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もしも一つ願うなら【本編完結】  作者: 庭村ヤヒロ
天上の庭園 オーバル
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第68話 光の神官

 その天上人は薄らと微笑んで私達を迎えた。

 深く入ったスリットから青い素肌が見えている。胸元には黄色の魔宝石が飾られていた。二日目にして神官と会えたのは順調だと言うべきだろうか?

 籠の中はやはり彼らの居住スペースになっているようで、枝で作られた家具が並べられている。


「ようこそ、オーバルへ。私はへイェ。私に用があるそうですね?」


 見た目に反してやや低めの落ち着いた声だ。

 やはり彼らにとって性別の概念は薄いものなのだろうか。


「はい。貴方が持つ特別な魔力を分け与えてほしいのです」

「なるほど、なるほど。私のこれが欲しいのか」


 そっと胸元の魔宝石に触れたへイェは、より笑みを深めた。

 ……タダでもらえるとは思っていない。思っていないが、一体何を要求されるのだろうか。

 そんな私の緊張を気に留めず、へイェは籠の中央に置かれた白い石の器を撫でた。石の器にはなみなみと水が注がれている。その水面に青い指先が触れると、波紋がゆっくりと広がった。


「明後日、ここに次の客人が訪れるそうです」

「次の客人、ですか?」

「そう。その客人と……ちょっとしたショーをしてほしいのですよ」


 ショー? 急に何を言い出すのだろう、この天上人は。

 へイェは椅子に座り、長い脚を組んだ。


「私達は日々に退屈していましてね。感情というものを感じるために様々なことをしている」


 感情を得るため? 今まで見てきた天上人は、豊かとまで言えるかは分からないが確かに感情があるように思う。


「ツァーバのお香は試しましたか? あれは人間の魂から作ったものでしてね。だからなのか、あれを置いて眠ると元になった魂の記憶に沿って感情を追体験することができるのです。とはいえ人間にはどう作用するのか分かりませんが……とにかく、おかげで私達は擬似的に感情を感じることができている。実に素晴らしいと思いませんか」


 魂の記憶に沿う。そんなことができるのだろうか。

 天上人のすることは、最早予想がつかない。そもそも魂というものを質量あるものとして扱っている時点で、私からすれば理解不能だ。


「もし私達が感情豊かだと感じたのなら、それはそういった追体験の積み重ねによるものです。私達は一度追体験したことのある感情を再現して表しているに過ぎませんので」

「……それと、ショーとやらに何の関係があるのでしょうか」

「つまり刺激が欲しいということですよ。より感情を昂らせるためには、相応の刺激が必要……そうは思いませんか?」


 その相応の刺激とやらに匹敵するショーを私達にやらせようということらしい。

 そのショーの内容にもよるだろうが……どの道、私達に拒否権はない。


「分かりました。そのショーを行えば、魔力を分けてくれるということで間違いありませんね」

「勿論。私は神官として約束を守ると誓いましょう。思うに、君達は各種魔力を集めているのでしょう? ならば闇の神官がいるアンディスへの道を開いてあげてもいい」


 アンディスへの道。それはとてもありがたい話だ。

 これで全ての魔力が集まるまでの道が開かれた言っても過言ではない。終わりが見えてきた。


「ありがとうございます」

「なに、礼はいりません。さて、それでは次の客人が来るまでゆっくりしていてください。ロハ、ツァーバ、彼らを連れ帰ってあげなさい」


 翼をブラッシングしていたロハは、ブラシを片付けるとため息をついた。ツァーバはこくりと頷く。


「はいはい。それじゃ掴まって」

「……行くよ」


 行きと同じようにロハに手を掴まれる。

 そのまま何の躊躇いもなく、ロハは籠から飛び降りた。

 風を全身に受けながら、落ちないようしっかりと腕を掴む。

 大樹の周りを回るように大きく円を描いて滑空していく。落ちてしまうかもしれないという可能性から目を背ければ、絶景だ。

 ……枝にぶら下げられているギボールのことも視界から外せば。

 ぐるりと旋回したロハは、そっと地面に降り立った。手を払った彼は深いため息をつく。


「まったく、感謝してほしいものだ。このボクに運んでもらえるなんて中々ないことだぞ」

「ええ、ありがとうございます」


 とりあえず礼を言っておく。彼らがいなければあの籠に登ることもできなかっただろう。

 そもそもへイェの方が降りてきてくれればいいというのは考えないことにした。相手は神官で、こちらの立場は低い。文句は言えないだろう。


「ロハ、飾りしか運ばない」

「美しいものは好きだからね。美しく飾りつけるボクもまた、この上なく美しいと思わないかい?」

「分からない」


 首を傾げてぽつりと呟いたツァーバに、ロハは肩を落とす。


「……ツァーバ、君は美に無頓着すぎるんだ。君といいアドナとカイといい、どうしてこうも美を気にしないのか理解できないね。彼らに至っては服さえ着ないじゃないか」


 ぶつぶつと呟きながらロハは手鏡を見始めた。ちょいちょいと前髪を整え、顔の角度を変えては再び髪を整えている。


「アドナもカイも、服は着てる」

「あれは服とは言わない。ただの布切れさ!」


 一体どんな格好をしているのだろう。少し気になったが、口は挟まないことにした。ロハの機嫌は悪そうで、藪蛇になりかねないからだ。

 ロハは私達を見て、ふんと鼻を鳴らす。


「くれぐれも問題を起こさないように。それと……どうせギボールは君達にちょっかいを出すだろうから、何かあれば他の者に言うように。いいね」

「ええ、分かりました」

「物分かりが良くて助かる。それじゃあボクは行くよ。水浴びの時間なんだ」


 そう言ってロハは飛び立っていった。

 ツァーバはまだ残っているつもりらしく、ぼんやりとどこかを見ている。

 さて、客人とやらが来るまですることがない。


「どうします? 明後日まで特にすることがありませんが」

「あまり外を歩き回るのは良くないよね、きっと」


 頭に過ぎるのは赤い服に白衣を着たギボールの姿だ。

 今でこそ枝に吊り下げられているが、また解剖だなんだと寄ってこられては困る。私達がここにいることは周知するとヨド達が言っていた。わざわざ外に出なくとも彼の方から来そうだが……


「ショーとやらのために休んでおきますか」

「ゼロ、俺は練習がしたい」


 ヴィルトが槍を持って来た。

 たしかに、買ったはいいものの実際に使っていない。運動がてら試させるのもいいだろう。


「それでは、少し動いてみますか」


 大樹の中は十二分に広いが、流石に傷をつけるわけにはいかない。

 少し外に出て訓練させることにした。

 ツァーバも外に出て来た。何をするのか気になるだけなのか、それとも私達を監視するつもりなのかは分からないが。


「とは言ったものの、槍はあまり使ったことがないんですよね」


 ヴィルトから槍を受け取り、軽く振り回す。何度か振って、刺突の動きも繰り返し、やりやすいだろう動かし方を探した。

 まあ、こんなものだろう。


「私の動きを真似してください」


 私は左利きだが、ヴィルトは右利きだ。反転させた動きを見せ、ヴィルトに槍を渡す。

 付け焼き刃もいいところだが、元々ヴィルトの槍は保険のようなものだ。そこまで本格的でなくても構わないだろう。


 突き刺しては薙ぎ払う動きを繰り返すヴィルトを眺めていると、最早聞き慣れ始めてさえいる羽ばたきの音が聞こえてきた。

 今度は誰が来たのかと視線を向けて……一瞬、固まる。

 そこには布切れ一枚さえまとっていない短髪の天上人がいたからだ。唯一あるのは、首に巻かれた紫色のリボンだけ。

 しかしその股間には、あるべきものが何もついていなかった。

 なるほど、どうやら彼らは無性であるらしい……なんて考えながら、降り立った天上人を見つめていた。

 ヴィルトに至っては慌てて後ろを向いてしまっていた。

 彼らにとってはそれが普通なのかもしれない。いや、ロハが怒っていたからここでも普通ではないのかもしれないが、何にしても今まさに全裸の天上人が目の前にいるわけで。

 さてどうしたものかと考えていると、もう一人分の羽ばたく音が耳に届いた。


「カイ、これだけでも巻いてないとまた怒られるよ〜」


 ふわふわとした声が聞こえ、空から紫色の布が振ってくる。それを受け取った天上人は、腰にぐるりと巻きつけて結んだ。


「っと、危ない危ない。また吊るされるのはごめんだからな」


 カイと呼ばれた天上人は、しっかりと布を結べたことを確認すると腰に手を当てた。その隣に緑色の布をドレスのように巻きつけたサイドテールの天上人が降り立つ。


「サンキュ、アドナ。おかげで助かった」

「ロヒムに見つからなくて良かったね〜。服着なくていいのは自分の実の中だけって言いつけだもの」


 サイドテールの天上人はアドナというらしい。なるほど、確かにこれは服とは呼べないだろう。ロハが憤っていたのも納得がいく。


「アドナ、カイ、どうしたの?」


 ツァーバが声をかけると、二人は笑って顔を見合わせた。


「何って、そりゃあ」

「珍しいものを見に?」


 くすくすと笑い合った二人は、こちらを見て笑みを深める。

 一体何を考えているのか。ロクなことじゃなさそうだと内心身構えていると、二人はじろじろと私達を見た。


「どれがオス? メス?」

「そっちの青いのは体が大きいからオスじゃないかな〜」

「いや、体が大きいのってメスじゃ……あー、人間ってどっちなんだっけ?」

「……私達は全員男ですが」


 え〜、と声を上げた二人はまた顔を見合わせた。

 何なんだろうか、この天上人は。他の天上人と比べるとあまり圧を感じないが、それゆえに不気味さも感じる。


「へえ、オスなのにそんなに体格違うものなんだな?」

「ねえねえ、人間の交尾ってどうするの〜?」

「交……ッ」


 ヴィルトが顔を赤くしてしまった。

 この子はウブなのだからあまりそういうことを聞くのはやめてほしい……彼らからすると犬猫の交尾について尋ねているような感覚なのかもしれないが。


「あー……セキヤが教えてくれるんじゃないですかね」

「えっ、俺!?」


 ビクッと体を跳ねさせたセキヤは、カイとアドナに挟まれて連れて行かれた。

 ほら、私はヴィルトの訓練を見なければいけないので。

 そういうことである。

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