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もしも一つ願うなら【本編完結】  作者: 庭村ヤヒロ
天上の庭園 オーバル
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第70話 客人

 その日は、ヴィルトの訓練を見て夜を迎えた。訓練中、立ち替わり入れ替わりで天上人達が来るので騒がしかったとだけ言っておく。

 ちなみに、アドナとカイは無事ヨドによって解放されていた。気をつけるようにとの言葉と共にヨドが二人の頭を撫でていたあたり、どうやらヨドが飴、ロヒムが鞭の役割を担っているようだ。


 そして夜が更けていく。そろそろ日付が変わった頃だろうか。へイェが言うには、今日が客人が来る日らしい。

 それにしても、結局客人とは誰なのだろう。来ることが分かっているということはへイェ達天上人の知り合いなのだろうが、何故その客人が来て私達とショーをすることになるのかが分からない。

 ……そして、ショーについても何の情報もないままだ。いきなり本番でやれと言われても難しいに決まっているだろうに。


 見張りをしながら広間の装飾を眺めていると、段々と空が白んでいく。

 セキヤ達を起こして朝食を済ませたあたりでヨドが訪れた。今日も灰色の衣をまとい、前髪を軽くかきあげるように流している。


「おはよう、人間達。へイェが呼んでいるから噴水前に来るといい」

「おはようございます。分かりました、すぐに向かいます。行きますよ、セキヤ。ヴィルト」

「うん」

「分かった」


 ヨドに続いて広間を出る。噴水は少し歩いた先だ。


「緊張しているのか?」

「……ええ、少し。ショーをしてほしいと聞いていますが、どのようなショーをするべきなのか何も聞いていないのです」

「ははっ、なに、すぐにへイェから説明があるとも。それも分かりやすいものだ」


 ヨドは小さく笑った。彼は内容を知っているのだろうか。

 たどり着いた噴水前には天上人達が並んでいる。今までに会ってきた全員がそこにいた。ヨドが列の端に並ぶ。

 そして、やはり十人目はいないようだった。

 へイェの前には、彼の部屋にあった白い石の器が置かれている。たたえられた水に触れたへイェは、その水面を見つめて笑みを深めた。


「そろそろ次の客人が訪れる頃合いですね」

「……客人はどういった人なの?」


 セキヤの問いかけに、へイェは薄く微笑む。


「なに、君達がよく知る者ですよ」

「私達がよく知る……? なぜそれが分かるのですか?」

「私が君達を見ていたから。ただそれだけのことです」


 私達を見ていた? どうやって?

 疑問を浮かべていると、少し遠くが眩く光った。


「おや、丁度いい。近くに飛ばされてきたようだ」


 光が収まると、そこには三人の人影がある。

 眩しそうに閉じられていた目が開くと、その赤い瞳と視線が噛み合った。


「……ソラン」


 現れたのは、ソランとサバカ、そしてクリシスだった。三人とも幾何学模様が入ったローブをまとっている。

 ソランはねっとりと絡みつくような目で私を見つめ、唇を吊り上げる。


「ああ……やっと会えたな、ゼロ」


 まさか、ここまで追ってくるだなんて。その執念深さに恐怖する。

 アシックはなぜ彼らを通したのだろうか。それとも、無理矢理通させられたのだろうか。

 客人というのは彼らのことだろうが、なぜ彼らが来ることをへイェは知っていたのだろう。


 疑問は絶えないが、思考することを許してはくれない。

 ソランが近づいてくるのを、へイェが手を上げて制した。


「さて、演者は揃った……六人には今からショーを演じてもらいましょうか」


 へイェを見たソラン達は、訝しげに眉をひそめている。

 天上人達の異質さを感じてか、黙ってへイェの言葉を聞いていた。


「……そのショーとは?」


 尋ねると、へイェはふふっと笑う。楽しみで仕方がないというふうに見えるが……彼の言葉を信じるなら、それも感情を再現した結果そういう風に見えているだけなのだろう。


「実に単純明快な――殺し合いですよ」


 その場の空気が固まったのを肌で感じる。

 そんな中でも、へイェは楽しそうに言葉を紡いだ。


「数も丁度いいではありませんか。三対三、どちらかが全滅するまで……実に分かりやすく、それでいて刺激的。私達はここで鑑賞していますので、どうぞお好きにやりあってくださいね」

「……私達が勝てば」

「勿論、約束は守りますとも。私は自分の言葉に責任を持ちますから。貴方達が勝てば私の魔力を分け与え、アンディスへの道も開いてあげましょう。負けたなら……それまでですがね?」


 まさか、こんな形で彼らとの決着をつけることになるとは思わなかった。

 袖からナイフを取り出す。セキヤは銃を抜き、ヴィルトは背負っていたリュックを下ろして槍を握った。

 対するソランは、何やら考えているようだ。へイェをじっと見つめていた彼は、ため息をつくと私へ視線を移す。


「なるほどなあ。これは俺も頑張らないとか」


 ローブの下、腰に下げた剣を抜いたソランは、軽く振って構えた。

 クリシスは気乗りしないとでもいった様子で、渋々ナイフを取り出す。

 サバカは武器を使わないようで、わずかに身を屈めるばかりだった。


「私を思うのなら、ここを通してくれますよね?」

「お前に殺されるなら本望だが、その後にそいつらと仲良しこよしっていうのが受け入れられないんだよ。分かるだろ?」

「分かりませんね」

「つれないなあ。まあ、もしゼロがそいつらを殺して、旅を終えた後は俺のことだけを想って生きていくっていうなら……俺は大人しく殺されてやってもいいんだぜ?」


 私がセキヤ達を殺す? 話にならない。

 交渉は決裂だ。残る手段は……本気で殺しにかかるだけ。


「いいねえ、その目。興奮する」

「気持ちの悪いことを……」

「叶うなら、その蔑みももっと受け止めたいところだったが……仕方ない。愛し合おうぜ、愛しの弟」

「その呼び方、鳥肌が立ちそうです」


 ソランが手を横に振ると、後ろに控えていたクリシスとサバカがフードを被る。ノイズが走ったかと思えば、その姿が薄く透明になった。


「消えた……?」

「死にたくねえからな。悪いが、使えるものは使わせてもらうぜ」

「一体、どこに……!?」

「……恨みはない。だが、主の命令だ。悪く思わないでくれ」


 身構えるセキヤに、クリシスの声が。槍を構えて辺りを見渡すヴィルトには、サバカの声が応えた。

 彼らがまとっているローブは魔道具なのか。姿を消すとは、厄介な……彼らが対応できるとは思えない。特にヴィルトは、槍の使い方さえ練習を始めたばかりだというのに。


「さあ、始めようぜ」


 ソランの姿が一瞬ブレる。次の瞬間には、目の前にその顔が迫っていた。

 咄嗟にナイフを構え、相手の剣を受け止める。金属音が響き、手がわずかに痺れた。


「流石は俺の弟。ちゃんと受け止められてえらいじゃないか」

「馬鹿にしてます?」

「まさか」


 ギリギリと音が鳴る。力は均衡しているようで、一進一退を続けている。あまり続けていると、いくら特別な金属が使われているらしいこのナイフでも刃こぼれしてしまいそうだ。


 一際力を込めて押し返し、その場から飛び退く。ソランは涼しい顔で剣を構え直した。

 セキヤ達の様子が気になるが、確認している余裕がない。


「ああもう、ちょこまかと……ッ」

「ノーコンじゃねえかよ、赤毛!」

「見えないってだけでそっちに利があるって分からないのかなあ!」


 聞こえてくる声から察するに、あちらも苦戦しているようだ。

 ヴィルトの方は――槍を振るう音だけが聞こえてくる。

 大方、見えない相手を近づけさせないように牽制しているのだろう。しかし、そうも無闇矢鱈に振り回していると消耗も早くなる。

 早くケリをつけて加勢しなければ。


「あっちも楽しんでいるようだし……こっちも楽しもうぜ」

「……ねえ、兄様? 私……このままでは貴方との戦いに集中できないかもしれません。先にあちらを片付けてきても?」


 ソランはくっくと笑って首を振った。


「可愛いおねだりだが……それは受け入れられないな。大体、本当は集中できるだろ?」


 駄目か。初めから期待はしていなかったが……もし受け入れてくれれば楽になったものを。

 強い日の光が辺りを照らす。


 何の前振りもなく、ソランが床を蹴った。

 急加速する彼の剣撃にナイフを合わせる。何度も響き渡る金属音が、その激しさを物語っていた。


 このまま受け止め続けるだけでは駄目だ。だが、反撃に出られるだけの余裕がない。もう一度距離をとって、こちらから仕掛けなければ――


 そう思っていた時、パンッと乾いた音が鳴った。


「ぐっ……」


 ソランがわずかによろめく。ふくらはぎから、だくだくと血が溢れ出していた。

 セキヤだ。支援してくれたのか……!


「余所見してんじゃねぇよ!」

「ぐっ……」


 その代わり、あちらは不利になっているようだ。

 彼が生み出してくれた隙を逃すわけにはいかない。強く床を蹴り、ソランの懐へナイフを突き出した。

 しかし、やはり防がれてしまう。刀身同士で押し合いながら、ちらりとセキヤの様子を見た。

 腕を切られたようで、服が赤く滲んでいる。その奥に見えたヴィルトも、息を切らし始めていた。

 ……どうする。どうすれば、勝てる?

 押し返され、体が浮いた。その勢いのまま距離を取り着地する。

 脚を負傷していながら変わらず力強い兄が、とても大きな存在に見えた。


 互いに構えたまま数秒。先に動いたのは私の方だった。

 体を低くし、その懐へ入り込もうと駆け出す。しかし銀の刃に行く手を阻まれた。体を捻り、その刃を避ける。追ってくる刃を、ナイフで迎え打った。


「ああ、俺は今とても楽しいよ、ゼロ」

「そうでしょうね……ッ」


 繰り返し打ち合いながらソランの顔を見る。

 涼しそうな顔をしているが、その額には汗が滲んでいた。


(ダメージは蓄積している。このまま消耗させれば、いずれ勝てるかもしれない。しかし……)


 こうしている間にもセキヤ達が追い込まれているかもしれない。

 あまり長引かせるべきではない。そう分かっているのに、繰り出す攻撃全てが防がれる。


「このまま俺と踊り続けようぜ」

「お断りします」


 響き渡る金属音は、まだ止みそうにない。

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