第101話 定期試験
今日は定期試験の日だ。
エポルは朝早くに出ているが、俺も見にいくことにした。純粋に応援に行きたいというのもあるが、行きは一人で大丈夫だと言っていた彼女と帰りは一緒に帰ろうと思ったのもある。
ここ数日、特にエポルは頑張っていた。きっと彼女なら無事にいい成績を残せることだろう。帰りに交換所に寄って、何か好きなものを交換してやるべきだろうか。
会場に向かう途中で何度か目にした赤髪とすれ違う。足を止め、引き返した。
赤髪を追って角を曲がる。
「報告を聞きましょうか」
角を曲がった先では、あの上層部の男が俺を待っていた。
最近はいつもこの流れだ。それとなくすれ違って、俺がその後を追う。
「次のターゲットと思われる女性との接触に成功しました。彼女は中層部の人間で、『孤独な人』に会うため施設での業務を休み出歩いているそうです」
「『孤独な人』?」
「はい。詳細は不明です。泳がせて後を追おうとしたところ、見失ってしまい……」
そして俺はあの不可思議な現象を話した。
扉の音が聞こえ、彼女の姿が消えたこと。
その現象が起きた地点の座標も伝えると、上層部の男は引き続き周辺の調査をするようにとだけ言った。
「一ついいですか」
立ち去ろうとする男を引き止める。振り返った男は目を細めて俺を見た。
「何ですか? 私もそう暇ではないので手短にお願いしますよ」
「ロステッドに本を与えたことはありますか」
もし、パシアの言う『恩人』がこの男なのだとしたら。
だからと言って何が分かるというわけでもないが……気になって仕方がない。もし同一人物なのだと言うのなら、この男やパシアとの出会いを偶然で片付けてしまっていいものなのだろうか。
男はじっと俺を見つめたまま口を開かない。まるで時が止まったかのように感じた。
やがて男はフッと口の端を歪めて笑う。
「さて、それを知ってどうするのでしょう? 関係のない話は慎むべきですよ」
それだけを告げて男は去っていった。
……あれは肯定と捉えるべきなんだろうか? ともかく、パシアの言う『恩人』があの男である可能性が濃くなったわけだ。
少し息を吐いて大通りに戻る。彼のことは一旦置いておこう。
なにしろ今日はエポルの応援がメインだからな。あの男についてはまた明日考えればいい。
予想外のイベントはあったものの会場に着くことができた。あまり人はいない。まあ、そりゃそうか。受験者は中にいるし、迎えに来る人もそうそういないだろうから。
時計を見るとあと三十分くらいで終了時間だ。今頃エポルはあの建物の中で一生懸命に問題と向き合っていることだろう。
近くの丁度いい段差に座って、建物を見上げる。
窓からエポルの姿は……見えないか。
「あれ、ニールじゃん」
ふと声が聞こえて視線を下げる。ケインとエイベルがこちらへと向かってきていた。
相変わらず距離が近いな、この二人は。
「どうしたの、こんなところで」
「それはこっちのセリフなんだが」
「俺達は任務帰りだよ」
頬杖をついて二人を見る。確かにいつもみたいに黒い袋を抱えてるからそうなんだろう。
「んで、ニールは? なんでここいんの?」
「俺はエポルの応援と迎え」
「おー、お兄ちゃんしてるねえ。えらいえらい」
へらりと笑ったエイベルが俺の頭に手を近づけたので払っておく。俺はお前の弟じゃないぞ、まったく。
「そういや今日定期試験だもんな」
「エポルちゃん受けたんだ?」
「ああ。間違いなく良い成績を残すだろうな」
ケインとエイベルは顔を見合わせて笑う。
「兄バカ発動してら」
「相変わらずエポルちゃんのこと大好きだねえ」
「は? 当然だろ」
何を言ってるんだこいつらは。そう思いつつ突っ込めば、ケインが吹き出した。
「コイツ大真面目な顔で言ってるわ」
「ケイン、笑っちゃだめだよ。だってニールはこんなに真面目に……ふふっ」
「……馬鹿にしてないか?」
軽く睨むと、二人はいやいやと手を振った。
「んなこたねえよ」
「そうそう、微笑ましいなーって。ね、ケイン」
「そういうこと」
「なんか腑に落ちないんだよなあ……」
試験会場から人が出てくる。試験が終わったようだ。
さて、エポルを迎えに行かないと。
「俺は行くから、お前らも早く行ったらどうだ?」
「へいへい。エポルにヨロシク言っといてくれよ」
「またね、ニール」
二人は手を振って去っていく。
その背を見送ると、腰を上げて会場へ向かった。バラバラに出てくる人混みの中に一回り小さな金髪を見つける。
「エポル」
近づいて声をかけるとエポルは目を丸くして駆け寄ってきた。
「兄貴! 本当に来たの?」
「来ないはずないだろ? お疲れ」
エポルは少し目を逸らして頬を掻いた。
「……ありがと」
「ん、交換所寄って帰ろうか」
少し歩幅を狭めて並んで歩く。エポルは不思議そうにこちらを見上げた。
「何か交換するの?」
「ああ。何が欲しい?」
「えっアタシが決めていいの?」
「勿論。頑張ったエポルへのご褒美だからな」
ぱあっと顔を明るくさせたエポルは体を揺らし、何にしようかなと呟いた。喜んでもらえたみたいで何よりだ。
「うん、やっぱりリンゴがいいな」
「いいのか? もっと高いフルーツでもいいんだぞ」
「リンゴがいいの」
くふっと息をこぼしたエポルの笑顔が眩しい。
ああ、今日は良い日だ。
「半分こしようね、兄貴」
「独り占めしたっていいんだぞ? 二つ買ってもいいし」
「半分ずつ兄貴と食べる方が美味しいからいいの」
エポルは俺の手を握って大きく揺らす。
小さい頃もこうやって手を繋いで歩いたものだ。変わってないな。
ふ、と小さく笑って手を握り返す。
二人分の影が楽しげに揺れていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あー、疲れた疲れた」
ケインがどさっとベッドに倒れ込む。荷物をテーブルに置いて、俺も彼の横に寝転んだ。
「今日もお疲れさま、ケイン」
「おー」
そっと額に唇を落とす。がばっと腕が伸びてきて、そのまま抱きしめられた。
これは相当疲れてるなあ。くしゃりとケインの頭を撫でる。
「明日休みてー」
「依頼こなければいいね」
「やめろよ、絶対くる流れじゃねえか」
うー、とケインは唸るような声を漏らす。これもいつもの流れだ。
自分で言うのもおかしな話だけど、俺とケインは仲がいい方だと思う。ニールからもよく仲がいいって言われるし。
ケンカするときは本気でやるけど、終わればちゃんと仲直りもする。やりすぎて一週間動けなくなって上から怒られたこともあったけど。
「エポルちゃん、いい成績残せたかなあ」
「ニールがああ言うくらいだ、それなりの線は行くんじゃね?」
「彼、兄バカだけど見る目はちゃんとあるもんね」
「それなりにだけどな」
くすくすと笑い合う。
ニールとエポルは俺達と違って、後から一緒に暮らし始めた兄妹だ。それであんなに仲が良いのはすごいと思う。
俺とケインは生まれたときからずっと一緒で、何をするにも二人でひとつだった。俺にはケインだけで、ケインには俺だけ。ずっとそうだった。
「ねえ、ケイン。どう思う?」
「どう思うも何もないだろ、エイベル」
俺達は一心同体。細かいことなんて言わなくたって伝わるから、これくらいの会話で充分なんだ。
余分な言葉は必要ない。それは俺達の間には壁でしかないから。
「近いと思う?」
「結果が出たらじゃねえの」
「それもそっか」
ケインの髪に指を通す。少し硬めの髪が指に絡んだ。
「ニールはどうするのかな」
「さあ……アイツ、妙なところで思い切りがいいからな」
「ね。まあ、どっちにしても……」
そっと目を合わせる。ケインも同じことを考えてるんだろう。
こつんと鼻先同士を合わせる。
「俺達は俺達の仕事をするだけだね」




