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もしも一つ願うなら【本編完結】  作者: 庭村ヤヒロ
故郷 クレイスト
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第39話 夜の語らい

 クレイストに近づくにつれ、ますます気温が下がり始める。

 メルタで買ったフード付きのケープを着て、針葉樹が立ち並ぶ林を歩いていた。

 地面は真っ白な雪で覆われ、ヴィルトは既に何度か転んでいる。

 今はセキヤのアドバイスに従って、一歩一歩踏みしめるように歩いていた。

 暗くなり始めた空を見ると、木の上に白くて丸いものが見える。


「雪鳥がいますね」

「どこどこ?」


 木の枝にとまっている雪鳥を指差す。

 その名の通り、雪のように白い鳥だ。

 丸い体は羽毛で大きく見えるが、その体は案外小さい。

 だが、味はかなり良い。当たりの鳥だ。


「んー、いけるかな」


 セキヤは銃を抜いて狙いを定める。

 パシュ、と音がすると同時に雪鳥が木から落ちた。


「よしっ」


 地面に落ちた雪鳥を拾い上げる。

 指が羽毛に沈んだ。相変わらず良い肌触りをしている。


「丁度暗くなってきましたし、今日はここで休みましょうか」

「ゼロはテントをお願い。雪鳥は俺が捌いておくよ」


 いつも通りにテントを設営して、余った時間で周囲の植物を見た。

 食べられる植物をいくつか摘んでいく。


(あ、雪芋もある)


 針のような葉をもつ植物の根本を掘る。

 まだ少し小さいが、食べられないことはない。

 芋を掘り終えたら、焚き火を囲む二人の元へ戻る。

 捌き終えていたようで、鍋には雪鳥の肉が沈んでいた。


「雪芋がありましたよ」

「お、丁度いいね。絶対合うよ」


 摘んできた大きな葉を刻んで入れてから、雪芋の皮を剥く。

 半分に切って、鍋に入れた。

 あとは煮込まれるのを待つだけだ。


「この調子でいけば二日後にはクレイストに着きそうですね」

「結構来たね」

「すまない、俺が遅いばかりに」


 ヴィルトは転んだことを気にしているのか、少し落ち込み気味だ。


「雪、慣れてないでしょ? しょうがないって」

「そうですよ。私達はクレイスト出身ですから、慣れているだけです」

「そうか……?」


 それからは、パチパチと上がる火の粉を眺めながら雑談に花を咲かせた。

 そろそろスープも充分煮えた頃だろうか。

 最後に調味料を加えて味を整えたヴィルトは、スープを木製の器に注いだ。

 受け取った器からじんわりと熱が伝わる。

 雪芋を口の中に入れると、ねっとりとした甘さが広がる。

 雪鳥の出汁がきいたスープも美味だ。


「……おいしい」

「あー、あったかい。染み渡るね」


 硬くなったパンをスープに浸す。

 スープを含んで少し柔らかくなったパンをかじりながら、ふと思う。


「そういえば、ヴィルト。まだ腹の件について聞いていませんでしたね」


 あの宗教集落での一件。

 ヴィルトは明らかに腹部を刺された痕跡があったにも関わらず、怪我一つしていなかった。

 裂けた服はセキヤが縫って、今となっては殆ど元通りになっている。


「そうだった。結局どういうこと? ヴィルトって自分は治癒できなかったはずだよね?」

「それは……」


 ヴィルトは器を両手で持ち、俯いた。

 何度か瞬きをした彼は、おずおずとこちらを見る。


「その……俺の術は、相応の代価が必要になるという話はしたと思う」

「ええ、聞きましたね」

「その代価なんだが……必ずしも俺が払わないといけないわけではないんだ」


 それはつまり……他人に払わせることもできる、ということか。

 それを今まで出来ないと言ってしてこなかったのは……彼の性格を考えれば納得できる話ではある。


「今までも……本当に緊急のときは、植物に代価を払ってもらって自分を治癒したことも何度かある。人を相手にしたのは、今回が初めてだった」

「なるほど……」

「その……すまない、今まで黙っていて」


 ヴィルトは頭を下げた。

 正直なところ、彼の隠し事の多さよりも衝撃だったのは。


「貴方のそのお人好しって、植物相手にも発動するんですね」

「えっ?」

「いえ、気にしないでください」


 彼の自己犠牲精神には驚かされる。

 今回の件も……いくら命の危機だったとはいえ、元々クレイストでも散々相手を心配してきた彼のことだ。

 気に病むのではないかと思っていたが、代価のことを話さなかったことを後ろめたく思っているだけに見える。


「今後もその方法は使うんですか?」

「……必要となれば」


 ヴィルトは真っ直ぐに私を見た。

 揺らがない瞳からはある種の決意が読み取れる。

 戦えるようになりたいと言い出したことといい……彼は確実に変わってきている。

やはり、故郷での一件が彼に影響を与えたのだろうか。


「あまり無理はしないでくださいね」


 今回のことで、彼は攻撃手段を得たことになる。

 だが……人はそう急激に変われるものではない。

 きっと彼の良心は傷つくことだろう。

 やはり、今後も彼を前には出せない。さすがにリスクが高すぎる。


「ゼロ」

「なんですか?」


 名前を呼んだヴィルトは、強い眼差しをしていた。


「今日の見張りを、俺にも手伝わせてほしい」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 雪が降る中、焚き火の音を聞く。

 ゼロもセキヤも反対したが、少し無理を言って同伴させてもらうことにした。

 ゼロは時折ちらりと俺を見る。


「そろそろ限界じゃないですか」

「まだだ。まだいける……」


 落ちそうになる瞼を持ち上げる。

 普段真っ先に寝てばかりいるのに、今回見張りを手伝おうとした理由。

 出来ることを一つでも増やしたい。その一心だった。


「まあ、たまには夜更かしもいいでしょう」


 ……でも、やはり見張り役とは思われてないようだ。

 俺も強くなりたい。そうは思うものの、本当になれるのだろうかという疑問も湧く。

 あの日。初めて治癒術を利用して反撃した俺は、結局ナイフを振り下ろすことはできなかった。

 いくら反撃したといっても、あくまで代価のシステムを利用したもの。俺の手には何の感覚も残らない。

 こんな状態で、いざ強くなれたとしても……相手を前に、存分にその力を奮うことはできないのではないだろうか。


「ゼロは……どうしてそんなに強い?」

「何ですか、急に」

「気になったんだ」


 ゼロは焚き火を見つめる。

 その横顔を眺めていると、雪が乗った睫毛が震えた。


「そうですね……私だから、でしょうか」


 ……それは理由になっているのだろうか。


「つまり、どういう……?」

「血筋ですよ。元々、ヴェノーチェカの者はなにかと能力が高い傾向にあります」

「そう、だったな」


 生まれつきのものとなれば……参考にできることは少ないだろう。

 どちらかというと、セキヤに聞くべきだったかもしれない。

 しかし、それにしても……血筋というのは、そんなに凄いものなのか。


「どうして、そんなに凄い? 気になる」

「どうしてと言われましても……そうですね、たしか……」


 ゼロは口を開いたまま固まった。

 目を泳がせた彼は、頭を押さえて眉を顰める。


「たしか……なんでしたっけ。知っているはずなんですが……」

「……無理して思い出さなくてもいい」

「すみません。どうにも、記憶が曖昧で」


 ため息をついたゼロは、頭を振った。


「そういえば……貴方と出会った当初のことも、あまり記憶にないんですよ。聞かせていただいても?」

「ああ……俺が覚えている範囲でよければ」


 彼と出会った時のことを思い出す。

 何年前のことだったか。


「あれは、たしか……パノプティスの商業区でのことだ」



 あの日、買い物を終えて商業区を歩いていた俺は、ふと何かを感じて振り返った。

 すれ違った、長い銀髪の人。それがゼロだった。

 ふらふらと覚束ない足取りで、見ていて心配になった俺は思わず声をかけた。

 もっとも、声は出せなかったから肩を叩いただけだが。

 その頃はまだ字も書けなかったから、直後には不安に思ったことを覚えている。

 でも、ゼロの顔を見てそんな不安は消えさった。

 振り返ったゼロの表情はとても焦燥しきっていて、今にも消えてしまいそうだったから。



「……そんな出会いでしたっけ」


 口元に手を当てたゼロは考え込んでいる様子だ。

 思い出そうとしているのかもしれない。


「本当に曖昧なのか」

「ええ。どうぞ、続けてください」

「ああ……」



 あの時、ゼロの顔を見た俺はこのまま放っておいてはいけないと強く思った。

 なのに周りの人達は誰もゼロのことを気に留めない。

 だから言葉のやりとりも満足にできないのに、俺はゼロの側に居続けることにした。

 当然、ゼロからすれば突然まとわりついてきた男でしかない。


「……何なの」


 焦点が定まらない目で俺を見たゼロは、そのまま俺の腕を掴んだ。


「ぼ、僕を……私を責めているんですか」


 揺らぐ目を見つめて、俺はどうにか伝わってほしいと思いながら首を横に振った。

 何があったのかは分からなかったけど、きっととても不安に思っているんだろうと思ったから。

 そして、俺はこっそり治癒術を使った。

 結果としてゼロは落ち着いた。ただ、俺のことを不審には思ったままだった。


「……今のは」


 そう呟いたゼロは、俺の顔を見て逃げるように去って行った。



 ここまで話すと、ゼロは呆れた顔で俺を見る。


「明らかに不審者ですよ。それは帰りますよ私も」

「その……本当に必死だったんだ。今になって考えると、俺もどうかと思う……でも仕方なかった」

「……というか、そもそもそんな挙動不審な相手によく力を使いましたね。本当に危機感がない……」


 このままではゼロから叱られそうだ。

 俺は急いで話の続きを思い出す。



 それから、暫く見かけることはなかった。

 でも、またある日。視界の端に銀髪を見つけた俺は、急いで近づいた。

 その時もゼロはふらふらとしていて、俺は同じように肩を叩いた。


「……また君?」


 振り返ったゼロは、涙を流していた。

 驚いた俺はオロオロとするばかりで、何もできなかった。

 ただ、どうにか泣き止ませようと涙を拭った時。ゼロは俺の手を掴んで、ぽろぽろと涙をこぼした。


「違う……違うんです。僕だってしたかったわけじゃ……」


 やっぱりその目は揺らいでいて、呼吸も乱れていた。

 だから俺は、もう一度治癒術を使っておちつかせたんだ。

 泣き止んだ彼は、俺を見て何とも言えない顔をした。

 そして、また立ち去っていったんだ。

 俺はそれからも何度か出会っては、治癒の力を使った。

 全部で五回くらい繰り返したと思う。



「よく続けようと思いましたね、貴方」

「心配だったから……」


 ゼロは片手で顔を覆った。


「……ええ。ええ、そうでしょうね。分かりました、続けてください」



 ある日、路地に連れ込まれた俺はゼロから質問を受けた。

 俺の前に立ち、壁に手をついたゼロは俺の顔を見つめて口を開く。


「どうして関わろうとするんですか?」


 俺はどうにか話せないことを伝えようと、喉を指差して首を振った。


「……貴方、声が出せないんですか」


 頷くと、ゼロは少し考えてここで待つように言った。

 少しして、戻ってきた彼から紙とペンを渡される。

 困った俺は、首を振った。


「文字も書けない……? 嘘でしょ……」


 呟いたゼロは顔を覆って、深いため息をついた。


「……もういいですよ。好きにしてください」


 許可を得た俺は、それからも見かける度に傍にいることにした。

 だんだんと平常でいることが増えて、やがて俺は字を教わることになったんだ。



「……貴方って意外と根気強いですよね」

「そうか?」

「少なくとも当時の私は負けてますからね。毒気も抜かれたことでしょう」


 息を吐いたゼロは頭を押さえ、目を閉じる。


「その辺りからは私にも明確な記憶があります。本当に……どこから手をつけようか迷ったんですよね。結局、身近な単語から教えたんでしたっけ」


 そうだ、たしかそうだった。水や食べ物の名前から始めて……彼には本当に頭が上がらない。

 話し終えたら、眠たくなってきた。

 しょぼしょぼになった目を擦る。


「ちょっと、貴方ここで寝るのはやめてくださいよ」

「……大丈夫」

「大丈夫じゃなさそうだから言っているんですけどね」


 見張りの役目を俺もこなせるようになりたい。

 だから、まだ眠るわけにはいかない。

 まだ……


「ああもう、運びますよ。いいですね」


 ふわふわとした中で、ゼロの声が聞こえたような気がした。

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