、次の瞬間には打撃が飛んできている。俺のスピードでは、どう足掻いても対応できない。

 結局、当てずっぽうに槍を振り回したり突き出したりすることしかできずにいた。


(ゼロは、セキヤは大丈夫だろうか)


 様子を見るなんて暇はない。本当なら、こんなことを考えている余裕さえない。

 案の定、飛んできた次の打撃を避けることができなかった。

 ずしりと腹に沈んだのは、重たい拳で。俺は耐えきれずに胃の中身を吐き出した。

 手から槍が落ちる。ガランと音を立てて床に落ちた槍が浮いたかと思えば、姿を消した。


(奪われた……!)

「せめて、一撃で終わらせてやろう」


 サバカの声が聞こえたかと思えば、風を切る音が聞こえた。

 咄嗟に体を捩る。鋭い痛みが、腹を貫いた。

 ごぽり。そんな音が聞こえたかと思えば、込み上げた血液が口から溢れ出す。


(……これだ!)


 見えはしない。それでも、たしかにそこにある。

 槍を掴み、より深く自分へと突き刺した。がくりと震えた槍から、サバカの動揺が伝わる。

 伸ばした手が、槍を握るサバカの腕に……触れた。


 ぶわりと青い光が辺りに広がる。

 避けられるだけの素早さも、全てをねじ伏せるような筋力も、活路を見出すための頭脳も。何も持たない俺が、唯一持っているもの。

 唯一無二の攻撃手段。


「な……ッ」


 光の粒子は俺とサバカがいるであろう場所へ吸い込まれていく。

 まだだ。まだ足りない。

 掴んだ槍を、より深く、もっと深く。肉を抉り、切り裂くように。

 俺が傷つけば傷つくだけ、その威力は大きくなる。


「っが、ぁ……う、うぅ……ッ!」


 苦しむ声が聞こえる。ぽたぽたと、床に俺のものではない血液が滴り落ちた。

 あの日の彼の姿が脳裏に浮かぶ。俺の故郷について謝った時の、彼の姿。


(貴方が俺に恨みがないと言ったように……俺も、貴方への恨みはない。故郷のことは貴方のせいじゃない。でも……それでも)


 槍を強い力で振られる。腹が裂け、刺さっていた槍が抜けた。

 ギリリと歯を食いしばる。それは腹の痛みからか、それとも命を奪うことへの罪悪感か。


「俺は、俺には。守りたい居場所があるんだ……!!」


 血が滴り落ちる、その元へ飛び掛かる。たしかな質量に体がぶつかった。

 そのまま倒れ込むと、俺の体の下にノイズが走りサバカの姿が現れる。フードは脱げていて、苦悶の表情が目の前に現れた。


 青い光は未だ俺達の辺りを漂い、俺と彼の体へと吸い込まれ続けている。

 裂けていた腹の痛みが薄れ、それに比例してサバカの顔色が悪くなっていった。


「がはっ」


 サバカの口から、赤黒い血が吐き出される。

 きっと彼の体の中は、掻き回されたようにぐちゃぐちゃになっているのだろう。

 力が抜けていく彼の手から槍を奪い返す。


「……すまない」


 高く掲げた槍を、彼の胸目掛け――振り下ろした。 



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ……戦いは苦手だ。

 元々俺は運動が得意なワケじゃない。

 きっと俺は魔法の適性の方が高いって、昔ばあちゃんに言われたことがある。だから、きっとそうなんだろう。


 俺が使えるのは風属性の魔法。風の力を受けて俊敏性を上げる。そしてチクチクとヒットアンドアウェイを繰り返す……それが俺の戦闘スタイルだ。

 オマケにソランから買い与えられた不可視の魔道具があれば、まず相手の攻撃は当たらない。まあ、ソランやアイツの弟を相手にした時はそうも言っていられないだろうが、俺の相手はこの赤毛だ。充分に通用する。

 それなりに気配が読めるのか、それとも俺が使う魔法の魔力でも追ってるのか。俺の居場所が分かるらしいコイツは何度か俺目掛けて発砲したり足技を繰り出したりしているが、今の所当たってはいない。


(つってもギリギリなんだよ、クソが)


 やけに狙いが正確なんだよ。避けるので精一杯で、あまりダメージを与えられていないのが現状だ。


 そもそもあの妙なヒトモドキは何なんだ。急にショーだの殺し合いをしろだの。今もクスクスと笑いながら俺達を見ている。

 気味が悪いのは、正確に俺の位置を見ていることだ。まとわりつくような視線が気色悪いったらありゃしねえ。


(クソ、気が散る……ッ)


 危うく足払いに引っかかるところだった。転びそうになりながらも体勢を整える。

 今の所俺達は優勢と言っていい。あの青髪はズブの素人で、サバカも……まあ素人と言えば素人だが、鬼人相手にあの背ばかりのガリガリ野郎が力で勝てるはずがねえ。

 ソランの奴も、弟との戦いを楽しむだけの余裕はあるらしい。


 問題は俺だ。この赤髪、中々にやりやがる。

 何より怖えのは目だ。殺意マシマシ、何の躊躇いもねえ。優しそうなツラして、こりゃ相当殺してきたな。


 一方、俺は直接手を下したことはない。ソランの奴がヤって殺した後片付けをしてきた分、死体慣れはしているつもりだが……それとこれとは話が違うらしい。どうにも決め手に欠けやがる。


「オラァッ!!」


 背後に周り、その背中めがけてナイフを突き出す。

 命中は避けられたものの、かすかに肉を裂く感覚が手に伝わった。

 怯むことなく繰り出された脚を腕で受け、風の向きを沿うように調整して衝撃を緩和する。

 それでも腕がジンジンと痺れやがる。こんな時ばかりは背の低さが憎い。

 どれもこれも……妖精の血を引くせいだ。

 だが、そのおかげでこの精密な魔力操作が出来ているのだと考えると憎みきれない。


 そうこうしている内にその時はやってきた。

 青髪の槍を奪ったサバカが、そのまま突き刺しているところが視界に入る。

 ああ、あっちは勝ったのか。そう思ったのも束の間、俺は自分の目を疑うことになる。

 青い光が満ちたかと思えば、急にサバカが苦しみ始めた。


 何だ? 何が起きてやがる。

 体を折り曲げたサバカが血を吐き出したのを見た時、俺は魔力操作をとめていた。とめてしまっていた。

 遅くなった動きでは、奴の銃撃を躱せない。

 脇腹を弾が抉る。走る激痛で足がもつれた。


「がッ……」


 体勢を崩した俺は、そのまま地面を転がる。


「うっ、ぐぁっ」


 打ち付けられたところが痛む。脇腹から溢れ出す血が止まらねえ。

 顔を上げる。青い瞳が、俺の姿を真っ直ぐに捉えていた。


 まずい。まずいまずいまずい!!


 体勢を整える間もなく、無理に前へ飛び込む。今し方俺がいた所を弾が過ぎていった。


(クソ、クソ……! どうする、どうすればいい!?)


 ごろごろと床を転がり、腹を押さえながら体を起こす。

 ブレる視界の中、倒れ込んだサバカに槍を振り上げる青髪の姿が映る。


(……待て)


 おかしい。なんで、なんでオマエがそっち側なんだ。

 アイツが……サバカが、オマエなんかに負けるわけがない。


「待って、くれよ」


 声が震える。

 体を起こし、駆け出す。

 出力は全開。負荷をかけ過ぎて骨が軋む音がする。知ったことじゃない。


 させない。ソイツは、ソイツだけは。

 手を伸ばす。


 振り下ろされた穂先が褐色の肌に突き刺さる瞬間。

 俺の手は、青髪の男の体を突き飛ばしていた。

 グキと嫌な音がして痛みが走る。

 手の骨がイカれたらしい。


 青髪を巻き込んで床を転がった俺は、重たい体の下から這い出してサバカを見た。

 横たわるサバカの腹に深く槍が突き刺さった姿が、そこにあった。


「サバカ!」


 駆け寄ろうとした時、立ち上がれずに倒れ込む。

 見れば、青髪が俺の足首を掴んでいた。


「セキヤ!」


 青髪の声が響く。


 パンッ!


 乾いた音が響いた瞬間、無数の情景が脳裏を過ぎ去った。

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