第45話 占い
「やっと戻ってこれましたね」
「長かった……」
あれから暫く歩いて、マホの屋敷に戻ってきた。
ヴィルトは少しぐったりしている。あれだけ歩けばそうもなるだろう。
暖炉に薪を焚べ、パンをかじった。
「なんじゃ、戻ってきたのか」
上から声が聞こえる。
天井を見上げると、マホの首だけが貫通してぶら下がっていた。
ビクッと肩を跳ねさせたヴィルトが咳き込んでいる。
水を渡しながらマホを軽く睨んだ。
「驚かせるのはやめてください」
「む……そのつもりはなかったぞ。ヴィルト殿の肝が小さいだけじゃ」
ぬるりと天井を抜けたマホは床に降り立った。
少し頬を膨らませたマホだったが、ハッとして両手を振った。
「こ、これくらいで怒りはしないじゃろ? な? なっ?」
「別に怒ってはいませんよ」
「ならいいのじゃが……」
だらんと脱力したマホは、ふよふよと辺りを漂い始めた。
自称大魔法使いのはずだが、本当にそんな偉人なのだろうか?
その割にはこの土地の扱いが雑であるし、本人も気が弱い。
想像の中の大魔法使い像がガラガラと崩れていく。
「それで、何か用ですか?」
「仮にもワシの家じゃぞ、ここは。もてなしてやろうと思って来たんじゃ。茶くらいは出してやろう」
「……それ、期限は大丈夫でしょうね?」
マホは黙りこみ、目を逸らした。考えていなかったと見える。
そんな何百年前かも分からないようなものを口にするわけにはいかない。
「すまんかった! 茶は出せんが……そうじゃ、占い! 占いをしてやろう! だから機嫌を直しとくれ!」
「そんなに不機嫌そうに見えます?」
「ち、違うのか? なんじゃ、ややこしいのう」
急に慌てたり、かと思えば脱力したりと忙しない。
マホはやれやれと首を振ると、腰に下げた本を開いた。
「そういえば、お主達の旅について何も聞いておらんかったな。どれ、話してみい」
「私にかけられた呪いを解くために神官を探しているといったところです」
「呪いじゃと? 久しく聞いておらんな」
大魔法使いでもそういう反応になるのか。
期待はしていなかったが、何の手掛かりも得られそうにないとなると少し残念だ。
「見せてみい。呪いにはそう詳しくないが、何か分かるかもしれんぞ」
「……本当ですか?」
「なんじゃその顔は。ワシを疑っておるのか? いいから見せてみい。ほれ!」
マホに急かされ、渋々袖を捲る。腕に巻いている包帯を外すと、鱗に覆われた肌が露わになった。
「この腕と……瞳孔が呪いによるものですよ」
「まるで蛇の亜人じゃのう……ふむ」
マホは宙に浮いたまま四方八方から腕を眺める。
顔を近づけ、じっと目を見つめたマホは難しい顔をしていた。
「うむ。うーむ……ううん……?」
「分からないなら分からないでいいですよ」
「いやあ奇妙じゃと思ってな。本当に悪魔の呪いか?」
スッと離れた彼女は顎に手を当てて考え込む仕草をした。
「ええ、悪魔の呪いですよ」
「たしかに呪いにはかけられておるようじゃが……どうもその鱗や目に直接作用しているようには見えんのよなあ」
腕を組んだマホはうーんうーんと唸っている。
そう詳しくないと言っておきながら、実はかなり造詣が深いのではないだろうか。
それにしても……直接作用しているようには見えない?
それはつまりどういうことなのだろうか。
「……というと?」
「呪いとは別にキッカケもあるはずじゃ。何か思い当たることはないか? 変な蛇に噛まれた〜とかでもいいぞ」
「キッカケですか……」
蛇にも似た瞳孔。腕の鱗。要するに亜人が持つ要素だ。
勿論蛇に噛まれたなんてことはない。メルタで戦いはしたが……その前から右目の瞳孔は変化していた。
他に思い当たるものがあるとすれば……
(……血筋?)
ヴェノーチェカは人間以外の多くの種族から遺伝子を取り込んだ一族だ。
もしその遺伝子が呪いによって強く引き出されたのだとしたら?
だが……そんなこと、あり得るのだろうか。
もしそうなら、呪いを解いたところで私は元に戻れるのだろうか?
考えたくもない話だ。
だが、それも……神官に会い、魔力を集めればどうにかなるかもしれない。
「……呪いの詳細に関しては最早諦めています。それよりも神官の居場所が知りたいんですよ」
「む……お主がいいならそれでいいがな。なら神官の居場所を占えばいいんじゃな?」
「ええ。おそらく、この国にも神官がいるのでしょう?」
「それはそうじゃろうな。どれ……」
マホはカードを浮かせ、ぐるぐると回転させる。
腕を振ると、カードの輪から数枚が飛び出す。
「どれどれ? 解は傍に有り……ふむ」
「近くにいるということですか?」
「これだけじゃあちと分からんな。どれ、もう一度……」
マホはもう一度腕を振る。
飛び出したカードを眺めた彼女は、暫し考えた後にぴょこんと跳ねた。
「地下……ああ、そうじゃ! そういえばここは妙な場所と繋がっておったな」
「妙な場所?」
「古代の都市じゃな。今となっては無人となっておる。いかんいかん、すっかり忘れておったわ」
忘れるって、そんな大層な存在をよくもまあ。
古代都市なんて、歴史書に載るような代物だ。
というか、ここはそんな場所に繋がっているのか?
「忘れられる規模ではないように思いますが」
「じゃから魔法以外に興味はないんじゃ。数百年も経てば忘れるのも止むなしじゃろう。確か昔は調査に出ていたが、特に何も見つからなかった気がするんじゃがの……」
マホはふよふよと浮きながら屋敷の奥へと向かう。
セキヤ達を顔を見合わせ、その後についていった。
「えー、たしか地下の倉庫からいけるんじゃったな」
「また地下ですか……」
「うん? どうしたんじゃ?」
「いえ、気にしないでください」
階段を降り、ごちゃごちゃと箱が積み上げられた倉庫を歩く。
なんとも言えない臭いがして、思わず顔を顰めた。
所々何かが散らばった床の上をマホが飛んでいく。
私達は床に転がった何に使うのかも分からない彫刻や金属片を避けながら後に続いた。
「ここじゃな」
倉庫の片隅でマホが止まる。
床には蓋のようなものがあり、開くと丸くくり抜かれた通路と長い梯子が続いていた。
「ああ、思い出したわ。そもそもここに家を建てたのも、ここに繋がっておるからじゃった。国から調査を任されての」
「大切なことを忘れすぎでは……?」
「今となっては無効じゃ無効。そんなことを気にしたところで研究は進まんのじゃ!」
ブンブンと首を振ったマホは、梯子を指差す。
「とにかく、この梯子を降りていけば古代都市……のはずじゃ。今から行くか?」
「……ゼロ」
ヴィルトが袖を引く。
見ると、彼は切実そうな目で私を見ながら首を振った。
今日一日歩き続けているのだから仕方ない。
「今日は休んで、明日行くことにします」
「む、そうか。なら行く時には呼ぶとよい。ワシも久しぶりに見てみようかの」
マホは宙に浮いたまま階段まで戻る。
私達は再び床に散らばったそれらを避けながら戻った。
「倉庫は片付けないんですか?」
「む……ううん……片付けはちと苦手なんじゃ」
「うっかり踏みそうになるんですよ。どうにかなりませんか」
踏みそうになるのは主にヴィルトだが。
先程も少し危ないところだった。
「むぅ……そうじゃな、手伝ってくれるなら考えなくもないぞ……?」
まだ眠るには早い時間だ。
今日の内に少しでも片付けてしまった方がいい。
「なら始めましょう」
「なっ、今からか? 明日でもいいと思うがのう」
「今からです。明日は古代都市に行くんですから」
マホは暫く唸っていたが、両腕を突き出して声を上げた。
「わかった、わかった! やればいいんじゃろ、やれば!」
「ほら、分類をお願いしますよ。この像はどこに戻せばいいんです?」
「ああ、それはの……」
マホの指示に従いながら、床に散らばった用途不明の物達を片付ける。
妙な模様が刻まれた金属板を拾おうとした時、マホから声がかかった。
「あっ、それは触らぬ方がいいぞ。どれ、ワシがやってやろう」
「……ちなみに触るとどうなるんですか?」
「溶けるぞ。ゆっくりじゃがの」
金属板を浮かせながら、何でもないように言うマホにヴィルトがビクッと跳ねる。
「溶ける……!?」
「えーっと……そんな危険物を床に転がさないでほしいかな、ははっ」
セキヤも乾いた笑いを溢している。
時折とんでもない代物を見つけながらも、片付けは順調に進んだ。
床が全て見えるようになった頃には、ヴィルトは疲れてうとうとし始めていた。
「こんなものでしょう」
「ふむ、綺麗になったのう」
倉庫中を飛び回ったマホは満足そうに頷く。
……またすぐ散らかりそうだと思ったのは私だけだろうか?
「もう散らかさないでくださいよ」
「うっ……善処するぞ」
やはりすぐに散らかりそうだ。
またあんな危険物を床にばら撒かれてはたまったものではない。
明日、早々に古代都市へ向かうことにしよう。
暖炉の近くに寝袋を敷く。
倉庫を綺麗にしたからか、この部屋も少し気になってしまうが……流石にここも掃除しようとなるとヴィルトが限界を迎えそうだ。
多少の埃っぽさは我慢して眠りについた。
明日は三人目の神官に会えるだろうか?




