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もしも一つ願うなら【本編完結】  作者: 庭村ヤヒロ
芸術の町 ミスキー
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第52話 時には人助けも

 目を覚ますと、窓から朝日が差し込んでいた。

 温もりを感じて手元を見ると、すやすやと眠るセキヤの顔がある。結局私が寝ついた後も手を握り続けていたようだ。


(……まったく)


 ふ、と息をこぼすように笑いが漏れた。

 そのままでは風邪をひいてしまうだろうに、この人ときたら。

 体を起こし、軽くセキヤの肩を揺さぶる。んん、と眠たそうに声を上げたセキヤは、ハッと目を覚ました。


「あ、俺……」

「おはようございます、セキヤ」

「あー、はは……俺ってば、あのまま寝ちゃってたんだね。おはよう、ゼロ」


 苦笑したセキヤはポキポキと音を音を鳴らしながら首を回して立ち上がる。


「ほら、ヴィルトも起きてください。もう朝ですよ」


 もぞもぞと身じろぐヴィルトの体を揺する。眠たそうに眉をひそめるヴィルトの鼻先を指で突くと、ぱちぱちと瞬きして体を起こした。


「……朝か」

「おはようございます、ヴィルト」

「おはよう、ゼロ。セキヤ」

「ん、おはよ」


 眠たそうに目元を擦ったヴィルトは、ぐぐっと体を伸ばす。

 軽く朝食を済ませた私達は、荷物をまとめて部屋を出た。


「おや、おはよう。早い目覚めだな」


 カゴを背負ったルクスが振り向く。身にまとったフード付きの外套といい、これから出かけるところだったのだろうか?

 私の視線を受けて、ルクスは小さくカゴを揺らした。


「ああ、これか? 解毒剤の材料が切れそうでね。採取に行くところなんだ」

「こんな朝早くから大変そうですね」

「まだ患者が増えるかもしれないからな。早いに越したことはないだろ?」


 確かにそうだ。

 さて、どうしたものか。彼にこれといって借りはないが(宿として場所を借りたことでトントンくらいではないだろうか)ソランの被害者同士として思うところがないわけでもない。それに、ここで貸しを作っておくのも悪くないのではないか。

 ……要するに、多少の手助けはしてやってもいいと私は思っている。


 呪いの進行は神官から魔力を受け取った日の夜。それが分かっている今、何が何でも急ぐ必要もないように思う。

 多少の寄り道くらいは問題ないだろう。


「手伝いましょうか?」

「え、いいのか? 俺としては助かるけど……君達には君達の用があるんだろう?」

「そう時間もかからないでしょう? 貸し一つということでいいですよ」


 そう言うと、ルクスはぱちりと瞬いた後、くすりと笑った。


「まったく、したたかだな。分かった、協力してもらおう。礼は食事の提供でいいか?」

「美味しいものを頼みますよ」

「任せてくれ。料理の腕にはそこそこ自信があるんだ」


 さて、これで話はまとまった。

 振り返ると、セキヤとヴィルトが何やら生温かい目でこちらを見ていた。


「……なんです、その目は」

「いや……なんというか、ゼロも成長したなあって思って。ははっ」

「ゼロは優しいな」


 これは単に貸しを作るためであって。決して優しさからのものではなく。

 そう説明しても、セキヤもヴィルトも軽く頷くだけで受け流されてしまった。

 なんなんだ、一体。その目は背中がむず痒くなるからやめてほしい。


 顔を見合わせて笑い合う二人は楽しそうだ。ひとつ、ため息をついて背を向ける。

 ……なぜルクスまで生温かい視線を向けるんだ。まったくもって理解できない。


「本当に君達は仲がいいな。少し羨ましささえ感じるよ」

「そうそう、俺達仲良いもんね」

「ああ」

「……まあ、付き合いは長いですから」


 ルクスとセキヤは口と鼻を覆うように布を巻いている。

 私も一応布を巻いておいた。ヴィルトはいつも通りマフラーで口元を覆い隠している。


「町を出て少しの所に薬草の群生地がある。町を出るまでは極力話さない方がいい。呼吸も浅くするんだ、出来るだけ毒を吸い込まないようにな」

「分かりました」

「それから、予備の外套があるから着ておくといい」


 外套を着て、ルクスに続いて診療所を出る。

 相変わらず町は誰もいない。人の気配は薄らと感じるが、それだけだ。まるで生気がない。

 それから町を出るまでは誰も話さなかった。静かに道を歩き、門を出た。


「こっちだ」


 ルクスの案内に沿って、草むらを進む。

 冷たい風が頬を撫でた。フードを深く被りなおす。

 やがて、黄色い花の絨毯が広がった。


「この花がそうですか?」

「ああ。この植物……ドット草の根が解毒剤の材料になる。花も利用できるから、丸ごと引き抜いてくれればいい」

「ええ、任せてください」


 高い茎に小さな黄色い花が集まって咲いている。根本を掴んで引っ張ると、少しの抵抗の後に根ごと引き抜けた。


「花は何に使うんです?」

「軽い鎮静作用がある。ハーブティーにするとリラックス効果があるんだ。帰ったら淹れようか? スッキリした口当たりで、わりと美味しいんだ」

「ええ、お願いします」


 味が良ければ、この町を出るときに自分用にもいくつか採っておくのもいいかもしれない。

 時折言葉を交わしながら四人でバラバラに採取すると、そう経たない内にカゴ一杯にドット草が集まった。


「ありがとう、おかげで早く集まったよ」


 カゴを背負ったルクスは、朗らかに笑った。


「これで暫くは保ちそうだ。さあ、帰ろう」

「いつもは一人で採取してるんだよね。大丈夫?」

「ああ、大丈夫だよ。基本的な材料が取れる場所はどこも町からそう離れていないし……いつもはもっと余裕を持って採取していて、少しでも違和感を感じたら見送るようにしているから」

「ならいいんだけど」


 ルクスは目を伏せると、町の外壁を眺める。


「本当は護衛を連れた方がいいんだろうけど……ミスキーにそんな余裕はないから、仕方ないんだ。今は皆、自分のことで精一杯だからな」

「そうか……」


 町に入ると、診療所に着くまで沈黙が続いた。

 診療所に戻ると、外套と口を覆う布を外す。


「脱いだ外套はそこのカゴに入れておいてくれ」


 ルクスに促されるまま外套をカゴに入れた後は、二階に上がった。居住スペースになっているらしい。

 広い作業机にドット草が入ったカゴを置いたルクスは、キッチンから魔道コンロと小鍋を持ってきた。


「さて、俺はドット草の処理を始めるけど……君達はこの後どうする予定なんだ?」

「エクメドを尋ねようと思っています」

「彼を?」


 小鍋に水を注いだルクスは、魔道コンロに小鍋を乗せた。

 カゴの中身を流水で洗った後、慣れた手つきでドット草の花の部分だけを取り分け、ガラスのポットに入れていく。


「ええ。神官なのではないかと思っていまして」

「神官……」


 ぽつりと呟いたルクスは、ドット草の根だけを切り取りながら言葉を続ける。


「思えば、君達の旅の目的について聞いたことがなかったな」

「そうでしたね。私達は各地をめぐり、神官を探しているんです。ここにも一人いるのではないかと思いまして」

「俺はあまり詳しくないが、たしか六人いるんだろう? 一人一人探していくなんて大変そうだ」

「今の所は順調ですよ。既に三人の神官と会えていますから」


 そう、実に順調だ。お使いをこなさなければならなかったり、マキナの時は神官本人と戦いになったりもしたが、なんだかんだで魔力は集まっている。

 この調子でいけば問題はない筈だが……既に一つ、気がかりなことがあった。

 主要な町はこのミスキーで最後。ここに一人神官がいたとして、残り二人の居場所に見当がつかない。ここで手掛かりを得られなければ、やはりマホの力を借りることになるだろう。


「もう半分か、流石だな……神官を訪ねている理由については聞いてもいいものなのか?」

「……まあ、貴方ならいいでしょう」


 被っていたフードを脱ぐ。フードに押さえつけられていた獣の耳がぴょこんと立った。


「これのせいですよ」

「これ……って」


 振り向いたルクスは目を丸くした。


「君、獣人だったのか……? いや、でも前会った時は……」

「呪いのせいでこの有様です。おかげで人前ではフードが脱げないんですよ」

「呪い……物語の中だけのものだと思っていたが、実在しているんだな」


 まじまじと耳を見た彼は、納得したように頷いた。


「ああ、確かに隠しておいた方がいいだろうな。残念なことに亜人はなにかと差別されがちだから……」

「貴方は気にしないんですね?」

「君は恩人でもあるし……それに俺は元々中立派だ。意思疎通が出来るのなら、種族なんて関係ないと思っているからね。患者ともなれば、尚更だ」


 そう言ってルクスは作業を再開した。次々と根が切り取られ、ケースに詰められていく。


「中には亜人は診ないなんて言う医者もいるらしいけどね。俺は助けを求める人には等しく応えたい主義なんだ」


 きっと彼は善人なのだろう。ヴィルトと気が合いそうだ。


「それで、その呪いをどうにかするために神官を探していると」

「ええ。神官が持つ、特殊な魔力が必要なんですよ」

「俺達はその魔力を集めるために各地を回ってるんだよね」

「なるほど。特殊な魔力か……」


 ふつふつと小鍋で湯が沸いたところで作業の手を止めた彼は、ガラスポットに湯を注いだ。黄色く小さな花がふわりとポットの中を泳ぐ。


「さて、お茶にしようか。丁度マザリンを作っているんだよ。この町の伝統的な菓子なんだ」


 立ち上がったルクスはキッチンへと向かい、皿に盛った焼き菓子とカップを持ってきた。

 アイシングが乗った小さなタルトのように見える。

 皿を別のテーブルに置き、ポットからハーブティーをカップに注いだところで、チャイムが鳴った。


「おっと、患者だ。すまないね、俺は診察に行ってくるよ。ゆっくりしていてくれ」

「ええ」

「くれぐれも作業机の物には触らぬように」


 そう言い残してルクスは部屋を出た。

 随分と信用されているらしい。カップに注がれたハーブティーから、少し甘く爽やかな香りが漂う。フルーツのような香りだ。

 一口含めば、僅かな酸味と共にその香りが口いっぱいに広がった。なるほど、これは確かに美味しい。

 マザリンとかいう菓子も、さっぱりとしたハーブティーによく合う。


 それからルクスが戻るまで、ティータイムを楽しんだ。

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