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もしも一つ願うなら【本編完結】  作者: 庭村ヤヒロ
芸術の町 ミスキー
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第53話 黙々と

 ルクスが診察から戻ったのは一時間程経ってからだった。訪れた患者が多かったのだろう。

 白衣を着たまま部屋に入ってきたルクスは、再びドット草に手をつけた。素早く正確に、部位ごとに分けられたドット草がそれぞれの容器に詰められていく。やはり普段からこういった作業をしているからか、流れるように綺麗な手捌きだ。

 眺めているだけなのも居心地が悪いような気がしなくもない。採取も手伝ったところだ、その後処理を手伝うのも悪くないだろう。

 腰を上げ、ルクスの傍に歩み寄る。


「私達も手伝いましょうか?」

「いいのか? 採取も手伝ってもらったのに」

「まあ、乗り掛かった船ですし。簡単な処理くらいなら出来ると思いますよ。二人も参加しますか?」


 セキヤとヴィルトを見ると、二人も乗り気のようで頷いている。

 まあ、断られるとは思っていなかったが。


「ありがとう、助かるよ。根の部分を切り取ってもらっていいか? ここの、色が変わっている部分から……」

「こうですか?」

「ん、それくらいでいいよ。根はこのケースに。花はこうして手で包んでから引っ張るようにすると簡単に取れるから……茎はこっち、花はそっちのザルにそれぞれ入れてくれ」


 ルクスが手本を見せてくれたので、その通りに仕分けていく。

 彼が言った通り、するすると花が取れた。仕分けながら、ふと茎の使い道について疑問が浮かぶ。


「茎も使い道があるんですか?」

「ああ、煮出して煮詰めると鎮痛剤になるんだ。そこまで強くはないけど、副作用のリスクが少なくて重宝するんだよ」

「なるほど。花から根まで、余すところがないんですね」


 この周辺にしか自生していなさそうなのが残念なくらいだ。

 それからは黙々と、未処理のドット草が無くなるまでひたすら茎と根の境を切り、花を分離する作業を続けた。

 手にドット草の香りが染みつきそうだ。そこまで悪い香りではないからまだいいが。



「ありがとう、おかげで早く終わったよ」

「普段は一人でこの作業を?」

「まあね。手の空いた時、地道にやってるんだが……かなり時間がかかるんだ」


 たしかに、いつ訪れるか分からない患者を診ながらともなれば時間もかかることだろう。

 何やら器具を取り出したルクスは、フラスコに水を注いで熱し始めた。あまり見ない形だが、蒸留機だろうか。

 花が入ったザルに紐を通して吊るし、根の一部を切り刻み始める。見事な包丁さばきだ。


「花は乾燥させて保存するんだ。よければ、ここを発つ時にでも分けるよ」

「では遠慮なく。このハーブティーは美味しかったので」

「それはよかった。眠れない夜なんかにもオススメだな。目覚めも良くなる。白樹の蜜もオマケしておくから入れるといい。味がまろやかになるんだ」


 刻んだ根を量った後、蒸留水が入ったフラスコに入れて、また熱する。

 こういった作業を直に見るのは初めてで、自然と目が惹かれる。


「さて、手が空いたから……約束通り美味しい昼食を振る舞おう。君達は待っていてくれ」


 立ち上がったルクスはキッチンへと赴いた。

 トントンと調理の音が聞こえてくる中、ハーブティーを飲みながらセキヤ達と談笑する。


「ところで、あの屋敷を訪ねるのはいつにします?」

「午後からでいいんじゃない? ……っていうか、事前に知らせておいた方がいいかな。その方法も思いつかないけど」

「そもそも、そう簡単に会える人なんだろうか……」


 うーん、とセキヤとヴィルトが悩み始める。

 思えば今まで会ってきた神官は、あまり階級の高さを感じられなかった。レイザは町で酒屋を開いているし、ライラは……一応祭壇まで作られていて崇められてはいたが、成り行きで出会えた。マキナもマホに会えなければ見つからなかっただろうが、結果として会えはした。

 居場所が分かっていて会いづらいのは今回が初めてだ。

 ふいにキッチンの方から声が飛んでくる。


「今はあまりオススメしないな。とはいえ、いつになれば大丈夫かは……今の段階だと分からないが」

「何か知っているんですか?」

「彼は俺の患者の一人だからな。まあ、色々あるんだ」


 守護者と呼ばれている人物であり、推定の段階とはいえ神官である人物が患者とは。一体何を患っているというのだろうか。

 そしてオススメしないとは言われたものの、タイミングを待っていてはいつになるか分かったものではない。いくら何がなんでも急がなければならないような理由がないとはいっても……それは流石に困る。


「……とはいえ、君達もそのためだけに長期滞在するのは困るだろう。俺が行って話をつけようか? 丁度、明日が定期検診の日でね」

「それはありがたいですが、良いのですか?」

「お礼も兼ねて。とはいえ、確約はできないけれど……」


 申し訳なさそうな声が聞こえてくる。

 頬杖をついたセキヤが、キッチンに向けて声を発した。


「いや、それだけでも充分過ぎる程ありがたいよ。最悪、俺達が訪ねるってことだけでも伝えてくれたら後はどうにかしてみるからさ」

「それは良かった……と、出来た」


 ルクスが持ってきたのは具沢山のスープパスタとサラダ、こんがりと焼かれた芋だった。芋には細かく切れ込みが入っていて、間にベーコンが挟まれている。

 スープパスタの方は、白いスープの中にごろごろと野菜と魚が入っている。ふわりと香ってくるミルクの香りが鼻先をくすぐった。


「こっちに来てから学んだ料理だ。馴染みないかもしれないが、味は保証するよ」


 料理がテーブルに並ぶ。どれも美味しそうだ。

 まずスープを口に含む。温かく濃厚なミルクの風味が広がった。パスタの方も、スープがしっかり絡んでとても美味しい。体の芯から温まっていくようだった。


「……美味しい」


 ほう、と息をついたヴィルトが呟く。続いてセキヤも笑顔で頷いた。


「うん、美味しいよ。ルクスは料理が上手いんだね」

「はは、そう言ってもらえて良かった。それなりに自信はあるんだ」


 ルクスはこちらをチラリと見る。その視線は控え目ながらも、少しの期待が乗っていた。

 何を期待されているのかは簡単に予想がついた。

 ……まあ、美味しいのは事実であるわけで。


「美味しいですよ」

「そうか、良かった」


 やはりこれが正解だったようで、ルクスは満足気に笑った。

 食事を済ませた後は特にすることもなく。

 なんとなく、ルクスがドット草の処理をしているところを眺めていた。


 私達の視線に気付いたルクスは、簡単な説明を交えながら工程を見せてくれた。

 出来上がった錠剤は瓶に詰められて、薬棚に置かれる。


 それからまた患者が訪れ、ルクスがいない間は彼の蔵書を見せてもらったりして時を過ごした。

 夕食もご馳走になり、風呂に入ってから部屋に戻る。


「いやあ、すごく快適に過ごさせてもらったね」

「ええ。これだけ羽を伸ばせたのは久々ですよ」


 軽く伸びをして、ベッドに腰掛ける。

 ここに来るまで、約二週間程。クレイストでは結局ベッドで眠れなかったので、もう一ヶ月以上は寝袋で眠っていた。

 やはりベッドで眠る方がよく眠れる。


 明日になれば、ルクスがエクメドに話を通してくれる手筈だ。今後の予定はルクスが帰ってきてから決めるとしよう。


「今日はもう寝ようか」

「ええ。そうしましょう」


 既にうとうとしているヴィルトを見て、セキヤと顔を見合わせる。明日もルクスが戻ってくるまではゆっくりできるが、だからと言って夜更かしするような理由もなく。

 パチリと明かりが消され、訪れた暗闇の中、彼らに言葉をかける。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


 ヴィルトからは、穏やかな寝息が返ってきた。

 そっと目を閉じる。今日はよく眠れそうだ。

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