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もしも一つ願うなら【本編完結】  作者: 庭村ヤヒロ
天上の庭園 オーバル
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第63話 大神官

 目を覚ますと、目に違和感を覚えた。

 鏡を見てみれば少し目が充血している。頬には涙の跡があった。

 ……嫌な夢でも見ていたのだろうか?


 しかし、もうその夢の内容も覚えていない。となれば気にするだけ無駄だ。

 着替えて一階に降りると、既にセキヤとヴィルトが朝食の準備をしていた。

 まだ少し眠たそうなヴィルトが振り返って、ふにゃりと笑った。


「おはよう、ゼロ」

「おっ? おはよう。この時間に起きるの珍しいね」

「おはようございます」


 一番最後に起きてしまったらしい。ヴィルトより後となれば相当だ。

 テーブルの上には目玉焼きとトーストが並んでいる。ルクスから貰ったハーブティーがカップの中で湯気を立てていた。

 朝食を食べながら、ふと時計を見る。


「食べたら早速向かおうか」

「ええ。それにしても、まさか彼が大神官だったなんて……思い返せばヒントはありましたが」

「司書さん、実はとても偉い人……?」


 ヴィルトがトーストを見つめながら首を傾げる。 

 この旅をするまで大神官という存在を知らなかったが、神官をまとめる立場であるなら偉い人ということになるのだろう。なぜ図書館の司書をしているのかは分からないが。


「ま、そんなに畏まることはないと思うよ。アシックはそういうのあまり気にしないだろうから」

「そうか……?」

「普段通りで問題ないんじゃないですか」

「そうそう」

「……分かった」


 こくりと頷いたヴィルトはトーストにかじりついた。




 朝食を終えた私達は、早速図書館へと向かう。

 その道中で商業区に寄り、ヴィルト用の武器を見繕った。

 ちなみに買ったのはシンプルな槍だ。振り回して良し、突き刺して良しということでこれを選んだ。

 ……裏からの需要しかないせいか、店を見つけるのに少し苦労したが。

 槍を持ったヴィルトは、少し勇ましい表情で槍を構えた。様にはなっていると思う。

 リュックと共に槍を背負ったヴィルトは、心なしか足取りが軽いように見える。


 買い物も終え、図書館に入る。

 ここへ来るのも久しぶりだ。受付を済ませて館内を歩き回る。

 アシックはどこにいるだろうか。前のように本の整理をしているのかもしれない。


 それにしても……エクメドは大神官を訪ねるといいと言っていたが、どういう意味なのだろうか。ただ大神官なら残りの神官の居場所を知っているからという理由ならあまり期待できそうにない。

 なにしろ、自分で神官を探すように言ったのは他ならないアシック自身だ。そう簡単に教えてもらえるものだろうか。

 これで駄目なら、再びクレイストへ向かうことになるだろう。マホの占いへの信頼は高い。


「……お。いた」


 セキヤが向いている先を見てみれば、たしかにアシックの姿があった。

 近寄れば、振り向いた彼が微笑みを浮かべる。あの日と同じように、何冊もの本を抱えていた。


「おや、皆様方。お戻りになられましたか」

「どうも、アシック」

「お久しぶりです」


 続いてヴィルトも会釈する。少し緊張しているようだ。

 アシックは抱えている本を見せる。


「暫しお待ちくだされ。この子達を帰さなければなりませんからな」

「ええ、分かりました」

「あの部屋の前で待ってるね」


 小さく手を振ったセキヤが私の手を引く。


「さ、あっちで待ってよう」

「そうですね」


 のんびりと待つこと数分。戻ってきたアシックが応接室の扉を開けた。


「お待たせしました。どうぞ、お入りくだされ」


 促されるがままソファーに座り、茶を淹れる後ろ姿を眺める。

 テーブルに茶を置いたアシックは、私達の向かいに座った。


「では、ご用件をお聞かせ願えますかな。前もって言っておきますが、神官の居場所については教えられません。私は一介の司書に過ぎませんからな」

「私達が会いにきたのは、司書としての貴方ではありません」

「と、言いますと?」


 モノクル越しの目が細められる。

 この男、分かっているな。もしかすると、戻ってきた私達を見た時には、既に察しがついていたのかもしれない。


「大神官としての貴方に会いにきました」

「私が大神官、ですか。根拠はあるのですかな」

「貴方が私に渡した、このペンダント。それこそが根拠です。風の神官エクメドから聞きましたよ、このペンダントを授けた者こそが大神官であると」


 ペンダントを取り出して見せると、背もたれにもたれかかったアシックが口元を緩めた。

 その視線はペンダントの石に注がれている。


「いやはや、流石は御三方ですな。もう四種の魔力を集めてくるとは……それも、私の想像よりも随分と早く」

「残り二種の魔力については、貴方を訪ねるべきだと……」

「そう急ぎなさるな。残る二人の神官について、その居場所を教えましょう」


 茶を飲んだアシックは、笑みを絶やさないまま私達を順番に見た。


「天界と冥界についてはご存知ですかな」

「御伽話に出てくる場所ですか? 天国や地獄とも呼ばれていますよね」

「ええ、その通りです。ただ一つ言わせていただくと、それらは実在しているのですよ」


 ……御伽話に出てくる天国や地獄は、架空の場所だと思っていた。

 あるいは、異世界のことをそう称しているのだと。

 モデルになった土地があるということだろうか。それとも……御伽話にあるような場所が、そのまま存在している?


「天上にある庭園、オーバル。光の神官はそこに住まう天上人の一人です」


 やはり、御伽話そのものの場所のようだ。

 ここよりも遥か高く、雲の上にあるという庭園。そこには天使が住まうと言われている。

 となれば、地獄の方も……。


「そして地底の牢獄、アンディス。闇の神官はそこに住んでおります」


 悪魔が住まうと言われている場所だ。煮えたぎる溶岩と黒い岩肌が絵本に描かれていたことを思い出した。


「……それで、そこへはどうやって行けばいいの?」


 頬杖をついたセキヤが尋ねる。立ち上がったアシックが、扉を開けた。


「さあ、着いてきてくだされ。旅を終える覚悟がおありならば……ですが」


 ここまで来て、やめるだなんてことはできない。

 覚悟なんて、この旅を始めた時には決めているのだから。

 それに、ここまでの旅はとても順調だった。この先も、私達ならば越えられるに決まっている。


「行きますよ、二人とも」

「うん」

「分かった」


 アシックの後に続く。

 白い扉の前に立ったアシックは、金色の鍵を鍵穴に挿した。扉の向こうには下へ降りる螺旋階段が続いている。


「お入りください」


 扉を潜ると、アシックは扉に鍵をかけた。厳重に管理しているようだ。

 図書館の地下といえば、禁書が保存されていると言われている場所だ。

 この先にどれだけの知識が収められているのだろう。

 階段を一段降りるたびに、未知の知識に近付いているという事実に心が躍る。

 しかし、アシックは地下一階の扉を通り過ぎてより深くへと進んでいった。

 ……まあ、そもそも地下に来たからといって禁書を読めるわけではない。私達の目的は光と闇の神官なのだから。

 不思議と、誰も口を開きはしなかった。無言のまま螺旋階段を降り続ける。

 いくつ目かの扉を前にして、ようやくアシックが足を止めた。


「どうぞ」


 扉に手を開けたアシックが、ゆっくりと扉を開く。

 その先には、白一色の部屋が広がっていた。

 汚れの一つもない純白の空間は眩しいほどだ。

 いくつかの燭台が並ぶだけの部屋の奥には、祭壇のような物が置かれている。祭壇の前の床には陣のような円形の模様が描かれていた。


「ここは……?」

「オーバルへ続く通路となります」

「これが、通路……ですか」


 ヴィルトはきょろきょろと辺りを見渡している。セキヤは静かに祭壇を見つめていた。


「どうされますか、御三方。このまま天上へ向かわれますかな?」


 念の為にと物資を詰めたリュックは持ってきている。このまま旅立っても問題ないだろう。

 ヴィルトとセキヤを見ると、二人とも頷いた。ならば躊躇う理由はないだろう。


「ええ、向かいます」

「分かりました。では、そちらの陣の上に立ってくだされ」


 言われるがまま、陣の上に三人で立つ。

 御伽話の中だけのものだと思っていた場所へ行くことになる。そう思うと、内心少しそわついてしまう。

 果たしてオーバルは絵本通りの光景なのだろうか。


「では、始めます。動かないようお気をつけて」


 アシックは何やら聞き取れない言葉で何かを呟いている。

 それに合わせて、足元に描かれた陣が発光し始めた。

 一際明るく光った次の瞬間。浮遊感と共に、視界が白く塗りつぶされた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「……さて」


 ゼロ達を見送ったアシックは、振り返って部屋の入り口を見つめた。


「そろそろ姿を見せてくだされ、お客人方」


 純白の部屋にアシックの声が響く。

 その声に応え、入り口付近の空間にノイズが走った。


「気付いていたのか。流石は大神官サマだ」


 現れたのはソラン、サバカ、クリシスの三人だ。

 幾何学模様が刻まれたローブを纏った彼らは、ゆっくりとアシックへ近づいた。


「まったく、気付いていたなら俺達も送ってくれてよかったのに」

「残念なことに、一度に送れるのは五人まで。貴方がたを通してしまっては、問題になってしまいますからな」

「それで……こんな壁で遮断したわけだ」


 ソランが何もない筈の空間をコンコンと叩く。


「何の属性だ? それとも魔道具か。何でもいいが、俺達も通してもらおうか」

「何が目的ですかな?」

「ははっ、ゼロが行く場所ならついていくだけだ」


 アシックとソランの視線がぶつかる。

 数秒か、それとも数分か。見つめ合っていた二人の沈黙は、アシックによって破られた。


「この通路はそう何度も開けないのです。次に開けるようになるまでお待ちいただけますかな」

「話が早くて助かるぜ。それで、次に開けるのはいつなんだ?」

「そうですな……一週間か、それとも一ヶ月か。こればかりは様子を見ながらになりますからな」


 ソランは苦い顔をしてため息をつく。


「そんなに時間がかかったら、ゼロに追いつけなくなるだろ」

「いえいえ、そうとは限りませんぞ。なにしろ、あちらとこちらでは時の流れが違いますからな」

「……へえ? それなら問題ないぜ。それが本当ならな」


 ソランは腕を組み、陣を見つめる。

 クリシスはそんなソランを見て眉をひそめた。


「そう簡単に信じていいのかよ。上手いこと言って使わせないつもりなんじゃねえの?」

「大神官ともあろうお方がそんな卑怯な真似をするはずがないだろ。なあ、大神官サマ? この壁ももう必要ないだろ」


 ソランがコンコンと不可視の壁を叩いていると、その拳が空間をすり抜ける。


「っと、出すも消すも変幻自在ってワケか」

「これで満足いただけましたかな、ご客人」

「ああ、それでいい。しっかり俺達を連れて行ってくれよ」


 アシックはソランを静かに見つめている。

 その目には、わずかな哀れみが含まれていた。

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