第104話 結果
今日は定期試験の結果が出る日だ。
結果は端末で確認することもできるが、俺とエポルは会場まで見にいくことにした。端末で確認するのが怖いらしい。
「あ〜、ドキドキする……」
「大丈夫だって。あんなに頑張っていただろ?」
「でもそれは他の人も同じだよ。うう、どうしよう、もし酷い成績だったら……」
エポルはそわそわしながら歩いている。その足取りは重く、どれだけ心配しているのか分かるほどだ。
そろそろ会場につくといったところで、エポルの肩に手が伸ばされた。
咄嗟にその腕を掴む。今しがたすれ違ったばかりのその男は、エポルをじっと見つめている。
「俺の妹に何か……」
妙な格好の男だ。その目を見て、俺は急いで手を離した。
まずい、機械人形だ。コアが見えない服だから分からなかった。思わず掴んでしまったが責められはしないだろうか。
紺色の髪にオレンジの瞳の機械人形はただエポルを見つめている。
「え、えっと……アタシに何か用、ですか?」
「……マスター?」
ぽつりと呟いた機械人形はハッとして手を引いた。
「僕の勘違いだった。ごめんね」
「い、いえ……」
機械人形はすぐに立ち去る。一体何だったんだ?
ともかく、責められなくて良かった。いくらエポルを守るためとはいえ機械人形に手を出したらそれこそ終わりだ。
ほっと息をついてエポルの肩に手を置く。
「行こう、エポル」
「あ、うん。そうだね」
どうやら今ので驚いて緊張が解けたようだ。エポルは少し困惑しながらも歩き始めた。
会場には少ないが人がぽつぽついる。エポルと同じように端末で見るのが怖いタイプの人達だろうか?
エポルは深呼吸して張り出された結果の元へ歩いていく。
胸元で手を握った彼女はじっと掲示板を見上げ……目を擦って、もう一度見た。
「あ、兄貴!」
振り返ったエポルの顔はとても輝いて見える。目を丸くして手招く彼女の元に駆け寄る。
「見て! 一番上!」
エポルが指差す先を見る。
――総合、一位。
間違いない。何度見ても、たしかにそう書かれている。
「やったじゃないか、エポル!」
「し、信じられないよ兄貴。本当にアタシが……?」
思わず抱きしめる。エポルは口元を両手で覆ってぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
共通試験の方でも十二位と高い順位だったが、選択試験で満点を取ったらしい。
あれだけ頑張ったんだ。彼女の努力に相応しい結果だろう、これは。
「そっか、アタシ……やったんだ……!」
エポルの目からぽろぽろと涙が溢れる。彼女は俺の背に腕を回して強く抱きしめた。
「よかった。よかったよ、兄貴ぃ……!」
ぐりぐりと擦り付けてくる頭を撫でる。これだけの好成績だ、これでエポルの将来は安寧と言えるだろう。
ああ……本当に良かった。
「今日はお祝いだな。交換所に寄ろう」
「いいの?」
「いいよ。だってこんなに良い結果を取れたんだ。祝わないと勿体無いと思わないか?」
まあ、どんな結果でも寄るつもりだったけどな。たとえ結果がどうだったとしても彼女が頑張ったという事実に変わりはないのだから。
それに極秘任務のこともある。まだ接触されてないが、あの情報を出せばかなりのポイントを貰えることだろう。
「ね、リンゴ交換していい?」
「勿論。今日は奮発しちゃおう」
そのまま二人で交換所に向かう。
会場からそう遠くない場所にある交換所では今日も様々な商品が並んでいる。ガムや飴、煙草のような必需品から、フルーツのような嗜好品。それから酒のような高級品まで。
流石に酒を交換するのはポイントが心許ないから、一つランクを下げてサイダーを交換することにした。
「リンゴは一つで良かったのか?」
「うん。前も言ったでしょ? 兄貴と半分こしたリンゴが一番美味しいの」
一本のボトルを大切に抱えてエポルが笑う。
くふくふと上機嫌に笑うたびツインテールが揺れた。
「兄貴、覚えてる? まだアタシが小さいとき、まだあの家に慣れてなくてさ……ずっと部屋のすみっこにいたアタシにリンゴを半分くれたの」
「ああ、覚えてるよ。そういえばあの時から家の中をよく動き回るようになったな」
「アタシね、安心したんだ。リンゴをくれたときに頭を撫でてくれた兄貴の手がすごく優しくて……ああ、ここは安全な場所なんだって」
エポルは懐かしむように目を細める。……そうだ、俺はどうにかできないかって少ないポイントでリンゴを買って彼女にあげたんだ。
まだ小さかったから、全部は食べきれないだろうって半分だけ渡して。一緒に住むからには仲良くしないとと思って、頭を撫でた。
……安心してくれたのか。俺がやったことは間違ってなかったんだな。
家に帰ると、少し早めの夕食を摂ってリンゴを二人で分けた。一本のサイダーも半分に分けて、注いだコップをこつんと合わせた。
初めてのサイダーは口の中でパチパチと弾けて、飴やガムに似た甘ったるい味を残す。
「う、パチパチする。でも美味しいね、兄貴」
ふにゃりと笑ったエポルはとても幸せそうで、俺の胸も温かくなる。
ああ、ずっとこんな日が続けばいいのに。
……そう願ったのが良くなかったのだろうか。
消灯時間になっても蝋燭の灯りをつけて夜遅くまで語り合ったせいか、翌日は酷く眠たかった。それでも任務を受けないわけにはいかないから端末を覗きながら外を歩く。
「ニール」
声をかけられて振り返る。町の警備に出ている量産型の機体だ。
「何でしょうか」
「貴様と同居しているエポルが特殊母体に選ばれた」
「……特殊母体?」
思わず聞き返す。特殊母体って、なんだ?
いや、母体の意味は分かる。機械人形達は特定の年齢に達した女性の中で出産義務のある人をそう呼ぶことがあるから。
でも、それにエポルが選ばれたって? だって、彼女はまだ義務が課される年齢に達していない。
「特殊母体は優秀な遺伝子を多く残す義務がある。貴様は掃除屋として優秀だ。その貢献を認め、特別措置を施すことになった」
俺の理解が追いついていないまま、目の前の機械人形は言葉を続ける。
「初回の遺伝子提供は貴様だ、ニール。ノア様に感謝し、慎んで受けるように」
「……はい」
口の中が乾く。俺の返事を聞いた機械人形は「三日以内にエポルと共に中央管理タワーに来るように」とだけ言い残して立ち去った。
……なんだって? エポルが母体に選ばれて、俺はその初回遺伝子提供者? それにあの口ぶり、まるでエポルが一人でも多く子供を作らなきゃいけないかのような……。
「エポル……」
俺は来た道を引き返した。走って、走って、走って。家の扉を勢いよく開けた。
「エポル!」
彼女の部屋の扉を開ける。エポルはビクッと肩を跳ねさせて振り返った。
「あ、兄貴!? え、何? 忘れ物でもした?」
「……エポル」
俺は彼女に特殊母体のことを伝えた。俺が最初の遺伝子提供者になることも。
俺が言葉を連ねるたび、彼女の瞳に影が落ちる。震える手をぎゅっと握りしめて、彼女は口を開いた。
「そ、それって……私が、頑張ったせい……?」
「違う!」
思わず強く言い返す。彼女の肩に手を置いて、ギリッと歯を食いしばった。
「俺が……俺が、読み違えたんだ。定期試験で良い成績を残せば上層部にスカウトされるって聞いたけど、その本当の意味に気づけなかった」
俺は彼女が幼い頃に定期試験のことを話していた。押し付けはしなかったが、これじゃまるで誘導したようなものじゃないか。
彼女は俺の言葉を信じて受けたのだから。
「……逃げよう、エポル。俺と一緒に」
顔を上げた彼女は……ゆっくりと、頷いた。
肩に置いた手に白く細い指が重ねられる。一度まぶたで隠れた瞳には小さな決意が光っている。
「アタシ、兄貴と一緒なら行くよ……どこにだって」




