第47話 土の神官
舞い散る火花に照らされたその頭は藍色で、硬質だった。
いくつもの金属板を組み合わせて作られた髪のようだ。
セキヤ達と顔を見合わせる。
このまま黙っている訳にもいかない。声をかけてみるべきだろう。
「あの――」
グルンと首が回る。
振り向いた灰色の顔は笑みを湛え、橙に光る目を向けた。
金属製の前髪を留めるように付けられた飾りに、橙色の石がついている。
「お客さん」
固い声と共に口が上下に開いた。金属で出来たこの住人は、人の唇までは再現できていないようだ。
「……ボクはマキナ。ようこそ、ようこそ!」
立ち上がったマキナは、両腕を広げた。
青い軍服のようなものを着た彼は、瞬きをせずにこちらへと歩いてくる。
一応友好的……ということでいいのだろう。不気味さは感じるが。
「貴方はここに住んでいるのですか?」
「ここはアーティカ。ようこそ、お客さん。ゆっくりする」
「貴方は神官で合っていますか?」
「神官。ボクの役目。魔力濃度を測定――問題なし」
マキナは目をオレンジに光らせ、周囲を見渡した。
カクカクとした機械的な動きだ。
どうやら彼が神官ということで合っているらしい。まさか……生命でさえないとは思わなかったが。
それにしても、このアーティカという場所は相当に文明が進んでいたらしい。少なくとも彼のような機械人形を見たことはない。
「お客さん。お茶、出す」
マキナは部屋の奥へと進んでいった。
彼は何を加工していたのだろうか。チラリと見てみると、どうやら外にあった金属人形を作っているようだった。
あれらの人形は全て彼が配置したものなのだろうか?
「良い人……機械? で良かったね」
「ええ。このまま魔力も貰えれば文句なしですね」
「機械の神官様……ずっとここに一人で暮らしてる?」
見た限り、生きた人間はいない。マホも無人だと言っていた。
ここに住んでいた人間が滅んだ後、彼はずっとここを整備していたのだろうか?
道中見た畑も、全て。
「お茶。どうぞ」
戻ってきたマキナは、トレーに三つのカップを乗せて持ってきた。
琥珀色の液体から、ふわりと良い香りが漂う。匂いは美味しそうだ。
「……その、これの消費期限は問題ないですよね?」
マホの前例がある。それも、こんな無人となって久しい地底の古代都市だ。
確認せずにはいられなかった。
「消費期限……九六四四年四月。問題なし」
「なら、ありがたくいただきます」
一口含むと、口内が華やかな香りで満ちた。
優しい苦味の中に、ほのかな甘みが感じられる。
「……おいしい」
ぽつりとヴィルトが呟いた。マキナの目がキラリと輝く。
「お客さん、満足。良かった」
今の所、穏やかに会話も出来ている。
このまま魔力を貰えるだろうか?
じっと私達を見つめる彼の思考は読めない。
そもそも機械なのだから、決められた行動しか出来ないという可能性だってある。
「私達は貴方に会いたくてここに来たんです」
「ボクに会いにきた?」
「はい。貴方の持つ魔宝石から、魔力を分けて貰いたいのです」
「魔力……」
呟いたマキナの目がチカチカと光り出した。
まさか壊れた……わけではないだろうが、急に分からない挙動をされるのは困る。
明滅する光を見ていると、急に口を開いた。
「ボク、欲しいものある。交換条件」
またか。
今までも、何かをすることで魔力を得てきた。
しかし、欲しいものか。一体この機械人形は何を欲しているというのだろう。
「欲しいものとは?」
「ココロ」
「……心?」
難題だ。
心が欲しいと言われても困る。なにしろ私達は機械に詳しいわけではないし、そもそも機械に心というものを与えることが可能なのかどうかも分からない。
とりあえず会話を続けてみよう。何か手掛かりが得られるかもしれない。
「なぜ心が欲しいと?」
「心があれば、愛せる。愛される。愛、大事。素晴らしいモノ。だから心が欲しい」
「……なるほど。どうしてそう思ったのですか?」
会話を引き延ばしながら、考える。
適当に金属のハートでも作って、これが心だと伝えれば済む話だろうか?
しかし、相手は機械とはいえ神官だ。そんな中途半端にも程がある対応で済ませられるのだろうか。
「昔、外からお客さんが来た。心のこと、愛のこと、恋のこと。存在を教えてもらった」
「それで心が欲しい、と」
「心。温かくて、ドキドキして、忙しいこともある。形はハート。色は暖色」
マキナは淡々と話す。
なんとも絵本なんかにありそうな表現だ。
「それもそのお客さんとやらから聞いたのでしょうか」
「住民に尋ねてデータを得た。五十件の回答」
マキナの目がチカチカと光る。
キィィンと金属が擦れるような音が微かに聞こえる。
「以上の条件に該当する物質。心臓」
点滅し続けるマキナの目が動く。その視線は、私の胸に注がれていた。
「対象、廃棄された羊の心臓。試行回数、三十六」
マキナの無機質な声が部屋に響く。
「対象、生きた羊の心臓。試行回数、五」
方向が不穏になってきた。マキナの様子もややおかしい。
袖の中のナイフを出せるようにする。警戒しておいて損はないだろう。
「対象、マスターの心臓。試行回数、一」
マスター? 彼を作った誰かだろうか。
それはつまり、彼は創造主を殺したことになる。
金属が擦れる音が大きくなった。
「対象、住民の心臓。試行回数、約百二十三万」
じりじりと、熱を感じる。その熱源はマキナだろう。
一際強くマキナの目が光った。
瞬間、背後に飛び退く。
目前を鉄の棒が横切った。
「推測……試行回数の不足」
「まだ受け入れていないんですがね……!」
鉄の棒を握りしめたマキナが走ってくる。
袖からナイフを取り出し、振り抜かれた棒を受け止めた。
ああもう、刃が駄目になりそうだ。
マキナの目は点滅をやめ、ずっと光り続けている。
急加速したマキナの目が線を描く。咄嗟に腕を出し、棒を受け止めた。
鈍い痛みが走る。折れはしていないが、痺れそうだ。
もしヴィルトを狙われるとまずい。
マキナの気を引きつつ、後ろへ下がる。
相手が神官である以上、反撃できないことがもどかしい。
もしただの機械であればスクラップにしてやったものを。
「貴方がこの都市を滅ぼしたわけですか」
「否定。都市の維持は一定の基準に沿って行なっている」
「住民がいなければ滅びたも同然でしょうに!」
円状の廊下に出てもなお、マキナは鉄の棒を振り続けている。
風を切る音が続く。一際大きく振り抜かれたそれを転がって避ける。
ガシャンと音がして、ガラス片が降り注ぐ。乗降機の窓が割れたらしい。
「大体、それで本当に心が得られると思っているのですか」
「肯定。心とは心臓。心臓を得ることは、心を得ることと同義」
ため息をつきたくなるほど馬鹿馬鹿しい理論だ。
円状の廊下を走り、振りかざされる棒を避け続ける。
あれだけ重そうな鉄の体で、よくここまで動けるものだ。
ああ、それにしても……どうしたものか。
下手に手を出せない以上、言葉でどうにかするしかない。
しかし、通じるのか?
(考えろ。せめて動きを止めさせられれば、それでいいわけだ)
彼は心が欲しいと思っている。
そして自分の推測を絶対的なものとして見ているようだ。
なら、それを否定してやればどうなる?
試してみる価値はあるか。
振り上げられた棒を避け、次の動きに移行される前に掴む。
強く引っ張られる。腕に力を込め、抑え込んだ。
「貴方の推測は間違っていますよ」
マキナの引っ張る力が一瞬緩む。
「心とは心臓ではありません」
「否定。心は心臓」
また強く棒が引っ張られる。
この機械、まったく耳を傾けようともしない。
鉄の塊に柔軟さを求める方が間違っているのかもしれないが、それにしたってもう少し話を聞こうとしてくれてもいいだろう。
「認めたくないんだよね」
良く通る声が、廊下を抜けた。
セキヤだ。ヴィルトは……部屋の奥にいるらしい。
「間違っているかもしれない。それを認めることが怖い……そう俺は思ってるんだけど、違う?」
キィィ、と金属が擦れる音が微かに鳴る。
一瞬、マキナの腕から力が抜けた。
その隙を見逃さず、棒を引き抜き距離をとる。
マキナはぐりんと首を回してセキヤを見た。
「否定」
「本当に?」
「……否定」
返答が遅くなっている。
棒を構え、様子を伺う。
もしセキヤに襲いかかった時には、即座に間に入れるように。
セキヤは緊張していない様子で、微笑みさえ浮かべている。
「ねえ、少し俺と話してみない? それからでも遅くないと思うんだよね」
にっこりと笑ったセキヤは、自分の失敗を微塵も考えていないように見えた。
向き合った二人の間に静寂が広がる。
目の光を点滅させたマキナは、上げていた腕を下げた。
「……承諾」
「ありがとう。それじゃあ、早速なんだけど」
セキヤは胸に手を当てる。
「まず、君が集めたデータに間違いはないと思う。俺も聞かれれば、きっと同じように答えるだろうから」
マキナは静かに話を聞いている。
そのオレンジの目を見つめたセキヤは「でもね」と話を続けた。
「心は心臓だって、直接答えた人はいないんじゃないかって思うんだ。どう?」
マキナからキュルキュルと金属音が発せられる。
目を点滅させた彼は、口を開いた。
「……肯定」
「なら、心が心臓だっていうのは君が集めたデータから推測したことなんだよね?」
「肯定」
セキヤは穏やかに語りかけている。
彼の声は、不思議と心を落ち着ける。まさか機械の人形にも効果があるとは思えないが、少なくとも即座に襲いかかるような素振りはない。
「都市にいた金属の人形。あれは君が置いたもの?」
「肯定」
「どうして置いたの?」
都市に散りばめられていた金属の人形達。あれを作っていたのはマキナだった。
ならば、置いていたのも彼なのだろう。しかし、なぜ?
殺した住民の代わりだろうか。
「疑問――なぜボクに質問をする?」
「君に心の本質を知ってもらいたいからだよ。そのために聞かせてほしいんだよね」
「……必要だと思った。だから、置いた」
「どうして必要だと思ったの?」
マキナは沈黙する。
ただ、目はチカチカと点滅し続けていた。
深く思考している時、目が光るのだろうか?
「不明」
マキナは呟く。
「不明……」
「そう。大丈夫、ゆっくり考えればいいよ」
穏やかな声は続く。
ふと、彼に諭された時のことを思い出した。
少しの気まずさを感じ、ぎゅっと強く目をつむる。
「今までの……心について知った時からのことを思い出してみて。それで何か感じたことがあったら……話して。俺も一緒に考えるから」
マキナからキュルキュルと音が聞こえる。
どうやら、記憶を掘り起こしているようだ。




