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もしも一つ願うなら【本編完結】  作者: 庭村ヤヒロ
故郷 クレイスト
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第46話 古代都市

 翌朝。

 起き上がって体を伸ばすと、パキパキと音が鳴った。

 窓からは朝を告げる光が差し込んでいる。


「ほら、起きてください」


 セキヤとヴィルトを起こし、朝食の準備をする。


「食べ終えたら地下に降りましょう」

「神官が見つかるといいね」


 硬くなったパンをスープに浸して食べる。

 そろそろ買い足さないといけない。


「古代都市……どんな所なんだろう」


 ヴィルトが呟く。

 古代都市とやらがどれほどの規模なのかは分からない。そもそも、地下にそんなものが広がっていること自体初耳だ。

 マホは調査を引き受けてここに家を建てたと言っていたが……それは一体どれくらい昔の事なのだろう。おそらく聞いても忘れたと返されるだろうが。


(この家自体、そこまで古く見えないが……)


 古いといえば古いが、そんな何百年単位で経過しているようには見えない。

 マホが大魔法使いなのであれば、維持するための魔法か何かも使えたりするのだろうか?


 朝食を食べ終え、荷物をまとめる。

 昨日、マホは地下に行く時に呼べと言っていた。


「マホ、いますか」


 声をかけてみたものの、返事がない。

 いつもなら天井から現れるはずだが。

 天井を見上げたヴィルトが首を傾げる。


「もしかして……寝ているのかも」

「魂にも睡眠って必要なんですか?」

「さあ……俺もその辺は詳しくないからね」

「あの、マホ? 地下に行こうと思うのですが」


 もう一度声をかけてみる。

 少しの間の後、だらんと天井から顔を出した。

 目元だけを出した彼女は、じとりとした目で私達を見下ろす。


「なんじゃ、もう行くのか? 早いのう」

「出てこないので何かあったのかと思いましたよ」

「そんなわけなかろう。研究中じゃったんじゃ」


 そのまま降りてきたマホは少し不機嫌そうだった。

 研究とやらが良いところまで進んでいたのだろうか。


「ちなみに何の研究を?」

「魔消渦の効率的な抑制法じゃな」

「あれって抑制できるものなんですか」


 マホは腰に両手を当て、胸を張る。

 ふふんと得意げに鼻を鳴らした。


「当然じゃろう。ワシにかかれば朝飯前じゃ」

「すごい。流石、大魔法使い」

「ヴィルト殿は分かっておるのう。とはいえ……ちと効率が悪くてな。理論上は可能じゃが、実現するにはコストが高すぎるんじゃ」


 ため息をついた彼女はだらんと項垂れた。

 もし彼女が効率的な方法を見つけたら、魔消渦に遭遇することもなくなるだろう。

 ただ……ひとつ気になる点がある。


「その方法を編み出したとして、誰が実現させるんです?」

「……というと?」

「伝達方法、あるんですか? この屋敷も売りに出されてるくらいですし……貴方の存在は忘れられているのでは?」


 マホは固まってしまった。

 何度か瞬きをした彼女は、バッと口元に手を当てて何やら呟いている。


「いや、いやいやいや、ありえんじゃろ。ワシじゃぞ? 天下の大魔法使いじゃぞ? まさか……いやしかし……」

「……ところで、地下に行きたいのですが」

「お、おお。そうじゃな。この事は後で考えるとしよう、そうしよう」


 ブンブンと首を振ったマホは普段よりも早足で(といっても浮いているのだが)倉庫へと向かった。

 流石に昨日の今日で散らかしてはいないようで、綺麗なままだ。

 最奥にある床の蓋を開けると、長い縦穴が続いている。

 うっかり梯子から手を滑らせようものなら大惨事間違いなしだろう。


「……これ、梯子の耐久性は問題ないのでしょうね」

「あー、どうじゃったかな。もう長らく触ってないからのう」


 じとりと彼女を見る。

 慌てた様子で両手を振ったマホは、ドンと胸に拳を当てた。


「で、ででででも大丈夫じゃ、問題ない! ワシが直接運んでやるからの!」

「直接運ぶ? どうやって?」

「ふふん。ワシを誰だと思っておる? 大魔法使いたるもの、全ての属性も思うがままじゃ」


 マホが腕を振ると、ぶわりと強い風が吹いた。

 足が地面から離れ、ふわりと持ち上がった体が風に包まれる。


「うわっ」

「え、え? 俺達、浮いてる?」

「……なるほど」


 少し驚いたが、原理が分かれば問題ない。風魔法で宙に浮かされているだけだ。

 とはいえ、ここまでの制御……かなり精密な魔力操作が必要になるだろう。


「この状態であの通路を降りるということですね」

「ふっふっふ、その程度じゃ終わらんわ!」


 マホが両腕を上げる。

 次の瞬間、灰色の倉庫からオレンジの光を淡く放つ構造物へと視界が切り替わった。


「……え?」


 今、何が起きた?

 風が緩み、ゆっくりと足が地面に着く。

 辺りを見渡す。

 地下とは思えない広い空間だ。削った岩と錆びた金属で造られた建造物が立ち並び、所々にオレンジ色の光が灯っている。

 天井は高い。そのおかげか、塞がれているというのに圧迫感があまりない。


「ワシにかかれば転移魔法もこの通りじゃ」

「転移魔法、って」


 確か、パノプティスでも光属性を基盤に研究されていたが……まだ確立されていなかったはずだ。

 それを、こんなにあっさりと使ってしまうなんて。

 思わず気の抜けた顔を晒してしまった。


「本当に大魔法使いだったんですね、貴方」

「なっ、無礼な……! ああいや、分かってくれたならいいんじゃ! うむ!」


 それにしても、一体どうやって実現させたのだろうか。

 気になって仕方がない。


「あの、一体どうやって? 最初の風魔法も関係が?」

「お、おお。グイグイ来るのう……最初の風魔法は保険じゃ。転移魔法は制御が難しいからな。うっかり加減を間違えた時には……地面の中に埋まったり、空中から落っこちたりするからの」

「なるほど、ではやはり転移自体は光属性による超加速を基に――んぐ」

「はいはい、そこまで! その話はまた後でにしようね、ゼロ」


 これからというところで、セキヤに口を塞がれる。

 まだまだ聞き足りないが彼の言う通り今は探索が先だ。

 トントンと指先でセキヤの腕を叩くと、手が離れた。


「まったく、好奇心をくすぐられるとすぐこうなるんだから……」

「……仕方ないでしょう? 少なくとも公にはされていない魔法ですよ。科学的アプローチも加えて研究されている途中じゃないですか」

「む、やはり外でもこれを扱える者はいないんじゃな? ワシも長年かけて身につけたからのう。讃えてくれてもいいんじゃぞ?」


 ぽかんとして辺りを見ていたヴィルトが、キラキラとした目を向ける。彼の中でマホの地位がまた上がったらしい。

 ただ、これに関しては頷ける。ぜひ後ほど詳しい話を聞かせてほしいものだ。


「それにしても……なんだか寂しいところだね」


 辺りをぐるりと眺めたセキヤが呟く。

 言われてみればそうだ。これだけの広い場所なのに、人一人見当たらないせいだろうか?

 昔はどれほど栄えていたのだろう。


「ワシが来た時と変わりない気がするのう」


 マホは腕を組み、じっと先を見つめる。

 うむ、と頷いた彼女は一枚の札を差し出した。


「帰る時にはそれを真ん中で破るとよい。ワシは少し辺りを見てくるぞ」


 それだけを告げると、マホは建造物の向こうへと消えていった。

 渡された札は、レースのようにも見える模様が描かれただけの一見何の変哲もない紙切れだ。だが転移魔法さえ扱えるほどの大魔法使いが渡したからには、何か特別な仕掛けが施されているのだろう。

 ズボンのポケットに入れておく。


「それじゃ俺達も行こうか」

「神官様、探さないと」


 気合いを入れるヴィルトには悪いが、本当にここに神官はいるのだろうか?

 明らかに人の気配がしない空間だ。

 それとも、どこかで細々と暮らしている人々がいるのだろうか?


「ひとまず歩いてみましょうか」


 兎にも角にも、探してみないことには始まらない。

 滑らかな地面を踏みしめる。

 歩きながら景色を眺める。一体どうやってこの都市は作られたのだろうか?

 元からこんな空間があったようには思えない。もし削り出したのだとしたら、一体どれだけの時間がかかったことだろう。

 長年放置されているにしては、金属部分がやたらと綺麗な気がする。特殊な加工でも施されているのだろうか?


「見て、あれ。何かある」


 セキヤが指差した先には、金属の塊を乗せたベンチがあった。

 円柱を中心に、四本の棒と一個の球。ベンチに腰掛け項垂れた姿は、金属で作られた人形のようだった。


「機械……?」

「機械というよりは、そういうモニュメントみたい。あ、少し動く」


 セキヤが腕の部分に触れると、わずかに角度を変える。

 本当に人形として作られているようだった。


「……あちらにもありますよ」


 同じように円柱と棒、球で作られた人形が少し進んだ先で座り込んでいる。

 大きな人形が二つと、小さな人形が一つ。まるで親子が並んで座っているように見える。


「何なんだろうね、これ」

「鉄の人形……」

「……また宗教的なものだったりしませんよね」


 一度気になると、目につくようになる。

 都市のあちこちに金属人形が置かれていた。

 広場のベンチで休む人形。遊具に登っている小さな人形。

 過去の光景をなぞるかのように。


「少し不気味ですね」

「ゼロもそう思う?」

「ヴィルトもですか」


 無人の都市に配置された人形達。

 一体、誰がこれを置いたのだろうか。一体何のために?

 都市を進むにつれ、一際大きな光を放つ塔が見えた。

 あそこが都市の中心部だろうか?


「……とりあえず、あの塔を目指してみる?」

「そうですね。あてもなく進むよりいいでしょう」


 平らで広い道を進む。所々、道の端に馬車のようなものが置かれていた。御者台がないように見えるが、どうやって走らせていたのだろうか。


 少しずつ風景が変わっていく。

 塔に近づくにつれて高い建物が増えてきた。ガラス窓の向こうに、緑が見えた。


「……畑?」


 何段にも重ねられた、土が敷かれた金属の箱。そこから、緑色の葉が生い茂っている。赤い実をつけているものもあった。

 葉が箱から外に出過ぎないよう整えられた畑は、明らかに人の手が加わったものだ。


「やっぱり、誰かいるってこと?」

「その誰かが神官なのかもね」


 きっとそういうことなのだろう。

 気を引き締めていかなければ。


「……一体、どこにいるのでしょうね」


 これだけ広い都市だ。見つけるのは難しいかもしれない。

 ここからあの塔まではそう遠くない。あそこに居てくれればいいのだが。

 塔を目指しながら歩いていると、ふとヴィルトが呟いた。


「神官様、どんな人なんだろう」

「次も友好的だといいのですが」


 今まで出会った二人の神官……火の神官レイザと水の神官ライラは、どちらも温厚だった。

 次の神官がどの属性かは分からないが、順調に進んでほしいものだ。



 それから暫く歩き、ついに塔の根本に辿り着いた。

 中に入ってみても何の気配も感じない。

 ホール……だろうか。いくつものベンチが並んでいる。


「階段が見当たらないですね」


 まさかこの高さの塔に対して、一階しかないだなんてことはないだろう。

 中央に天井まで続く円柱が立っているが、ガラス窓から見えた中身は階段というわけではなく小部屋のようだった。


「……ゼロ、ヴィルト。この中に入って」


 セキヤが小部屋の入り口にあるボタンを押すと、扉が開く。

 言われた通り中に入ると、扉が閉まった。


「この塔の光ってた部分って、かなり上の部分だったよね」

「ええ、そうですが」

「んー……この辺りかな」


 セキヤが壁に並んだボタンを押すと、ガコンと地面が揺れた。

 窓から見える景色が下へ下へと流れていく。


(古代というわりに、かなり技術が進んでいる……?)


 ふいに袖を引かれる。

 見ると、ヴィルトが震える指先で袖を摘んでいた。


「……大丈夫ですよ」

「あ、ああ。分かっている……」


 ヴィルトは落ち着かない様子で腕をさすった。

 それにしても。

 窓から外を眺めるセキヤを見る。


「よく分かりましたね」

「ああ、文献で見たことがあって。中を見た時に分かったんだよ」

「なるほど、また図書館ですか?」

「まあね」


 古代都市に関する書籍はなかったように思うが……また禁書だろうか。

 司書のアシックに貸しがあると言っていたが、それを理由にかなり無理を通しているようだ。


 上がり続けていた小部屋は、やがてスピードを落として止まった。

 勝手に扉が開く。

 暗かった間の階と違い、この階には明かりがついていた。

 輪のように小部屋を取り囲む廊下と、窓がついた扉が並んでいる。

 その内の一室だけ、窓から光が漏れていた。


「……行きましょう」


 きっと、あの扉の向こうに神官がいる。

 そんな予感があった。

 小部屋を出て、扉の前に立つ。

 そっとノブに手をかけた。鍵はかかっていない。


 開けた途端、ギュイイイインと金属を加工する音が聞こえる。

 この扉には余程の遮音性があるらしい。

 扉の先には短い廊下が続いていた。その向こうに、ひらけた部屋がある。

 そっと、足音を立てないように先へ進む。


 火花を散らして加工を続けている、何者かの後ろ姿が見えた。

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